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式神の魔術師  作者: 池上葉
第一章 託された使命
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10、回顧

 村人の大半が農業や林業に従事している、人口一千人に満たない小さな村。

 そこに三上家の屋敷はあった。


 陰陽道に連なる名家として権力者からの信望も厚く、村人からも信仰を集める由緒正しき家柄。魔術協会の台頭や、近年になるにつれて過疎化の進むこの村で、その絶対的な地盤こそ危ぶまれてはいるものの、その影響力は今なお村中に轟いて止むことはない。



 一九九七年、十二月。

 町にある高校からの帰り道。小川に沿った小道を三人の男女が歩いていた。


 一人は三上清之介。黒の詰襟つめえりをきっちりと着こなし、鞄片手に三人の先頭を黙々と歩いている。今年十八歳になったばかりだが、知性的な顔立ちや落ち着いた物腰のせいか、実年齢よりも上に見られることが多い。

 それも彼が育ってきた環境を考えれば無理もないことなのかもしれない。


「なー、兄貴、聞いてる?」


 後ろから話しかけてきたのは、清之介の一つ下の弟、正太郎。ポケットに片手を突っ込み、反対の手で鞄を肩口に引っかけているところ、間延びした口調などから、兄に比べて少しずぼらな印象を受けてしまう。服装まで乱れていないのは、三上家の教育が行き届いているからなのだろうが、それでも彼の性分までは抑え込めていないようだ。


「何がだ?」


 振り返った清之介に、


「今日八芽(やつめ)さん仕事から帰ってくるってさ。久しぶりだから会いにいかないか?」


「そうなのか?」


 正太郎の隣りにいる女子生徒に尋ねる。女子生徒――さつきはかしこまった様子で、


「はい。今日の昼頃には成田に到着するという話でしたので、もうそろそろ着いている頃かと。清之介様も正太郎様もぜひいらしてください」


「わかった。一度家に帰ってから伺わせてもらうよ」


「はい。お待ちしております」


 丁寧に頭を下げるさつき。その様子を隣りで見ていた正太郎は、


「なぁ、さつき。いい加減その喋り方やめないか? 昔からだから慣れてはいるんだけど、なんかちょっと壁を感じるっていうかなんていうか……」


「でも私は分家の人間ですし、それでなくてもお二方よりも年下ですから……」


「年下って俺のいっこ下なだけじゃん。それに分家っていっても百年以上も前に枝分かれしたっきりで、今はほとんど他人みたいなものだろ? 普通に接してくれたらいいんだよ」


「でも……」


 困ったように顔を伏せ、チラッと視線だけ上げる。目が合った清之介は、


「お前の好きなようにしたらいい。正太郎も、あまり困らせるな」


「わかったよ……」


 ムスッと唇を尖らせ、顔をそむける。さつきはほっと一息入れ、


「それでは私はこちらですので」


 丁寧にお辞儀し、自宅のある小道へと入っていった。


「なぁ、兄貴」


 二人きりになるやいなや、清之介の背中に話しかける正太郎。


「なんだ?」


 今度は振り返りもせず、歩きながら返答する。


「兄貴はさつきのことどう思っているんだ?」


「どうとは?」


「とぼけるなよ。わかるだろ? 言ってる意味……」


 数秒の沈黙を挟んだ後、


「……別に。ただの遠縁の女の子だ」


「本当か?」


「ああ」


「そうか……。あっ、やっぱ俺直接八芽さんとこ行ってくるよ。兄貴も早く来いよ」


 それだけ言うと、清之介の返事も待たず、さつきの後を追うように走り去っていった。

 清之介はしばらくその背を眺めていたが、特に表情を変えることもなく家路についた。





 一九○○年代中頃から開発され、進化し続けてきたパーソナルコンピュータの歴史。時を追うごとに価格は下落し、性能は向上する中、現代魔術史における最初の足跡を残したのが七十年代前半。膨大な術式をデジタル化して管理できるようになったのがその始まりだった。


 やがてそれを専用の機器――供給型術式補助装置《ASM》(Advanced Supply Method)の前身となる読取装置に組み込み、魔素を用いて術式発動の実験に成功したことを皮切りに、全世界に一気に現代魔術と呼ばれるシステムが広まった。


 これまでの古代魔術方式では、一部の才覚ある者にしか扱うことができなかった魔術と呼ばれる異能の力が、現代魔術のシステムを用いることによって、なんの知識もない子供でも使用することができるようになったのだから、その影響が及ぼす範囲は瞬く間に世界中へと広がりをみせた。


 現代魔術の流行により世界中で増え続ける魔術犯罪に対応すべく、各国の警察組織内に対応した部署が作られ始めるが、一般的な犯罪よりも複雑化、深刻化していく魔術による事件に、『素人』の寄せ集めでは成すすべがなかったのが八十年代前半の実情。


 そんな折、一九八四年に専門的な知識、技術を有した魔術業界のスペシャリストを集めて結成されたのが魔術協会。


 国連魔術支援団体を支持母体に、一気に世界中へと足跡を残し、現在では警察組織からは完全に独立した、国際的な魔術犯罪撲滅機関として活動の場を広げている。


 イギリス国内での発足から五年後。魔術協会日本支部が東京都に設立される。その年に第一期生として『魔術師』の認可を受けた女性が清之介や正太郎の住む村にいた。


 それがさつきの母――千草八芽ちぐさやつめだった。


 元を辿れば三上の血筋へと繋がっていくが、百余年過ぎた今となっては当家の人間でも関知できないほどに薄まってしまった血。当然、『分家』などとおこがましくも言えるような間柄ではない。


 だが、八芽の存在が両家の関係性を再び深く結びつけることになった。


 千草八芽。幼少の頃から三上本家にいる誰よりも突出した才を持った天才児。

 十歳とおで神童、十五歳じゅうごで才子、二十歳はたち過ぎればただの人――ではなく、二十歳過ぎる頃には彼女は鬼才と呼ばれていた。三上の式神や現存する数々の術を一目見ただけで再現し、誰も見たことのない術をいくつも編み出してきた。


 小さな村で彼女の名が知れ渡るほど、三上本家としてはよい気分のするものではない。自分たちの名を上げられないのなら、彼女の名を下げてしまおうと、あら探しの始まる日々。


 そして出てきた千草家の家系図。元を辿っていけば三上家に由来するではないか、ということで、だったら変に敵対するよりも取り込んでしまおうと、八芽の弟――五樹いつきと、現三上家当主総一(そういち)の妹――朱里あかりの婚約が成立したのである。


 八芽と、婿養子として入った夫の子――さつきが、間接的な繋がりではあるが、自分のことを分家と呼んでいたのはそういった理由も上書きされていたからである。

※ここから数話にわたって時系列さかのぼります。

 前話(千尋が十二歳のとき)を2021年に設定しているので、今話は24年前ということになります。

 千尋が生まれるよりも前。

 清之介が高校三年生だった頃に起きた一幕。

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