第五話「紅霧の摩天楼」1
第一章 天龍街への招待状
人工ドラゴン『プロト・レッド』による襲撃から数日。 虹海の下層スラム、『澱河』の路地裏にあるチェン爺の屋台は、即席の作戦司令室と化していた。 湯気を立てる点心の籠と、乱雑に広げられたホログラム・マップがテーブルの上で混在している。
「……見つけたぞ。敵の正体だ」
鉄鏡花が、端末を操作して空中にデータを投影した。 映し出されたのは、上層エリア『天龍街』の中心にそびえる、巨大な螺旋状のビル。
『虹海タワー』。
「この塔を所有しているのは、『虹盾科技集団』。表向きはアジア最大手のセキュリティ企業だが……実態は、魔術結社『黄昏の黙示録団』のフロント企業だ」
「虹の盾、ねぇ。……中身はドス黒い癖に」
久遠灯が、肉まんを齧りながら冷笑する。鏡花は、さらに一枚の顔写真を拡大表示した。 黒髪を艶やかに結い上げ、冷徹な知性を漂わせる美女。
「そして、ここの総経理を務めているのが、幽 冥。……またの名を、ドクター・メイ」
「こいつか……!」
辰巳響が、箸をへし折らんばかりに握りしめる。シャオを改造し、リーリンを使い捨てにし、人工ドラゴンを作った元凶。
「正面から殴り込みかけようぜ! 響の雷でドカンと!」
「却下だ。自殺志願者なら止めないがな」
鏡花が冷静に却下する。 彼女の義眼が、タワー周辺の防衛システムを解析していた。
「対空迎撃ミサイル、高出力魔導結界、そして数千基の自律型防衛ドローン。……正面突破を試みれば、エントランスにたどり着く前に蒸発する」
「じゃあ、どうするのよ? 指をくわえて見てるだけ?」
白雪美流愛が、苛立ちを隠さずに問う。 彼女のプライドは、『プロト・レッド』との戦いで深く傷ついていた。 敵の本丸が目の前にあるのに、手が出せないもどかしさ。
「……だが、招待状ならある」
鏡花が、端末の画面を切り替えた。 表示されたのは、一枚の絢爛豪華な電子チケット。 黄金の龍が刻印された、VIP専用のパスだ。
『特別内覧会:次世代セキュリティシステムの発表』
『主催:虹盾科技集団 総経理 幽 冥』
「今夜、タワーの最上層で、大陸全土のマフィア幹部と財界人を招いた『新作発表会』が開かれる。……表向きは警備システムだが、実態は生体兵器(B.O.W.)の見本市だ」
鏡花は、無機質な声で続けた。
「私は裏ルートからゲストリストのサーバーに侵入し、架空の招待客データをねじ込んだ。……正規のルートで、堂々と入れる」
「へえ。やるじゃない、ヤブ医者」
灯がニヤリと笑い、M500のシリンダーを回した。 潜入ルートは確保された。あとは、誰がどう動くかだ。
「二手に分かれるぞ」
灯は、テーブルの上に地図を広げた。
「美流愛、お前は表から潜入だ」
「え?」
「お前の得意分野だろ? ドレスを着て、愛想を振りまいて、情報を抜いてこい。……派手に暴れて、敵の目を引きつける囮役だ」
「……なるほど。私に『主役』を張れってことね」
美流愛が、不敵な笑みを浮かべる。 その瞳には、獲物を狙う女豹のような光が宿っていた。
「設定はどうするの?」
「そうだな……。経済特区『シンガンウォール』から来た、武器商人の令嬢ってのはどうだ?」
「悪くないわね。……偽名は?」
「『スノーホワイト』。……そのまんまだが、わかりやすいだろ」
「了解。……最高に目立ってやるわ」
「お供します、お姉様! 衣装の準備は万全です!」
双子の白雪亞莉愛と白雪華琉愛が、どこから調達してきたのか、豪奢なチャイナドレスとメイク道具のセットを取り出した。
「私と鏡花、響、そして祈は裏口から侵入する」
灯は、地図上の搬入口を指差した。
「お前らが派手に暴れている隙に、メンテナンス業者に化けて中枢へ潜る。……データと、可能なら敵の首を獲る」
「えー……」
響が露骨に嫌な顔をした。
「なんでアタシが裏方なんだよ。……ドレス着て美味いもん食いたい」
「お前のサイズに合うドレスなんかない。諦めろ」
「んだとコラ!」
「あ、あの……私は……?」
天羽祈がおずおずと手を挙げる。
「お前はセンサー役だ。……鏡花の機械的な探知だけじゃ、魔術的な罠を見落とす可能性がある。お前の目で、ヤバい『色』を見分けてくれ」
灯の指示に、祈は緊張した面持ちで頷いた。
「は、はい! ……頑張ります!」
夜。 紅い霧を突き抜けた高みにある上層エリア、『天龍街』。 そこは、下層スラムの悪臭が嘘のような、人工的に濾過された清浄な空気と、高級な香水の香りが漂う別世界だった。
『虹盾科技集団』の本社ビル、虹海タワー。そのエントランスには、リムジンやエアカーが次々と横付けされ、着飾った紳士淑女たちが吸い込まれていく。
その中に、一際目を引く美女の姿があった。 深いスリットの入った、真紅のチャイナドレスを纏った少女。 白雪美流愛だ。 彼女の黒髪は美しく結い上げられ、その肢体は夜景よりも妖艶に煌めいている。 背後には、同じくドレスアップした双子が、付き人として控えていた。
「お姉様、美しすぎます! 全員殺して視線を独占したいです!」
「他の女どもが霞んで見えます。……排除しますか?」
双子が興奮して囁く。 美流愛は、扇子で口元を隠し、優雅にたしなめた。
「笑顔で殺意を漏らさないの。……今夜の私は、南海の要塞都市・シンガンウォールから来た、武器商人の令嬢よ」
彼女は、セキュリティゲートの前に立つ。IDスキャン。
『認証完了。ようこそ、ミス・スノーホワイト様』
ゲートが開く。 美流愛は、ハイヒールの音を高く響かせて、光の中へと歩み入った。その背中のドレスの下に、数種類の暗器が隠されていることを、警備兵たちは知る由もない。
一方、タワーの地下搬入口。 巨大なトラックが出入りする薄暗い通用口に、薄汚れた作業着姿の四人組がいた。
「……くっそ。なんでアタシが荷物持ちなんだよ」
響が、重そうな工具箱を肩に担いで文句を言う。作業着のサイズが合わず、窮屈そうに襟元を引っ張っている。
「似合ってますよ、響ちゃん。……現場監督みたいで」
祈が苦笑いしながらフォローする。彼女もまた、ブカブカのツナギを着て、背中には自分の身長ほどもある機材(中身は魔術触媒とストロングゼロ)を背負っていた。ヘルメットの下から覗くオッドアイが、不安げに周囲を警戒している。
「腹減った……。タピオカ食わせろ」
「静かにしろ。……潜入中だぞ」
鏡花が、電子ロックの制御盤に自身の指先を差し込みながら警告する。 彼女たちの背中には、灯が適当に捏造した社名のロゴが入っていた。
『株式会社ワカ・バ・ビルメンテナンス』
「……灯。この社名、絶対アンタの趣味だろ」
響がジト目でツッコミを入れる。灯は、ヘルメットを目深に被り直しながらニヤリと笑った。
「文句あるか? 安っぽくて、しぶとそうで、最高にクールな名前じゃねえか」
灯の胸ポケットには、いつもの「わかば」が入っている。 吸えないのが最大のストレスだ。
「開いたぞ」
鏡花がロックを解除する。 重い扉が開き、消毒液と、濃厚な獣の臭いが漂ってきた。
「……この塔全体が、おかしい」
中に入った瞬間、鏡花が足を止めた。彼女はタワーのコンクリート壁に手を当て、微細な振動を感知する。
「巨大な『生物』の反応を示している。……壁の向こうに、脈打つようなエネルギー流動を感じる」
ドクン、ドクン。 微かだが、確かに聞こえる鼓動のような音。 それは、機械の振動ではない。 もっと生々しく、湿った、巨大な心臓の音。 タワーそのものが、巨大な生き物の血管のように機能している。
「……本当です」
祈が、顔を青ざめさせて言った。彼女は壁を見つめ、その向こうにある「色」を透視していた。
「壁の中に……血管みたいなのが張り巡らされています。……ドス黒くて、粘り気のある『赤』が流れてる。……すごく、気持ち悪いです」
祈の魔眼が捉えたもの。 それは、人工的なパイプラインの中を流れる、精製された龍脈エネルギーと血液の混合液だった。 この建物全体が、何者かを育てるための「胎盤」なのだ。
「……生き物、だと?」
灯が眉をひそめる。 このタワー自体が、何かの卵、あるいは繭なのではないか。 そんな不吉な予感が、彼女の背筋を冷たく撫で上げた。
「行くぞ。……この不気味な腹の中を、暴いてやる」
『株式会社ワカ・バ』の作業員たちは、魔窟の底へと潜っていく。
灯が、地下への扉を開けた。 そこから漂ってきたのは、消毒液と、濃厚な獣の臭いだった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




