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リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
紅蓮の黙示録(クリムゾン・アポカリプス)編

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第四話「偽りの鱗、硝子の牙」3

第三章 共鳴する痛み


「死ねぇぇぇッ!!」


 王 麗琳(ワン・リーリン)の絶叫が、拡声器を通して歪んだノイズとなり、スラムの路地裏に響き渡った。人工ドラゴン『試作機・赤竜(プロト・レッド)』が、その巨体を軋ませながら右腕を振り上げる。鋼鉄の爪が、夕日を反射して鈍く光った。狙いは、辰巳響(たつみ ひびき)ではない。 彼女の背後で、瓦礫に足を挟まれ身動きが取れなくなっている李 小蓮(シャオ)だ。


「あ……」


 シャオの瞳に、死の影が差す。 逃げられない。 数トンの質量が、彼女を羽虫のように押し潰そうと迫る。


「逃げろ、シャオ!!」


 響が咆哮した。 彼女は、自らの身体を弾丸のように射出し、シャオの上に覆いかぶさった。 雷撃を使えば迎撃できる。 だが、使えない。 使えば、腕の中にいるこの少女が、また獣に戻ってしまうから。 だから響は、自分の背中を盾にするしかなかった。


 ドガァァァァン!!


 衝撃。 ドラゴンの爪が、響の背中を直撃した。 骨がきしむ音。内臓が圧迫される苦痛。響は歯を食いしばり、うめき声を押し殺した。


「ぐぅ……ッ!」


「響ちゃん!?」


 シャオが悲鳴を上げる。 目の前で、響が血を吐いた。赤い飛沫が、シャオの頬にかかる。 温かい。 そして、鉄の味がする。


「……へへっ。痛くねぇよ、こんなの」


 響は、脂汗を流しながら無理やり笑ってみせた。その笑顔が、シャオの胸を鋭く刺す。


(響ちゃんが……私のせいで……)


 シャオの脳裏に、封印されていた記憶の断片がフラッシュバックした。昨夜の光景。 雷鳴。 理性の崩壊。 そして、獣の爪で響を殴り飛ばした、自分の手の感触。


(私が……響ちゃんを傷つけた……?)


 記憶は曖昧だ。けれど、その感触だけは鮮明に残っている。 自分が自分でなくなる恐怖。 大切な友達を殺そうとした罪悪感。


「……あぁ……」


 シャオの身体が震える。怖い。 また暴走してしまうかもしれない。私がここにいるだけで、響ちゃんは全力で戦えない。私は、足手まといだ。


「どきなさいよ、東洋の龍!」


 リーリンが焦れたように叫び、さらにドラゴンの腕に力を込める。ミシミシと、響の背骨が悲鳴を上げる。


「その小娘ごと、ペシャンコになりたいの!?」


「……うるせぇ!」


 響が、血の泡を飛ばして吠えた。


「アタシのダチに……指一本触れさせねぇ!」


 その言葉が、シャオの迷いを断ち切った。響ちゃんは、命がけで私を守ってくれている。 神様の力なんて関係ない。ただの「辰巳響」として、私を友達と呼んでくれている。 なら。


(私は……守られるだけじゃない!)


 シャオは、瓦礫を怪力で押しのけた。 足首から血が滲むが、痛みなど感じない。


「……響ちゃん!!」


 シャオが叫び、響の腕の中から飛び出した。 彼女は逃げなかった。 逆に、ドラゴンの懐へと飛び込んだのだ。


「なっ……!?」


 リーリンが虚を突かれる。シャオは、ドラゴンの腕を駆け上がった。垂直に近い装甲板を、猫のような身軽さで登っていく。雷鳴はない。覚醒状態でもない。彼女にあるのは、チェン爺から叩き込まれた古武術と、友を守りたいという一心だけだ。


「見えなくしてやる!」


 シャオはドラゴンの頭部に到達すると、自分が着ていた上着を脱ぎ捨てた。 そして、それをドラゴンの(メインカメラ)に被せ、袖をパイプに固く結びつけた。


 視界が奪われる。 コックピットのモニターが真っ暗になった。


「なっ……小賢しい!」


 リーリンが狼狽する。 センサーが遮断され、ドラゴンの動きが止まる。


「今だよ、響ちゃん!!」


 シャオが、ドラゴンの頭上から叫んだ。


 その声が、響の意識を覚醒させた。痛みが消える。 迷いが晴れる。


「……おうよ!!」


 響が地を蹴った。 雷は使わない。 使う必要もない。アタシには、こいつらと食べた(カロリー)がある。タピオカの糖分。肉まんのタンパク質。 それら全てを、一瞬の爆発力へと変換する。


 響の右腕の筋肉が、異常なほどに収縮し、膨張した。血管が浮き上がり、皮膚が裂けるほどの負荷がかかる。 だが、構わない。


「ニセモノが……」


 響は、ドラゴンの胸部――コックピットの真下へと踏み込んだ。 そこには、動力炉を守る最も厚い装甲がある。


「吠えてんじゃねぇッ!!」


 響の拳が、真っ直ぐに突き出された。単純な、純粋な、物理的質量による正拳突き。神の奇跡も、魔術の理も関係ない。 ただ、「個」としての強さが、そこに凝縮されていた。


 ドゴォォォォォォン!!


 轟音。 衝撃波が、スラムの運河を揺らす。


『プロト・レッド』の胸部装甲が、飴細工のように粉砕された。厚さ50センチの複合装甲が、中心からひび割れ、爆散する。 衝撃は内部へと突き抜け、動力炉とリーリンを繋ぐ接続プラグを強制的に解除した。


「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」


 リーリンの悲鳴が響く。 神経接続(リンク)を断たれた反動(バックラッシュ)が、彼女の脳を焼く。巨大なドラゴンの瞳から光が消え、その巨体がバランスを崩した。


 ズズズ……ン!!


 轟音を立てて、赤竜が崩れ落ちる。 土煙が舞い上がり、赤い霧と混じり合う。


 勝った。 雷鳴なき勝利。響は、煙の中で拳を突き上げたまま、荒い息を吐いた。


「……へっ。見たかよ」


 拳から血が滴る。だが、その痛みさえも、今は誇らしかった。


 赤い霧が、海風に流されて晴れていく。破壊されたドラゴンのコックピットから、リーリンが放り出され、泥水の中に落ちた。 彼女の美しいチャイナドレスは汚泥にまみれ、自慢の黒髪は乱れきっている。


「う……ぅぅ……」


 リーリンは、這うようにして上半身を起こした。その目からは、赤い涙が流れていた。眼球の毛細血管が切れ、血の涙となって頬を伝っているのだ。 彼女は、憎悪と絶望に満ちた瞳で、響を睨みつけた。


「……殺せばいいじゃない」


 リーリンの声は震えていた。


「貴女は神なんでしょ? ……敗者を憐れむつもり? 屈辱を与えるつもり?」


 彼女にとって、敗北は死と同義だ。 組織での失敗は、即ち廃棄処分を意味する。ましてや、自分が「偽物」だと見下していた相手に、力ずくで否定されたのだ。 生き恥を晒すくらいなら、ひと思いに殺されたかった。


 響は、深いため息をついた。 そして、泥だらけの手を、リーリンの前に差し出した。


「バーカ」


 響は、呆れたように言った。


「アタシはただの女子高生だよ。……神様なんかじゃねぇ」


「……は?」


 リーリンが呆気にとられる。


「神様なら、雷落として終わりだろ。……アタシは今、腹が減って死にそうなただのガキだ」


 響の腹が、グゥ〜と情けない音を立てた。 張り詰めた空気が、一気に緩む。


「腹減ったから、飯食いに行こうぜ。……お前も来いよ」


 響は、ニカっと笑った。 その笑顔には、勝者の驕りも、神の慈悲もなかった。ただ、腹を空かせた仲間を誘うような、対等な親愛だけがあった。


 その手は泥だらけだったが、リーリンにはどんな宝石よりも眩しく見えた。 自分には決して届かない、圧倒的な「肯定」の光。血統も、能力も、立場も関係ない。 ただ「腹が減ったから一緒に飯を食う」。 そんな単純な世界が、この世に存在することを知らなかった。


「……っ」


 リーリンは、唇を噛み締めた。 その手を握り返したかった。温かさに触れたかった。だが、彼女のプライドが、そして彼女を縛る組織の鎖が、それを許さなかった。


 パシッ。


 リーリンは、響の手を払いのけた。


「……ふざけないで」


 彼女は、よろめきながら立ち上がった。 背を向ける。その肩は、小刻みに震えていた。


「私は……龍の王家の末裔よ。……貴女なんかの情けは受けない」


 それは、拒絶の言葉だった。けれど、その声には、先ほどまでの殺意はなかった。 あるのは、迷いと、そして微かな羨望。


「……覚えてなさい。次は必ず、殺してやる」


 それは、捨て台詞というよりは、自分自身を奮い立たせる誓いのように聞こえた。 彼女は足を引きずりながら、路地裏の闇の中へと消えていく。その背中は、孤独で、そして悲しいほどに小さかった。


「……甘いな」


 久遠灯(くおん あかり)が近づき、響の肩を叩いた。彼女はM500をホルスターに収め、消えていったリーリンの方角を見つめている。


「あそこでトドメを刺しておけば、後腐れなかったぞ」


「うるせぇ」


 響は、鼻をこすった。


「……あいつ、昔のアタシに似てたんだよ」


 誰かに認められたくて。 居場所が欲しくて。 必死に虚勢を張って、傷ついて、それでも誰にも頼れなかった頃の自分。もし、あの時、灯たちに出会えていなければ。 アタシもあいつみたいに、力に溺れて自滅していたかもしれない。


「響ちゃん!」


 シャオが、屋台の屋根から飛び降りてきた。彼女は響に抱きつき、その胸に顔を埋める。


「ありがとう……! かっこよかったよ、響ちゃん!」


「おう。……お前もな、シャオ」


 響は、シャオの頭を撫でた。二人の絆は、雷鳴がなくとも繋がっていた。不味いタピオカと、泥だらけの拳で。 神と怪物ではなく、ただの友達として。


 だが。 天龍街のペントハウスでは。ドクター・メイが、モニター越しにこの戦いを冷ややかに記録していた。


「素晴らしいデータだわ」


 彼女は、ワイングラスを揺らした。中の赤い液体が、血のように波打つ。


「『感情』というノイズが、これほどまでの爆発的な出力を生むとはね。……リーリンも、いいサンプルになったわ」


 メイは、モニターに映る響の姿を指でなぞる。


「サンプルの収集完了。……次は、本番を投入しましょう」


 彼女の背後。 培養槽の中で、さらに巨大な影が蠢いていた。 試作機(プロトタイプ)ではない。 完成された絶望。 『黙示録の赤竜(アポカリプス・レッド)』が、孵化の時を待っていた。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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