21
「ティナ?」
先程までとは違う空気を纏ったフォルティナにクラウスが問いかけるようにその名を口にする。
そんなクラウスに、あの日の青年の姿が重なった。
あぁ…。とフォルティナは自分の胸にある想いの名にやっと気づいた。いや、気付いていて、気付かぬふりをしていたかもしれない。
「…何故、あの時、口付けを?」
気付けばそう呟いていた。その呟きに、クラウスはそっと返す。
「何故だろうな…。ただ、美しいと思った」
そう言って、クラウスはフォルティナの頬をその大きな手で包み込む。
まるで毒薬のようだ、とフォルティナは思う。触れられた頬から伝わる熱が、自分を見つめてくる瞳が、耳朶に触れる声が、全身に回り、彼女の体温を、心拍を早くしていく。
男に言い寄られたことが皆無というわけではない。けれど、その時とは比べ物にならないほどに、痛いくらいに胸は高鳴り、自分が女であることを、そしてクラウスに惹かれていることを否が応でも思い知らされる。
「痛みに耐え、それでも俺を見上げてくる瞳を綺麗だと思った。欲しい、と」
「なっ…」
熱を帯びた瞳で、声で続けるクラウスにフォルティナは言葉を詰まらせた。
「何を、言っているんですか!あなたにはっ」
語気を強めるフォルティナが言い終わる前にクラウスの指が彼女の言葉を遮った。
「そう。俺には想い人がいる。ずっと、どこの誰だか分からなかったんだけど、やっと見つけたんだ」
クラウスの言葉にフォルティナは知らず息を呑んだ。
「大変だったよ。探したくても俺は戦後の処理でそのまま現地の復興を任されるし、その間は動きたくても好きに動くことも出来ない。部下に特徴を伝えても、黒髪の女性なんて珍しくないしね」
「…黒髪」
「そう、黒い髪に白い肌。それだけなら逆に多すぎて絞り切れない。だが、瞳がね。すごく珍しい色だったんだ」
「瞳の色、ですか?」
「そう、瞳。角度によって金を帯びたように見える紫暗の瞳」
クラウスのその一言にフォルティナは目を瞬く。
「あの日、俺を助けてくれた君を見て、自分の目を疑ったよ。焦がれすぎて幻を見ているんじゃないかとね」
微かな笑いを含んだ柔らかな声でクラウスを続ける。
「でも、俺の勘違いじゃなかった」
そう言って、頬に添えられていたクラウスの手がそっとフォルティナの身体をなぞり、彼女の脇腹で止まった。そこは戦の時にフォルティナがクラウスをかばって付けた傷跡の辺りだった。
「この傷は、俺を庇った時のものだろう?これを見て、君だと確信したんだ」
そう言って、愛おしそうに傷跡の上を何度も撫でる。
「愛している。あの日、一目見たその時から、俺は君に心奪われていたんだ」
君は?と問われ、フォルティナはコクン、と小さく頷いた。
「よかった」
ほっとしたように顔を綻ばせると、クラウスはフォルティナを抱きしめる。
「これで、心置きなく君に触れられる」
「え?」
チュッと軽く啄むような口付けの後に、この間は我慢できなくて少し度が過ぎてしまったけどね、と笑顔で言われ、フォルティナは自分の今の体勢と、女装していたクラウスと初めて会ったときのことを思い出し、今度は羞恥で頬を赤く染めた。
すっかり忘れていたが、目の前の男は助けたフォルティナの身体にある傷跡を確認する為とはいえ、本人の了承も無しに服を脱がし、あまつさえその白い肌に赤い華をいくつも付けたのだ。
「あの時は、魔力で眠らせていたし、流石にそれ以上のことはしてはマズいと思って我慢したんだけど、もう我慢することなんてないだろう?」
言い方こそ疑問形だが、その指先はすでにフォルティナのシャツのボタンを外しにかかっている。
「ちょっ、待ってください!公爵!何をするっ」
「クラウス」
慌てて止めようと声を上げるフォルティナの唇を己の唇で塞いで言葉を奪うと、クラウスは言い聞かせるようにフォルティナに言った。
「クラウス。せっかく、想いが通じ合って恋人同士になったんだから、名前で呼んでくれないと」
「く、クラウス…様」
声を詰まらせ、それでも上官でもある彼を呼び捨てにすることに抵抗があるフォルティナのその呼び方に、クラウスは少々不満そうにしながらも一応は納得したらしい表情で頷く。
「本当は呼び捨てがいいんだけど…、それは結婚するまでの課題にしようか」
そう言って、止めていた手を動かす。
「クラウス様、ですから、そう言うことは…!」
ボタンを外していくクラウスの指先が時折フォルティナの肌を掠め、その感覚にピクリ、とフォルティナは身体を震わせる。
「はーい、そこまで」
ドアが開けられ、パンパン、と大きく手を叩く音と共によく知った声が静止を告げた。
それにクラウスはピタリと動きを止め、フォルティナはその隙にシャツの前を掻き合わせた。
「ハロルド!?」
「隊長!?」




