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パペトリ王国と魔法のクレヨン  作者: 田山照巳


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愛してる

 アイカとヒマリは手をつなぎ、家への帰路についた。途中、行きつけの酒屋の前にさしかかる。愛想のいい老夫婦が営む地元に根差した小さな酒屋だ。


「ヒマリ? ママ、ちょっと喉が渇いたわ。酒屋さんで飲み物買ってもいい?」

「うん、ヒマリも! 人参フルーツジュース飲みたーい!」


「ふふっ。ヒマリはほんとに人参好きね。いいわ、一緒に買いましょう」

「いらっしゃーい。おや、山野さんに、ヒマリちゃんも一緒だね。ヒマリちゃん、こんにちは」


「こんにちは、お婆ちゃん!」

「ヒマリちゃんは大きな声で挨拶できて偉いわね」

「えへへっ」


 ヒマリとお婆さんが話す中、アイカは慣れた様子でジンジャーエールと人参フルーツジュースを手に取る。


(あっ……ついでにこれも買っていくか)


 二人の飲み物と一緒に、他のものもいくつか買い物カゴへ入れる。


「ママ、それも買うの?」

「うん、そうよ、ヒマリ」


 会計を済ませて酒屋をあとにする。


……プシュッ!


「んんっ! おいしー!」

「そう、良かったわね、ヒマリ」


 アイカとヒマリは喉を潤しながら歩き、家に到着した。アイカはおもちゃで遊ぶヒマリを気にしながら、家事をこなし夕食の準備を進める。


――夜七時


「ただいまー」

「おかえりー、あなた」

「パパ、おかえりーっ!」


 ヒマリはコウスケに駆け寄って抱きつき、コウスケもそれに応えてヒマリを抱き上げ、嬉しそうにぐるぐると回った。


「ヒマリは今日も元気だねー」

「うん、そーだよ。ねぇパパ! 今日は凄いことがあったんだよ! ヒマリとママがね! 知らないところで大冒険してきたの!」


「ええー? そうなの? それは凄いねー、ヒマリ! どんな大冒険だったの?」

「えっとね! えっとね!」


 ヒマリは今日経験したことを、興奮した様子でコウスケに伝える。アイカは夕飯の準備を進めながら横目にその様子を見る。


(コウスケったら、子供の冗談だと思ってるわね。でも本当に……今でも私自身信じられないわ。あんな経験をしてしまうなんて……)


「さて、晩ご飯できたわよ。今日は鮭のムニエルね」


「はーい。ヒマリ、鮭さん好きー。ママ、タルタルソース取ってー」

「はいはい、もう出てるわよ」

「ヒマリはお魚さんも好きなんて偉いねー」


 こうして、パペトリ王国で大冒険をしてきたことが嘘のように、山野家の日常はいつも通りに進んでいく。夕食を終え、コウスケが晩酌を始めるために冷蔵庫に向かう。するとアイカがコウスケを呼び止めた。


「コウスケ、私が取るわ。座ってていいわよ」

「えっ、そう? ありがとう」


 椅子に座り直すコウスケに、アイカが意味深な笑顔でゆっくりと……一歩ずつ近寄る。


「ところでコウスケ? お酒の前に聞きたいことがあるんだけど……」


……ゴゴゴゴゴッ!


 意味深な笑顔がコウスケに近づいてくる。


(なっ!? アイカ、怒ってる!? 俺……何かまずいことした!?)


「えっと、アイカ? 聞きたいことって……?」


 コウスケはアイカから目をそらしながらボソボソと小声で尋ねる。アイカは低い声で続ける。


「ねぇコウスケ? 私に隠してること……ない?」


 コウスケの顔が恐怖で引きつる。


(これって!? 何か嫌な予感がする? 夫婦が揉める前に聞かれる質問の筆頭のヤツじゃないの!? ……えっ? 俺、何かアイカを怒らせるようなことした!?)


「えっと、そう言われても……アイカ、何かあった?」


 コウスケは堪らずアイカから目をそらしてヒマリに目を向けた。するとコウスケの視線に気づいたヒマリは、スッとコウスケから目をそらして鼻歌を歌いながら一人でおもちゃ遊びを始めた。


……ふふーん♪ ふふーん♪


(えっ!? ヒマリ、目をそらした!? ……まさか、ヒマリを寝付かせる時にゲーム動画を一緒に観ていることがバレた!?)


……ゴゴゴゴゴッ!


 アイカは笑顔で無言の圧力を放ち続け、コウスケを押し潰そうとしている。しかしコウスケはゲーム動画をヒマリと一緒に観ていることがバレた……という確証のない現段階で、自白で自爆する必要はないのでは? と慎重な判断をする。


「えっと、その、何だろう? ちょっと心当たりが……ない……かも……?」


 コウスケの答えにアイカの笑顔が増す。


「へぇ、そう……じゃあヒントをあげる。ヒマリとコウスケで……私に隠してること、何かない?」


 この一言でコウスケの顔がさらに引きつる。


(ヒマリっ!? やっぱり一緒にゲーム動画を観ていること、ママに言っちゃったの? ママには内緒だよ! ……って約束したのに!?)


 コウスケは冷や汗をダラダラと流しながらヒマリに視線を送る。


「ぴょーん! ぴょーん! ウサギさんの大ジャンプー!」


(はっ? ヒマリ!? 何か、いつもより大きな独り言で変な遊びを始めてる? いつもはウサギの人形でそんな遊びしてないのに!? ヒマリ!? ……やっぱりママに言っちゃったの!?)


 アイカの笑顔とヒマリの奇行にコウスケの心は少しずつ崩れてゆく。


「えっと、その……あれかな。ヒマリを寝かしつける時に……ちょっとだけ、ちょっとだけ……俺の好きなゲーム動画を観ることが……あったような無かったような……あはは」


……ブチッ!


 アイカの顔に血管が浮かび上がる。


「ふーん……そう。そんなことがあったの。ヒマリを寝かしつける時は……子守唄の動画を観てるって言ってたわよね。どこで何がどう間違ったら……子守唄がゲームの動画になるのかしら? あぁ……不思議だわ。不思議で堪らないわっ……不思議過ぎて愛知県の七不思議に認定したいくらいだわっ!」


……ゴゴゴゴゴッ!


 部屋の重力が百倍に感じられる。もしこの環境で一晩過ごすことができたのなら、翌日は悪の帝王と渡り合える程の強さを得た格闘の達人になれそうな気がする。しかしここまで来たらコウスケはもう謝ることしかできない。観念して素直に謝罪を始めた。


「えっと、その、ゴメン! アイカ、嘘ついてヒマリにゲーム動画観せてゴメン!!」


 コウスケは両手を合わせて拝むように謝罪する。


「ふぅ、やっと白状したわね。もう! ヒマリには外で元気に遊んだりして欲しいのに! 今度またそんなことしたら承知しないからね!」

「はい……」


 コウスケの断罪を終えるとアイカの矛先は次の標的に向かう。


「ヒマリッ!」

「はいっ!」


 それまでのアイカとコウスケのやり取りをしっかりと聞いていたヒマリは、アイカの一喝で不思議な遊びを止めてビクンッと立ち上がり、思わず他人行儀な返事をしてしまう。


「ヒマリも! ママに内緒なんて次からはダメだからね! あと、どうしてもゲーム動画を観たい時はママがいる前で観ること! 約束できる?」

「えっ? 観ていいの?」


「ヒマリも少しは興味を持ってるみたいだし、ママの前でならいいわよ。でも、観過ぎはダメよ!」

「うん、分かったよ、ママ!」


(まぁ……全面禁止にしてまたコソコソ観られるよりはこの方がいいわよね。子供向けじゃない動画とかを、知らず知らずのうちに観てしまったら困るものね……)


「コウスケ、そういうことだからヒマリがゲーム動画観るのは私の前だけにしてね。あと! 今までの罪滅ぼしとして今度の休みは私とヒマリを動物園に連れていくこと! 私はお弁当用意しないから! お昼は私のお気に入りのカフェでサンドイッチセットをテイクアウトするわよ。費用負担はコウスケのお小遣いから! いいわね!?」


「えぇっ!?」

「何か文句あるっ!?」


「いえ、ありません。うん……了解です」

「よし。ならこれでこの話は終わりよ」


 アイカは話を終え、冷蔵庫に向かいコウスケの晩酌を用意する。


……コトン……コトン。


(えっ? これはっ!?)


 コウスケの目の前に置かれたもの……まずはよく冷えたグラス。次にハムとキャベツのコールスローサラダ。コウスケの好物だ。そして最後に、プレミアムという銘柄の大瓶ビール。


「えっ!? どうして? 今日は俺の誕生日でもないのに、記念日にしか飲めないプレミアムの大瓶ビール!?」


 驚くコウスケの前でアイカは笑顔を作る。


「コウスケ、質問よ。質問の答え次第では、今から飲めるのは炭酸水になるかもしれないから……心して答えなさい」


(何それ!? ……ど、どういうこと!?)


「えっと……な、何でしょうか?」


 恐る恐るコウスケが尋ねると、アイカは男性にとって究極の質問を投げかけた。


「私のこと、どう思ってる?」


 笑顔でコウスケの返答を待つアイカの姿は、先ほどまでの怒り爆発重力百倍モードから穏やかで優しい女性の姿に変わっている。


(なっっ!? これはこれで……究極の質問だけどっ!?)


「えっ、な、何? ……急にどうしたの?」

「どうもこうもないわ。正直に答えなさい。ほらほら、この答えにビールか? 炭酸水か? がかかってるんだからね?」


(ちょ、わけが分からないんだけど!? まさかヒマリ!? あのことまでママに言っちゃったの?)


 コウスケはヒマリに視線を送ると、今度はヒマリが笑顔でコウスケにむけてビシッと親指を立てている。


(なっ! 凄む時の動作がアイカそっくりだ! はぁ……そういうことか)


 コウスケは観念して深呼吸する。そして、小さな声で恥ずかしそうに答える。


「えっと、ちょっと恥ずかしいけど、その……愛してる」

「えっ? 聞こえない。もう一度」


(なっ!? 今、完全に聞こえてたでしょ!?)


 アイカにはコウスケの答えが聞こえていた。それでも、もう一度その言葉を聞きたくて、笑顔でもう一度答えるよう促した。


「もう……次で最後だよ。アイカのこと、愛してる! ずっとずっと、アイカのこと、愛してるよ!」

「よし、合格! プレミアムビール飲んでいいわよ」


「合格って!」

「うふふ。別にいいでしょ」

「パパー、ママー! 仲直りできたー?」


 ヒマリが嬉しそうにコウスケにしがみつくと、コウスケはヒマリを抱き上げて小声で話した。


(もう、ヒマリ? あれは恥ずかしいからママには内緒って言ったのに……ママに言っちゃったんだね)


(うん、パパ、ごめんなさい。でも、パパもママも……お互いのこと、大好きなんだね。なんだかヒマリも嬉しい!)


「ちょっと! 二人で何をコソコソ話してるのよ! ママに内緒のお話はしたらダメでしょ!?」

「わーっ!?」


 ヒマリはおどけて喜びながら、コウスケから離れて部屋の中を駆け回る。


「こーらーっ、待ちなさい、ヒマリー!」

「あははっ、ヒマリ、待たなーい!」


 部屋の中でヒマリとアイカがじゃれ合う光景を見ながら、コウスケは最高の気分でプレミアムなビールの味を楽しんだ。記念日にしか飲めないはずの特別なプレミアムビール。それ以外は毎日繰り返される微笑ましい日常の光景だ。こうして今夜も……山野家は温かい日常に包まれた。


―― 完 ――

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