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生霊の唄  作者: 西内京介
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第四章

人差し指を突きつけて言った。唐突に大声を出したので卓也は身を震わせたが、徹は気の向かない様子で天我を見返した。

「どうしてですか?」

「お前の兄貴の職業は?」

「刑事です」

「しかも、殺人事件を中心に活躍している、捜査一課所属の刑事だ。警察の花形だぞ。当然、五十嵐逸子の事件の情報も掴んでいるはずだ」

「そうかもしれないですけど……」

 兄の大地に電話をかけることに、躊躇いがあった。何のために家を出て三年間、兄貴からの電話を避け続けてきたのだと、徹は胸中で叫んだが、天我に届くことはなかった。

 徹が家を出たのは、自立というのが理由だった。大地がそばにいると、絶対に自立からかけ離れてしまうのだった。

 というのも、唯一の肉親は兄弟であるが故に、大地は徹のことを一番に考え、行動をするようになっているため、徹は自立の機会を見失ってしまうのだ。大地は徹に、俺が食わせてやるからと言っているのだが、徹はそれを拒否し家を出た。自立したというのが半分と、兄貴と一緒に暮らしたくないというのが半分だった。

 徹は携帯を取り出し、大地の携帯番号にかけようとしたが、体が拒否していた。その様子を、徹の気持ちを全く知らない天我は訝しげに目を細めて眺めていたが、やがて痺れを切らし、言った。

「何やっているんだよ! これは事件なんだぞ! 一刻を争っているときに、君というやつは……」

 額を押さえ、天我は呆れ顔を浮かべている。

「迷惑なやつだなぁ、全く」

 どっちがだよと、徹は内心で悪態をつき、このまま嫌味を言われ続けるのも悔しいのでとうとうリダイヤルを開き、兄の携帯番号へかけた。

「よ、それでこそ我が助手だ」

 苛立ちを露骨に表しながら、徹は耳に携帯の画面を近づける。ワンコール後、久々に聞く兄の声が耳に飛び込んできた。

「徹!」

 大地の声は喜びと、どうして今まで俺の電話に出なかったという、咎める響きが含まれていた。

「三年ぶりか!」

 久々に聞く兄の声に、不覚にも目頭が熱くなる感覚を覚え、目を伏せた。天我に悟れればまたいじられるに違いないと、とっさに判断したのだ。

「いや、実はさ……」

「なんだ、トラブルか」

 大地の声が、険しさを帯びてくる。

「もしかして、お前の上司が嫌がらせでもしてきたのか?」

 一応大地にはメールで、アカツキ探偵事務所に入ったということだけは報告していた。

「いや、そうじゃないんだけど」

 頷きたい気持ちは山々だったが、そうすると心配性の大地は、アカツキ探偵事務所の所在を調べて乗り込んでくるに違いないと予想できたので、我慢した。

「兄貴、五十嵐逸子さんって知っている?」

「愚問だな。あの事件のことを言っているんだろう? 今、俺たちが調べている最中だ」

 少し声のトーンを落として、大地は続けた。

「ここだけの話、俺たちはすでに自殺だと断定している」

 予想通りの答えに、徹はため息をついた後、どうやって乗り気の天我を説得しようかと、思考し始めた。

「自殺以外、ありえないよね」

「ありえんな。状況から見て」

 またため息をつくと、弟のおかしな様子を察した大地は不安げな口調で訊いてきた。

「どうした? 何か、まずいのか?」

「いや、まあ……ね」

 曖昧に返して天我に一瞥した際、目があった。天我は、ずっとこちらを見ていたのだ。卓也も、徹に注目している。

 天我のことを話そうかと悩んだが、大地に余計な心配はかけさせたくない気持ちから、別れを告げて電話を切ろうとすると、携帯を持つ右手が何者かに掴まれる感覚があった。

「うわ」

 思わず声を上げたと同時に、通話中の携帯は呆気なく天我に奪われた。

「もしもし、徹君のお兄さんですか?」

 丁寧な口調だったが、瞳は笑っていなかった。

「誰だ、お前?」

 いきなり見知らぬ男が出たので、大地は警戒心を露にしている。

「僕は、アカツキ探偵事務所長の、暁天我というのですが」

 大地は警戒心を和らげるどころか、ますます強めた。

「徹の上司か。徹はどこいったんだよ」

「お話はお伺いしています。ここ三年、徹君とはお会いしていないとか」

「それが、どうした」

 天我の言葉に、大地は動揺を露にした。

「そこで一つ、提案があるのですが……」

「な、なんだよ」

「今から、三人で会いませんか?」

 徹は口を開けて、秀夫を見た。

「どういうことだ」

 若干期待が込められている口調で、大地は聞き返した。徹は一人、不安げな面持ちで天我を見つめている。

「僕と徹君、それとお兄さんで、どこか待ち合わせて話しましょう、ということです」

「な、なるほどな」

 完全に弱みにつけこんだ戦法だった。徹はがっくりと肩を落とし、諦めて天井を仰ぎ見た。

「いいぞ。今仕事中だけど、抜け出せるからな」

「それはよかった」

 忙しいはずなのに、仕事を抜け出してまで弟と会おうとする兄に若干の恐怖を抱いた。

「だったら、場所はどこがいい?」

「五十嵐さんの家の近くがいいですね」

「だったら、あそこだな」

「あそこ?」

「ああ。近くに、丁度喫茶店があるから、そこでゆっくり話そう」

「そうですね」

 会話が弾んでいることに、徹は気が食わなかった。様子からして、どうやら兄と会うことは決まってしまったようで、徹はふらついた足取りで来客用のソファーまで行くと、腰を下ろした。

 深いため息をつき、窓の外へ目をやる。いつの間にか、雨は止んだようだった。

「あ、それと」

 まるで思い出したように声を上げた天我を、徹は冷ややかな気持ちで見据えた。

「一つ、頼みたいことがあるんですよねぇ」

「頼みたいこと?」

「ええ。五十嵐逸子さんの情報を、こちらに提供してくれませんか?」

 捜査一課に所属する大地からその情報を引き出すため、徹は利用されただけに過ぎないのだ。悔しいはずなのだが、不思議と怒りは沸いてこなかった。何もかも諦めているからなのかと、自嘲気味に思った。

「べつに構わないけど」

「ありがとうございます」

 どうやら、交渉は成立したようだった。

 最初からそれが目的だったとは気づかない鈍感の大地は、喜びを隠そうとせずに言った。

「それじゃあ、一時間後に、喫茶店で会おう」

「そうですね」

「徹を連れてこいよ」

「もちろんですよ」

 天我は一言礼を言ってから通話を切ると、徹に携帯を投げつけた。

「お前の兄貴、いいやつだな」

 嘲笑する響きが天我の口調には込められていたが、気にせず徹は立ち上がると、卓也のほうへ目を向けた。

「君はもう、家に帰りな。服も、乾いたみたいだし」

 言って、徹はストーブの前に置かれた服を手に取り、確認した。大分水分は蒸発したみたいだった。

 卓也は不満そうな表情を浮かべていたが、自分がいてもどうしようもないと悟ったのか、頷いた。

「明日来い、な。一緒に考えようぜ」

 徹は、暗い表情で天我を恨めしそうに見据えていた。

 そんな徹に気づく様子もなく、天我は卓也に手を振った。卓也もそれに応え手を振り返し、事務所を後にした。

 一時の静寂が訪れたが、間もなく天我が破った。

「さあて、アカツキ探偵事務所創設以来の大事件だぞ、これは」

 一人張り切っている天我とは対照的に、徹の心中は冷め切っていた。

「僕は知りませんよぉ」

 天我に聞こえないように呟いた後、憂鬱な気持ちを払拭するためなるべく楽しいことを思い浮かべようと努めたが、今の状況ではどうしても無理があった。

 これから大地に会わなければならないというのが、もしかすると一番嫌かもしれない。

「おい、徹。支度しろ」

 抵抗しても無駄であることは承知しているので、徹は出入り口前に立っている天我の下へ向かった。

「お前の兄貴って、どういうやつなんだ?」

「一言で言うと……変わっています」

 あんたの次にと、心の中で付け加えた。

「そうか、変わっているのか」

「ええ」

「ようし、それじゃあ出発するぞ」

 意気揚々と扉を開け、天我は階段を下りて行った。その後姿は、小学生の言葉を信じていて、本気で事件を解決しようとしている子供のような純粋さが出ていた。徹は軽く笑みをこぼした。

「しょうがないなぁ」

 言いながらも、心のどこかで天我についていこうとしている自分がいた。気づいた時には、駆け出していた。


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