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連鎖する因果の限界点

「たいしたものはないですけど…」

「あぁ、すみません…食事はご用意頂かなくても良かったのに」

簡素だが美味しそうな、朝食。

老婆と少女と、三人で囲んだテーブルの席で、僕は悩み続けていた。

「…いただきます」

「どうぞ」

昨夜の話を、問いただすべきか。


…生贄。ヘビガミサマ。


僕の聞き違いであってくれれば。

しかし内容は間違いなかった。

そんな思いを、何度も反芻する。


「シラ。お水を持っておいで」

「はい、おばあさま。…あの、今日は何か、ご予定あるんですか?」

孫娘…シラさんが聞いてくる。


「あ…いえ、特に。何か作業のお手伝いができればと思ってるくらいで」

「じゃあちょっと、外出に付き合っていただけませんか」

「はぁ」

「ボディガードのお仕事ですよ」

テーブルに貴重な水を出してくれつつ、微笑みながらのお誘いに、否やは無かった。


※※※



貧弱なガラクタを継ぎ接ぎに組み合わせた、村落境界の囲いが長く続いている。

その外はもう、無意味な風の通り過ぎる道なき荒野。

彼女の到達点は、集落の端だった。


「つきました」

別に護衛が要るとも思えない近さ…であるからして、単純に散歩のお誘いだったのだろう。

「はぁ。無事に着いてよかったです」

簡単な軽口に、シラさんは少し笑う。

風が、長い黒髪を少し揺らしていた。


朝から薄暗い、曇り空の下。

他に人の姿もないが、どこか静謐なこの区画には、いくつかの大きめの石が整然と並んでいる。

シラさんはそのひとつに水を供え、

屈み込み両手を組み合わせ、静かに目を閉じた。

僕は突っ立ってそれを見ている。


「お墓、ですか」

「はい。両親は早くに逝ってしまって」

働き盛りの大人の姿が、妙に少ない。

此処へ来る道すがら、他に大人の姿がないわけではなかった。

だがどこか、関わり合いを嫌がるような素振りがあった。


――この集落は、何かがおかしい。

そう思った瞬間、言葉が口をついた。


「生贄に捧げられたんですか」

シラの目が、驚いたように見開いた。


「すみません。盗み聞きするつもりは無かったんですけど」

「…いいえ。こちらの落ち度ですわ。お客様のお部屋の近くで、あんな…」

「その。生贄というのは、どうも」

「そのお話は」


強い瞳で、シラが僕の言葉を遮る。


「おばあさまから伺って頂けますか」


遠くの空で、遠雷が響いた。


※※※



時刻は昼近いというのに、天候のせいでかなり薄暗い室内。

「…そうか。聞いてしまったか」

来い、という老婆に従い家を出る。


「あの崖の上に見えるが、北の祠」

杖で差された、荒野の遠くの景色に目を凝らす。

大地よりも一段高く、天辺は平坦な、テーブルのような土地の上方。

重苦しい鈍色の空が背景なので見にくいが、確かに灰褐色の建物のようなものが、ぽつんと見える。


「蛇神さまは我らが『祠』と呼ぶあの廃墟に住まう神獣。この村を護ってくださっている」

確かにあそこからなら、この小さな集落が一望できそうではある。

でも。

「我らは五年に一度、娘を一人差し出す約定。差し出した者は例外なく死を賜る。それにより平穏は保たれる」

「神獣って…レギオンでしょう?」


老婆が頷く。馬鹿な。

心の中の何かが、弾ける。


「おかしいですよ!プログラムで動く機械の獣が、どうして生贄で村を護ってくれるんですか!」

「ではどう説明する」

重々しい声で、老婆が戒める。


「そうでなければ。こんな小さな集落が何十年も、怪物にも盗賊にも襲われずに無事である理由をどう説明するのだ。儂が生まれてから、今までも何事もなかった理由を」

「そ…それは…」


確かに、ふつう考えにくい。

畑など、集落の外から見えたのだ。


「人身御供はこの村の厳格な掟にして義務。儂が生まれる前から守られてきた、祈りの儀式であったのだ。神の加護を疑うなど今更」

いけない。ここで引いては、

「でも!レギオンは機械です!」

ひとが当然のように死ぬ。死に続ける。

「機械の兵器に一人を殺させることに、神秘的な意味があるはずがないでしょう!きっと…わかりませんが、きっと偶然の積み重ねです!」

「余所者にそう思われるは承知の上」

感情の言葉は、重い信念に弾かれる。


「だが儀式を止めて、災いの起こらないという保証はどこにある。もしも災いが在れば、誰がどう責任を贖える。…愚かな因習といわれようとも、従うことが村の総意であり、長としてこれまで何人もの命を既に捧げてきた」

老婆の杖つく手は、震えている。


「このような時代でも、いや、だからこそ皆一様に、明日を生きたかったであろうものを…。それを」

シラは後ろに無言で佇んでいる。

「それなのに。自分の孫の番だから止めるなどと、なぜ言えようか…」


犠牲を既に出し続けてきたから。

今さら考え直すことさえもできないというのか。


「理解したな。理解したならば、口を出さずにいてもらおう。これは」

「え。嫌ですけど」

老婆が驚いたように睨みつける。

屈さずに、ぐっと見返す。


「女性じゃないと駄目なんですか」

「なに」

「どうなんです?」

「…子の多く成る時代ではない。娘が居らぬ時、男子を捧げた例はある。娘子の格好をさせてな」


なるほど、歴史と伝統は重いのかもしれない。

それは分かった、気がする。

でも、決して肯定などできない。


「分かりました。ではこうしましょう。昨夜の話ぶりからして、貴方にも異論はない筈だ」


腹立たしくもありがたくも。

ちょうど女物の服があるのである。


「……僕が、行きましょう。北の祠へ」


どうするあてがある訳では無い。


しかしシラを見殺しにすることは、どう考えても僕にはもはや無理な相談だったのだ。



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