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「あぁ、何もされてないね」

「兄様まで!何故こちらに?」

 フォルティナはハロルドだけではなく、普段王太子の側近として城に詰めているはずの次兄までいることに驚きつつも、彼に渡された上着を手早く羽織る。

 文官であるとは言って、男であるフォルティスの上着はフォルティナには大きかったが今はそんなことを気にする余裕はなかった。

「殿下からお前たちのことを聞いてね。様子を見に来たんだよ」

「殿下から?」

 フォルティスの言葉に何故殿下が出てくるのか、とフォルティナは首を傾げる。それに対して、クラウスは苦々しそうに舌打ちした。

「どうせ、あいつのことだから、俺がティナに無理矢理迫ってるとか手籠めにしようとしてるとか言ったんだろう」

 フォルティナの上からどき、それでも彼女から離れないようにしているクラウスの言葉にハロルドは苦笑する。

 フォルティスも一見すると笑っているように見えるが、その目が笑っていないことは一目瞭然だった。

「さすがにそこまでは言ってなかったがな」

「言っとくが、俺とフォルティナはお互い想いあっているんだから、結婚については誰にも否は言わせないからな」

「え?結婚?」

 クラウスの言葉について行けていないフォルティナが声を上げる。

「王家から打診があったんだよ。お前をクラウス殿の婚約者にどうかとね」

「は?」

 思わず、ポカンとしてしまったフォルティナにフォルティスは苦笑を浮かべる。

「陛下は二人が想いあっているのなら、二人の結婚に反対はなさらないそうだよ。それに、先日の夜会であれだけ牽制されたのでは、今更他の相手を探す方が難しいからね」

 嘆息して言ったフォルティスの言葉にそっとクラウスが彼から視線を外した。

「先日の夜会ですか?」

 未だに状況がよく呑み込めていないらしいフォルティナの言葉に、傍観を決め込んでいたハロルドが呆れたように声を上げた。

「おいおい、フォル、お前一応でも伯爵令嬢だろうが…。夜会で同じ相手と何度も踊る意味くらい知ってるだろう?」

「…」

 ハロルドの言葉にフォルティナは視線を彷徨わせる。その様子にフォルティスとハロルドは頭を抱え、クラウスは自分の想いが何故全然伝わっていなかったのかを理解し、何とも言えない顔をした。

「普通、踊る回数の多い相手が本命とされるけど、4回連続で、夫婦でもない同じ人物と踊ってはいけないことくらいは知っているだろう?」

 フォルティスの言葉にフォルティナは曖昧に頷いた。頷いてから、自分がクラウスと連続で3回踊っていたことを思い出す。

 …もしかして、兄様の言っていた牽制ってこのことなんじゃ。

 いくら普段から苦手だからと社交から逃げていたとは言え、仮にも伯爵令嬢である。きちんと貴族の令嬢としての教育は受けていたこともあり、一度思い出せば、兄が言っていたことの意味を理解した。

 つまり、まだ正式な婚約を発表していないにも関わらず、フォルティナを離さなかったクラウスを見て、わざわざ横槍を入れてくるような貴族はいないということだ。まして、本人は分かってなかったとは言え、フォルティナがそれに応えていた時点で二人の関係は暗黙の了解となった訳である。

「まぁ、それでもティナが嫌がるなら何とかして止めたんだけど…。嫌じゃないんだろう?」

 フォルティスに優しく聞かれ、フォルティナは小さく頷いた。

「さて、俺は陛下にこのことを伝えに行くか」

「僕もそろそろ殿下のところに戻らないと」

 フォルティスの言葉には納得しつつ、ハロルドの言葉に内心で首を傾げる。と、言うか彼は別件で国を空けていたはずなのだがいつ戻ったのだろう。

「全く、戻って早々こんな茶番に付き合わせるとか、陛下も人が悪いと思わないか?」

「わっ」

 フォルティナの内心に気付いてかそんなことを言いながら、ハロルドは

フォルティナの頭をくしゃくしゃと撫でると、さっさと背を向けた。その後を兄のフォルティスも追うようについていく。

「あ、いくら両思いになったからって、手は出すなよ?仮にも貴族の令嬢で、まして俺の部下なんだからな?」

「そうですね。もしも人に言えないようなことをしたら、妹との結婚は無いものと思ってくださいね」

 部屋から出ていく間際、二人は振り返ってクラウスに釘を刺すのを忘れなかった。

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