コージー・デイズ(1)
- 主要登場人物紹介 -
ミミ:世紀末レイヤーその1。基本はバニーにフライトジャケット。運動得意ネキ。
タマ:世紀末レイヤーその2。基本はセーラー眼鏡に白衣。プログラミング得意ネキ。
ポチ:二人に拾われ着せ替え玩具にされた記憶喪失の少年。投擲精度が異常に高い。
「ね、ポチ、何巻まで読んだ?」
「はあ、いま4巻ですが…」
運転しながら、ミミさんが話しかけてくる。
…さっき聞かれたばかりなのに。
土と空以外に何も見えない寂びた荒野を、土煙を上げゆっくり走る。
やや場違いな真っ赤なオープンカーの、後部座席。
日差しは例のパラソルで遮る程度だが思ったほど気にならず、むしろ乗り心地は非常に良かった。
運転席はスリムな長身、ロングの金髪にバニースーツの美人『ミミ』。
助手席は猫背も丸い、ショートの黒髪セーラーに白衣の眼鏡『タマ』。
二人とも本当の名は分からない。
ていうか何も分からない。
情報は「廃品回収業者」を名乗っていた、位だ。
バニー、セーラー、いずれモヒカンの野盗がうろつく荒野において、まともな恰好ではない。
自身で曰く、彼女らは『レイヤー』なのだそうだが。
この腐敗と自由と暴力の真っ只中で、よく自分たちの趣味人生を貫く力と意志があるものだ。
「ポチはずいぶんゆっくりペースだな〜」
「絵本なんか読み慣れないんだから仕方ないじゃないですか…」
白衣の変人がヤレヤレと肩をすくめ首を振る。若干腹立つな。
まあ変人だ何だと、いまだ『メイド服』姿の僕に言えることではないのだけど。
服と性別すら合致していない点では、彼女ら以下である。
慣れてきてしまった自分が悔しい。
僕は後部座席で、GKPのメモリに複製された絵本――『マンガ』と彼女らが呼ぶそれを、もはや数時間も延々読まされていた。
前回のゴタゴタで手に入れた、僕の最初で唯一の財産となったその電子機器に、この白衣の人が手を加えて読み書きを可能としたものだ。
「あ、責めてる訳じゃなくて、楽しむペースがそれぞれなのは当然だからな。それにしてもこの名作を初見かぁ、4巻ならライバルの『ジェイ』が出てくるあたりだな、アタシも記憶消してもっかい見たいなぁ〜そんでその後はね」
…だんだん加速する早口というのは、たぶん初めて聞いたな。
記憶も目的も装備もなく、彼女らに拾われたばかりの僕には、行動は基本的に流されるがままだ。
今は彼女らの「隠れ家」に向かっているらしい。
――まあでも、この人たちがこの『マンガ』にハマる理由は分かってきた。
面白い。
次々に手が進み、笑い、驚き、先へ先へと知りたくなる。
さすがに崩壊前の文明は、娯楽も高度に進歩していたのだ。
これらの多くが失われたと思うと、それはとても大きな損失だと思うし――人知れず地下などの廃墟にデータが眠っていると思うと、再び集めてやりたいと思うのも分かる。
「その『スカベンジャー・ショウ』は途中までしか描かれていない、未完の名作なんだ」
「はあ。作者が亡くなったとかですか?」
「連載中に『創世紀』に入ってしまったんだよ」
創世紀。
この世界が創られた時代。
――徹底した破壊と死に彩られた、文明崩壊の時代。
「なるほど…最後の漫画ですか」
「そういうことだねー。後半は地下都市で散発的に描かれたともいう。幾多の名作を超えて成熟した文明時代の最終稿だ、面白い筈だろう」
「はい。…それにしても、文明崩壊後の世界観で、廃墟から様々なものを持ち帰るヒーロー、だなんて…」
いまのある種の人々の日常を、平和な時代に百パーセント想像で描いた、ということになる。
あるいは学のある当時の人々は、自分たちの崩壊が近いことをも予見していたのか。
「お気づきになりましたか〜。ボクとタマがそれを大好きな理由を」
ミミさんが運転しながら、したり顔で語る。
この漫画に出てきたバニーガールは長い耳をつけていたが、彼女が耳を付けてるのは見たことがない。
肌の露出が多いが、性格も行動も明るいせいか、違和感なく似合ってはいる。
「想像だけでよく描けたもんだよなー!しかも主人公のショウが恰好良すぎてな、特に6巻のああこれネタバレか、読め!早く!」
助手席から思い切り身体をひねって詰め寄るタマさん。
セーラー服とは軍服を元にした女学生の服。それに研究者風の、大きめの白衣。眼鏡。
沈思と興奮を両立する本人の性格に似た、複雑なファッションである。
「全21巻、ただし7巻、14巻と最終の21巻の残り3つをボクらはまだ見つけられてないんだよ。かなり本気で探し回ってはいるんだけどね〜」
「ふつう電書はまとまって見つけられるものなんだがね。時代がもう戦時だったからかな、流通もまともじゃなかったのかあまりに希少だ。だがアタシらが絶対に見つけてやる」
「だね。タマちゃん、そろそろ着くよ」
「ん。お疲れさま〜」
廃墟の高層ビルが、ぽつぽつと見えてきた。
死の匂い、破壊の匂い。乾いた建物の、数十年の静寂。
――こんなところに隠れ家があるのか?
僕は漫画を見る手をしばし止め、少しだけ遠くを見た。
奇妙な衣装のキャラクター。
何が潜んでいるのかわからない、朽ちた建造物群。
一瞬、漫画の世界と現実が重なったような、変な感じがした。
※※※
「さあ、手を伸ばしてごらん」
「こうですか?…うわっ!」
何も視えないのに、何かが触れた感触。
その驚きは生物としての本能の驚愕に繋がり、思わず後ろに尻もちをついてしまった。
スカートが一拍遅れ、ふわりと揺れる。
何か…視えない何かが、ある…?
おずおずと再び手を伸ばしてみる。
二人は僕のリアクションが想定以上だったらしく、腹を抱えて笑っていた。
廃ビル群のなかのひとつ、その1階ホール。
中央が吹き抜けになっていて天井ははるか高いが、空は見えない。
車輌ごと乗り入れた彼女らは、薄暗く静謐なその空間の端で、赤い愛車から降りた。
小動物のように軽く伸びをしたのち、彼女らはその一角に僕を誘い。
イタズラっぽい眼で、何もない中空に触れてみるよう言ったのだった。
「ポチは視えなくなるレギオンは知ってるかい?トカゲみたいなやつ」
「いいえ…」
「そっか。まあそれと同じ技術というか、そいつの部品と機器を使って光を捻じ曲げているワケだよ。正体はデカめの車輌だよ」
光学迷彩って奴だ、聞いたことあるだろう、とタマさんが転んだままの僕に手を差し伸べてくれる。
「記憶がないもので…」
「そっか、ごめんごめん」
「いえ、でもすごいですね、自分の眼が信じれなくなるなあ…タマさんが作ったんですか?」
「いや、あたしはメンテしてるだけ。こっちのクルマは、ミミのだよ」
「え、ミミさん?が、この仕組みを取付けたんですか?」
あまり機械を触る方ではないと思っていたが。
「…まあ、そういうことになるのかな…」
昔いろいろあってね、教えて貰いながらね、とミミさんは珍しく言葉を濁した。
寂しげな笑み。なんだろう。
まあ、あまり語りたくない事柄であるのだろうか。
「はいはいサプライズは終了!さあ、アタシらの隠れ家の中を案内しようじゃあないか!」
静かな空間に、タマさんの仕切り直しの手拍子と声とが反響した。
※※※
「入ってすぐ左手は靴とか。右手が御不浄だよ」
「御不浄て…個室トイレ…ですか?」
タマさんの案内の初手から、僕は驚愕した。
もうその時点で、ここは並の設備ではない。
「しかも最終型、即時分解処理方式だ!排泄でも処理でも、遠慮なく使うがいいよ?」
白衣の人が、ニヤニヤと笑いながら言う。
「処理?」
「つまり…」
はいそれまで〜、とニヤケ顔の口が、背後から白手袋の両手に塞がれる。
「もがー?!!」
「タマちゃんそゆとこ良くないよ〜?」
そのまま片腕が首にスライドする。割とお仕置き気味らしく、タマさんが必死でタップしている。
…ミミさん元気みたいだな。よかった。
廃ビルの1階ホールの隅、完全な透明から姿を現したそれは、確かに巨大な車輌だった。
後背部に小さなポーチまでついた玄関があり、いまそこから第一歩をお邪魔したところだ。
中は外から見た通り、奥に長い空間だった。微かに、甘い芳香がする。
中央に細い通路があり、その左右に家具が整然と、無駄なくほぼ対称に並べられている。
立って歩いても、天井の高さには全然余裕があった。
入り口すぐに目を引くのは、壁側を向いたデスクとチェアが、通路の右と左にそれぞれ。
双方に座っても背を向かい合わせる形になるので、それぞれが作業に集中できるのだろう。
「こっちの机は見ての通りのミシン台。服を作ったり直したりが、ウチらのアウトプット」
「こっちはディスプレイ台、本とか観るのに使ってるよ。ボクらの大事なインプット!」
二人が説明してくれた様々な物品も、とんでもなく貴重なものだ。
少し入ると、次には座り心地の良さそうな、大きな長ソファがふたつある。
机とは逆に、通路を挟み向かい合う形で設置されている。互いに腰掛けて会話ができる形だ。
「このソファはベッド兼用。まあ、どれも自由に使ってくつろいでくれ」
二人はそれぞれソファに座り、どや、と言わんばかりの顔で僕を見ている。
その先は収納と思しきチェスト類と、食料格納庫なのか、大きな冷蔵庫がそれぞれ壁際に。
最奥、つまり牽引車との仕切り位置にあるのは、大量の服が吊るされたクローゼットのようだ。
頭上には豪華な外観の電灯のほか、追加の収納、空調機らしきものまで。
「これは……すごいですね……」
思わず口から出たのは、工夫のない貧相な感想。
しかし、なんとも言いようがない。
僕は別世界のようなその光景に、首を忙しく回しながら圧倒されていた。
車輌に住めるようになっている…というよりも、まるで大きな部屋ごと牽引しているような形。
凄まじいのは、その家財の数々の質。床板から窓枠に至るまで、隙がない。
ボロをまとい、廃墟に棲まう人々が圧倒的に多いこの時代に。
まるでこの僅かな空間にだけ、崩壊前の世界が蘇ったようだった。
「コスプレは健康な肉体から、健康な肉体は健全な生活からってね」
「そのために全力でこれらを求め、拾い集めてきた、というワケさ」
各地の、様々な文明廃墟から収集している、と。
レギオンやセキュリティの蠢く、死の迷宮から。
決して簡単なものではないはずだ。
これではもはや生活空間というよりも、宝石箱という言葉の方が相応しい。
つまり…これが、廃品回収の「プロ」。
凄い。
僕は改めて、この部屋の主たる二人を見た。
※※※
「はいお待たせ。お腹空いたでしょ〜」
「食事は外なんですね」
車輌の横から金属製の板が引き出され、コンテナの羽根のように拡がったそれは、角度調整と変形ですぐにしっかりしたテーブルになっていた。
中央の穴に例のパラソルを据え付け、折りたたみのチェアで三方を囲って座る。
「湿気や匂いに弱いもの多いし、それにスペースはなるべく格納庫に使いたいしね」
「いい景色見ながら食べたほうが美味いしな!地球がリビングだ!レディ…」
「ご〜!」
…また良く分からないネタで盛り上がっている。それにリビングじゃなくダイニングだ。
「ちなみに水場も外なのでシャワーも屋外です。浄水器直結の高さ可変の放水装置を車壁にセットしている」
「…マジですか…」
「排水めんどくさ過ぎるからな」
タマさんらしい、実用性最重視のダイナミックな設計である。
「ほとんど誰も居やしないから大丈夫!こういう廃墟の中を使ってもいいけど、青空の下でシャワー浴びるのは爽快感ヤバいよ!」
…ミミさんはどこか、『健康的』が突き抜け過ぎているきらいがある気がする。
テーブルの上に目をやる。
おにぎり、青物のサラダ、肉片のスープ、水。
携帯食ばかりだったので、とても美味しそうだ。
「いただきまーす。あ、お皿洗うのは手伝ってね」
「勿論です。最初に会ったときみたいに、何でも言いつけてくれて結構ですよ。…ご飯、良い炊き加減ですね」
ご飯といってもお米じゃない。
水田など完全消滅した創世紀以降において、穀物はほぼほぼこの遺伝子改変穀粒の一択である。
――正式名は知らないが、人々に通称『モミ』と呼ばれるこの穀粒は、自動地下農場の栽培品目のひとつだ。
栄養価も高く、保存も容易で、調理も簡単。
焼けば軽い食感のお菓子を兼ねる携帯食となり、煮ればこのようにかつての米飯のようになる。
が、おいしく炊くのはコツが居るのだ。
…こういう記憶は、何故かあるんだよな。不思議だ。
「おいしい?ポチ」
「はい。とても」
二人が満足そうに僕を眺める。
僕は子供のように勢いよく食べていたのが少し気恥ずかしくなり、頬が少し火照ってきた。
「ゴホン……この食料もですが、水や塩などは一体どこで?」
浄水器や冷蔵庫と異なり、廃墟を漁って見つかるものではないだろう。
「そうだね。ウチらはプラントも水源も持ってない」
「ということは答えはひとつしかないでしょ?」
…なるほど。
「取引…ですか」
「そういうこと。まあ、明日は交換所に行く予定だから、実地で教えてあげよう。この世界における――」
廃品回収業者の、生き方というものをね。
そう言った二人の眼は、これまでに見たことのない凄味を湛えていた。
気圧されはしない。僕はこの人たちと生きると決めたのだ。
一日でも早く仕事を覚え、戦力にならなくては。
自分の記憶、自分の本当の帰る場所への渇望はあるけれど――この荒野に立って生きる力なくして、辿り着けるはずもない。
僕は食べさせてもらっている食料の重みを、改めて感じた気がした。
「ところで。今夜はどっちのベッドで寝るんだ?」
僕は飲みかけていたスープを吹き出した。
(続)




