03. 不吉な結婚式招待状
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「……つまり。この地方一帯の、急激な治安悪化の要因は、過疎集落における東部流入民の増加にあると?」
さわやかな夏の朝の、冷涼な空気。今を盛りと咲き満ちあふれる花々の芳香と、甘い果実のふくよかな薫りを含んで流れる微風……。
そんなうるわしき季節の恩恵をみごとに取っ払った、陽光すら差さぬ辛気くさい城塞の一画。
四人の男たちが、狭い卓子を囲んで顔を突き合わせていた。
「侯は、そう仰りたいのですか?」
辛辣とも言える硬さ。冷えびえとした若い男の声が、正面の男ふたりに向かって放たれていた。
「……はい、一目瞭然でありましょう……。もし他に要因と呼べるものがあるのなら、ぜひとも知りたいものですな!」
翠月だというのに揃いもそろって、一同は毛織の外套を着ている。
一応夏用の軽い生地だが、貧弱な蜜蝋灯りのもとでは、お世辞にも爽やかとは言えない。
左胸の部分に刺繍されているのは、黒羽二本に挟まれた一枚の樫の葉。その名も≪永き樫の森≫を意味するこの国、デリアドの国章である。
樫葉に黒羽の章をつけた黄土色の外套は、デリアドの正規騎士のみが着用をゆるされる名誉の外衣だ。しかし暗くしょぼくれた石造り室内においては、どうにもぱっとしない。
卓子を挟んで、デリアド副騎士団長に向き合う北域第四分団長の中年騎士とその腹心は、居心地わるそうに渋面を作っている。
「しかし東部流入民の不法滞在検挙数は、領内各地で減少傾向にあります。北域第四分団の管轄内で、独自に把握した統計や動向がおありですか?」
キリアン・ナ・カヘルは平らかに、かつ冷酷に問うた。
ほとんど白金、明るい直毛金髪をぐうっと後ろになでつけて、形のよい額とその下に冴えざえきらめく青き双眸をあらわにしている。
つるっと端正な顔だちは、むくつけき騎士らの中で異様に浮いていた……。ひげのないせいで、彼はやたらに若く見える。実際、カヘルは若いのだけれども。
「お言葉ですけれども、カヘル侯。窃盗や暴力沙汰を起こすだけ起こして消えてしまう犯罪集団を、人口として把握するのは不可能であります」
腹心が助け舟としてそっと述べた言葉を、北域第四分団長はひったくるようにして引き取った。
「そう、そうそう! こちらとしては、巡回騎士の配備員数も不十分でありますゆえ!」
きーん!!
カヘルの双眸から発される青い光線に、正面の北域第四分団長と腹心は悪寒をおぼえた!
目は口ほどにものを言うが、これほどまでに冷やっこさを放つ目線というのは珍しい。暑い国なら重宝されたであろう。しかし残念ながら、イリー都市国家群ならびにデリアドの気候は冷涼である。カヘルの眼力が、できない配下をびびらせる以外のところで役に立ったことはなかった。
「わかりました。それでは宮城内から一時的に応援をまわしますので、通常警邏を何とか厚くしてください。詳細は追って連絡します。他に報告事項はありますか?」
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後ろ手にばたんと扉を閉めつつ、北域第四分団長はますます顔を渋くしかめて呟いた。
「くそう、あの若僧め。年々、鼻もちならなくなってゆく!」
「しーっ、カヘル侯に聞こえますよ……」
「いいんだ、少しくらい聞こえた方が! ……対テルポシエ戦役で、自分の箔を重ねづけしたつもりなんだろう。あの調子で正論ばかりを吐かれると、頭が痛くなってくるぞ。ああ、腹立つ」
要するに年功序列を飛び越した、できる年少の上司に対する嫉妬やっかみでしかない。ださいですよ……と腹心は思ったが、言えるわけもない。うす暗い廊下をずんずん歩いてゆく北域第四分団長の二歩後ろを、その腹心はついてゆくしかできなかった。
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「この時期に、すんなり臨時動員に応じてくれる予備人員がありますかね……。何と言っても、夏季休暇に入るものばかりです」
硬筆と墨壺、大柄な側近騎士のローディアは筆記具をまとめながら、横の上司・カヘル若侯を見る。
報告の書きつけられた筆記布から目を離さずに、切れ者のデリアド副騎士団長は平らかに答えた。
「年末の正規騎士試験に向けて、修練校の最終学年生徒たちが、北域の湖で長期演習中です。彼らを動員して、比較的問題のない町の警邏をさせましょう」
「ああ、なるほど……」
本当に治安の悪い共同体へ、先ほどの第四分団長以下の巡回騎士を集中させればことは足りる、とカヘルは考える。なあなあで警邏の網目を粗くしている分団こそ、気合を入れればよろしい。
「さっそく生徒たちの名簿を確認して、フォーバル騎士団長に提案します」
感情をまじえず事務的淡々と言って、カヘルは会談室をあとにした。
暗く冷やっこい石壁の廊下から、少なくとも窓のある副団長の個室に戻って、側近ローディアはほっとする。
ただでさえ冷えびえした態度性質の直属上司、キリアン・ナ・カヘルと一緒にいると、体感温度が低いのである。頭のてっぺんから足の指まで、明るい栗毛で豊かにもじゃもじゃしているローディアではあるが、現行季節の恩恵は受けたかった。
大きな机の上の木箱には、この朝届いたばかりの便りがどっさり入っている。
カヘルが他の書類を確認している間、ローディアはむくつけき手を器用にひらめかし、重要度の高そうな便りをより抜いて仕分けしていった。
「……おや」
しかしその布便りの山の中の一通に、ふと妙な感覚をおぼえる。それを耳ざとく聞きつけて、カヘルが目を上げた。
「何か?」
「はい、……この筆跡。先日招待状を送ってきた方と、同じなのでは……?」
差し出された皮紙の巻を受け取りながら、カヘルは眉根を寄せた。
ばつんと蜜蝋封印を解いて開ける、……読みながら今度は目の下にもしわを寄せる。
――うわあ、嫌な予感……!
側近ローディアはいち早く察して、そうっと身を引いた。急激に機嫌を悪くしたカヘルの視界から、自分の大きな身体を何とか外そうとこころみる。
「本当に、困ったものだ。結婚式の招待には、きちんと辞退の返信をしたというのに」
母語、正イリー語での意思疎通ができない人間が貴族にもいる。カヘルは往々にしてそれを思い知らされ、げんなりすることがある。
デリアド……沿岸部に連なりたつイリー都市国家群の西端にあるこの小国で、騎士団長フォーバルに次ぐ地位のキリアン・ナ・カヘルは、実直を絵に描いたような切れ者であった。
現デリアド王室とも血縁の濃い名門貴族カヘル家の長子として生まれた運に加え、地道な努力に邁進してきたことの輝かしき結果である。
しかしできる男であるがゆえに、周囲の迷惑凡人に振り回されるのが煩わしい。便りの送り主は、そうやってカヘルの貴重な時間を吸い取る人々の代表みたいなやつであった。
「……まさか、招待のたたみかけをしてきたのですか……?」
恐るおそる問いかけたローディアには目を向けず、書面を冷たく見下ろしながらカヘルは言った。
「ええ。先日出した欠席の知らせは完全に無視して、夕刻の宴だけでもぜひにと書いてきています。何がなんでも、私に出席して欲しいようですが……。八日と言えば、もう今夜ではないですか」
不機嫌なカヘルの溜息が、差出人の署名にあたる。
タードレ・ナ・クリフニー。騎士修練校の同期であったが、首邑の騎士団所属ではない。所有地のある東域にて、巡回騎士らの指揮を執る幹部職についている。相続したものの威を借りているだけで、大した実績なんぞ聞こえてこない凡庸な騎士であるが、大出世した元級友の権威はさらに借りたい意向なのだろう。自身の結婚式への参加を、しつこくカヘルに依頼してきたのであった。
――この分の時間と労力を、もっと有益に使えばいいのに……。どうしてくだらない人間ほど、くだらないことに時間を使いたがるのだ。
苛立ちをにじませながら高級皮紙をにらみつけるカヘルに、側近ローディアは低く囁く。
「私がお預かりしましょうか? 便りが今日届かなかったことにすれば、明日残念でしたと一筆書いて終わりです」
「そうですね……。むしろ、自宅で焼いてもらえますか。そもそも向こうが欠席の知らせを無視しているのです。こちらも無視でおあいこでしょう」
一筆書き足す手間もかけたくないカヘルは、そう言いつつ脇のローディアを見上げた。
「はっ。では早晩、かまどの火にくべてしまいます」
ローディアが皮紙を小さくたたみ、外套の内側かくしにしまいこんだ時である。
個室の扉が叩かれて、直属部下の騎士プローメルが入ってきた。
「カヘル侯に出動要請、東域第三分団からの一報です。エルメン村にて、若い貴族女性の変死体が発見されました」
「貴族女性……。殺人ですか?」
さっき脱いで椅子の背にかけたばかりの黄土色外套を手に、立ち上がりながらカヘルは平らかにたずねた。
「現時点では、地元の巡回騎士たちには判断がつかないのだそうです。かなり不審な点が多いらしく……それに」
「?」
プローメルの歯切れの悪さに、ローディアが首をかしげる。
「それに……亡くなった女性というのは、今日結婚するはずだった花嫁だと言うのですよ」
プローメルが連絡詳細を読み上げるのを聞いて、側近ローディアは内心うげえ、とうめいた。
変わらず冷やっこい表情の裏で、実はカヘルもまさかと言いたいのを抑えている。
いやなことと言うのは、えてして重なるものなのだ……。




