第19話:【残酷な判決】
第19話:【残酷な判決】
全身の毛穴が開き、耳の奥で血管がドクドクと不快な音を立てていた。パリ高等法院の法廷の外には、初秋の強い日差しが照りつけており、群衆が踏み荒らした敷石の上には干からびたキャベツの芯や林檎の皮が散乱し、立ち込める馬糞の臭気と人の脂汗の混ざり合った熱気が鼻をついていた。裁判長が読み上げた判決文は、首謀者のジャンヌ・ド・ヴァロアに対して両肩への焼き印と終身禁錮を言い渡す一方で、大貴族であり聖職者であるロアン枢機卿に対しては「悪辣な詐欺に欺かれた憐れむべき被害者」として完全な無罪を宣告していた。判決が響いた瞬間、群衆はまるで王室に対する勝利を勝ち取ったかのように地鳴りのような歓声を上げ、傍聴席にいた商人ピエールは首に巻いた汚れた手ぬぐいを放り投げて叫んだ。
「万歳! ロアン枢機卿の無罪万歳! オーストリア女の嘘っぱちを法廷が叩き潰したぞ、今夜は酒場の樽を全部空けてやる!」
手足の先から温もりが完全に失われ、背中が冷たい鉛の板になったようだった。ヴェルサイユ宮殿の居間の丸テーブルの上には、朝食に用意された焼きソーセージが白い脂を浮かべたまま冷え固まっており、皿の縁には昨夜アントワネットが残したハチミツの黄色い垂れ跡が乾いてこびりついていた。判決の急報をもたらした早馬の伝令が去ったあとの部屋には、庭先の花壇で盛りを過ぎて茶色く枯れかけたコスモスの花びらが風に乗って窓辺に落ちており、壁の掛け時計の針だけが冷淡に正午を刻んでいた。淡い藤色の木綿のドレスを着たアントワネットは、震える右手の人差し指で右の耳たぶを爪が白くなるほど強くつまむ癖を幾度も繰り返し、膝の上に置いた子どもの繕い物の靴下に目を落とした。
「……無罪だなんて……そんなはずがありませんわ。ロアン卿は、私の名を騙ったあの偽手紙を本物だと信じて、宝石商と話を進めたのですよ。それなのに……法廷も、パリの人々も、すべて私が首飾りを欲しがって仕組んだお芝居だと……そう決めてしまったのね」
自らの判断の甘さが招いた結果の重苦しさに、喉の奥が砂を噛んだように渇いた。部屋の隅の作業机には、昨日ルイが子どもたちに見せようとして途中まで組み立てた真鍮の鍵の部品が散らばったままで、床の上には長男が落とした木彫りの小鳥が転がっており、先ほど従僕が慌てて踏みつけたせいで尾羽の部分が小さく欠けていた。正義を信じて公開裁判を命じれば真実が万人に伝わると信じ込んでいた己の無知と傲慢さを呪い、妻を庇うどころかフランス中の嘲笑の的へと差し出してしまった自らの浅はかさに、ルイ十六世は爪が手のひらに食い込むほど固く拳を握りしめた。ルイは作業机の端に置かれていた冷えたハーブ水を一息に煽ると、乱暴にグラスを置き、眉根を寄せて立ち上がった。
「あいつらは最初から、王室を泥棒に仕立て上げる気だったのだ。高等法院の貴族どもめ、身内の特権を守り、民衆にいい顔をするために、ありもしない王妃の罪を認めたも同然の判決を下しおった……! 余が愚かだった、裁判に委ねれば白黒がつくと信じた余が、お前をこんな屈辱に突き落としたんだ!」
込み上げる悔しさと情けなさに頭が真っ白になり、思わず乱暴な八つ当たりが口を突いて飛び出した。部屋の扉の脇には、今朝侍女が取り替えたばかりの洗濯籠が置かれており、洗い立ての白い麻布の爽やかな匂いが漂っていたが、その爽やかさが今の二人には息苦しいほどに場違いだった。夫が自分を守るために必死に動いてくれたことは頭では痛いほど分かっていながらも、あまりに理不尽な世間の悪意の前に晒された屈辱をどこへぶつければよいのか分からず、アントワネットは立ち上がり、ドレスの裾を擦り合わせて声を震わせた。
「だから申し上げたではありませんか! 裁判などやめて、あの男を最初から遠ざけるべきだったと! あなたのその愚直な正義感が、私を国中の笑い者に仕立て上げたのです! もう何もかも手遅れですわ、私は一生、泥棒猫の王妃として歴史に名を残すのです!」
妻の激しい詰問を真っ向から受け止め、胃の腑が焼き切れるような痛みに苛まれた。執務机の上では、朝の礼拝で使われた蜜蝋の燭台から垂れた蝋が黄色く固まっており、開け放たれた窓から吹き込む秋風が、子ども部屋から運ばれてきた柔らかなオルゴールの音色をかき消すように散らしていた。自分の一言が妻の心をこれほどまでに傷つけ、追い詰めてしまった事実から目を背けることなく、今ここで引けば国王としても一人の夫としてもすべてを失うのだという覚悟が、ルイの腹の底に重い火を灯した。ルイは激昂するアントワネットの細い手首を両手でしっかりと包み込み、油の染みた親指でその震えを押し留めた。
「すまない、アントワネット……お前の言う通りだ。だが、手遅れなどと二度と言うな。余はお前を笑い者にしたまま終わらせる気など毛頭ない。このルイが、国王としての全権を持ってお前の尊厳を取り戻してみせる」
夫の手のひらから伝わる確かな骨の硬さと熱に、胸の奥底の冷え切っていた澱が溶け出していった。部屋の片隅の暖炉では、昨夜の燃え殻の中から立ち上る煙がわずかに燻っており、テーブルの上の冷めたソーセージの皿の横には、今朝長女のテレーズが摘んできた小さな黄色いコスモスが一輪、水も差されぬまま横たわっていた。世界中の人間が自分を敵と見なし、石を投げつけてくる暗闇の中に立たされても、この無骨で不器用な男だけは絶対に自分を放り出さないのだという確信が、アントワネットの瞳から大粒の涙を零れ落とさせた。アントワネットは右の耳たぶを指先で強くつまむ癖を止め、夫の燕尾服の胸元に顔を押し当てた。
「……ですが、法廷が無罪と決めてしまった以上、国王であっても判決を覆すことはできないのでしょう……? 民衆はあの男を英雄だと持て囃しているのに……」
妻の涙の温もりを胸に感じた瞬間、迷いの霧は完全に晴れ、燃え盛るような決意が全身を貫いた。窓の外の空は夕暮れを迎え、ヴェルサイユの豪奢な大理石の壁を真っ赤な茜色が染め上げており、廊下の奥からは、無罪放免を喜ぶロアン家の親族たちが宮殿へ祝いの挨拶に押し寄せてくる騒がしい足音が聞こえ始めていた。司法が王妃を愚弄し、民衆が嘘を真実として歓喜しようとも、このフランスの至高の権力者は余であり、妻を傷つけた者を野放しにするような惰弱な王であってはならないという絶対の矜持が、ルイ十六世の背筋を力強く伸ばした。ルイは部屋の扉を勢いよく開け放ち、廊下に控えていた近衛隊長に向かって、地響きのような厳格な声を放った。
「近衛兵、控室で勝ち誇っているロアンを即座に拘束せよ! 高等法院が罪を問わぬと言うのなら、余が国王大権をもってあの男の全官職を剥奪し、オー・シェーズ修道院への永久追放を命じる! 法が妻を侮辱しても、余がそれを許しはしない!」




