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千神の世  作者: チカガミ
2章 桜宮の魔術師
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【2-11】嫌なやつ(ライオネルside)

 こうして。狼退治と称された依頼を解決し、魔鏡(まきょう)領域を包み込んでいた冷気も無くなり、久々に春が来た。

 それによってオアシスを含めた魔鏡各国は、一時休戦の協定に印を押し、数年振りに戦のない日々が続いた。

 尚、俺達の監視は未だに続いてはいたが、長く続いた冬を終わらせるきっかけを作ったとして、前ほど厳しくは見られていなかった。

 

「それで結局、魔鏡領域を包み込んでいたその冷気とやらは、フェンリルとかいう狼によって起こっていた事なのか」


 大臣にいつもの報告を終わらせた帰り、偶然共にいたグレンに訊ねられ、説明をする。

 

「いや……彼はどちらかというと媒体にされていた様なものかな。神殿の祭壇には神器の鏡が三枚合わせる様に置かれていたし」


 ただの鏡ならまだしも、神器となると効力は強くなる。尚且つそれが合わせ鏡だった。互いに写し合う事で効力が上がったのだろう。

 後は、場所が神殿だった事。媒体がこの領域の守り神の血を引く半神だった事。それら全て合わさった上で、領域全土に影響したのだろう。

 ここまで話すと、グレンは興味深く「なるほどな」と呟き、顎に手を当てながら言った。


「しかし、神器の鏡を三枚か。神器自体中々手に入らないものだというのに、よく三枚も」

「神殿の中だし、もしかしたら元からそこにあった物かもしれないけどね」


 実際に鏡は三枚とも全く同じのデザインをしていた。という事は同じ神による神器の可能性も高い。

 とはいえ、よくもまあ魔鏡守神(まきょうのまもりかみ)に気付かれずに、領域全土に向けてこの様な大掛かりな術を発動できたものである。ここまで出来るのはかなりの名のある魔術師に違いない。


(三大魔術師ならば出来そうだけど……)


 三大魔術師は魔鏡領域で名の知れた魔術師達だ。その内の一人が自分ではあるが、他にグラスティアで助けた医術師のタルタ・ソーウェルと、ラピスラ出身の芸術的魔術で有名になった女魔術師がいる。

 女魔術師は、かつてグラスティアの専属魔術師だった。しかし、何かをしでかしたのか少し前から行方不明になっていた。


(この中では唯一の人間でもあるし、生きていれば良いけど)


 確かタルタとは知り合いだと聞いた事がある。また会う機会があれば聞いてみたい所だが。

 そう一人思っていると、グレンの視線に気がつき、俺は話題を変えて訊ねた。


「そういや。そっちは何か収穫あった?」

「収穫? 情報か? そうだな……」


 言いかけた後、グレンは前から歩いてきた人物を見て足を止めた。俺も止まりその人物を見ると、真っ先に視界に入ったのは、黒い外套のフードを被り、顔を覆う仮面だった。

 仮面の男……以前グレンが話していた例の魔術師だろうか。通り過ぎるその男を目で追いつつ考えていれば、男は過ぎた後に立ち止まる。


「貴方達は確か……二柱と呼ばれる剣士と魔術師でしたよね」

「ああ。……貴様は一体」

「私ですか? 私はただのしがない魔術師ですよ」


 しがない……ね。

 こんな場所にいるのにと思いつつ、じっと見つめていると、男は背を向けたままくすりと笑う。してようやく振り向くと、俺を見て言った。


「にしても、まさか貴方がいるとは。これも何かの縁ですかね」

「縁? というか、アンタの事知らないんだけど」

「知らない? まあ、会ったのは()()()()ですからね」


 ま、いずれ分かると思いますよ。

 男は笑み交じりに言った後、その場を去る。グレンは訝し気に男を見て言った。


「本当に何者なんだ。あいつ」

「さあ。……けど、何となく嫌な奴ってのは分かるけど」


 後かなり昔って。いつだろうか。昔の記憶がない事は自覚しているが、その時に出会ったのだろうか。


(まあ、どちらにせよ。あまり良くない付き合いだった気はするけど)


 無意識に嫌悪感を感じつつ、俺達もこの場を後にした。

 

 その後、改めてグレンから話を聞くと、グラスティアの国家機密であるホムンクルス製造の技術をオアシスが得た事。それによって新たな兵団を作る計画を立てている事を知った。

 それを知った数日後、大臣によって大々的に世間にこの事が伝えられ、オアシスとその周辺国の間に険悪な空気が流れ始める。

 して、一時休戦の協定が結ばれてから僅か二ヶ月後。ラピスラがオアシスに対して抗議の文を差し出したその日の夜。

 オリーブの騎士達で構成された先鋭によってラピスラの攻撃が始まると、ラピスラを救援する為にエメラルも戦いに加わった事で、魔鏡領域は再び戦火に包まれた。

 グラスティアの捕虜も含めたオアシスは、あっという間にラピスラとエメラルを制圧し、新興国であるヴェルダや、島国であるクリアスタルにも戦いを挑んだ。

 尚、唯一クリアスタルには敗戦してしまい、兵も多く亡くしたが、王は次の領土を求め、聖園領域の侵攻を計画した。


「オアシスは最強であらねばならない。故に魔鏡に留まらず、聖園(みその)をも手に入れる」


 そしていつしかこの星を手に。

 そんな野望が王の口から出る様になった頃。オアシスは王の知らぬ所で、静かに崩れ始めていた。

 最初は食糧が足りず、飢え始めた民達の怒りからだった。

 長い冬が終わったとはいえ、食糧難が解消された訳ではなく。休戦期間中も他国からの輸入が途絶えていたオアシスは、他国に比べ深刻な食糧難に陥っていた。

 ここで侵攻から内政の方に方向転換出来ていれば、また結果が違っていたのだろうが、彼らの頭にはもう『他国を攻める』という考えしかなかった。

 こうして更に民は飢え、優遇されている貴族や王族に対しての不満が強まっていくと、兵達が侵攻で遠征している隙を狙い、各地で一揆が起きる様になった。

 同時にそれに感化され、貴族の中からも今の王や上層部に対する不信が強まる中、それを察知したグレンが率先してまとめ上げていた。

 少しずつ、だが確実にオアシスは終わりが近づいていた。……そして、戦いから八ヶ月後の、年が明けてすぐの事である。


「ライオネル‼︎」

「……?」


 偵察からの帰城後、珍しく慌てた様子でグレンが駆け寄って来た。何かあったのかと訊ねれば、彼は深刻げにこう言った。


「オリーブの奴らが、龍封じの山脈に、聖園に攻撃しに行きやがった!」

「は……?」


 どうしてまた急に。

 そう言うと、グレンは苦々しく返した。


「王直々の命令らしい。今、クリスピンやヴァルカンが王や大臣に兵を戻す様に訴えかけているが、全く聞く耳を持たん」


 このままではオアシスは民諸共終わってしまう。

 そう、グレンは言って王宮とは反対に外に向かって走り出す。


「グレン! 何をする気だ!」

「決まっているだろ! 止めるんだよ!」


 お前も来いとグレンに言われ、俺はため息をついた後、彼の後を追った。

 外は寒波によって荒れ、馬で駆けたが視界が真っ白で方向が定まらなかった。

 こうしているうちに馬も力尽き、俺達は徒歩でオリーブの騎士達を探し回っていると、潜んでいたのか、グラスティア残党兵が突如現れ俺達を取り囲んだ。


「貴様ら、オアシスの魔術師と剣士だな⁉︎」

「我が同胞の仇取らせてもらう!」


 そう叫び一斉に攻撃を受ける中、グレンは「邪魔だ」と叫び、赤い電撃を剣に纏う。

 急いでいる最中での戦いだったが、それでもグレンは傷付けまいと敢えて急所を外し攻撃していた。恐らく以前助けたグラスティアの民達を思い出していたのだろう。無闇に剣を振るわず大半が魔術で対応していたが、それによって隙が出来てしまっていた。


「っ、グレン!」

「⁉︎」


 グレンに向かって突進していく槍兵。俺の声でグレンは振り向くが、剣で振り払うにはあまりにも気付くのが遅かった。


(っ、もう、一か八かだ)


 助けるのはこの方法しかなかった。瞬間移動の魔術でギリギリ。彼を連れて移動するにも時間は足りない。となれば、自分を犠牲にするしかない。

 グレンの側に即座に移動し、グレンの身体を強く押す。突き飛ばされたグレンが驚いた表情でこちらを見る中、俺は安堵し笑みを浮かべた後、強い痛みと共に意識が途絶えたのだった。


※※※


「それで、目を覚ました頃にはもうオアシスは無くなっていて、俺はヴェルダにいました」

「……なるほどな」


 前のめりになって聞いていたヤマメ様は、ゆっくりと身体を起こし背を伸ばすと、苦い表情を浮かべつつ返す。

 アユ達も神妙な顔つきで聞いていたが、唯一笑みを浮かべていたスターチスに、俺は思わず不審げに言った。


「……何?」

「いや、何というか。相変わらず自己犠牲に走るんだなって」

「あの時は仕方なくだよ」


 神だと多少の怪我でも致命傷にはならない。痛いのは嫌だが、これで助かるのならば別に自分が傷付こうが構わなかった。

 平然としつつ話せば、キサラギは眉間を寄せて呟いた。


「いくら神でもこっちからしたら冷や冷やするんだよ。やめろ」

「そうですよ。自分の身を大事にしてください」


 キサラギに続いてアユも眉を下げて言った。その表情に俺はしばしポカンとした後、フッと笑って「そうだね」と返す。


「なるべくしない様に努めるよ」


 イエスでもノーでもなく。慣れた曖昧な解答。

 二人共納得していない様子だったが、誤魔化すようににこりと笑った後、手を叩き無理やり話題を変えたのだった。

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