逃げないとっ!
「はうっ……うぅ……」
木陰ですすり泣くパンソーの姿を見て、ポルトミーヌとプリムは目を疑った。普段のパンソーはアイカと同じくらいの背丈の大人の女性だ。しかし今、目の前にいるパンソーは一回りほど大きくなっており、その身体は真っ黒な妖気とも思える不穏な気配に覆われていた。その異様さは、暴れ熊となったアンクルの比ではなかった。見るも痛々しく、そして悲しい姿に変わり果てていた。
……パンソーは虚ろな目でポルトミーヌとプリムの姿を捕らえた。
「ポル……ト……ミーヌ……? プリ……ム……?」
ポルトミーヌとプリムはパンソーの変わり果てた姿に一瞬たじろぐが、パンソーを心配して肩に手をかけようとする。
「魔女っ子や……大丈夫か?」
「こんな姿になってしまうとは……そんなに思い詰めておったのかて」
そして二人がパンソーの肩に触れようとしたその時だった。
「きっ……きえぇっ! はうぁぁぁっっーー!!」
パンソーは悲痛な叫び声をあげた。そしてポルトミーヌとプリムが差し出した手を振り払うと同時に凄まじい衝撃が走る。
……バーンッ!!
「どわっ!?」
「な、何としたことじゃて!?」
ポルトミーヌとプリムはパンソーが手を振り払うと同時に生まれた衝撃で軽々とはじき飛ばされた。
「ポルト……ミーヌ、プリム……」
……ザッ、ザッ。
パンソーはゆっくりと木陰から姿を現す。
「はぅぅ……あうぅぁ……」
ポルトミーヌとプリムは痛々しい姿に変わり果ててしまったパンソーの前に立ち、説得を試みる。
「痛たた……魔女っ子、大丈夫……ではない様じゃな? 何か儂らにできることはないか? こんなお主の姿は見てられんぞい」
「魔女っ子や、普段の優しいお主はどこへ行ってしまったんじゃて? 何とか正気に戻ってくれんかて?」
「はぅ……私は……私はっ! ポルトミーヌ、プリム……私に……近づくなっ! 私は……ああっ、はぅあっっ!!」
パンソーは悲痛な叫び声をあげながら両手を広げ、竜巻のような激しい風を巻き起こす。
「婆さん! これはちとまずいわい!」
「爺さん、見れば分かるんじゃて!」
「私に……近寄るなっ……はぅあっっ!!」
……ドーンッ!!
「どわぁっ!」
「これはっ!? 何としたことじゃてっ!」
ポルトミーヌとプリムは激しい風に巻き込まれ、上空の彼方へと吹き飛ばされてしまった。
「はぁ……はぁ……私は……私はっ……もう誰もっ!!」
アイカはこの状況を少し離れた所からヒマリを抱きしめながら見ていた。
(ちょっと!? お爺さん達が飛ばされちゃった!? だ、大丈夫なのかしら!? でもこれじゃあ私たちも危ないかも!? ……どうする? 逃げた方がいい!?)
パンソーはポルトミーヌとプリムを吹き飛ばした後、周囲に誰もいなくなった……と判断してまた座り込もうとしていた。しかし、少し離れた所から見ていたアイカの気配を察知し、周囲を見渡しながらゆっくりと歩き出す。
「誰か……いるのか? ……何故? どうして近づいてくる? 私に近づくな……私はっ……私はまたっ!?」
再び歩き始めたパンソーのおぞましい姿にアイカは恐怖を覚える。
(まずいわっ! ここはひとまず逃げて隠れないとっ!)
アイカがヒマリを抱きかかえて走り始めようとしたその時だった。
……ヒュンッ!!
パンソーは一瞬で移動してアイカとヒマリの目の前に現れた。
(……なっ、何でっ!?)
アイカはパンソーのおぞましい姿に恐怖ですくみそうになるが、必死に両足に力を入れて後ずさりをしながら声を押し出す。
「あの……あなたが魔女のパンソーさんですか? 私はアイカ、こっちは娘のヒマリです」
「私……ヒマリ……」
ヒマリもアイカの腕の中で怯えながら声を振り絞る。
「お、お前達……来訪者っ? ……来訪者かっ!? ああっ! あ、はうぁぁっ!! 私の…愛する人……愛した人……ああっ!!」
パンソーを覆っていた真っ黒な妖気が倍増し、彼女はさらに危険な雰囲気をまといながら苦しみ始めた。
「ああっ!! ああぁぁっっっ!!」
(だ、ダメだわっ。とても話なんてできる状況じゃないっ! 逃げないとっ! 逃げないとっ!)
この状況に危機を感じたアイカはパンソーとの話し合いを諦め、ヒマリを抱えて走り出した。




