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生霊の唄  作者: 西内京介
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第三章

「どう思います、所長?」

 徹は、卓也の濡れた服をストーブの前で翳しながら、天我の意見を煽った。

「どうって?」

「そりゃあ、あの子の話は本気で信じるに値するのか、ですよ」

 途端、天我は不機嫌さを露にし、怒鳴った。

「そりゃあ、差別だぜ、徹。俺は、たとえ依頼人が小学生であろうと、依頼人の話すことは絶対に信じる、って決めてあんだ」

「所長の言うことは立派ですけど……」

 言いながら徹は、出入り口のほうへ一瞥をくれた。

 先ほど、話を聞き終えた天我は、寒そうにしている卓也にシャワー浴びてこいと命じ、半ば強引に風呂場をいかせた。若干の抵抗を見せたものの、卓也は渋々といった感じで風呂場へ行き、今現在シャワーを浴びている最中なのだ。

 天我の時折見せる優しさには感心するが、小学生の話まで信じる優しさは見せなくてもいいと思っている。信じるふりをしておけばいいのだ。こんなこと言ったら天我にぶっ飛ばされるのが目に見えているので、徹は黙っている。

 卓也の話によると、平日はいつも学校帰りに五十嵐家によって、庭の縁側に座り彼女の歌を黙って聞いていたらしい。

 きっかけは一年前、下校している途中、五十嵐家を通りかかった際、偶然彼女の唄声を聞こえてきたのだという。釣られるように五十嵐家へ入っていき、聞こえてくる唄声を頼りに歩みを進めると、庭に辿り着いたと言っていた。庭で聞いていると、逸子にばれてしまったようで、少しだけ会話をしたという。その時以外、卓也は逸子と会話をしていないと言っていた。顔も知らないという。この一年間、卓也は聞くことに徹し、逸子は歌うことに全力を注いだ。

交わした会話で、卓也はまた歌を聞きに着てもいいという約束を取り付けることに成功した。それから学校がある平日はいつも、彼女の家へ通っているというのだった。

 昨日も、彼女の唄声を聞いたというのだが、警察の調べによるとその頃にはすでに彼女は死んでいたはずであるのだ。何故卓也が彼女の唄声を聞けたのか、どうしても解せなかった。

 今日は土曜日で家にいたらしいのだが、刑事たちが訪ねに来たらしい。目当ては、卓也だった。刑事たちは卓也に、金曜日の午後一時から三時の間に、五十嵐家に寄ったかと質問してきた。卓也が素直に頷くと、刑事たちは淡々と逸子が自殺したことを話し始めた。その時間帯、彼女の唄声を聞いたと主張したが当然信じてもらえず、刑事たちは卓也の家を後にした。刑事たちが立ち去った直後にテレビを点けると、逸子の自殺が報道されていた。いても立ってもいられなくなった卓也は、家を飛び出してアカツキ探偵事務を尋ねてきたのだという。

「けど、彼女の死亡推定時刻に、彼女の唄が聞こえたとして、それが他殺とどう繋がりを見せるのですか?」

「そりゃあ、調べれば色々と分かるんじゃないか?」

 答えにもなっていない返答をした直後に、バスタオルに身を包んだ卓也が事務所に入ってきた。それを見て、徹は用意していた服を手にとり、卓也の下へ向かう。

「はい、服。所長のだから、ちょっと大きいけど、このぐらいの大きさだったらズボンも着なくてすむかも」

 無言のまま受け取ると、バスタオルを取っておもむろに着だした。

「ぶっは、全然あってないじゃん」

 卓也の着終わった姿を見て、天我は指を指しながら遠慮なく噴出した。袖から手は出ておらず、服の長さが膝まであった。

「かわいいじゃねぇか」

 完全に馬鹿にしている様子の天我を無視し、徹は腰をかがめて問いかけた。

「これから、どうする? 服乾いたら、お母さんのところに戻る?」

 徹の言葉には、願望が込められていた。うちの所長が変な気を起こす前に、とりあえず帰ってくれと。

 卓也が変な証言をすればするほど、天我が興味を示すのは容易に想像できた。そうなれば、当然助手の徹は付き合わなければならない。さらに、警視庁の刑事の兄、大地にも迷惑がかかる恐れがあった。被害は連鎖していくのだ。

 想像するだけで悪寒が走り、徹は身震いした。

「帰ろうか」

 無意識の内に胸中の思いが口調に出てしまっていた。卓也は一瞬恐怖の色を浮かべたが、すぐに立て直して首を振った。

「僕は、この事件を解決して欲しいんだ」

「事件って……」

 半ば嘲笑する響きを込めて、徹は呟いた。それを察知した天我は、徹に駆け寄って頭を叩いた。

「何するんですか?」

 叩かれた後頭部を抑えながら、怒りの表情を浮かべて天我を見る。

「事件だよ、これは。間違いなく」

「何を根拠に言っているんですか。い――」

 五十嵐逸子さんという人のことを何も知らないくせに、と言おうとした矢先、今度は天我の頭突きが徹の即頭部に一撃を食らわせた。

「いったぁ!」

 叫んだ後、頭を押さえ、徹は痛みを和らげるため辺りを歩き出した。

「今から調べればいいだろう」

 もっともなことを言い、天我は卓也を見下ろしながら質問を投げかけた。

「他に、妙なことはあったか?」

「妙なこと?」

 人差し指を押さえて、卓也は投げられた質問を口にしながら首をかしげた。記憶を一生懸命遡っているようで、しばらくして卓也は口を開いた。

「今日が平日だったら、僕はきっと逸子さんの死に気づいたよ」

「は?」

 二人は、同時に聞き返した。

「どういう意味だ?」

 代表して聞いたのは天我だった。腕を組み、目を細めた。

「逸子さんの唄を聞いていたのはいつも平日だった。死体が見つかったのは、今日、つまり土曜日だよね。もし今日が平日だったら、彼女の歌が聞こえてこないと僕は不審に思って、家へ乗り込んでいたところだったよ」

「なるほどね。お前が一日早く死体を見つけていたということか」

 徹は、子供の思考能力に舌を巻いた。小学三年生で、ここまで頭を巡らせることができるのか、と。卓也が喋っていることは、全て本当なのかもしれないと、少し見直したが、どうしても自分の中で納得することが出来なかった。天我も同じだろう。ただ圧倒的に違うのは、天我が何も考えずに卓也の証言を信じていることである。徹には無い能力だった。

「けど、お前は昨日、学校帰り――警察が断定している、一時から三時の死亡推定時刻に、五十嵐宅に寄って歌を聞いたんだったよな。何故、聞こえたんだろうか?」

「それは……」

 言葉に詰まった卓也は、顔を俯かせ、全身から悲しさを滲み出していた。徹はその姿を見て、力になりたいという思いもでなくはないが、やはりどうしようもなかった。いくら考えても、妙案が思いつかない。

「くっそぉ、弱ったなぁ」

 天我も同じだった。持ち前の人の良さで、軽々しい気持ちで卓也の話を聞いたものの、何か考えているはずもなく、当然のごとく行き詰っていた。

「どう考えても、彼女の死亡推定時刻に、彼女の歌を聞いた推理を構成することが出来ない」

 嘆くように言った後、助けを請うかのような表情を浮かべ徹に一瞥をくれた。当然、徹は困り果てている所長に力を貸すつもりもなく、無言のまま卓也を見ていた。

「なあ、徹」

 とうとう名前を呼び、駆け寄ってきた。うっとうしく感じながらも、徹は言った。

「僕だって分からないですし、第一、あなたがいけないんですよ」

「一緒に考えてくれよ」

 早くも、安請け合いしたことを後悔しているようだった。内心、ざまあみろ、といった心境で天我を見据えたが、頭の片隅では卓也の証言を仮に本当だとし、逸子の死を独自に推理していた。

 死んでいたはずなのに、どうして彼女の唄声が聞こえたのだろうか――それについて、陳腐だが一つの推理を徹は組み立てた。

 他殺だと考えた場合、死体の発見を遅らせるため、予め犯人が逸子の唄声を録音し、昨日、それを卓也に聞かせたというものだった。

 犯人が、居間で録音したのを流していたとすれば、一応成り立つのではないか。カーテン越しだから、犯人の姿が卓也に見られる心配はない。問題は、逸子の生声と機械から流れる逸子の声を、卓也が聞き分けられる可能性だった。平日はいつも、逸子の唄声を楽しみにしていた卓也のことだ。聞き分けることぐらい、容易ではないのか。

 しかし、たとえ卓也を騙せたとしても、なぜわざわざリスクを犯してまで死体の発見を遅らせたのか、疑問に残る。卓也に見破られたら、どうするつもりだったのか。

「とりあえず徹、俺様がこの事件を解決するために、頼みを聞いてくれないか」

 事件を解決する覚悟を固めたのか、先ほどまで浮かべていた情けない表情は最早消えていて、凛々しい顔つきになっていた。

「頼み?」

 天我が自分に頼むとしたらあれしかないと踏んでいたのだが、あえて聞き返した。外れてくれと、強い願望を込めて。

「兄貴に電話だ!」

 

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