プロローグ
自分でも書けるだろと思って書いたら案の定書けなかった。
でも頑張って書いたので、このままデータの塵になるのは可哀想なので読んでやってください
一番古い記憶は母と勉強をしていることだった。
将来のためには勉強しないといけないと教えられ、それを強制させられた。
周りの遊んでる子供が羨ましく母に遊びたいと言うと怒られた。
一度、家庭教師をサボって公園に遊びに行ったことがあったが、帰ったらものすごい剣幕でなにかを言われ、何度も殴られた。
それから俺は、ただひたすらに勉強をした。次第に、疑問も苦痛もなくなっていった。
それは、高校受験で当然のように第一志望に合格し、父が珍しく俺を褒め、思い出すことも難しいほど久しぶりの休日を貰った時のことだった。
なにもしなくていいと言われて、俺は何もない自分に気づいてしまった。
アンデンティティだとかモラトリアムだとか、覚えてたものの全く気にしてなかった言葉が湧き出てくる。
「俺、なんのために生きてんだろ……」
こんなことは誰もが一度は思い、そして当たり前に乗り越えて生きていくのだろう。
そう分かっていても、このもどかしさは消えそうになかった。
分からないことがあれば参考書を見ればいい。それは、俺が物心が付いた時から刷り込まれた行動だ。
しかし、生憎と哲学や偉人の言葉などは参考になりそうもない。
「久しぶりに本屋でも行くかぁ」
一応、一般的な額の小遣いを貰っていたが、買い食いくらいにしか使わないので貯金は有り余っている。
言わずとも両親が参考書を山ほど買って来るので、自分で本屋に行くのは、子供の頃に母の買い物ついでに寄った以来だ。
さっそく身支度をして、駅前の本屋に行ってみた。
「はてさて、一体どんな本を買えばいいのやら。まあ、時間はあるし適当にぶらつくか」
理屈で人間の精神を綴った本を見ても、どうにもこの気持ちを解決できそうにない。
やはり時が解決するのを待つべきか。と帰ろうとした時にふと目に付いたポップがあった。
「人生を悲観して異世界に転生ねぇ」
人生に悲観した主人公が転生して、異世界で魔法を使い大活躍!
と小気味よく内容をまとめたポップの下にある表紙には、可愛らしい女の子が書かれている。
所謂ライトノベルというやつらしい。この手の低俗なモノは、母さんが蛇蝎のごとく嫌うので手に取ったことはない。
だが、異様に気になって仕方ない。吸い込まれるように手を伸ばそうとしたところ――目の前に人が通って道をあけた。
気を外されたら急に恥ずかしくなってしまい、早歩きで本屋から出て家に帰った。
しかし、休日が終われば忙しくなり、こんな一幕はすぐに忘却してしまっていた。
結局、俺は答えの出ない悩みを抱えたまま時を過ごした。
時間によって癒えるどころか膿んでいくように日々に色がなくなっていくのを感じながら、それでもどうしようもなかった。
惰性のように勉学に励み、将来のために今は準備期間だ、と自分を騙して日を跨ぐ。
なんとか変えようと学友と過ごしてみるも、やはり無理やり話を合わせるのは苦痛ですぐに止めてしまった。
そんな風に孤立してても、いや孤立したほうが楽と感じる自分にさらに失望した。
そんな風に一年がたち、二年のクラス替えがやってきた。
クラスなど俺には関係なく、周りが浮き足だってうざい。
事務的にクラスを移動し、さっさと席を確認して座る。そして参考書に目を通していた。
「また同じクラスになれたね。よろしくね」
隣から、どんな雑音の中でも聞こえるような透き通った綺麗な声が聞こえて、思わずそっちを向く。
そこには大和撫子という言葉を体現したような可憐な容姿の女子が隣に座って、取り巻きに挨拶していた。
そういや何度か男子たちの、誰が一番可愛いかという益体も無い話を聞いたことがある。多分これが白神ってやつだろう。
大抵の男子なら隣の席という幸運に感謝するのかも知れないが、俺としてはうるさくて面倒な席を引いたとしか思えない。
取り巻きの一人が俺を見て、怪訝な表情をしたのが横目に見えた。もう慣れたものなので気にしない。
高校の偏差値というのは、ある程度人間性に関連するらしく、俺がこんな風でもいじめられることもなく、構うなオーラを出すと察して配慮してくれる。今のところ勉強が出来て良かったと思う数少ない利点だ。
と言ってもやはり、女が集まれば姦しいのはどこも変わらない。
流石に勉強するような環境じゃないのでトイレに避難することにした。
「なーんで、わざわざこんな時間に清掃なんてするかね」
面倒なことに清掃中の立て看板があったので、ちょっと遠い階下のトイレまで行くことになってしまった。
大してトイレに行きたくもなかったのに無駄な歩かされ、つい愚痴が出てしまう。
階段を上ってると上から誰かの足音が聞こえる。見上げると、なんと白神だった。
女子という生物は連れションしないとトイレに行けないと思ってたが、取り巻きの多い白神がなぜ一人でいるのだろう。と全く関係ないことを考察しながら歩いていたら、少し上から「きゃっ」っという短い悲鳴が聞こえた。
俺は咄嗟に体を入れて抱きしめるように白神を支えた。
「…………」
初めて女の子とこんなに近づいた。
まず感じたのは柔らかさ。もし、こんな抱き枕があったならどんなに借金をしてでも買ってしまうだろう。
次に匂い。今まで嗅いだことのない甘い匂いだ。芳しいという言葉は彼女にこそふさわしいと思った。
彼女はぎゅっと目をつぶって少し震えていた。それはあまりに愛らしく、この姿を見て庇護欲が湧かない人間はいないだろう。
「あ、あの……ありがとう」
彼女の声は、脳を直接を揺さぶるようだ。
あまりの衝撃に助けた側の俺がぼーっとしていたが、体勢のまずさに気づいて名残惜しいが離れた。
「あ、あぁ、階段は危ないから気をつけろよ。白神さん」
俺は、もう自分で何言ってるかわからんくらい動揺していた。
さび付いてた体に炎が巡っているようだ。体がかっかと熱くて堪らない。
色を失っていたはずの世界は、白神を中心に輝いて見える。
「ごめんね。時間がなかったから少し急いでて……」
「ん、時間?」
そう聞いたと同時にチャイムが鳴る。
それと同時に謎が一つ解けた。白神の取り巻きがいないのは、時間がなかったからということだろう。
「えっと、その、じゃあ俺は急ぐな」
今まで無駄に勉強してきた頭の中には、トイレに向かう女子に掛ける言葉はインプットされていなかったようで、誤魔化すように早口で一方的喋って駆け足でその場を離れた。
教室に戻ってから俺は、白神のことしか考えてなかった。
今まで聞き流してた男子の噂を自分の中で集め、どんな女の子か想像した。
教師が来て、しばらくして白神が来て、座る時に俺に少し笑いかけてくれた。
それだけで俺は血液が沸騰したようで、自分の顔が赤くなっていないか心配で下を向くしかなかった。
その後はよく覚えてない。気づいたらもう学校は終わりのようだった。
礼をして帰ろうとした所で白神がこっちを見ていた。
「あの――」「白神さーん、一緒に帰ろー!」
白神が喋ろうとしたところで、取り巻きの声が割り込んでくる。
俺も彼女と喋りたかった。しかし、俺のようなコミュ障がいきなり失礼もなく喋れるようになるわけもない。
「また明日」
搾り出すように希望の言葉を吐いた。
「うん、また明日」
輝くような笑顔と共に可愛らしく手を振って応えてくれた。
俺は教室から駆け足気味に出た。
さっきから心臓の鼓動がうるさい。
不整脈か? 保健室に行くべきかも知れない。病院のほうが適切か?
いや、いい。
ああ、本当は分かってる。
俺はどうやら白神に恋をしてしまったらしい。
初めて女の子を抱きしめただけでこれとか、どんだけ俺は単純なんだ……
大体、白神はちょっと助けられたくらいで俺のことなんか好きじゃないだろうし。
というか白神みたいな可愛い子が彼氏いないとかありえるのか?
俺には教室にネットワークがないから何にも分からんぞ。
というか白神には今までの俺の態度とかマイナス要素が伝わる可能性が非常に高くてまずくね?
まずいってなにがだよ。なに考えちゃってんの俺!
ごちゃごちゃと考えがまとまらない。こんなこと初めてだ。
どこをどう歩いたのか覚えてもいないが、ふと気づくといつの間にか学校の裏手の山まで来ていた。
ここは一応、霊験あらたかな伝承が伝わる神社があるのだが、急勾配の石段が大変不人気で、近くに大きくて新しくてアクセスのいい神社があるのでみんなそっちに行ってしまうらしい。
「とりあえず落ち着こう」
どうせ誰もいないので、構わず石段に座る。
冷たい石の感触と静かな空気を吸っていたら、大分精神が安定してきた。
同時に恥ずかしさで転げ周りたくなる。
どんな時でも冷静に対処できるという根拠のない自信が木っ端微塵に吹き飛んだ。
最早、自分のことは何一つ信用が出来ない。
「ふふっ、笑っちゃうよなぁ」
しかし、自然と笑みがこぼれる。
朝は生きてる理由だの色がないだのとのたまわってた癖に、今は年相応とも呼べる悩みに直面し、困惑してるのだ。
女は男で変わるというが、男だって女で変わるのだ。そんな当たり前のことを今日知った。
こんなに気分が良いのは久々だ。白神と会えたことを神に感謝したいくらいだ。ってここは神社じゃないか!
神様なんて信じちゃいなかったが、ちょうどよくお膳立てされてるんだから行ってみるかと石段を登る。
「な、なんなんだ。この石段は。信心深い爺さん婆さんでも途中で諦めるレベルだろ……」
修行僧でもない限り、ここにお参りに行くことなんてありえないと断言できる。そもそも寺じゃないけど。
まだ半分も踏破していないのに、体力が心もとない。
体力測定では普通人レベルを維持していたはずなのだが、あまりにキツくて足が上がらなくなってくる。
しかし、一度決めたことを途中で投げ出すのは信条に反する。俺はもう、白神のために祈ると決めたのだ。ここで引き返せば、白神への想いがその程度だったということになってしまう。
根性で登りきった時には足が小鹿のようにプルプル震えていた。
何故か自分の中で、休憩したら負けという認識になっていたせいだ。
ともかく俺はやりきったのだ! この想いを神に祈る資格がある!!!
鳥居をくぐり、中を見渡すと小さくてボロい拝殿があるだけだった。
このタイプの神社のご神体は、山自体らしい。そんな山も、開発でかなり削られてるんだから罰当たりというか世知辛いというか……
参拝のルールはなんとなくしか知らないが、とりあえず鐘を鳴らしてお賽銭を投入しようとして少し悩む。
ご縁がありように、じゃちと弱いか? 付き合ってもいないのに始終ご縁がありますように、じゃ重いし……
悩んだ末、五円玉を二枚重ねて投入した。重ね重ねご縁がありますように、という意味だ。
二礼二拍手して神に祈る。
(白神と出会わせて頂いたことに感謝します。白神は他のやつを好きかもしれない、もう誰かと付き合ってるかも知れない。けど、俺は彼女に出会えたことで、自分が生きてる実感を初めて得ました。これから振られたとしても、この感情のおかげで生きる意味が分かりました。これで、もう昔のように悩まずに生きていけます。だけどもし、彼女に心に決めた人がいないのなら、俺にチャンスをください!)
人生で初めての本気の祈り。祈り終えた時には脱力感すら感じたが、最後の気力で一礼して拝殿から背を向け歩き出す。
参道にぽたりぽたりと雫が落ちていく。
ずっと生きる意味がわからなかった。他人がなんで生きてるのか疑問だった。今なら分かる。出会うために人は生きるのだ。
「今、ここから俺の人生が始まるんだ!」
そうして、涙を拭いながら踏み出した未来への一歩目は――
石段と共に崩れ去った。
「はれ?」
俺はマヌケな声を出しながら、登るのに苦労した急勾配の石段を、頭からすごい勢いで下っていった……




