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生霊の唄  作者: 西内京介
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第十二章

「けど、他殺だった場合、誰が犯人だ」

 その問題が、徹を多く悩ませていた。他殺だと考えた場合、最終的に待ち受けているのは、容疑者がだれかである。他の事件であったら、捜査すればある程度の容疑者が浮上してくるのかもしれないが、今の時点で夫以外に、逸子に殺害動機を抱く人間が見当たらないのだ。

 いや、もしかすると優は本当に逸子のことを愛していたのかもしれない。その真意も、優を問いただせねばつかめぬことなのだが。

 と、ここで徹は自分の役目を思い出した。

「ねえ、兄貴」

 不意に呼ばれたことで、大地は怪訝な表情を浮かべながらもゆっくりと振り返った。

「逸子の夫に、会いたいんだけど」

 数秒間の沈黙が訪れたと思ったら、すぐに大地によって破られた。

「それは、いくら徹が相手でもだめだよ」

 半ば予想していた答えだったが、それでも何も収穫がないのは格好悪いので、食い下がる。

「どうして」

「常識的に考えろよ」

 大地にそんなことを言われるとは思わなかったので、苦笑した。

「何がおかしいんだ?」

「いや、べつに」

 曖昧に返答し、窓の外を見やる。辺りはすっかり闇に包まれていた。腕時計に目を落とし時刻を確認すると、八時を回っている。

「なんか、お腹空かない?」

 腹をさする仕草を見せ、大地にお腹が空いていることをアピールした。深々とうなずくと、大地は腰を上げキッチンへと体を向けた。

「何か作るか?」

「おう」

 背中で徹の返事に応え、大地は冷蔵庫をあさりだした。

 食事中、徹は大地の警戒心を解きあわよくば優と会う約束を取り付けようとしていた。うまくいく自信は、少なからずあった。とにかく食事しながら兄を褒め、控えめに交渉に臨む。そうすれば兄は、少しだけなら、という気分に陥るかもしれない。徹はそう計算していた。

「それにしても、兄貴の手料理久しぶりだな」

 いいながら、ちらっと兄のほうを盗み見る。兄はたまねぎを刻んでいる最中だった。

「そういえば、そうだな」

 両親が他界してから、兄が必死で生活のいろはを学んでいる姿を、徹は目の当たりにしていた。親戚からいろいろな情報を聞き込み、料理だってめげずに取り組んでいた。最初こそ食べられたものではなかったが、日に日に進化していっているのは、いつも食べていた徹が一番分かっていた。

「兄貴の料理、うまいからな」

「そうか」

 照れているのが、背中越しに伝わってくる。今はとりあえず褒めて褒めて、褒めまくる。徹はそう決めていた。

「今夜は、チキンライスだからな」

 今夜は、という表現に若干引っかかった。明日もあるのだろうかという不安に駆られる。

「よし、いいぞ」

 独り言を呟きながら料理する姿も、懐かしかった。不意に目頭が熱くなる感覚を味わったが、ぐっとこらえた。

「そろそろだな」

 かすかに鼻まで届く香ばしい香りに、徹は頬が緩んだ。

「できた」

 取り分けた二つのチキンライスを持ってくると、大地はガラステーブルに置いた。徹はベッドから降りて、テーブルの前に胡坐をかく。大地は、その向かい側に腰を下ろした。

「いただきます」

 スプーンを手に取り、掛け声を上げて徹は早速チキンライスにがっつく。やはり味も、変わっていない。兄貴の味だ――しみじみと思った。

「いただきます」

 大地も同じように、スプーンでご飯をすくいそれを口に運ぶ。

「自分でいうのもなんだが、やっぱりうまいな」

 徹はチキンライスをほおばりながら、常に大地の隙をうかがっていた。いつ突けば、大地は防壁を崩すか。食べながら計算をするという、器用なことをやってのけている。

「そういえばさ、兄貴」

 大地のチキンラスが半分ぐらいに減ったところを見計らって、徹はいよいよ切り出した。自然と動機が激しくなるが、それを悟られぬようなるべく平静を装う。

「逸子の夫に、会わせてくれないか」

 大地は手を止め、目の前の徹を黙って見据える。徹はしっかりと大地の視線を受け止めた。

「あのさ、さっき――」

「分かっているよ」

 徹は大地の言葉を遮った。

「分かっているけど、どうしても会いたいんだ」

「どうしてだよ」

「真実を、突き止めたい」

 再び訪れた居心地の悪い沈黙。徹と大地は、お互い無言のまま視線を交わしている。

「本気か?」

「本気」

「けど、この事件の真実は複雑なものじゃないぞ。絶望した逸子が、自殺したんだ」

「兄貴、それは違うよ」

 自分の意見を否定され、大地は一瞬面食らった表情を浮かべた。

「仮に自殺だとしても、事件はそんな単純なものじゃない」

 弟がいったい何を言っているのか、大地は理解できないことだろう。この事件に、なぜこだわるのか――いわなかったが、大地の目は静かにそう物語っていた。

「天我に、感化されたのか」

 徹は肯定も否定もせず、真剣に大地と向き合っている。

 何も言い返さないことで、大地は肯定と受け止め、深々と息を吐いた。

「そうか……あいつ、不思議な魅力をもっているもんな」

 遠くを見るまなざしで語る大地に、徹は何かを感じた。

「あいつの目を見ていると、俺も何か感じるんだ」

「何か?」

「あいつの目つき――決意を宿した目つきだよ。あれは、逸子の死を他殺だと疑っている目だ」

 大地は適当なことを言っているのか、それとも真剣なのか、徹には判別がつけられなかった。

「なんでだろうな」

 ふっと息を漏らし、上体をのけぞらせて大地は呟く。その光景を、徹は不思議な気持ちで見つめていた。

「Kホテルの、304号室」

 いささか唐突に、それも自然に言ってのけるものだから、徹は危うく聞き逃してしまうところだった。いや、実際聞き取れたのはKホテルという単語だけであった。

「そのホテルに、五十嵐優はいる」

「家には、帰っていないの?」

「当然だろう。妻が自殺した家に、すぐ帰れるか?」

 それもそうかと、徹は自分を納得させた。

「話を聞きたいのなら、そのホテルを訪ねるといい。部屋番号は304――覚えておけよ」

 いったいどういう風の吹き回しだろうか、徹は兄が急に協力的な姿勢を見せたことに頭を悩ませた。正直、気持ち悪い。兄のことだから罠、ということはないだろうが、何か裏にあるのではないかと、勘ぐってしまう。素直に厚意を受け取ることができずにいた。

「兄貴、どうして――」

 問い詰める覚悟だったが、大地は徹を手で制した。

「言うな、弟よ」

 芝居じみた苦笑に、徹は苦笑を漏らした。

「もう、お前がかわいくてかわいくて……」

 ああ――徹は心中で納得がいき、嘆いた。

 やはり大地は、徹のことを溺愛している。分かりきったことだが、改めて思い知らされ、どうじに恐ろしく感じてしまう。先ほど、徹の要求を断ったことも大地は心苦しさを感じていたのだろう。しかし、とうとう我慢できなくなった大地は、優の宿泊先をつい漏らしてしまった。もっとも漏らしてはいけない人物に。

「うん、どうした。顔色悪いぞ?」

 うつむき加減の徹を覗き込みながら、心配げな面持ちで大地は問いかける。

「べつに……」

 そっけなく返した後、チキンライスと向き合い再び口に運んだ。食欲などもはや残されていなかったが、一応出されたものは食べる主義が働き、事務的に徹は口の中に入れていた。

「そうか、そんなうまいか」

 徹の心中を知らない大地は、のんきに笑顔を浮かべながら、自分も食事を再開する。

「見張りは、優の希望で極力立たせないようにしている。たぶん、明日の午後だったら大丈夫じゃないかな?」

 いったん手を止め、大地は黙々とチキンライスを口に運ぶ徹に向かって言った。食べながら、徹は耳を傾けていた。

 これは、貴重な情報だ。

 明日、Kホテルに行ってみよう――。


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