第四話「偽りの鱗、硝子の牙」2
第二章 空虚な咆哮
天龍街のペントハウス、その奥にある隠し実験室。培養槽のガラスが開き、冷却液の蒸気が立ち込める中、王 麗琳は人工ドラゴンの胸部に開いたコックピットへと足を踏み入れた。 そこは操縦席というよりは、生体部品を組み込むためのソケットのようだった。 椅子はなく、無数のケーブルと電極が蛇のように垂れ下がっている。
「準備はいいかしら? リーリン」
ドクター・メイが、コンソール越しに問いかける。その声は、実験動物を見る観察者のように冷徹だった。
「接続を開始すれば、もう後戻りはできない。……機体は貴女の神経系を侵食し、生命力を燃料として食い尽くすわ」
「構わない。……早くして」
リーリンは、裸の背中を機械に押し付けた。シュッ、という音と共に、太い接続プラグが彼女の脊髄に直接突き刺さる。
「が、あぁぁぁぁぁッ!!」
リーリンの口から絶叫がほとばしる。 激痛。 鉄の杭を打ち込まれ、内臓を掻き回されるような感覚。 彼女の血管が青く浮き上がり、ドス黒い薬液が体内へと循環を始める。 瞳孔が開き、白目が赤く充血していく。
だが、彼女は意識を手放さなかった。 痛みの中で、彼女は感じていた。自分の手足が、鋼鉄の爪に変わる感覚。 自分の皮膚が、最強の装甲に変わる感覚。 そして、喉の奥から、全てを焼き尽くす炎がせり上がってくる感覚を。
「……あはっ、あはははは!」
リーリンは、血の涙を流しながら狂ったように笑った。
「凄い……! これが、龍の力……! 私の、翼……!」
彼女は、「人間」であることを捨てた。龍になれなかった惨めな自分を殺し、偽物の神の心臓となることを選んだのだ。
「システム、オールグリーン。……行きなさい、私の可愛い小鳥」
メイがスイッチを押す。 ビルの外壁が展開し、カタパルトが現れる。
「『試作機・赤竜』、起動!」
リーリンの絶叫と共に、赤い巨体が空へと解き放たれた。
その日の午後。 下層スラム『澱河』の澱んだ空気を切り裂いて、空襲警報のようなサイレンが鳴り響いた。 赤く濁った空が、さらにどす黒く歪む。
「上だ! 何か来るぞ!」
久遠灯が、屋台の屋根を蹴って叫んだ。 紅い霧を突き破り、上空から巨大な質量が落下してくる。
ズドォォォォォン!!
轟音。 着地した衝撃で、運河の水が津波のように跳ね上がり、周囲のバラックをなぎ倒す。 もうもうと立ち込める土煙の中から、異形の影が立ち上がった。
全長10メートルを超える、機械仕掛けの飛竜。 真紅の装甲板と、剥き出しの人工筋肉が複雑に絡み合い、背中にはジェットエンジンを搭載した金属の翼が生えている。
「グルルル……ッ!」
機械的な咆哮と共に、ドラゴンが口を開けた。喉の奥で青い炎が渦巻き、次の瞬間、火花となって解き放たれる。スラム街の木造家屋が、一瞬で火の海と化した。
「キャアアアッ!」
「逃げろ! 焼け死ぬぞ!」
逃げ惑う人々。 その阿鼻叫喚を見下ろすように、ドラゴンの頭部装甲がスライドし、コックピットが露わになった。 そこには、無数のケーブルに繋がれ、機体と一体化したリーリンの姿があった。 彼女の肌は蒼白で、血管が浮き出ているが、その表情は歓喜に満ちていた。
「出てきなさい、東洋の龍! ……貴女がそこにいるのはわかっている!」
リーリンの叫びが、拡声器を通して増幅され、スラム全体に響き渡る。
「隠れても無駄よ! 出てこなければ、この街ごと焼き払う!」
彼女は操縦桿を握り込み、ドラゴンの腕を振るった。一撃で、廃船が真っ二つにへし折れる。 瓦礫の下敷きになりかけた老婆を、辰巳響が間一髪で助け出す。
「……テメェ!」
響は老婆を安全な場所へ逃がすと、瓦礫を蹴って飛び出した。
「やめろッ!!」
響が、ドラゴンの前に立ちはだかる。灯、白雪美流愛、鉄鏡花、天羽祈も戦闘態勢に入るが、ドラゴンの放つ熱波が彼女たちを近づけない。
「なんでこんなことすんだよ!」
響が叫ぶ。 スラムの人々は無関係だ。ただ生きているだけの彼らを巻き込み、踏みにじる行為に、響の怒りが頂点に達する。
リーリンは、コックピットから響を見下ろし、嘲笑った。
「貴女がいるからよ! ……生まれながらにして全てを持っている貴女が、なぜドブの中で泥遊びをしているの!?」
「はあ? 何の話だ?」
「とぼけるな! 龍の血を持ち、神の力を持ちながら、そんな薄汚れた人間ごっこに興じる……。それは、私たち『持たざる者』への冒涜よ!」
リーリンの言葉には、個人的な恨み以上の、血を吐くような嫉妬が込められていた。 龍になれなかった一族の末裔。 どれだけ望んでも、どれだけ努力しても手に入らなかった翼を、響は生まれながらに持っている。そして、それを惜しげもなく「くだらない日常」のために消費している。
それが、リーリンには許せなかった。 自分の命を削って手に入れた偽物の翼で、本物の神を地に落とす。 それが彼女の存在証明。
「死になさい。……貴女の血で、私は本物の龍になる!」
リーリンの殺意が、ドラゴンの爪となって響を襲う。高速で振り下ろされる鋼鉄の刃。
「ぐっ……!」
響は腕でガードするが、衝撃で吹き飛ばされ、水路に叩きつけられる。 水しぶきが上がる。響はすぐに立ち上がるが、その表情には焦りが滲んでいた。
(雷を使えば、反撃できる……!)
指先に電気が走る。 この距離なら、コクピットを直撃させられる。だが、その視界の隅に、逃げ遅れた李 小蓮の姿が映った。彼女は瓦礫に足を挟まれ、動けなくなっている。 そして、響の雷鳴に怯えるように耳を塞いでいる。
(……ダメだ!)
響は、手に集まりかけた雷気を霧散させた。 もしここで雷を使えば、シャオが暴走してしまう。 彼女をまた、化物に変えてしまう。
「……くっ!」
響は防御一辺倒に転じた。 ドラゴンの尾が、響を打ち据える。 ドガッ! 響はボールのように弾き飛ばされ、壁に激突した。
「どうしたの? 神の力を見せなさいよ!」
リーリンは、火炎放射で響を焼きながら叫ぶ。抵抗しない響に、さらに苛立ちを募らせる。
「それとも、私ごときに使う価値もないって言うの!? ……見下すなァッ!!」
一方的な蹂躙。 響の服は焼け焦げ、肌は裂け、血まみれになっていく。それでも、彼女は雷を撃たない。 拳を握りしめ、ただ耐えている。
その姿は、あまりに無力で、そして痛々しかった。 神であることを捨て、友人であることを選んだ代償として、彼女は今、ただの肉塊になり果てようとしている。
「終わりよ。……偽物の神様」
リーリンが、トドメの爪を振り上げた。 巨大な影が、響を飲み込む。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




