07. クリフニー家の人びと
側近がその毛深い胸のうちに疑惑を噴出させる一方で、カヘルは淡々と質問を紡ぐ。
「……コードル嬢は、極度の甘党だったのですか?」
「そうそう、でも甘党なんて生ぬるいものじゃあないよ。完全に甘味中毒だったね……! まさに玉に瑕と言おうか、あれさえなければ非のうちどころのない娘だったなあ。毎食毎食、しめに盛大に甘いものを食べて……。そう言えば最後に会った時も、手土産に蜂蜜飴の包みを持って行ってあげたのだっけ……。喜んでたけど、食べちゃったのかな。あれは」
くっだらねぇ、と思いつつ側近ローディアは筆記を続けた。
――婚約者が死んだその日にこの軽口調……! とても、悲しみをこらえて芝居をうっているとは思えない。実際悲しんでなんかいないんだ! ああ、怪しい!
娘が服毒自殺をしたのでない限り、つまり他殺ならこいつが容疑者第一号。ぶっちぎりの本命馬だ◎と、ローディアは内心で叫んだ。
カヘルは次の質問を繋がない。ここでひとまず聴き取り調査を終了するのかな、とローディアが思ったその時である。
きらりとした視線を感じて、カヘルはさりげなく斜め後ろを見た。
ファイーがごくわずかに前に出て、……微笑している。
この女性準文官がただものではないことを、カヘルは数年前から知っていた。何かあるなと判断して、彼女にわずかにうなづいてみせる。どうぞ?
「……お土産を持参されるなんて。お嬢様に、やさしい気遣いをされていたんですね? クリフニー侯は」
――えええっ!? 今のその後ろの声、一体どなたッ!?
振り返って確かめることのできないローディアは、一瞬困惑した。平生のびしびし調と打って変わった和やかな声で、ファイーがクリフニーに話しかけたのだ!
「えっ? あ、ああ……はは、それほどでも」
そこで初めて、カヘルの後方に控えていた女性に気づいた……といった様子で、クリフニーは朗らかに答えた。
「お嬢様のお好みの、甘味などを選んで持っていかれたのでしょう? 村のお店などで?」
おっとり穏やか、ごく一般的な貴族女性の話し方で問うファイーを、クリフニーは全く警戒しない。
「ええ、そうなんです。アシュリーンは、“ことぶき蘭”の蜂蜜飴が大好きでしてね。よく買って持って行くんですよ……」
「そうでしたか」
軽くうなづいて、無害平和な微笑のまま、ファイーはカヘルを見た。
「……クリフニー侯、ご協力ありがとうございました。ご自分の室に戻っていただいて結構です」
「やあ、もういいのかい? 私の疑いは、晴れたのだねー!」
「侯」
ずいいっ。
立ち上がったクリフニーと、初めてまともにカヘルは視線を合わせた。
淡い青、氷のようなつめたさを湛えたその眼差しに射抜かれて、クリフニーの顔が凝固する。
「あなたは、アシュリーン・ニ・コードルをその手にかけて、殺害したのですか?」
――ひえーっ。
側近ローディアは、胃が冷やっこくなるのを感じた。何という、平らか氷点下な問いかけをするのだ! 副団長!?
「……いいえ。樫葉のデリアド国章に誓って、……私は彼女を、殺していません……」
絞り出すようなクリフニーの答えには、ところどころ揺れがまじっていた。
「そうですか。……今後伝達のあるまでは、極力このご自宅を離れないようにしてください」
実質の軟禁状態に置かれたことをクリフニーが理解する前に、カヘルはふいと卓子を離れた。
直属部下バンクラーナと、東域第五分団警邏部長シウラーンに伴われ、屋敷の客間へと向かう。ローディア、ファイー、ノスコがその後を追った。
・ ・ ・
赤の緞子に金糸の縫い取り、実に居心地の悪そうな豪奢な長椅子。そろいの安楽椅子に埋もれるように座っているのは、クリフニーの両親であった。
ほぼ引退間近と言うクリフニー老侯は、息子同様に東域第三分団の幹部騎士と言うが、会計部長が窓際職であることをカヘルたちはもちろん知っている。不健康に肥った体でふんぞり返って、老侯は不機嫌まる出しだった。
むっつりと言葉すくない夫に代わり、ふた回りほども若いような細い夫人が、手巾を握りしめて嘆く。
「アシュリーンさんは、本当にすばらしい方でした。優しくてひたむきで、……それなのにこんなことになってしまって……。もう、どうしたらいいのか」
クリフニー家にはもう一人息子がいるが、首邑デリアド市内の騎士修練校に寄宿中、ということだった。
「……本来であれば、若侯の結婚式が今日おこなわれるはずでしたね? 呼び戻されなかったのですか」
カヘルの問いに、夫人はうつむいた。
「ええ、いま遠方で演習中ですので……」
「タードレの式だ。あれがいなくても、別段かまわん」
吐き捨てるような言い方をしたクリフニー老侯に、記録を取り続けるローディアは不快感をもつ。言い方も言っている内容も、それを口に出した老侯本人も、全て不快源である。
「まあ、呼び戻したところで無駄になったがな。倅の結婚式は、台無しだ……。あのばか娘のせいで、我が家はとんだ醜聞を被ったわい!」
隣の夫人が、おずおずと懇願するように言葉をはさむ。
「クリフニー様、……どうかそんな言い方をなさらないで下さいまし。アシュリーンさんは、亡くなったのですから……」
ふんッ、大きな鼻孔からついた息が、老侯の白い口ひげを揺らす。
「お前はいつも、あの小娘の肩を持ちよって……。これだからくだらん、女は」
夫人は唇を噛みしめ、顔を真っ白くして耐えている。
カヘルが事務的に質問を重ねていった。夫妻がアシュリーンに最後に会ったのは五日前、ちょうどこの客間で新郎をまじえ、式の打ち合わせをしたらしい。
クリフニー若侯同様、娘に変わった様子を一切見出さなかった、と夫妻は言った。
「いつも通りに明るく朗らかで……。結婚を目前に、幸せそうな顔をしていらっしゃいました。本当にアシュリーンさんは、おきれいでした」
手巾で目元を押さえながら、クリフニー老侯夫人はうめくように繰り返した。……




