45話 追い詰めるために③
「何だよ拓海。もう倉島とはすっかり仲直りしているじゃねぇか。驚いたぜ」
俺が倉島の名前を呼ぶと、琉生が少し笑いながら俺に話しかけてくる。
体育祭が終わってから進藤さんの件については皆に軽く話したが……詳しくは話していなかった。
倉島については俺や進藤さんと対立しているような感じだったため、琉生や他の皆が驚くのも無理はない。
特に俺が岩田先輩や倉島と進藤さんの家に入った時、先に来ていた彩夏ちゃんとかは倉島を見て固まってたしな。彩夏ちゃん、本当にごめん。
「タカとは、体育祭が終わってからも色々と話したからねぇ。まっ、お互いにスッキリしたから今は全然大丈夫だよ」
「そういう事だ。あと水城には一つ忠告しておくが……真紀はマジで怒らせない方がいいぞ? 本当に怖いから」
「ターカっ? ちょっと静かにしよっか?」
倉島は『な?』と言わんばかりに、俺の方に視線を向けてくる。倉島の言う通り、確かに進藤さんの圧は怖い。
体育祭が終わってからというもの、進藤さんたちが何を話したのかについては詳しく知らないが……壮絶な状況だったんだろう。
進藤さんが自分の気持ちを思いっきりぶつけた! って前に言ってたからねぇ。
進藤さん、凄い勢いだったんだろうな……。
「そういえば、水城も進藤さんの事について色々と言っていたな? 音野先輩を相手にちょっとふざけていたじゃないか」
「岩田先輩? 今は余計な事を言わなくていいですよ? それに、俺も岩田先輩については言える事がありますからね?」
「そ、それはプライベートな事だから言わないでいいだろう」
「じゃあ、ここはお互いに秘密にしておくという事で。お互いに攻撃し合うような感じが続いていますし、これで手を打ちましょう」
「そうだな」
音野先輩と話した時から岩田先輩とのやり合いは続いているわけだし……ここで終わりにしておこう。
ちなみにこの岩田先輩とのやり取りについてですが、打ち合わせとかは一切していません。その場の流れとそこから少し派生してやり合っているだけです。
ふざけてはいるけど、本題の玉島先輩の件は忘れていないからね? ちゃんと覚えてるからね?
「ふーん。水城君、私の事を何て言ってたんだろうなぁ? 気になるなぁ?」
「ご、誤解してるから! 音野先輩から進藤さんを守るため、ちょっと悪そうな雰囲気にしておこうと思っただけだから!」
「へぇ? まっ、それなら今回は許してあげる。次はないかもね?」
「は、はい……」
悪ふざけ、ダメ、絶対。
これからは進藤さんに対して、紳士的な接し方をするよう心がけます。
ま、まぁ今回は作戦だから! 進藤さんの事は大切に思ってるから! 本当に!
そんな俺や進藤さんの様子を見ていた倉島と孝蔵さんは、『ウンウン』と納得するような様子で頷いていた。
二人とも、進藤さんの怖さはある程度知っているんだろうな……。
倉島についてはまぁ分かるけど、お父さんである孝蔵さんが納得していていいのかは少し疑問だけどな?
「なぁ水城。そろそろ尾行の事について話していいか?」
「悪い悪い。倉島は音野先輩の事を尾行して、何か分かった事があったんだよな?」
「あぁ。音野先輩はカフェを出てから駅の方に向かっていったんだが、そこで友達と出会っていた。すれ違うような形で少し会話を聞いたんだけど、大学の友達らしかったぜ。音野先輩が帰省したのに合わせて、遊ぶ気満々みたいな様子だった」
「なるほど。ちなみにその音野先輩の友達は何人?」
「えーと、確か三人だったな。三人ともガラが悪い奴だったぜ」
音野先輩の友達は三人。おそらくだが、明後日の親睦会にも参加してくるだろう。
となると……音野先輩を含めて相手は四人になるか。
それに、音野先輩は進藤さんと二人きりになる事を望んでいる。ここで音野先輩の友達の三人が邪魔になってくる、って感じか。
当日は松家さんと孝蔵さんに音野先輩の友達を引き付けてもらい、俺と岩田先輩で進藤さんをカバーする事にしよう。
「俺は水城から軽い説明しかされていないし、尾行しただけでよく分かってないんだけどよ。その音野先輩を最初から押さえつければいいんじゃねぇか? これだけ仲間が揃ってたらできるだろ?」
倉島が言っている事は、わざわざこんな回りくどいようなやり方をしなくても、簡単に音野先輩を倒せるだろ? という意味だ。
もちろん、倉島が考えている事を俺も考えた。
音野先輩を倒すという事であれば、確かに単純な話で終わる。
進藤さんの家に来た音野先輩たちを少し泳がし、琉生たちや孝蔵さんたちで捕まえたらそれで終わり。玉島先輩が話す機会も作る事ができる。
しかし……それは今だけを考えた案だ。人によって差はあるものの、これからの人生はまだ長い。今だけでなく、もっと長期的に物事を考えていく必要があると俺は考えていた。
「倉島の言う通り、その案なら安全に音野先輩を懲らしめる事ができるかもしれない。ただ、それだと結局は何も変わらないと思うんだよな」
「ど。どういう事だよ?」
「事が大きくなったから忘れている人もいると思うけど、今の状況だけを考えるとただの恋愛関係のトラブル、って事になるんだ。結婚していて不倫、とかなら重大な事になるかもしれないが、俺たちは学生。よくある学生のトラブル、と簡単に片づけられてしまうんだ」
音野先輩は暴力を振るう、みたいに明確な悪い事をしていない。俺を脅迫したという事なんかで何らかの罰は与えられるかもしれないが、それも重いものにはならないだろう。
ここで音野先輩をある程度懲らしめて、音野先輩が反省して心を入れ替えればそれでいい。
ただ……音野先輩は想像以上の強敵であり極悪人。そう簡単には終わらないだろうと俺は思う。
「音野先輩は強敵だ。仮に明日で音野先輩の事を懲らしめられたとしても、音野先輩がいつか復讐してくる可能性もあるだろ? 心を入れ替えたフリをして、俺たちに復讐するチャンスを虎視眈々と狙っている、とかな」
音野先輩は頭も良い。俺が想像していた事を上回ってくる可能性もある。
実際にここまで音野先輩と対峙をしてきたわけだが、音野先輩が俺たちの思っているままに動いた事は一度もない。誘導する事はできても、音野先輩は常に俺の想像を上回っていた。俺たちの動きにも、いち早く気づいていた事だしな。
「なるほど。だから、拓海君は強力な証拠を欲していたのですね」
静かに考えていた松家さんが口を開く。俺の考えにいち早く気づいたようだ。
俺が強力な証拠を求めていた理由……それは音野先輩が、俺たちに二度と絡んでこないようにするため。
別に音野先輩を脅そうとはしていない。音野先輩が俺たちと今後関わらない事を守ってくれれば、その証拠を使うつもりは全くない。
あくまでも、証拠は抑止力であって音野先輩の心を折るために使うもの。それを変に悪用するつもりはないのだ。
「あいにく、俺は音野先輩を懲らしめるだけじゃ気が済まないんでね」
「拓海君……それは証拠を使って音野先輩に何かしようという事ですか?」
「証拠を悪用する使うつもりはないよ。証拠については、交渉材料の一つとでも考えておいてくれ」
「それでは、拓海君は何をするつもりなんですか?」
流石に松家さんもここまでは分からないか。
まぁそうだよな。
今から言おうとしている事は、ただのバカなお人好しで俺のエゴであるから。
「今から言う事は……俺のエゴみたいなものだ。もしかすると、納得できないと思う人もいるかもしれない」
視線が俺に集中し、皆は俺の言葉を静かに待っていた。
「俺も音野先輩には腹が立っているし、懲らしめたい気持ちもある。俺たちにはもう関わって欲しくないとも思ってるよ。ただ……俺は音野先輩に更生してほしい気持ちもあるんだ。その矛盾しているような二つの気持ちを、俺はどっちも叶えたい。極悪人ってわかってるくせに、何言ってたんだって感じだけどな」
人間には色々な感情や気持ちがある。
いつだったか、俺は音野先輩も人生の被害者だと思った事があった。
音野先輩はもちろん許せないし、関わってきてほしくはない。
ただ——
同じ人生の被害者として、音野先輩を見捨てるような事はできないと……俺は思ってしまったんだ。




