02. かっとばせ!カヘル副団長
こけーーッッッ!!
空気をつんざくような雄鶏の絶叫に、朝の仕事を始めつつあった通りの店の人々は、ぎょぎょっと顔を上げた。
イリー都市国家群の最西端にあるデリアド。ここは小さいながらも一国の首邑、宮城と市庁舎に近い城下通りでにわとりが鳴くだなんて、めったにあることではない。
「きゃああっっ」
女の叫びが、ばさばさと力強い羽音にまじった時、人々は状況をのみ込んで震え上がった!
ばかでかい鶏……、とさかも尾羽も巨大にして立派なやつが、跳びあがって人に襲いかかる寸前なのである。なんて勢いだ、小刀みたいな爪が陽光にぎらりと光る! その前、石だたみの路地の上には、女性が何かを下に抱えこんで突っ伏していた。
あああ、危ない! 皆が目を見開き、胃の中つうーと冷っこいものを感じた、その瞬間。
ふわり、と黄土色の影が躍る。
倒れた女性を守るように、雄鶏との間に割り入ったその人物は、流れるような所作で腰を切る! 次いで上半身がしなやかに巡った。
ぱっっっこーーーーん!!
黄土色の外套下からあらわれた、その無骨な得物。棍棒の先端にくっついたいぼいぼ付きの鉄球が、空中の雄鶏に衝突する……。
胸のすくような戦棍の一打にかっとばされて、鶏は空たかく飛んで行った。ああそのまま大空の一部となれ。
……ということはさすがになくって、飛翔できぬ鶏は大手家具商の石壁にぶち当たる。青と黄色で“いけ屋”と書かれた、そこのはでな看板にはね返ってから、どさりと路面に墜落した。
「ふむ、場外」
気絶したらしい、ぴくぴく震えている鶏の姿を冷ややかにみとめると、男は倒れ込んでいる女性に声をかける。
「大丈夫ですか。怪我はありませんか」
ふぁっと顔を上げて、休み処の女将さんは、自分と子どもを救ってくれた男の顔を見上げた。
「か……、カヘル様ぁ!?」
わーー!!
周囲の人々が、いっせいに歓声をあげた。
その騎士カヘルは黙々と、女将さんを助け起こす。彼女が身体の下に守っていた、二歳くらいの男の子がべそべそと泣きかけるのを見て、カヘルは微妙にたじろいだ。
「あーっ、何をしてくれたんだ! 俺の鶏!」
しかし家具屋の前で、怒声をあげた男がいる。
「こんなんじゃあ、もう売り物にならねえッ。第一級の闘鶏だったんだぞ! 一体誰が、ぶちのめしやがったんだ!?」
頭から湯気をたてそうな勢いで、巨漢が鶏を手に、ずかずかと歩み寄ってきた。
「あんたがやったのかッ!?」
猪首にのっかった赤い顔を怒りにゆがめて、むさ苦しい男はカヘルを見下ろし、にらみつける。
「高くつくぞ!」
「高くつくのは、あなたの方です。デリアド市内への闘鶏の持ち込みは厳禁とされている……。このように籠から脱走した場合、人を襲う危険性が強いからですが」
「けっ!」
「どうやって市門を通過したのですか? 食肉用と偽装したのなら、重ねて罪が適用されます」
いなか者の大男は、依然としてカヘルを見下ろし、にらみつけている。巨漢ははじめ、騎士を坊ちゃん風となめてかかっていた。しかし若い男が放つ青い眼光に、巨漢は徐々にからめ捕られる。次第に身体の自由を奪われて行くような錯覚すら、覚え始めている……。なんだ、この悪寒!?
「どなたか。巡回に連絡を……」
カヘルの言葉に、背後の人々が呼応した。
「はーい! うちの兄ちゃんが呼びに行きまーす、カヘル様ー!」
「そんなやつ、しょっぴいちゃってー! カヘル様ー」
「ていうか、そいつも戦棍でかっ飛ばせー。カヘルさまー」
カヘル。カヘル。カヘル……。
巨漢はようやく、自分が誰を相手にしているのか、理解し始める。
赤い顔を一転、青くして立ち尽くす大男に、カヘルは低く呟いた。
「……あなたは先ほど、闘鶏と言いましたが……。これは私の聞き間違いだったのかもしれません。幸い、襲われかけたお子さんにも怪我はないようだし。食肉用の鶏が逃げ出して暴れてしまったと言うのなら、あなたが謝って済むことですが?」
言葉と同時に、冷やーッとした空気が巨漢の周囲をとりまいた!
がくッ、と力のぬけたように体を震わせると、巨漢は子を抱いた女性に向き直る。
「す……すまんかった、奥さん! 坊ちゃん! どうか堪忍しておくれ、……この通りだッ」
恐怖に目を大きく見開いてから、女性に深々と頭を下げる。
そうして右手に鶏をぶら下げ、あたふたと路地のむこうへ駆けて行った……。
ふんッ。
小さく鼻から息を吐いて、カヘルは肩をすくめる。その後ろで、町内の皆さんがやはり同時に鼻息をぬいて、肩をすくめた。
「カヘル様、うちの嫁と坊主を助けていただきまして!」
くるりと振り返れば、休み処の若旦那が顔を真っ赤にしている。
「いえ。災難でしたね」
「お礼にもなりませんが、はっか湯一杯いかがでしょうか!」
カヘルは小首をかしげた……。
「ご厚意はありがたいのですが、いま出勤中ですので」
「ええ! そう思って、持ち出し用をご用意しましたッ」
若旦那がさっと差し出した素焼の長ゆのみには、布ぶたがかけられている。
それを受け取ると、口角を片方だけちょっと上げて、カヘルはこの朝はじめて笑った。彼は気の利く人間が好きである。
「いただきます。……それでは皆さん、福ある一日を」
「いってらっしゃい、カヘル様ー」
「気をつけてね、カヘル様ー」
黄土色の騎士外套をひるがえし、大股ですいすい歩き去る彼の背中に、人々の声がかぶさる。
やがてカヘルの目の前に、どしりと重厚なデリアド城が姿をあらわした……。




