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式神の魔術師  作者: 池上葉
第一章 託された使命
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7、余裕

 先に動いたのは千尋。いや、彼自身の体は動いていない。上空で旋回していた数羽の式鳥を操り、『石の魔術師(ホルンフェルス)』に向かって急降下させたのだ。


 元が紙製だからといっても、そこは魔術を用いて造り出された物体。限りなく本物に近い情報を持たせている上、運動性はそれ以上。つまり、本物の鳥ほどの質量を持ったものが弾丸に匹敵する速度で降下してくるのだ。まともに当たれば胴体すら切断しかねない。


 それを――、一瞬で十メートルもの距離を移動してかわす『石の魔術師(ホルンフェルス)』。明らかに人の動きを超越した速度。


 『現代魔術』の中で定義された方式に、熱変換方式というものがある。この方式の中で最も多く使用される例が、運動エネルギーの上下動。つまり熱エネルギーと運動エネルギーを相互に変換させ、物体の持つ速度を上げ下げするといったものだ。


 飛来してきた弾丸の速度を抑えたり、逆に手で投げた物の速度を上昇させたり――など。しかしそれらはあくまでも『物体』に対して行われるものであり、今の『石の魔術師(ホルンフェルス)』のように『人体』に対して使用すれば、骨や筋肉、神経や血管などズタズタに引き裂かれてしまうことは避けられない。人の体とは構造上そのような衝撃に耐えられるように造られてはいないからだ。


 しかし、『石の魔術師(ホルンフェルス)』がそれを可能としたのは、まさに彼の通り名が示している『石』の力を使ってだった。

 かわした直後、アスファルトにブーツを押し当てて動きを止める。その両足が、石になっていた。


「大体六・四くらいかな。六割くらい石化させちゃえば今の移動でも体への負担を緩和させることができるんだよ」


 親切に説明してくれるが、


「あっそ。そんな余裕かましてる暇ないんじゃない?」


 『石の魔術師(ホルンフェルス)』の足元を指差しながら答える千尋。釣られて見た視線の先で――


 アスファルトの一部がロープ状に丸まり、『石の魔術師(ホルンフェルス)』の両足に絡みついていく。当初親指ほどの太さだったそれは、見る見るうちに太くなり、最終的には足の太さほどの『大蛇』となって男の動きを制限した。


 無論、アスファルト自体に細工を施したわけではない。正解は、アスファルトと同じ色に仕立て上げた式札を、アスファルトの上に置いていたのだった。


 問題はいつそれをやったのか――だが、


「やるね。『あの一瞬』でここまでの仕掛けを施してあるとは」


 焦りのない声で答える『石の魔術師(ホルンフェルス)』。彼はいつそれをやられたのかすぐにピンと来たようだ。


「あんたが余所見するからでしょ」


 答えは、一番最初に千尋がここを訪れた時だ。予想していた以上に早く追っ手(千尋)が現れたことに対して、千尋が人差し指を上空に向けて式鳥を示した時。


 ――なるほど……。あれが東洋の式神というやつかい? などと言いながらカステルが上空を見上げた隙に、千尋は手の中に隠し持っていた式札に術式を焼きつけながら地面に落としていたのだった。


 後は標的が近づくのを待って、タイミングを見計らって式神を召還すればいい。

 そしてそれはその通りになった。


 足首から腰元まで螺旋を描いて巻きつく大蛇。直立したまま動きを制限された『石の魔術師(ホルンフェルス)』の元に、上空を舞っていた残りの式鳥が飛び下りてきた。


 十一羽中、六羽が『石の魔術師(ホルンフェルス)』の肩や胸、腕や太ももに突き刺さる――だが、命中した部分が石に変化しており、そこから侵食していくように式鳥の体も灰色の石となっていく。

 鳥の形を保ったまま石像化し、そのまま地面へと落ちて砕け散った。

 いつの間にか『石の魔術師(ホルンフェルス)』の下半身に巻きついていた大蛇も石にされ、破片となってがれ落ちていた。


「残念だけど、僕に物理的な攻撃は通用しないよ」


 余裕を感じさせる『石の魔術師(ホルンフェルス)』。しかし千尋にも焦りはない。


「ならなんで最初の攻撃は避けたの」


 それが語尾を上げた質問にならなかったのは、次に発する一言への繋ぎに過ぎなかったからだ。


「石にできない部分もあるんじゃない? 例えば頭とか」


「……!?」


 言っているそばから、残りの式鳥が一斉に『石の魔術師(ホルンフェルス)』の頭部目がけて殺到していた。

 これにはさすがに虚をつかれたか、目を見開き硬直することしかできない『石の魔術師(ホルンフェルス)』。


 眉間、左のこめかみ、右頬、頭頂部。四ヶ所に式鳥の鋭い口ばしが突き刺さる……が、またも石の壁が人体への侵入を阻む。当たった箇所を中心に数センチ皮膚が石に変化しているだけだが、『ホルンフェルス――硬い岩石』の異名が指し示す通り、ダメージは与えられていないようであった。


「だから無駄だと――」


「まだだよ」


 『石の魔術師(ホルンフェルス)』の言葉を遮り、相手に向けて人差し指を向ける。


「全てはこのための布石」


 千尋の指の先――『石の魔術師(ホルンフェルス)』の背後に、最後の一羽となった式鳥が宙に浮いていた。


 他の式鳥とは違い、一羽だけ大量の魔素を用いて式を組み込んでいる。『石の魔術師(ホルンフェルス)』と戦う時のことを考え、詰めの一手として事前に空に放っていたものだった。


 直後――

 式鳥の体が一気に膨れ上がり、音と光を撒き散らしながら爆発した。十数メートル離れた場所に設置されていたオベリスクが根元から吹き飛び、アスファルトがえぐれて弾け飛んでいく。大量の煙と粉塵が宙を舞い、衝撃の余波が周囲の人たちの悲鳴を塗り替えていく。


 手榴弾や地雷とは桁の違う破壊力。ミサイルが落下してきたのかと思えるほどの衝撃に、間近にいた男の肉片など何一つ見つからないだろうと想像させるものがあった。


 千尋の攻撃は相手に隙を与えないチェスのようだった。チェックメイトまで手順の決まったエンドゲーム・スタディ。一手一手に意味のある無駄のない打ち筋。誰が対戦相手でも結果が変わることはなかったであろう。


 しかし、


「だから無駄だと言っているだろう?」


 中には盤外の一手でチェス盤ごとひっくり返してしまう男もいるのだった。


 ――『石の魔術師(ホルンフェルス)』。


 危険度Sランクの魔術犯罪者。『アルカナ』という犯罪組織に属し、数々の事件を主導してきた男。いや、性別すらも怪しいものがある。


 その『素顔』は未だ誰にも知られていないのだから……。


 宙を舞う粉塵が風に乗って流れていく。次第にあらわになる姿。

 『石の魔術師(ホルンフェルス)』の全身は爆発の衝撃をものともせず、硬い岩石となった魔素によって守られていた。覆った岩石がボロボロと剥がれ、地面に落ちていく。『石の魔術師(ホルンフェルス)』の肉体も衣服も傷一つ付いていなかった。


「わかったかい?」


 君じゃ僕を殺せないよ? 大人が子供に向けて悟らせるような――実際にその通りなのだが――そんな余裕を感じさせる一言だった。

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