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「お前、彩七に何をしたんだ、彼女怪我してるじゃないかっ!」
目くじら立てて怒るあまりの亮の姿に、彩七は驚き止めようと、彼の肩に手を伸ばす。
「亮ちゃん、何するのっ」
「そうだよ、瀬戸君っ何をしでかすんだっ」
彩七の父親も亮の肩を掴む。それでその場に怒りながらも、亮は身体をそこに留めた。
「いきなり何するんですか? 殴られるような事、俺してないです」
殴られても冷静さを失っていない颯太が地面から立ち上がり、怒りに満ちた亮の顔を睨みつけた。
「じゃあ何故彼女怪我しているのにコテージに早く送らなかったんだ? それに彼女は普通の身体じゃないんだぞ! どっちにしろ、こんな時間になるまで何も言わずに連れ回すなんて、非常識じゃないか?」
「ちがうのっ亮ちゃんっ誤解してる。彼は怪我をした彩七の事助けにわざわざ戻って来てくれたの。しかも、彩七を手当てして、ココまで無事に送ってもくれたのっ」
「それにしても、彩七……」
亮が何か言いたげに彩七を見たが、彼女は黙って顔を振るだけだった。
「申し訳ない。彼は悪気があってした訳じゃないから、どうにか許してくれないだろうか?」
頭を下げて懇願する父親に、颯太が少し太い声でしっかりと答える。
「俺なら大丈夫です。だから、どうかもう顔をあげて下さい」
父親は深々と下げていた頭を上げる。
その光景を見ていた彩七は亮に謝るように促した。
「亮ちゃんの口から、彩七のお友達に謝ってほしいの」
亮は謝る事に躊躇してみせた。
だが、彩七のすがるような濡れた瞳で見つめられると、気持ちがぐらつく。そんな瞳で見つめられたら、誰だって嫌でも謝るさ。どんな人間でさえ、君の前じゃ無力だよ、この僕もね。
亮はまだ納得出来ないが、彼女の手前仕方なく謝罪する事を選んだ。
「彩七がいなくなって、少しばかりナーバスになってたもので申し訳ありませんでした」
少しも悪いと思っていないが、いつもの爽やかな笑みで目の前にいる颯太へと軽く謝った。
「いえ、もう気にしないで下さい。こちらもすみませんでした」
なんとかその場が納まる。
すると、彩七と父親が胸をなでおろしてした。
「よかったよかった。そろそろ帰らんとママも心配している事だろう、彩七」
「ええ、パパ」
父親の肩から腕を掴んで微笑んだ。
「君本当に彩七の事、そして、彼の事もありがとう」
「あっはい。あの――――――こちらこそ、その本当にすみませんでした」
「いやいや、君が謝る事じゃないよ。それでは失礼するよ。彩七、瀬戸君行こうか」
すると、彩七が父親に何かを言って、痛む足をかばいながらヒョコヒョコと歩く。
颯太の目の前まで来てから、何かを取り出す仕草をする。
軽く両手を彼に出した。
「あの、亮ちゃんがごめんなさい。これよかったら。本当に今日はありがとう。助かりました」
軽く恥ずかしそうに微笑む彩七がそう言うと手には彼女のハンカチ。
それを颯太が快く受け取ると、少し口元を気にしながら微笑んだ。
彩七と颯太の巡り会いが、これから出会う人々の人生を狂わせる事になるとも知らず――――今はただ、雲間から差し込む暖かいオレンジ色の光に包まれながら、ふたりはゆったりと凪がれる刻の中を、ふたり静かに微笑むのだった。
次の瞬間、颯太を心配して捜しに来ていた友人の声で、ふたりは一緒に同じ方向をみる。
「知り合いの声だ。俺も行かなきゃ、これありがとう。明日必ず君のコテージに返しに行くよ」
「はい、待ってますね」
「ああ、必ず。きっと」
急ぐ颯太は友人の方へ走り出した。彩七はいつまでもその後姿を見つめるのだった。