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近視眼的ルサンチマン宣言

(Previously) 記憶を失い荒野を彷徨っていたという少年は、生贄の祠と呼ぶ廃墟に鎖で囚われる。

そこで怪物に襲われたかと思いきや、それは旧知の二人の変人だった。

「ハメられたんだよ。少年」

白衣を一瞬、翻して。

眼鏡の奥の瞳が、語り始めた。


「…それは分かってますよ。あのお婆さんは、始めから僕を生贄に」

「違う。…全部伝えていいのかな、ミミちゃん?」

「いいよ、タマちゃん。お願いします」

確認の視線に、強い意志を秘めた瞳が応える。

「やめて…何なの?離して下さい…」

伸し掛かられたその下で、僕以上に困惑したシラが、か細い声で懇願する。


「…あの。まずその人を離…」

「じゃあ全部。まず大前提として、あの集落の存在全体がウソだ」

離してあげられませんか、の僕の声は、よく通る声に遮られる。

「……?」

集落が嘘…とは。どういうことだ。

「そもそも贄の儀式など、存在しないんだよ。はじめから」


そんな。

いや。それは。


「いや…残念ですが、それはない。逆説的ですけど、あの集落が野盗やレギオンに潰されず数十年を過ごしたことは確かなんです。だから」

「…離してッ!!」

シラが大きく身をよじる。だがミミの拘束はあまりに完全で、逃げる余地は全く無さそうだった。

…相当強いな。細身に見えるのに。

「集落の無事に、違う理由があるとしたら?」

タマが続ける。思わず、眼鏡の奥の瞳を見つめる。

妖しくも知的な白衣の怪女は、淡々と語る。


「あれはね、少年。『盗賊村』だ」

「……!」


盗賊村。野盗村、追剥集落。いくつかの単語が、消えた記憶の底から脳裏によみがえる。

それは大人の大半が野盗で構成された集落だ。食い詰めたり悪漢に率いられたり、その理由は様々だが。

そうした集落は、確かに存在する。

一見普通の集落のようでいて、関係する野盗集団を様々にバックアップする役割を持つ。


「野盗の村ならば、野盗に襲われる可能性は限りなく低い。ハイリスクにしてローリターンだからね」

「それは…そうですが…」

「そんな悪所に、迷信に囚われた習俗という『ウソ』を丸ごと被せたのがあの集落ムラだ」


ならば。

この、…シラさんも。


「でも。それはレギオンが来ない理由にはならないのでは…?」

「それはまた別の話。此処はレギオンの『禁足地』なんだよ」


禁足地…?


「この盆地全体が、かつては大都市だったんだろうね。――戦闘兵器であるレギオンを作った昔の人々は、その攻撃的な人工知能が都市に入るのを嫌った。だから禁じた。その制約の呪いがまだ残っているということでさ」

こんな場所は他にも結構あるんだよ、と白衣の人は述べた。


「君がその窓から見た風景にも、彼らは一体も映らなかったのだろう。老婆がちょっと散歩にここまで来れるのも、そういう訳だ」


成程、…ひとつひとつに納得はいく。

しかし。何故この人たちはそんなことを知っているのだろう。


「さて、謎は解けたところで」

白衣の人は、続ける。

「カラクリはこうだ。旅人が集落に迷い込む。そいつには生贄の話をわざと聞かせて、殺しやすい場所に誘導する」

「わざと…だったと…?」

人の正義感と義憤を。逆手に取って。

処刑場まで、自らの足で歩かせるのか。

唐突で猛烈な嫌悪感に、胸のあたりがムカムカする。


「隙をついて廃墟に拘束し、荷物も何もかもを頂く。死体は隠すも埋めるも必要なく、いずれ乾いて消えてゆく。仮にそいつの知り合いが来ても知らぬ存ぜぬだ。合理的な消去だね」

「…でも!その人は、そうして助けに来てくれた…」


「……テメェら……何モンだぁ…?」


低い声。燃えるような眼。

床に押さえつけられているのは。


「全部騙っちまいやがって、ブチ殺すぞ…」

…正体を現した、野盗の娘だった。


「テメェらこそカタギじゃあねぇな?妙な格好しやがってよ。くそ!離せ!この露出狂が!」

シラが豹変したかのように叫び、暴れる。

「はいはい、おとなしくしててね。…コキッとヤッちゃうよ…?」

ミミは捕らえた獲物の耳元で、殺意を囁く。

「ははは、ブーメラン乙!清楚な村娘のコスプレ楽しかったかよ!」

タマは白衣の腕を組み、ドカッと床を踏む。


怖い。三人とも怖い、この空間。


「何が悪い!腕力もねぇ知恵もねぇ、そんな奴等はこうでもしねぇと食っていけやしねぇんだよ!」

シラが叫ぶ。黒髪が乱れ、跳ねる。

「弱い奴から死ねってんなら、騙される奴から死ぬのが道理だろうが!違うか!ああ?!」

「でだ。残念だが、そういうことだ。どうするね?」

「どうする…とは…」

「警察も裁判もないこの世界で、裁くのは主導権を握ったウチらであり、キミだってことだ。罪状はもうわかるね」


聞かなくても分かることだ。

信じたくはないことだけれど。


彼女は僕に、…拘束したその獲物に。

止めを刺しに来た役なのだ。


「まあ間に合って良かったよ。あのあと集落の情報ネタを聞いたときは肝が冷えたけど」

「タマちゃん顔真っ青だったからねぇ」

「だって寝覚めが悪いじゃんかよ。さて、彼女の行く末は君が判断し――」


瞬間、世界が揺れた。

大きく一撃の横揺れ。

思わず体勢を崩し、地に手を付く。


「何だぁ?人が話してる時に」

「あ、逃げられちゃったぁ〜」


走る足音が階下に遠ざかる。

「地震…ですか?」

「いやぁ…」

ミミさんとタマさんが目を合わせる。

「ちょっと危ないかも?」

「とっととズラかるか」


そのとき。

断末魔の如き悲鳴が、彼女――シラの去った方向から、聴こえた。


「あ!危ないよ?」

「バカ、そっち行くな!」

僕は何かを考える前に、ただそちらへ駆け出していた。



※※※



入口からすぐ外に出た空間。

異界のような曇り空の下。

それは、居た。


「うわぁ〜!でっか!」

ミミさんのいつも呑気な声も、どこか緊張感を漂わせている。


冷や汗が背を流れ伝う。

そこにいたのは、巨きな鋼鉄の怪物。


大樽を繋ぎ合わせたような太い胴体が、波打つように蠢き。

不似合いなほど小さな脚が、等間隔で刃のような爪を煌めかせている。

長い尾の重量感は、一撃で建物すら破壊できそうだ。


そして――遥か高い位置にある頭、その牙に捉えられている身体は。


完全に意識を失った様子の、シラだった。 


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