コミカライズ連載開始記念書き下ろし
カドコミにてラスボス系悪女の連載が開始しております。
開始当日に書き下ろしが間に合いませんでしたが、良ければ読んでください。
今回はディアーナではなく、ハルト視点の物語です。
※注意!
しかし、残酷なシーンが含まれますので、耐性がない方は読まれない方が無難です。
【※残酷なシーンがあるので耐性の無い方は読まないでください】
~ ハルトの勇者への旅 ~
旅立ちの時、朝霧が立ち込める、奇跡的に無事だったアドライド公爵家の正門前。
俺は……魔王降臨の、肝心な時に勇者として真に活躍出来なかった出来損ないだ……。
旅装に身を包んで、旅立ちの準備をし、靴紐を結んでいたら、背後から優しく愛らしい声がかかった。
「ハルト……本当に一人で行くの?」
聖女の白いローブを纏ったラヴィが、俺の袖をそっと掴む。
幼い頃からずっと一緒にいた彼女の瞳は、今も不安げに揺れていた。
「うん。俺、弱かったから。あの時、魔王を倒せなかった。
あの氷結洞窟で剣が抜けても、魔王が元は人間の、皇太子妃だと思うと……どうしても、剣を向けられず、落としてしまった。公爵様が拾って代わりに倒してくれたおかげで、皆助かったけど……」
「……転移スクロールを三つ渡しておくね。
怪我とかしたら帰って来て、遠慮なく私を頼ってね。それと、私のデビュタントの時は、ちゃんと戻って来て」
「……分かった」
ラヴィは聖女だし、綺麗で可愛くてモテるからな。
「海賊船騒ぎの時、最初に助けに来てくれたのはハルトだったの、私は忘れてないからね!
私の勇者は、ハルトだから!」
ラヴィはそう言ってくれるけど、俺は自分の右手を見つめた。
あまりに不甲斐なかった……あの時の俺。
伝説の聖剣は、今は鞘に収められ、腰に佩剣してる。
引き抜いた時は、まるで自分の一部のように軽かったのに――今はなんとなく重く感じる。
「困ってる人たちを助けながら強くなって、君の隣で誇りを持って立てるようになるよ」
ラヴィは寂しげに……でも笑ってくれた。
そんな顔させてごめん。
「……待ってるね。お母様もきっと喜んでくれるから。『ハルトは同情心が豊かで優しすぎる子だから、いつかきっとその優しさを力に変えられる』って、言ってたもの」
──優しすぎる。
それが俺の長所であるが、同時に欠点であり、ラヴィとディアーナ様が幼い頃から与えてくれた、ぬくもりから育まれた、たった一つの宝物だった。
「ありがとう、何処にいても、君を思うよ」
別れの挨拶をして、ラヴィから背を向けて門をくぐった。
離れ難い。寂しい。だけど、このままでは、ダメだ。
背後で、彼女の聖女の祈りの光が、俺の背中を温かく照らしてくれるのを感じた。
優しく愛おしい、俺のラヴィの光……。
◆◆◆
~辺境の村と、黒い残党~
アドライドから北へ九日。
辺境の小さな村に着いた時、俺は戦場を見た。
風が……灰と血の匂いを届けにくる。
村は魔王軍残党――かつて魔王直属の闇の騎士団だった者達に襲われていた。
そいつらは闇色の鎧を着て、血のように赤黒いマントを纏って禍々しい気配を放っている。
やつらはまだ「新たなる魔王陛下の復活」を信じ、村人を生贄に捧げようとしているのかもしれない。
「くそっ……!」
俺は聖剣を抜いた。
氷の刃が朝陽を反射して輝く。 黒い騎士の一人が嘲笑う。
「ほう、その剣、勇者か。だがお前は魔王陛下を倒せなかった軟弱者だと聞いたぞ? そんな剣で、俺たちを――」
嘲笑された。でも、そんな言葉を魔族から言われた所で、心は冷えて、凪いだまま。
俺は一瞬で間合いを詰め、横薙ぎに斬りつけた。
――が、刃は空を切った。
相手の動きが、予想以上に速い。
「遅い!」
闇の魔力が俺の肩を抉る。
熱い痛み。血が噴き出す。
村人たちが悲鳴を上げる。
しかし、俺は何故だか逆に笑いが込み上げて来た。
この相手に対する恐れはない。
そして、血を流す己を見て、生きてるって感じもする。
(……やっぱり、俺はまだ弱い……けれど、手にした剣が熱を纏うのを感じる!)
ラヴィの祈りの残滓が、剣に白い光を宿す。
『聖氷の旋風よ!!』
ラヴィの祈りの残滓が俺に新たな力をくれた。
氷の刃が竜巻となって闇色の鎧の騎士たちを包み込む。
三人が同時に凍りつき、砕け散った。
残る一人が、怯えた目で後ずさる。
「お前……本当に、あの時の勇者か?」
「違う風に見えるならありがたいけどな」
守りたい人がいる。彼女に相応しい男になる為、邪魔はさせない。
最後の一撃で、暗黒の騎士は倒れた。
ボロボロの村人達が、俺を取り囲んで泣きながら礼を言う。
そして、小さな女の子が、胸に抱えていたパンを俺に差し出した。
「勇者様……ありがとう……」
「……こちらこそ、貴重なものをありがとう。半分だけ貰うね」
少女はほっとしたように微笑んだ。
本当は全部返してやりたかった。少女はとても痩せていたから。
でも、全部返すと、彼女の真心を突き返すように思われたので、半分だけ受け取った。
そして、その小さな彼女の温かさが、俺の胸にひとつの灯りをともしてくれたような気がした。
まだまだ未熟だけど、こんな俺でも誰かの力になれて嬉しいと思う。
◆ ◆ ◆
俺は再び、季節の変わる不思議な森を抜けてあの伝説の氷結洞窟へ足を運んだ。
ここで剣を引き抜いたあの日から、すべてが変わった。
今度は、もっと深い奥地を目指す。
神殿で聞いた話だと、「勇者の試練の間」と呼ばれる場所があるという。 そう、実はあの洞窟に、地下への階段が隠されていたのだ。
巨大な氷の像が、俺を待ち受けていた。
それは、何故かディアーナ様の姿を模したもので、その背には大きなコウモリのような翼が生えていた。
像の目が光る。
【問う。貴様は、なぜ敵に剣を向けられなかった?】
俺は急に語りかけてきた像に驚き、ビクリと肩を震わせた。しかし後に、静かに答えた。
「……彼女は、皇太子妃で、ただの……皇太子を愛する、人間だったから……」
……でも、魔王は何故か生粋の魔族からではなく、負の感情の多い人間の中から選ばれて産まれるという。であれば、真の勇者ならどんなに辛くとも、戦わねば、大事な物は守れない。
氷の像が冷たく笑った。
【私を倒してみるがいい】
「っ!? お前はどうしてよりによってラヴィの母君たるディアーナ様の姿をしているんだ!?」
【本来、お前達を苦しめるのは、この者のはずだったからだ】
「なん……だと!?」
俺を惑わすためにこんな姿をしているのだろうか? 逡巡していると、剣呑な気配を感じた、その刹那──、
【できないのか? だからお前は駄目なのだ】
氷の像が手を翳し、ブリザードが吹き荒れた。
気がつくと、見知らぬ場所に飛ばされていた。
そこはどこかの森の中。朽ちた古代の神殿のような柱が見えた。
血の臭いがする。そして、女性の悲鳴が聞こえた。
俺は声のする方へ走った。
駆けつけた先では、10人以上の女の人達が足枷を付けられたまま、柱に括られ、囚われていた。
そして、それだけではなく、奥を見ると、両のふくらはぎ足を噛まれたらしき女性が祭壇の上でオークに嬲られている!
俺は駆け寄ってオークを瞬く間にオークを斬り倒した。
「大丈夫ですか!? あっ! 血が止まらない!」
女性の足からは鮮血が流れている。
痛々しい!! なんてむごいことを!
「痛い、痛いっ! もう、殺して!」
彼女がそう願うのも無理からぬ状況ではあるが!
俺は、回復魔法を持たないが、持たせてもらった痛み止めとポーションならある。
俺は女性の上半身を抱き起こし、そして、震える手で薬を口元によせる。
「痛み止めとポーションならある! これを飲んでてくれ!」
「……もう、生きて……いたくないの。 薬より、毒を……ちょうだい」
血を吐きながら、そう声を絞り出した。
ガツンと頭を殴られたような気がした。
「……」
オークに穢され、足まで抉られるように噛まれ、もう、彼女には生きる意思がなかった……。この状況で、どうすれば……!?
「あっ……!」
「!?」
女性はビクッと痙攣してから、毒を飲むまでもなく出血多量で亡くなってしまった……。
無力感が己を包む。
────だが、まだここで俯いてる訳にはいかない。
柱に繋がれた女性達を家か病院に送り届けねば。
俺は己の唇を噛み、亡くなった女性に身につけていたマントをかけた。
そして女性たちの鎖を断ち切り、解放した。
「あ、ありがとうございます」
女性達は硬い鎖に拘束されていたせいで赤くなった肌をさすっている。
「あなた達はどうしてここに囚われていたんですか?」
「突然オーク達が私達の住む森近くの村に来て、私達を攫ったんです! 村の男達は殺されてしまって……」
どうやらこの森近くに住む村人のようだった。
「なら、村より大きな街に送り届けたほうがいいですよね? ……防衛できる男性達がもう、いないのならば」
「……はい、そうしていただけると……助かります」
このような悲惨な出来事や地獄が、まだこの世界のあちこちで起こってるのかと思うと胸が痛かった。
でも、ただ平和に生きていたかっただけの人々を襲う魔物や魔族と戦うと、俺は決意を新たにした。
心を抉られるような凄惨な場面に遭遇する日々に耐えつつ、戦って戦って、時を過ごした。
──そして、また荒れた村に足を踏み入れた。
ほぼ、廃墟に等しい。家の殆どは壊れている。
ふらりと幽鬼のような気配を持つ男が現れ、声をかけてきた。
「半分オークの血を引く男を知らないか? 角と牙があるんだ」
「半分は人間なのか?」
「人間とも言えないクズだ! オークが人間の女性を襲って孕ませたハーフだろう、そいつがこの村を襲った!!」
男の眼は血走り、憤怒に燃えていた。
「この村の結界石は役に……立たなかったのか」
「そいつのせいだ、頭と足を怪我した状態で村外れに倒れていて、オレの心優しすぎる幼なじみは、放っておけなくてそいつを助けてしまったんだ!」
「もしかして、恩を仇で返された?」
「そうだ! 怪我が治るや否や、そいつが結界石を破壊し、彼女を犯し! 挙句に殺した!
俺は行商に行っていたから、帰ってから惨たらしい彼女の死体を見たんだ! 目元には涙の後、無理やりねじ込まれただろう股からは血を流していた!」
男と話していたら、頭に包帯を巻き、杖をついた初老の女性が通りかかり、口を開いた。
「──だから、角付きを信じるなと、わたしゃあの子に言ったのに、あの子は優しすぎたから、怪我人を放っておけないなどといって、村人の多くも危ないよって止めたのに……」
「おばさん、こんな廃墟にまだ住まわれてるんですか? 結界石は壊れたんでしょう?」
「家畜達は喰われ、破壊の限りを尽くして奴らは去って行ったよ。まるでイナゴのようにね。今日はここで死んだ友達に花を手向けに来たんだ。それと夫と子供との思い出の品を持ち帰ろうと思ってね……わたしはちょうど地下室にいて、命は助かったんだ」
「そうなんですね……」
───その後、角付きのハーフオークの男を探す彼の旅に同行した。
やがて男が角付きを見つけて復讐を果たすのを見届けた。
仇を今更殺したところで、彼の優しい幼なじみの彼女が戻ってくる訳ではないが、これで新たな犠牲者は減らせるかもしれないから……。
男と別れて、また旅を続けた。
心が擦り切れそうな時は優しいラヴィの笑顔を思い浮かべ、なんとか気力を振り絞った。
◆ ◆ ◆
ラヴィの誕生日の夜。
俺は誕生日プレゼントの為に霊峰の頂きまで、登り、そこにだけ咲く花を摘んでから、公爵家に戻ってきた。
そして、白く高い壁を、ひょいと乗り越えた。
髪は少し伸び、頬には小さな傷が増えていた。
でも、背筋はまっすぐで、聖剣の重さは、もう感じない。
彼女を探して、神聖な気配を感じるバルコニーに向かった。
「誕生日おめでとう、ラヴィ」
久しぶりに会った彼女は、背が伸び、ますます綺麗になり、そして大人びて見えた。
「……私の誕生日を覚えていてくれてありがとう、ハルト。でもなんでコソコソバルコニーから来たの? メイドからも執事からもお客様の訪問の知らせは聞いてないわ」
ラヴィが一瞬だけ昔みたいな少し拗ねた幼い顔を見せてくれた後に、駆け寄って俺の胸に飛び込んできた。
──その温もりが、すべてを肯定してくれる気がしてくる。
俺は小さく笑って、空を見上げた。
「まだ、一時帰還だし、久しぶりに旅装ではなく、礼服に着替えたけど、なんか気恥しくて……」
「しょうがない勇者様ね、そんなことでデビュタントの日、私のエスコートができるの?」
そう言いながら、ラヴィはオレの頬に手を当て、顔にある小さな傷を癒してくれた。
背負っていたリュックから、細長い箱をひとつ取り出し、ラヴィに手渡した。
「……精一杯、がんばるよ。そしてこれが誕生日プレゼント」
ラヴィが箱の包装のリボンを解き、中を見た。
「わあ、綺麗なお花! 白くて神秘的な光を放ってるわ」
花を見て花のように微笑むラヴィは世界一可愛くて胸が熱くなる。
「君に似合うと思って」
「ありがとう……」
ラヴィはそう言って背伸びをして、俺の頬にキスをしてくれて、柔らかな彼女の唇の感触がくすぐったいけど、とても嬉しかった。
──その時、春の夜風が俺たちの間を優しく通り抜けた。
聖女の幼なじみの俺は、まだ真の勇者ではない。
でも、確かに、一歩ずつ、俺は本物の勇者への道を歩き続ける。
◆◆◆
修行の旅の中で、魔王の配下でまだ生き延びていた四天王のうちの二人を討ち取った。
そして、俺が助けた人々の数が覚えきれない程になった頃。
夜の砂漠で寝ていたら、何故か氷結洞窟の奥の奥にまた戻っていて、寒さで目が覚めた。
またディアーナ様によく似た姿の像が立っていた。
俺が近づくと、次の瞬間、像が崩れ、代わりに現れたのは――
一本の、純白の鞘。 聖剣が震え、勝手にその鞘に収まった。
【そなたに祝福を……】
いつの間にかディアーナ様に似た像は変化していた。コウモリのような悪魔の羽根が背中から生えていたのに、天使のような白い翼に変わっていたのだ。
──体が熱い。
魔力が、全身を駆け巡る。
これまで感じたことのない新たな力が、俺の中に満ちていく。
これは、認められたという事だろうか、本当の勇者として、神様に……?
そろそろラヴィのデヴュタントの日がくるし、俺は、ようやく帰還を決めて、ラヴィのいる方向へと歩き出した。
今度こそ、彼女の隣で笑っていられますようにと、願いながら──。
終
完結済みの作品の新しいエピソードを追加するにはネタがなかなか降ってこなくて、遅くなりました。
しかしなんとか連載を祝いたくて捻りだしました。
コミカライズの方もよろしくお願いします!




