エロス・プシュケ・プロジェクト
決死の戦いは終結した。
取り戻された元の世界。僕は、殆ど暗くなった空を見上げた。
痛みも、視界のぼやけももう消えた。なのに感情だけ引き摺ってきたせいで、油断すればすぐに瞳が熱くなってくる。
「まっちゃんよー。結局話ってなんだ」
後ろから、何も知らない智樹の声がする。
「ま、まさかとは思うけど、四人で心中……?」
「日向、俺を巻き込まないでくれるか」
「私も巻き込むな」
後ろから、頭の悪いやり取りが聞こえる。
「二人は心中したくないって。仕方ないから、二人で心中する?」
「なんも仕方なくねぇから。そもそも心中すんな」
後ろから、馬鹿みたいな言葉が届く。
「高瀬君っていつも止めるよね。友達二人が心中しようとしてるんだから、そこは友達として応援するところでしょ?」
「え? なんで俺が非常識なやつみたいな目で見られてんの? これおかしくね?」
「高瀬とやら。今そいつは背中に工具ナイフを隠し持っているから、気をつけろ」
「まじで!? いつのまに職員室から取り返してたんだ!?」
後ろから、愛しい日常が耳に触れる。
「なにコントしてるのさ」
おかしくって笑ってしまった。笑いながらツッコミを入れたもんだから、声が震えてしまう。
振り向いて、三人を見る。ユリアは僕のすぐ横隣に居て、僕の正面には、雛子と智樹が並んでいる。二人はきょとんと首を傾げた後、すぐにぎょっとした。僕の顔に何かついているのだろうか。
「お、おいおいなんだよまっちゃん! 何泣いてんだよ! え、つーか待てまっちゃんの泣き顔とか、俺初めて見るんだけど!」
「私も始めてだよ! 祭吏っちの初めては私のものだよ! 写メ! 写メ撮らないと!」
「おっけー解った! 俺のスマホは超高画質だから、俺が撮るぞ!」
「うんよろしく!」
「やめろ」
慌てふためいた二人から、携帯らしきものをユリアが取り上げる。視界が歪んだせいで、歪んでいるせいで、何を取り上げたのかはちゃんと見れなかった。
「……泣いてんのって、もしかして、話したい事ってやつに関係してんのか?」
悪ノリをユリアに叱責されたからだろう、智樹は勤めたような真剣な口調で聞いてきた。
僕は頷く。
「うん。でも、やっぱりまだ、話せない、みたい」
さよならを言うつもりだった。
絵画世界で勝利して神が認めた仲となった雛子と智樹に対して、遠回しな決別を告げるつもりだった。
でも、負けたうえで、言葉が言葉にならないほどに震えたこの声では、言えそうになかった。言いたくなかった。
ユリアと、智樹と、雛子と、まだ一緒に居たいと、そう実感してしまった。
溢れ出た涙が止められそうに無いから、少しでも抑えるため、両手で顔を塞ぐ。なんと滑稽な姿だろうか、と自分で自分を惨めに思った。
でも、泣き慣れていない僕にはどうしようも無くて。
「いつか、いつか必ず言うから……それまで、もう少しだけ、もうちょっとだけ、待って貰って、いいかな……」
僕はいつか死ぬ。人よりも早く死ぬ。正確にはもう死んでいる。その現実を、事実を、なにより大切なこの二人には、いつか、僕の口から告げたい。これは僕の我儘だ。
でも、
「なーんかよく解らんけどさ」
どん、と、僕の肩に力強い掌が置かれる。
「親友の願いのひとつやふたつ聞けねぇで、親友は語れねぇっつうの」
待つよ。聞かれたくないのが願いなら、聞かれてもいいと思えるようになってくれ。
顔を上げた僕に対して、智樹は自分がかっこつけている自覚があるからか、恥ずかしそうに赤面しながらそう言った。
次に雛子を見ると、雛子は当たり前のように笑って答えるのだ。
「いつまでだって待つ」
いつかの時のように、迷いの無い返答。
ユリアが呆れたように嘆息するのが見えた。それで恥ずかしくなったのと、雛子の笑顔があまりにも眩しかったせいで俯く。すると何を勘違いしたのか、智樹は僕の背中をさすって「どうどう」と落ち着かせようとしてきた。
「こういう時はひっひっふーだよ!」と雛子が言うと、「それはお前しか落ち着けない」とユリアが僕の代わりにツッコミを入れる。
泣くに泣けない馬鹿な空気のはずなのに、胸に込み上げた熱い思いが瞳から溢れ出る。だから涙は熱いのか、と、どうでもいい事を思い知った。
その熱さがあまりにも心地よくて。
まだここに居たいとしっかりと思えて。
もう少しだけこのままでいたいと、生きていたいと、確かに思えて。
世界の美しさのほんの一部を見る事が出来た。
そんな気分になってしまった。
だから。
プロジェクトはまだ、もう少しだけ、続きそうだ。
ここまで読んでくれた人って本当に居るのかなぁ、と思いつつあとがきとさせていただきます。閲覧感謝至極です。根谷司でございます。
この作品はですね、書き始めてから二週間で完結したといういわく付きの作品です。なんていうかもう、私ってほんとばかっ。
さて作品についてですが、テーマは「恋愛」いやいやまさか。違います。この作品のテーマはそんな綺麗なものではなく、作中に出ている台詞でいうなら「破綻した愛情表現」であり、行き違いです。互いが互いを思いすぎて距離が計れない。それに対して満足してしまっているというのも破綻してますよね。僕ならこんな恋愛はしたくないものです。でも、してしまったらきっと、幸せなのでしょうね。この二律背反もまた、破綻しているのですが。
書く意味の無いあとがきはここまでにして、さて、終わりとさせて頂きます。最後にもう一度、ここまで読んでくださりまことにありがおとうございます。願わくば他作品でもお会いしましょう。
ではっ。




