第十四章
「ここか……」
Kホテル、304号室の前に二人はいた。
「本当に見張りがいないみたいだな」
疑うように、辺りをきょろきょろと見回す天我。
「大丈夫ですよ」
徹は天我の肩に手を置き、ドアを見やった。
「入りましょう」
「おう」
頷くと、天我はドアをノックする。
「はい」
中から声が返ってきた。
「あのう、丸秘新聞社のものですが」
果たしてうまくいくのか、徹はことの成り行きを見守ることにした。
「少々お待ちください」
ドア越しに鍵を開ける音が聞こえてくる。二人は固唾を呑んで、そのときを待った。
「お待たせいたしました」
ドアが開き、男の顔が覗いた。浅黒く日焼けした端正な顔立ちをしており、女性をひきつける魅力を持っていた。声も低く、かなり女性から人気があるだろうということが伺えたが、今はそんなことどうでもいい。
徹は、目の前の五十嵐優を舐めるように見つめた。
「あの……何か?」
無言で見つめる二人に警戒心を抱きつつ、優は問いかけた。
「いえ、少しお話をお伺いしたいのですが」
天我はポケットから名詞を取り出した。その名詞は、重光から拝借したものだった。
「いまさら僕に、何か聞きたいような話でもあるのでしょうか」
「ええ、たっぷりと」
含みを持たせる笑みで答えると、天我は優を押しのけて部屋へ堂々と入っていった。徹は、控えめに続く。
露骨に迷惑そうなため息を漏らし、優はすでに部屋の中央のソファーに腰を静めている天我を冷ややかに見つめながら問うた。
「お話というのは?」
仕方なくといった感じでテーブルの椅子を引き寄せそれに座ると、優はマスコミだと思い込んでいる天我に質問を促した。
天我は余裕の表情を浮かべているが、徹には少なからず緊張感が伝わってきた。黙って、優と天我の顔を交互に見やる。
「安心してください。お時間はとらせません」
言って、天我は手帳を取り出し付箋の張ってあるページを開いた。そのページに何が書かれているのか、何も聞かされていない徹は不安に駆られた。
自分の知らない真相が、この狭い一室で語られる――そう思うと、動機が激しくなり、呼吸が困難になる。同時に、知りたいという欲求も抑えきれないほど強くなっていく。徹はゆっくりと、胸の中に溜め込んでいた思いを吐き出すように、息を吐いた。
「逸子さんは、殺されたんですよね」
この一言で、部屋の空気が凍りついた。先ほどまで若干、余裕からかにやついていた優の表情は、比べようのないほどに蒼白だった。
「どうして、そう思うのですか?」
落ち着き払った口調で言う優だったが、唇がかすかに震えていた。
「これから話すことは、今までの捜査で得た情報を繋ぎ合わせた一種の推測です。もちろん、現実と相違はあるでしょうが、ご勘弁ください」
前置きしてから、天我は話し始めた。
「まずは、彼女の家族が放火事件にあったときのお話をしましょう。
五年前、彼女の家族は放火事件に遭いました。もちろん、あなたが一番ご存知のはずだ。その事件で彼女の両親が亡くなり、長女の逸子、次女の明菜が生き残った。しかし、一人は顔に修復できないほどの火傷を負い、一人は逃げる最中、突如起こった爆発に巻き込まれ下半身に一生のダメージを負った」
天我の話で初めて知った。消息不明の明菜が、下半身にダメージを負っていることに。
「この話は、僕の知り合いから聞いたんですけどね。間違っていませんか?」
徹は、伏し目がちの優に目をやった。肩を小刻みに震わせ、落ち着きをなくしている。
その様子を見て、天我は間違いないと確信したようだった。
「そして昨日、顔にひどい火傷を負っている女性が殺された」
「殺された殺されたって……」
優の声は、今にも消え入りそうだった。
「誰に殺されたんだよ」
「確かに、それが一番難問でした」
腕を組み、推理していたころを思い出したのだろうか、難しそうに口元を歪ませた。
「けどひらめいたんですよ。一人だけ彼女を殺す動機を持っている人物がいたんですよ」
「誰だ、それは」
素っ気無い口調が、かえって優の不安を象徴しているかのようだった。天我は容赦なく、答えを言い放つ。
「逸子さんですよ。逸子さんが、青酸カリを妹の明菜さんに飲ませたんです」