表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/92

伍玖 九尾の狐の肝


 紅葉が鬼女に体を乗っ取られた。

 咲良は紅葉の肘を取り、

「エイッ」

 と、居合の稽古の通りに、背負い投げた。


 咲良が紅葉に触れた時、青い電気が走った。

「痛っ」

 心臓が跳ねるぐらいのショックがあった。


 咲良は枕を投げ付けた。

 コマチは断ちバサミで突っかかった。

「コマチちゃん、ハサミはちょっと…」

「ほな、どうするの!? 紅葉に喰われたいの? 紅葉が殺人犯になってしまうよ!」

 コマチが涙目で言い返した。

「私だって、紅葉ちゃんを助けたいんだよ!」

 咲良が初めて怒鳴った。

 二人は仏間の真ん中で揉めた。



 ゴボッ。

 変な音がした。

 咲良とコマチが紅葉を見た。


 ゴボゴボッ。

 紅葉が何か黒いものを吐き出した。

 紅葉の両眼に特異点が生じ、細くきれいな指が出て、何か掴もうと蠢いた。


「うわ、紅葉…。何本手があるん?」

 コマチはゾッとした。


 紅葉の喉が膨らんできた。

 獲物を飲み込んだばかりのヘビみたいに、パンパンに膨らんだ。

 何かが紅葉の口から出ようとしている。

 それは出産を連想させる。

 けれど、出て来たのは、長い髪の塊だった。


 紅葉は瞼を痙攣させ、もごもご言った。

「たふ…けて…」

 紅葉は海老反りになっていく。


 紅葉の口が裂けそうなぐらい開き、鬼女の崩れた頭蓋骨が、骨を軋ませながら出て来る。

 歪んだ顔が外気に触れて、元の形に整い始め、玉藻の顔になっていく。

 粘液でベトベトだ。


「う…はぁ、はぁ…」

 玉藻が口を開き、外気を吸った。

 蛇のように首まで滑り出し、首から下はまだ紅葉の中。

 紅葉の両目から出てきた手は、肘まで出て宙を掻いた。

 顔の上に顏、手は六本ある状態だ。


 紅葉の顔は滅茶苦茶になって、深い皺が寄った。

 紅葉自身の二本の腕は、だらんと下がった。


「紅葉ちゃん…」

 咲良は悪夢のような光景に、呆然としていた。



 玉藻は悪魔じみた声で喋った。

「終わりじゃ…。全てを枯らす…。そなたらの精気を吸い取ってやる…」

 玉藻が深呼吸した。

 痩せた頬がもっと窪んだ。


「咲良…。あの瘴気を吐かせたらあかん…。みんな、お陀仏や」

 祖母トキが伝えた。

 咲良は急いで、自分の鞄を開いた。

 祖母に数日前にもらった紙袋から、青いゴム手袋が出た。

「これ、何に使うの? 洗濯のゴム手袋じゃないの? ガーデニング用?」

 咲良は泣きそうになりながら、青いゴム手袋を嵌めた。


 軽い電気ショックはこの手袋で防げた。

 でも、途中で火花が散って手袋が破れ、小さな孔が開いた。

 その瞬間、咲良の指の皮膚は、破れ目で火傷を負った。


 咲良は玉藻の口を押さえた。

 この手袋は魔法のアイテムのように、勝手に玉藻の口に吸い付く。

 玉藻は四本の手を使って、咲良を剥がそうとした。

 咲良は必死で、玉藻の口を塞ぎ続けた。

「ぐうぅ…」

 玉藻が暴れ、畳の上を飛び跳ねた。


 稲妻が閃き、玉藻の眷属(けんぞく)が現れた。

 眷属は白い炎を噴きながら吠え立て、咲良を威嚇した。

 狐火が無数に浮かび、縦横に飛び回った。


「神様…、助けて…」

 コマチは手を合わせて祈った。


「この…小娘が!」

 遂に、玉藻が咲良を振り払った。

 咲良は(ふすま)にぶつかって、隣りの座敷まで飛んだ。





 玉藻は、紅葉という服を着た妖怪だ。

 ベタベタの束になった髪を振り乱した。

 コマチの肩に、玉藻の手が掛かる。

 玉藻は長い舌を伸ばし、コマチの頬をペロッと舐めた。


 コマチはぶるぶる震える手で、断ちバサミを握り締めた。

 ギリギリまで、玉藻を突くチャンスを窺った。

「あともう少し…。こいつが私に噛み付いた瞬間に刺してやる…。紅葉に怪我はさせへん!」

 コマチは心の中で思った。


 玉藻が静かに毒の息を吐いた。

 突然、コマチの頭が割れそうなほど痛くなった。

 コマチの意識が半分飛んだ。


「その子をお放し下さい、お狐さん…!」

 トキが経典で、玉藻の尻尾を叩いた。

「ギャイン…」

 玉藻は犬のような悲鳴を漏らした。

「引っ込んでおれ!」

 玉藻は老いたトキを蹴って、コマチの方に戻った。


 咲良は隣りの座敷から駆け戻って、長い数珠を玉藻に掛けて、

「コマチちゃんを放せ! 紅葉ちゃんから離れろ!」

 と、叫んだ。

 数珠の糸がバラバラに切れた。

 パーンと、水晶の珠が勢いよく飛び散った。


「もうあかん…」

 コマチは頭痛に堪えきれなくなって、嘔吐した。

 トキも失神した。

 咲良だけが頭痛を感じない。



 豆電球が切れた。

 仏壇の花が萎れ、神棚の榊が枯れて茶色くなり、葉を落とした。

 畳がささくれ立って変色し、障子と襖の紙が一斉に黄ばんだ。

 仏壇の漆にヒビが入った。

 縁側の床板が反り、檜の柱が茶色くなり、庭木が枯れ始めた。

 眷属が暴れ、墓地の墓石が倒された。


 コマチの肌が乾燥して、髪が白っぽくなっていく。精気が抜け始めた。

 コマチは畳に倒れた。

 畳にハサミを突き立て、何とか身を起こそうとした。

 辺りの重力が増したように、身が重い。もう動けない。


「やめて、玉藻。やめて…」

 咲良が玉藻の背中を叩いた。

 手袋が焦げ、火花を散らした。


「紅葉、目を覚まして。あんたなら出来る。信じてる…」

 コマチが口の中で呟いた。

 彼女の眸から涙が一筋流れた。


 咲良の腕や肩に、玉藻の眷属が噛み付いた。

 咲良は痛みを堪え、岩のように動じない玉藻を引っ張った。

「紅葉ちゃんを助けたい…。怖くなんかない…」

 咲良は玉藻の髪を掴み、綱引きみたいに引っ張った。


「若い娘の生き肝は、数百年ぶりじゃ。さぞかし美味かろう…」

 玉藻は声を弾ませ、コマチの服を捲った。

「やめてー!」

 咲良が玉藻の腕に噛み付いた。

 玉藻の皮膚は、鋼のように硬かった。

 咲良の唇の方が切れて、血が出た。



「…ない…」

 誰かの声がした。

「誰じゃ?」

 玉藻がきょろきょろ見回した。


 声は玉藻の首の下、壊れた紅葉の顔面から出た。

「コ…マチの肝…、食べたくない…わ…」

 紅葉の声がはっきり聞こえた。

「紅葉ちゃん!」

 咲良は涙を拭った。


「例え死んでも…、食べてたまるか…」

 紅葉が潰れた口から息を吐き、自分自身の手で何かを探した。

 紅葉の手は断ちバサミに触れ、コマチから受け取った。


「よせ…。妾とそなたは一つ。今後、そなたの願いを何でも叶えてやろう。恋敵になり得る娘はみな殺してやる。そなたはずっと恋しい男を独占出来る。嫉妬に苦しむこともないぞ…?」

 玉藻が自分の首から下の、紅葉に言った。

「…いらんわ。もしフラれたってええわ…。友達の方が大事やもん…」

 紅葉がハサミを逆手に握り締め、左手を添えた。


「死ね、九尾の狐!」

 紅葉が自分の喉にハサミを突き立てた。





 閃光が玉藻の首を中心点にして、放射状に広がった。

 九尾の狐の瘴気が消えた。



 その時、縁側の外で、ポンッと三つの光が弾けた。

 咲良達が見たこともない識神が出現した。


 一人目は平安装束の男。

 青い闕腋(けつてき)(ほう)に白袴、巻纓(けんえい)の冠、凛々しい(おいかけ)

 彼は弓弦を鳴らし、矢を次々射かけて、玉藻の眷属に命中させた。


 二人目は黒い狩衣の男。

 袖を靡かせ、袖に綴られた紐の露先も華やかに、舞うように太刀を使った。

 太刀は細身で長く、手元で深く反るタイプで、彼はバッタバッタと眷属を斬り捨てていった。


 三人目は戦国時代の鎧兜(よろいかぶと)の男。

 角のような脇立で兜を飾り、赤く染めた緒の、いわゆる緋縅(ひおどし)の鎧と、小花柄の籠手(こて)臑当(すねあて)、どれも洒落込んでいる。

 彼は太刀帯に()いた太刀を抜き、眷属の群れへ突入していった。


 一人目は矢を射終わり、玉藻に勇ましく斬り込んでいった。

 他の二人も眷属を斬り殺し、玉藻に向かった。


 玉藻は喉からハサミを引き抜いた。

 傷口から血が滴った。

 彼女は眷属がやられるのを見て、

「何故じゃ!? たかが識神のくせに…」

 と、悔しがった。


 玉藻は紅葉の体から抜け出した。

 公園で、若い男の肝を喰らった時のように、完全に紅葉から分離した。




「遅くなった…。無事ですか!?」

 旭の声が庭から聞こえた。

「紅葉ちゃん! 咲良ちゃん!」

 旭と雲林院(うじい)が駆けつけ、縁側から上がった。


「あ…旭さん…。遅過ぎですよっ!」

 コマチが起き上がった。

 彼女は元気そうに頬を膨らまし、口を尖らせた。

 旭はコマチをちらっと見て、

「生きてたんですね。そりゃ、よかった」

 と、ぶっきらぼうに言った。


 旭は仏間まで踏み込んだ。

 明治か大正の古い軍刀に手を掛け、

「祖父の祖父の遺品を借りて来ました。いつも、山上さんの刀を折っちゃうんで…」

 錆びの付いたサーベル用飾りベルトから、するっと引き抜いた。


 雲林院は食べかけのメロンパンを袋に戻し、

「雨音が俺のとこに、自分の識神を送って来た。咲良ちゃん達を守ってくれって。あの平安時代風が雨音の破軍(はぐん)、黒い着物が旭さんの武曲(むごく)。鎧武者が俺の識神で、簾貞(れんてい)って言うの…」

 と説明して、咲良の祖母を助け起こした。



 咲良は紅葉に走り寄った。

 紅葉の壊れた顏は元通りで、ハサミで突いた喉も、血一滴すら流れてない。

 彼女は荒い息をして、衰弱しているだけ。

「よかったぁ…。本当によかったぁ…」

 咲良は安心して、また泣けてきた。


「雨音くん達は?」

「山上の車で寝ておる」

 破軍が答えた。

 破軍の鋭い目は、海底の水のような冷たさがある。



「識神ごときが…」

 玉藻は眼を吊り上げ、唇を震わせて怒った。

 破軍、武曲、簾貞が玉藻を囲んでいる。

 玉藻は雷を発生させ、攻撃を仕掛けた。


 破軍は雷撃を避けた。

 破軍が玉藻を引き付け、武曲がサイドから攻撃した。

 よく見ると、簾貞はやたら駆け回っているが、玉藻と戦う気が余りない。



「紅葉、よう堪えたな…。破軍と武曲が来たぞ」

 巨門(こもん)が現れ、紅葉の側に膝を着いた。

「うん…、私は大丈夫…。私に隙があったの。でも、もう憑りつかせへん…」

 紅葉は口の周りを拭いた。

 玉藻を吐き出し、鬼の粘液でベトベトだった。


 文曲(もんごく)貪狼(とんろう)も戻り、これで識神は六人になった。

 残る一人、禄存(ろくぞん)は山上と一緒にいる。



 雲林院はおっとりと喋った。

「旭さん。めっちゃ綺麗な鬼なんですけど…」

「そうかな。本当の姿は皺くちゃババァだと思うよ。妖怪なんだし」

 旭は冷静に分析した。


 玉藻は自分の魅力が通じない相手にがっかりした。

 彼女の美しさは、どんな男も虜にしてきた。

 男達は死を招くと知りながら、食虫花に自ら落ちていく虫のように、玉藻に尽くして喰われた。

「仕方あるまい…」

 玉藻が本性を現した。

 三角形の狐の耳を立て、長い九尾を孔雀の尾羽のように背後に広げた。





 咲良は紅葉と巨門に説明した。

「たぶん玉藻は、紅葉ちゃんに憑りついたことと、生血と肝を摂ったことで、実体化したんだよ。今も、紅葉ちゃんの精気を使い続けてる…」

「その通り。紅葉、おぬしはあやつとの接点を切れ。さすれば、あの鬼は干上がってゆく…」

 巨門は得意げに髭を擦った。

「どうやって、接点を切るの?」

 紅葉は体力が回復せず、布団の上に横たわっている。


「その点につきましては、お任せ下さい」

 天井から二羽のカラスが舞い降り、天狗党の双子・ルイとレイになった。


「つまり、武蔵が記憶を失くしていた三年間とは、紅葉さんのように鬼女に利用されていたのでしょう。謎が解けました」

 ルイが言った。

「夜が明けます。武蔵と静、しゅとーんの山上らも、間もなくこちらへ来るでしょう」

 レイが言った。


 ルイが紅葉の胸に右手を置き、左手を重ねた。

 レイとルイが腕を交差し、レイは右掌を玉藻に向け、手の甲に左手を重ねた。

累加(るいか)戻減(れいげん)…」

 咲良は彼等の名を思い出した。

 彼等は相手の力を増やすことと減らすことの能力を持つ。


 玉藻がルイとレイに気付いた。

「小賢しい天狗童子…」

 玉藻は戸隠山で会った小天狗を思い出したようであった。


「終わりました。鬼女の中の紅葉さんを、全て紅葉さんに戻しました。紅葉さんの中の鬼女を、鬼女に戻しました」

 ルイとレイが手を放し、一礼した。


 玉藻はクラクラと眩暈を感じた。

 せっかく精気を得て若返ったのに、急速に力不足になっていった。

 玉藻の足がふらついた。



 男達の足音がした。

 怒涛の波が寄せるように足音が響いて来て、先頭を雨音と蘇芳が駆けて来た。

「うおお…」

 雨音と蘇芳は唸りながら斬り込み、玉藻を左右から袈裟斬りにした。


 僅かなタイミングのずれで、雨音の鬼切と蘇芳の雷帝はぶつからなかった。

 二人の剣は交差して、鏡に映したように反対側で止まった。


 玉藻の首が前に落ちた。

 目を剥き、床の上で瞬きした。

 体は棒立ち、指先だけがピクピク動いていた。


 雨音は鬼を消し去る為に、玉藻の額を踏み、

「許してくれ。おまえの怨念が早く消えることを祈るよ」

 頭頂から鬼切を刺した。

 切先が畳に玉藻の顎を縫い付け、止まった。

「ぎゃああぁ…!!」

 玉藻は断末魔の叫び声を上げ、死の火焔に包まれた。



 だが、玉藻が完全に消える前に、黒い翼が屋根から降り立った。

 天狗党の首領、鬼一法眼(きいちほうげん)だ。

「しゅとーんの巫女よ。九尾の狐の肝を抜く仕事を忘れておるぞ…」

 鬼一法眼が長い髪を耳に掛け直し、瞬間移動して、玉藻の側に立った。


「首領…」

 武蔵と静先生が続く言葉を失う。

 鬼一法眼はみんなの前で、炎に包まれる玉藻の体に触れ、肝を抜いた。

「まだ温かい…」

 鬼一は血塗れの肝を美味そうに、シャリシャリ音を立てて喰った。


「……」

 雨音も山上も、咲良も紅葉も、あっと叫ぶ間もない出来事だった。


「何を不思議そうにしている? 千人もの人間の生き肝を喰った、九尾の狐の肝だぞ。不死の力の源としては、最高だ!」

 鬼一が言った。

「まさか…、その肝の為に…」

 武蔵は頭を振り、言葉を飲み込んだ。


 微妙な空気が流れた。

 鬼一と双子の天狗が去り、気まずい顏で武蔵と静先生も帰った。

 台風が通過したかのようにぶっ壊れた、庫裏と墓地が残った。



 蘇芳が男泣きして、

「紅葉…。よかった…。あんたは何回、俺を心配で殺しかけるん?」

 と、紅葉を抱き締めた。

「咲良ちゃんは大丈夫?」

 雨音が心配そうに尋ねた。


 咲良は、

「鬼一さん、あんな肝食べて大丈夫なのかなぁー?」

 と、小さく首を傾げた。

「俺もそう思う」

 山上も後味悪い思いをしていた。



 咲良は本堂の屋根を見上げた。

 雷雲が遠のき、朝焼けの空が美しい。


 反った屋根の上にマナブがいた。

 鬼らしくない、カジュアルで現代的な装い。

 その時は牙もなく、妖気も発してなかった。

「マナブ…」

 咲良が呼びかけて、みんな彼に気付き、特に山上はギョッとした。


 マナブは片方の目の闇を隠すこともせず、自然体で風に吹かれていた。

「咲良…。母上は死んだ?」

 マナブが咲良に聞いた。


学瀛(がくえい)ら三つ子を生んだ母親は、恐ろしい怨霊に憑りつかれてた…」

 山上が小声で言った。

「中国から来た九尾の狐に? そっか。玉藻はどことなく、マナブと似てると思ってた…」

 咲良は納得し、

「マナブ。マナブはどう思ってるの?」

 と、屋根の上に聞き返した。


 マナブは瓦の上を猫みたいに歩いた。

「どうかな。玉藻は死んだかもね。でも、母上はきっと生きてる…。八尾(はちび)になっただけ…」

 と、九本立てた指の一本を曲げた。

「八尾……?」

 山上が唇を噛んだ。


「しゅとーん部、礼を言おうか。兄上達とはもう会えないけど、母上とは会えそうだ。あはは…」

 マナブは嗤い出し、朝焼けの雲に向かって翔んだ。

 彼は暁の明星と重なって光り、消えた。



「鬼一法眼、どうなるんですか?」

 雨音が山上に質問した。

「恐らく…」

 山上は顎をポリポリ掻いた。





 奥鞍馬の大天狗の館。

 板張りの広間で、鬼一法眼が激しく嘔吐していた。

「首領…」

 柱の向こうで、ルイとレイが心配している。


「心配するな、単なる食あたりだ。九尾の狐め。狐は肝までバイ菌だらけと見える…」

 鬼一は苦しみながら、強がりを言った。

 火で焼いた石を飲み込んだみたいに、腹の中が熱い。

 鬼一はまた吐いた。

 吐くものがなくなり、血の混じった消化液が出た。


 鬼一の肩が小刻みに震えた。

「そんな馬鹿な。…肝に喰われるなんて、聞いたこともない…」

 鬼一は後悔しつつあった。

 ルイとレイは武蔵を呼びに行った。

 大天狗の館は静まり返り、建物全体が彼の胃袋と同様に痙攣していた。


「グェッ…」

 鬼一が胃袋みたいなものを吐き出した。

 いや、それは誰かの顔の皮膚だった。

 徐々に風船みたいに膨らみ、鬼一の顔を覆っていく。

「息が出来ない…」

 鬼一が仰向けに倒れた。


 彼の口から噴き出るものが、彼の表面を覆っていく。

 長い髪がベトベトした粘液とともに吐き出され、鬼一の頭を覆う。

 女の乳房と白い肌が鬼一の着物を覆い、中に取り込んで溶かす。

 鬼一はどんどん消化され、溶けていく。


 最後に、尻尾が出てきた。

 艶やかな金褐色の毛が生えた、2メートル超えの長い尻尾だった。


 裸の女が起き上がり、唾と未消化のものを吐いた。

 鬼一の歯が数個、地面に転がった。


 鬼一法眼と、奥鞍馬の大天狗の館が消滅した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ