第1話 夢か現か幻か
俺、神谷すぐるは困惑していた。
昨日は、クレーム対応プラス連日の残業で疲れ果て、部屋に着いて速攻ベッドに倒れこんだはず……
(なのに、ここはどこだ?)
目を覚ますと、すぐに真っ白な天蓋が目に入った。そして、シルクのような手触りのシーツに、キングサイズはあるだろう、ふかふかのベッド。
(まだ、俺は夢の中なのか?)
目を擦って、もう一度辺りを見渡す。壁には高級そうなカーテンがいくつも天井から垂れ下がっており、反対側には重厚感のある大きな扉が確認できる。その他にも、部屋の中にドアらしきものが2つ3つあった。ベッドだけでも驚いているというのに、このだだっ広い部屋に、極めつけはバラの香りが漂っている。
(まるで、外国令嬢やお姫様が住むような部屋じゃないか。俺もだいぶ疲れてるな……)
せっかくの夢なのだから少しは楽しんだ方が良い、とベッドから起き上がった際、身体の異変に気がついた。
(あれ、俺はこんなに小さかったか?)
ベッドから降りようにも、足が床に届かない。小さな足が行き場をなくして、ぶらぶらと宙で遊んでいる。
(いや、ベッドがでかいのか?)
ジャンプして絨毯の上に降りると、縁が金色に装飾された鏡がチラッと目に入った。そこに映る姿に、俺は驚愕する。
(えっ、誰……?)
鏡の中には、可憐な幼女が映っていた。漆黒のサラサラな髪は腰まであり、淡い緑色の大きな瞳に、透き通るもちもちの肌。その見目麗しい幼女が、レース付きのパジャマを着てこちらを見つめている。俺は思わず鏡へと近寄った。同時に、幼女もはっきりと大きく映る。
(もしかして、これ……俺なのか??)
鏡の前で1周ターンをしてみる。長い髪がふわりと広がり、止まるとさらりと元に戻った。首を左右に傾けると、鏡の中の少女も同じ動作をする。
(やっぱり、これは俺か……!!)
仕事のし過ぎで、ついに夢でまで現実逃避が始まってしまったのか……と複雑な気持ちになった。
――コンコン
「神子さま、失礼いたします。」
ノック音と共にガチャリという音が聞こえ、ドアがゆっくり開くと可愛らしい声が部屋に響いた。
「おはようございます。もう起きていらっしゃったのですね。」
俺は振り向いて声の主を確認した。ドアの前に立っていたのは、肩まである綺麗な桜色の髪に、メイド服を着こなしたお姉さんだった。
「神子さま、お加減はいかがでしょうか?」
こちらを見て心配そうな表情を浮かべる彼女には、ふわふわな耳と尻尾がついている。
(なんだあれ、触りたい……)
無性に触りたい衝動に駆られる。俺は、もふもふした動物を触るのが好きだ。動物に限らず、毛布やクッションなどを選ぶ際は、必ず触り心地重視で選び、仕事のストレスをそれで癒すのが細やかな習慣だった。マンションがペット禁止なので、泣く泣く飼うのは諦めたが……休日に犬猫カフェを訪れるのが、ここ最近の楽しみでもあった。
そんな俺の理想の『もふもふ』が目の前にいるのだ。これはもう触るしかない。
「あの……すみません。」
俺はおずおずと声を発した。声まで女の子のそれだったが、今は重要な案件が別にある。丁寧に頼めばきっと優しそうなお姉さんは、触らせてくれるだろう。言葉を続けようとして……それは叶わなかった。
「お召し替えですね。大変失礼いたしました。すぐにご用意いたします。」
もふ耳お姉さんはそう言うと、首からさげている笛のようなものを吹いた。吹いたと思ったが、俺には全く音が聞こえなかった。
「いや、そうじゃなくて……耳を……」
俺は訂正しようと言葉を続けた。だが、彼女の後ろから軽快に何かが現れ、俺の声はかき消されてしまったようだった。
「「神子さま、おはようございます。」」
目の前に、同じ顔の少女が立っている。1人は水色髪で不器用な笑顔を浮かべており、もう片方は青髪でにこにこと明るい笑顔を振りまいている。髪型はどちらもツインテールだが、なんとも対照的な2人だ。そして、その少女たちにも、もふ耳お姉さんより少し小ぶりの耳と尻尾がついていた。
(もふ耳少女だ!!あぁ、ここはパラダイスか……!?)
俺のテンションは一気に上がった。それはもう仕事の疲れなんて吹っ飛ぶくらいに。
「「お召し替え、手伝わせていただきます。」」
青髪の子に続いて、慌てて水色髪の子に深々と頭を下げられた。もふ耳がふさふさと動き、尻尾は左右に揺れている。
(あぁ、もう我慢できない……)
俺が手を伸ばして、耳に触れようとした瞬間、水色髪のもふ耳少女に一気に後ずさりされた。
(あれ?)
気を取り直して、青髪少女のもふ耳に触れようとしたら、またも同じ反応をされてしまった。2人は潤んだ瞳でこちらを見ている。
(え……俺、何かしたのか?)
2人に避けられてしまい、俺はさすがに少し傷ついた。




