08. カヘルの冷えひえ捜査会議
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エルメンの村まで戻ったカヘル一行は、東域第五分団の巡回騎士らとともに集会所にいた。大きな卓子を囲んで立ち、捜査会議である。
「……といった次第で、金銭面に関しましては、クリフニーとコードル両家ともに目立った問題は見られません。アシュリーン嬢の持参金、クリフニー若侯からの結納金、同額の支払いが完了していました。結婚前でしたので、クリフニー若侯が遺族年金手当を受け取る可能性はありません。クリフニー若侯にとり、アシュリーン嬢を殺害して得られる経済的利点は皆無です」
ある巡回騎士が報告を終え、別の一人が声を上げた。
「……名誉の面においても同様です。若侯の祖父の代に現在所を得たクリフニー家としては、旧家の後継者であるコードル嬢との婚姻で、周辺地域との結びつきを深める意図があったと推測できます。このような形で結婚を破談としても、有益なことは何もありません」
大卓子の上に筆記布を広げ、巡回騎士たちの報告記録を取りながら、カヘルの側近ローディアは内心で首をひねっていた。
本当にそうなのだ。はたから見れば、この二人の結婚は当人たちとその周囲にとって良いことづくめである。両家は性質こそ違えど、同等の家柄を誇る貴族どうし。どちらかに損になることはなく、つながって双方めでたし……だった。
アシュリーンはクリフニー家へ嫁いでそこに住むとしても、将来的にはコードルの屋敷を相続する。うまいこと子どもを二人産めたなら、クリフニー・コードル両家それぞれの後継者を輩出できたはずなのである。
――やっぱり、お嬢さんの独断で自死……だったのだろうか。けれど、なぜ……? 遺書のたぐいは全く見つかっていないと言うし……。
死の斑点を浮かせても、やはり若々しく美しさに満ちていたアシュリーンの亡骸を思い出して、ローディアは悲しくなる。
「現時点においては、コードル嬢自身の意志による服毒、というのが可能性としては最も濃厚です。しかし」
カヘルが、巡回騎士らの報告を引き取った。
「詳しく話を聞いた関係者によれば、亡くなる前のコードル嬢に、何ら変わったところは見られなかったそうです。自死の理由が見当たりません。よって不幸にして劇薬を誤飲してしまった事故、という可能性も依然として存在します」
ここでカヘルは言葉を切り、脇にいたノスコを見た。衛生文官は、淡々と声を上げる。
「……コードル嬢に中毒死をもたらしたのは、≪妖精の手袋≫で確定です。これは強心の薬、浮腫とりとして一般的に出回っており、入手が難しいものではありません」
ノスコの発言に続いて、カヘルはその場の巡回騎士らを見回しながら言った。
「周辺地域の薬種商を巡って、最近この薬を購入した人を確認してください。それとコードル嬢の友人関係を細かく調べて、話を聞いてみましょう。身内には言えない悩みでも、近しい友人になら打ち明けていたかもしれない」
――結婚直前で思いつめて毒を飲んでしまうなんて……、一体どんな悩みだろう? と言うか、どう考えたって結婚を理由にしてた、としか思えない状況だよなぁ。……って考えるのは、俺が男だからかなぁ? 女の子は別の考え方をするのかもしれない……。うーん、わからない。
ローディアは悶々と考えつつ、硬筆書きをすすめている……。
「シウラーン侯のもと、夕刻こちらで再度の捜査会議を行います。それまでにできるだけ多くの知人、友人に話を聞いて、関連性のありそうな情報を洗い出してみて下さい」
デリアド東域第五分団の巡回騎士らは、静かに解散する。
シウラーンは連れてきた部下十余名で、村内聞き込み調査とコードル・クリフニー両家の保護監視を行うとカヘルに言った。彼らは全員エルメン村に逗留することになるが、結婚式が中止になり招待客の来なくなった宿泊施設が、巡回騎士らを引き受けるらしい。なりゆき上ではあるが、皮肉である。
「わかりました。我々は一度デリアド市内へ帰り、フォーバル騎士団長と宮廷にここまでの報告をして、また明朝来ます。交代要員に不足はありませんか?」
「地元第三分団から打診がありました。村内の夜間警備の分、要員を配してくれるそうなのですが……。受諾するべきでしょうか?」
淡々としたカヘルの問いに、これまた平らかに答えるシウラーン。カヘルはこの初老の警邏部長を評価し始めていた。カヘルの若さや地位にとまどうことなく、自分の範囲内で最善を尽くしてくれる使える人間だ。
「ええ。村内の治安保持という名目で、第三分団の申し出を受けましょう。引き続き、両家の監視は第五分団にお願いします」
「はい」
恐らくこの一件は、……とカヘルは考えをめぐらせる。
――アシュリーン・ニ・コードルは、何らかの手違いで≪妖精の手袋≫を誤飲してしまった。家内にこの薬を服用していた者はおらず、常備もしていなかったはずだとコードル家の使用人たちが証言しているのが、気になるが……。例えば誰か知人に頼まれ、持ってゆく途中だったものを、他の何かと間違えて口にしてしまった、ということがないでもない。幸せな結婚の直前に起こってしまった、実に不幸な事故であった……。このくらいが妥当か。
ふ、とカヘルはごくごく小さく鼻息をついた。
――あとは東域第五分団の騎士たちが、アシュリーン嬢の近況について友人らの印象を集めてくるのを待てばいい。誰もが何ら変わりはなかった、嫁入りを控えて嬉しそうだったと言うのであれば、これはもう誤飲事故でさっぱり終いである。そうでなくて、何やら隠れた事情がありそうならば……それはその際に対処しよう。
そう決めて、カヘルは卓子の周辺にいた直属部下らの顔を見る。
「バンクラーナ侯は、本日ここに残ってシウラーン侯の補佐をしてください。ローディア侯、ノスコ侯は私とともに帰城。ファイー侯は、どうしますか?」
後方、部屋の隅にいた女性文官は、さらっと軽くうなづき返して言った。
「巨立石の現状維持に問題がなさそうなので、本官も帰庁します」
「そうですか。では、行きましょう」
午後半ば、夏の陽はまだまだ高い。
村壁近くの公共厩舎に預けておいた軍馬を取りにゆくところで、ローディアの脇を歩いていたファイーが、ふと側近騎士に言葉をかけた。
「失礼、ちょっと買い物をしていきます。すぐに追いつきますので、先に行っていて下さい」
「はあ、……」
ローディアの返答を待たずに、女性文官はさっさと村外れの小さな店に入ってしまった。ローディアが目をやれば、藤色に塗られたかわいい看板が、藁ぶき家の軒先にかかっている。屋号は、“ことぶき蘭”……。
実際ファイーはすぐに合流した。全員が騎乗して、デリアドへの準街道に通じる道を進み始めて間もない頃。
背後から蹄の音をとどろかせて、追って来た一騎がある。
「侯!! お待ちください、カヘル侯っ」
いぶかしげに目を細めて振り返ったカヘルに、その追って来た巡回騎士が叫んだ。
「村の住民が十数名、巨立石を倒そうとして、巡回ともみ合いになりかけています!」
「!!」
カヘルは即座に、軍馬の頭を返す。小道を駆け始めるそのすぐ後ろ、ファイーの白馬が速足でついてくる……。




