第49話 全力全開の一撃
目の前には、二振りの刀の柄を握る少年がいた。
額に冷や汗を浮かべ、狭い部屋で、追い込まれた状況。
詳しい説明もなく、見えた情報だけで乗り切ろうとしている。
(あぁ、何度見てもたまらないねぇ。希望と絶望の狭間にいる、この表情)
ローラは両手で自身の頬を覆い、恍惚の笑みを浮かべる。
手を触れれば勝ち。こちらには取れる手段はいくらでもある。
なぜなら、ここは鏡面世界。思うがままに己が願望を実現できる。
相手が、どのような能力を行使しようとも、対応できる自信があった。
「じゃあ、早速、見せてもらえるぅ? 坊やの最後の悪あがきを」
だからこそ、ここは後手に回る。
(早く見たいわぁ……。絶望に染まっていく姿が……)
最上なる快楽と、悦楽に浸るため。
いいえ、至上なる絶頂に至るために。
◇◇◇
湿った手で、ジェノは二振りの刀を腰に差す。
奇遇にも着ていた服は隠密部隊。滅葬志士の制服。
刀の柄を固定するための留め具が、両腰についていた。
(一か八か……。勝率は50%ってところかな……)
刀なんか、今まで扱ったことがない。
それに、鎧化まで、同調率が届かなかった。
肉体も精神も聖遺物も未熟。万全の状態じゃない。
そんな不安になってしまう要素だけが、頭にこびりつく。
(いや、弱気になるな。不安は結果に直結する。100%勝つ気でやるんだ!)
だけど、それは鏡面世界において死に等しい。
意思がブレた時点で、両腰にある刀は消えてしまう。
なんとしても、そんな結果だけは避けないといけなかった。
「――――」
ジェノは自身を奮起し、慣れない手つきで、抜刀していく。
現れたのは、金と銀の刃。能力は知っているけど、確信はない。
観測したのは、鎧化の能力。武器化でも同じなのかは、分からない。
それでも、一度やると決めたからには、やってやる。決め手はあるんだ。
「いいわぁ。その顔ぉ。その眼差しぃ。その心意気ぃ。早く、早く出してぇ」
両頬を手で押さえ、うっとりとした顔でローラは急かす。
相手のペースには合わせてやらない。やるなら自分のペース。
不完全な状態でも、出すタイミングは自分でコントロールできる。
(相手が待つなら、ゆっくり、じっくりやってやる)
目を閉じ、呼吸を整え、理想の光景を思い浮かべる。
あの時はまるで、見えなかった。だけど、今なら分かるんだ。
あの鎧、あの技には、とんでもない量のセンスが込められているって。
(よし、イメージできた、次は……)
目を開き、一つずつ慎重に工程をこなす。
雑に扱えば、失敗する。そんな確信があった。
だから焦らない。手も力も抜くわけにはいかない。
(全開だ……っ!!!)
ダムに貯まった水が決壊するイメージで、心を燃やす。
意思に応じ、溢れ出たのは眩い銀色の光。大量のセンス。
不完全の中の完全。今、出し得る100%の力を展開した状態。
「……」
それを見た、ローラの目の色が変わる。
顔は笑っていたけど、目は笑っていない。
もしかしたら、仕掛けてくるかもしれない。
だけど、そんなの気にする余裕なんてなかった。
(出力は整った。次が最後の工程だ……)
ジェノが次に見たのは、目の前にある空間。
ローラとの間に生じる、空白。何もないスペース。
斬って、繋げるのはここ。空間を切断し、空間を接合する。
かなり繊細な作業になる。そのためにも、余計な思考は、排除する。
(鏡の中にいる人は死なない。だから、殺すことにはならない)
最後に残った工程。それはリーチェと交わした約束。
人を殺してはいけない。それを、一時的に忘却すること。
万が一のことを考えたら、きっと、力を存分に発揮できない。
この場において理性は邪魔だ。いるのは、目的に必要な意思だけ。
「――――――」
ジェノは、ひどく冷めきった、鋭い目線を敵に送る。
殺してしまっても構わない。理性が外れてしまった状態。
それが、皮肉にも今までのベストコンディションを更新する。
(意思の力がさっきより、溢れてくる……。よし、これなら――)
全能感のようなものを感じる。
まるで、失敗する気がしなかった。
後は、その思いの丈を刃に乗せるだけ。
「虚空刃冥府」
満を持して、ジェノは金と銀の刃を振るい、虚空に円を描く。
空間は斬り裂かれ、接合されるのは、きっと地獄よりひどい場所。
「……ぶ、ブラックホールぅ!?」
空間に開かれたのは、底の見えない黒点。
想定外だったのか、ローラの甲高い声が響く。
声を高らかに叫んだところで、結果は変わらない。
一か八か。自分と相手が、生きるか死ぬかは、運任せ。
後は、二人とも助かるように、祈りを捧げるしかなかった。
本日、三章の前日譚の前後編を公開しました。




