書籍発売記念SS 「楽園の入口にて」
6/4本日ラスボス系奥様の書籍が発売しますので記念SS書き下ろしです。
アイリスファンタジー大賞で銀賞を頂いたので書籍化しました。ありがとうございました!
少し本編と違う部分がありますので、お手にとって確かめていただければと思います!
初夏に差し掛かった王国の朝。
それは春の遅い土地からの招待状だった。
「桃色のマグノリアが咲きました。
ちょうどこちらも春を迎え、寒さも薄れた頃合いです。ピクニックに来られませんか?」
マグノリアといえば、モクレンのことだ。
白とかピンクとか紫色の種類がある。
花言葉は自然への愛。
一面サクラモクレンがピンクの広がる場所は、まるで失われた楽園のようだと思う。
「せっかく列車も開通したし、視察もかねてから少し遠くに行くのも悪くないわね! 撮影もしたいし、ぶらり列車の旅もできるし」
地方に住む人や、結婚などで遠くに行った家族にも会えるよう、列車を作ったのだ。
こちらの世界にある列車は、石炭ではなく、魔石の魔力が動力だ。
「ぶらり列車の旅? あまりブラブラできる身の上ではないはずだが……王妃よ」
皇太子妃がラスボス化して、皇室は一旦崩壊し、新たな王国が建った。
ラヴィが女王になるまで、旦那様のアレクシスが臨時の国王、公爵夫人だった私が王妃である。
でもあくまで聖女のラヴィが女王になるまでのつなぎの王妃だ。
「ちゃんと招待状を貰ったのですよ」
私は手にした封書をアレクシスに見せつける。
「こんな忙しい時期にわざわざ王妃をピクニックに誘うなど、何か魂胆があるのではないか?」
疑い深い国王である。
「寒い土地にようやく春が訪れて綺麗な花も咲いて、喜んでいるだけではないですか?」
それはウキウキしちゃうと思うのよ。
日本人も桜が咲いたら多忙でも花見に行かなければもったいない! って思うし。
「とにかく私は今は動けない」
「はい、私だけで行きますので、国王たるあなたは国政をよろしくお願いします」
アレクシスは頭を抱えた。
でも桜ではないけど、私はモクレンも好きだから許してもらう。
「お母様、ずるいです。私を置いて一人でなんて」
将来王政を担うラヴィは今は詰め込み教育の最中だった。
勉強ばかりで最近やや顔色が悪い。
「そうねぇ、女王になったらますますお出かけが難しくなるだろうし、可哀想なのでラヴィは連れて行きましょうか」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
二人だけで遊びに行くことにアレクシスは渋面を作ったが、最近勉強ばかりで流石に可哀想に思ったのか、最終的には許可が出た。
「ラヴィ、ピクニックのドレスは何色にする?」
「そこのマグノリアはピンクなら合わせてピンクにしますか?」
「同じ色だと調和はするけど同化してしまうのでは?」
などというように、遠足前の子供のように私達の会話は弾んだ。
ちなみに赤子は乳母に預けて行くことにする。
列車内で泣き叫ぶと大変なので。
「護衛は私にお任せを」
突然として快活そうな美少年が現れた。
「ハルト!」
ラヴィが嬉しそうに名を呼んだのは、原作勇者の名だ。
ただし、この世界でラスボスにトドメを指したのはハルトではなく旦那様だった。
原作小説からは、かなり剥離した展開になった。
「ハルトヴィヒ、そなたは王配としての教育がある」
「ええっ!?」
「支えるものはよりしっかりとした教育が必要だ、上がしっかりと立っていられるように」
「あぁ〜っ!」
旦那様は自分だけ留守番で仕事っていうのが気に入らないのか、哀れな勇者は道連れとなった。
でも、ぐうの音も出ない正論だったので、仕方ない。
ごめんねハルト、今回は母娘で行きます。
ただし、時短の為に途中までは転移ゲートを使えとの事だ。
ずっと列車だと確かに遠い地なので時間がかかりすぎる。
結局、ラヴィに白いドレスと私は淡い紫のドレスを着て他領のピクニックに参加することにした。
転移陣からとある神殿へ飛んだ後、護衛騎士とラヴィとで駅へと向かい、列車に乗り込んだ。
そしてガタゴト列車に揺られて、車窓を眺める私。
「主要の駅に着いたら、駅弁……いえ、それぞれ特産の食材を使った目玉のお弁当を作って売るように仕向けたいわねぇ……」
ラヴィが愛らしく首を傾けて問う。
「特産の目玉焼きですか?」
「いえ、目玉焼きではなく、特産の食材で作ったお弁当を各駅で売ればいいと思ってね」
「次の駅の特産は……たしか」
「羊ね、ジンギスカン、焼き肉弁当とかどうかしら?」
「それは冷めても美味しいものですか?」
「で、出来立ては流石に難しいかしらね」
何かの工夫がいるかもね。
いっそ弁当は諦めて駅で串焼きを売るとか?
立ち食いソバじゃなくて串焼き……。
貴族のレディには厳しいけど、平民なら喜ぶかも。
観光地としても価値が出れば税収も上がるかもだし。
税金はもちろん無駄遣いではなく、何か災害とかあった時、平民の生活を守る為用にしっかり蓄えておくとして……。
「お母様、何を考えておられるのですか?」
えーと、
「観光地の目玉と収益と税金の正しい使い方について?」
「まあ、お母様は勉強熱心ですね。せっかくの旅行中にまで、見てください、窓の外の景色が綺麗ですよ」
確かに新緑が陽光に煌めいて美しい。
「マグノリアの地も楽しみねぇ」
「はい、桃色の楽園だと聞いています」
私達は初夏の入口から、春の入口に戻るような、少し不思議な旅をしている。
今回は途中まで転移陣でショートカットをしたけど、転移陣のゲートが使えるのは通常貴族、王族だけだ。
治安維持の為と、かなりの魔力を使う為、転移魔法は高価なのだ。
旅の途中で列車が駅で停止した時に、荷物を乗せる車両にこっそりと無賃乗車をする平民の少年を見つけた。
身なりもあまり良くないし、お金が無いんだろうなぁ。
でも無賃乗車はよくないし、さらに家出だったら困ったものだわ。
「お母様。どうされたのですか?」
「無賃乗車をしてた子供がいたのよ、それも問題だし、家出だと更に……」
「捕まえるんですか?」
「とりあえず事情を聞く為に、私は貨物のところに行ってくるわね」
「お母様は優しいですね」
「普通よ」
私が貨物の中に潜んでいた少年に事情を聞くと、出稼ぎに出た母親にどうしても会いたくなったという事だった。
母が恋しかったのか!!
こ、困った、これは怒りにくい!
「今回だけよ、本当は無賃乗車は罪ですからね!」
彼には旅費をあげたし、列車の代金は私が代理で車掌に払った。
「お母様、大丈夫でしたか?」
座席で待たせていたラヴィが心配そうに訊いてきた。
「旅費をあげたわ、出稼ぎの母親にどうしても会いたかったけどお金がなかったらしいの」
「それは……なるほど」
情状酌量の余地はあるとラヴィも思っただろう。
そしてこういうシーンを昔アニメや海外のドラマで見たなぁとか、不意に思い出す。
そうしていつしか列車はマグノリアの咲く地に着いた。
桃色の花が沢山!!
幻想的!
「わぁっ、とっても綺麗ですね、お母様!」
「……本当に」
出迎えの貴族が現れたけど、私は違う光景が気になった。
駅で清掃の仕事をする母親に抱きつく、無賃乗車の少年の姿だ。
「ほら、ラヴィ、あれよ」
「ああ、会えたんですね、よかった!」
「王妃様、聖女様、ようこそおいでくださいました!」
出迎えの貴族に挨拶されつつも、私達母娘は優しくあたたかい、感動的な家族の光景に、ひととき心を奪われたりした。
それはもしかしたら花よりも美しく尊い、あたたかな春の日の光景。




