230. アイ・ミルヒシュトラーセ、我が最愛の弟。 To my Dearest Ai Milchstraße,
ゴールデンウィーク(5/2-5/7)は“毎日投稿”します。
「私は……何も頑張ってなどいない……!
肝心な時にお前とはアイの側に居なかったんだ……!!」
「大丈夫よ、貴女は一番の頑張り屋さん。お姉ちゃんが認めてあげる。お姉ちゃんがはなまるあげちゃう。」
そう言ってエゴペーは頬に人差し指でやさしくはなまるを描く。
「……。」
「貴女みたいに努力を努力とも思わずに頑張っちゃう子はいつか倒れちゃわないか心配なの。だからいつでも兄弟を頼ってね?
お兄ちゃんは妹に頼られたら嬉しいし、弟だってお姉ちゃんに頼りにされたら誇らしいんだから。」
「しかし、私はこのパンドラの大地を守護する者としてお母様に育てられてきた。
今更――」
「――貴女はお母様の娘でもあるけど、私の妹でもあるの。そして何より貴女は貴女よ。貴女はお母様のコピーじゃない。そのことをどうか忘れないで。
……あぁ、それと……ふふっ……貴女をアイちゃんのことでゲアーターとよくからかったのは許してね?甘えん坊だった妹の貴方が弟の前で頼れるお姉ちゃんになろうとしてるのがかわいくてつい、ね?」
◇◆◇
「そんなことはいいんだ……私はお前が生きてさえいてくれたらっ……それで……!!」
「うぅ〜ん、ごめんね?……そのワガママだけはお姉ちゃん聞けないんだぁ……ほんとうに、ほんとうに聞いてあげたいんだけどね。」
「……っ!!」
「シュヴァちゃんは、これから頑張りすぎない程度にがんばること!頑張りすぎたらお姉ちゃん怒っちゃうんだから!
……それでゲアーターによくからかわれて、アイちゃんをよくかわいがること!まぁ二番目は言わなくてもやっちゃうだろうけどね〜。
……とにかく!ゲアーターとアイちゃんと仲良くね!きょうだいは仲良く!これがいちばんなんだから!
――それとアイちゃんは私のことを“エゴおねえさま”って呼んで貴女を“おねえさま”って呼ぶでしょ?それだけが貴方がアイちゃんにとって特別ってことよ。そのおねえさまって言葉の意味をしっかり考えて、アイちゃんを護ってあげてね。
……ね?分かった……?」
エゴペーは幼子にそうするように、シュベスターの右の手を両の手でつつみ込んで視線を合わせる。子供を諭すような柔らかい口調だ。
「……あぁ……ああ!……私も約束しよう。
私の最高の姉っ!!エゴペーの名に誓おう。
兄の言うことをよく守りっ!
弟をよく護ると……!!」
熱い涙が、月光のような軌跡を描いてシュベスターの頰を濡らす。其れは育花雨のようにエゴペーの掌を濡らしたが、決して枯れ往く徒桜を育てることはなかった。
「……うん。……そしてアイちゃん。」
エゴペーは先ほどから抱きついて自分の服の襟を濡らす弟の烏珠の翠髪を柔らかく手櫛でとく。
「……聞きたくありません。」
「……アイちゃんがワガママを言ってくれるのは珍しいわねぇ……お姉ちゃん嬉しいわ。でも少しお姉ちゃん困っちゃうな。」
「最期の言葉なんか聞きたくありません。」
「も〜アイちゃんはおむずがったら、長いんだから。よしよし。」
「きっとアイが聞かなかったらエゴおねえさまは
死なないはずです。地獄のご本で読んだ事があります。人はこころのこりがあると死ねないって……死なないって……。」
エゴペーはアイを抱いてその頭の匂いをかぐ。いつもの、いつも繰り返してきた動作だった。そしてこれからもずっと繰り返すはずだった所作。
「アイちゃんは桜の花のみたいないい匂いがするわねぇ。」
アイがスンスンと鼻を鳴らしたあと、涙声で答える。
「エゴおねえさまも……桜の香りがします。」
「……やっぱり私たちは世界にたった二人の“桜の子”ね……。」
「そうだ!お母さん!サクラさまを呼ばないと!そうしたらエゴおねえさまも元気になるはずです!」
エゴペーは哀しみの凍りついた瞳で無邪気な思うとを見遣る。
「……きっと“あの人”は私のためには来ないし、私にはきょうだいとお父様と話せたらそれで幸せなのよ。お父様とはもうお話をしたから、あとはアイちゃんだけ……。」
「じゃあなおさら聞きませんっ!
あいは、あいは!エゴおねえさまに死んでほしくありませんっ!今際の際みたいなことを言うエゴおねえさまなんて知りませんっ!
――そんな遺言みたいなことを言うエゴおねえさまの言葉なんて聞きたくありません!!」
アイがぎゅううぅと力任せにエゴペーにしがみつく。
「……あらあら、ほんとうにかわいいわね、アイちゃんは。ほんとうに……ほんとうにきょうだいでいろんなことがあったわよね……。」
エゴペーの瞳が追憶を見つめる。
◆◆◆
「別にいーじゃぁねーか、ブランコでもよ」
「私はブランコじゃない!ブラコンだ!」
シュヴェスターが胸に手を当て高らかに宣言する。
「いや、ブラコンでもな――」
「おっアイ、どーしたんだ?」
ゲアーターがニヤニヤしながら白々しく宣う。
「その手には乗らんぞ!貴様らはまったく!」
「お……おねえさま……?」
◆◆◆
「お兄様もバカみてぇに暇だそ!」
「お姉様もアホみたいに暇よ〜」
「わぁーい!」
アイが喜んでいる、喜んでいる……が。
「き、貴様らァ〜そこになおれ!」
◆◆◆
「アイちゃんアイちゃん」チョイチョイ
「エゴおねえさま。どうされましたか?」
「捕まえたっ!」ガバッ
「わあっ」
「すりすり〜!」スリスリ!
「どっどうされたのですか?」
「いや~、最近アイちゃん忙しくてなかなか会ってくれなかったし、お姉ちゃん寂しかったよぉ〜よよよ〜!」ヨヨヨー!
「すっすみません。さいきんなんだか、いろいろあって。」
「そうだよね~。プシュケーになったと思ったらセラフィタ!お次はアニムス・アニムス!カタカナ多すぎでしょ!早口言葉かしらぁ~?」
「……おねえさまは、あいの……あいが……せいべつだとか、いろいろ変わったこと、どう思っておられますか……?」
「ん〜?あんまり気にしてないかなぁ〜アイちゃんはアイちゃんだしね〜。」
「おねえさま……!」
「あっでも妹が増えたのはうれしいかも!着せ替えとかできるし!シュベちゃんはさしてくれなかったしね〜?」
「な、なるほど?でも、前からしてましたよね?おねえさまのちいさい頃の服を着たり。」
「まぁ、前からアイちゃん可愛かったしね〜。それに、アイちゃんどこか女の子に憧れがあるみたいだったし。」
「おねえさま……!」
「せっかく両性になったんだし!スカート履き散らかしちゃいましょ!」
「……はいっ!」
◆◆◆
「うん、そう。まず、私たちは、お母様のほんとうの子供じゃない。だから、お母様はこの国の支配者となるための教育をゲアーターとシュベスターにしか施さなかった。
そしてアイちゃんは別邸で、私はベッドの上に、引きこもった生活をして世間を長い間知らなかったこと。お父様は私にほんとうにやさしくて……そこだけが違うけど……。ごめんね、アイちゃん。」
おとうさま……確かにおねえさま方には愛をもって接して、わたくしとおにいさまにはそれの片鱗さえ見せてくださらなかった。そのことに嫉妬して……考えてはいけないことを考えそうになったこともある。けど――
「なぜ、エゴおねえさまが謝るのです?謝らないでください。エゴおねえさまは何も悪いことをしていないでしょう……?」
「……そんなとこまでシュベスターに似ちゃってさぁ……。」
「わたくしは持つものが常に持たざるものに罪悪感を感じて生きていかなくてはいけないとは思いません。もしそうであるのなら、人間皆何かの面では恵まれているのですから、誰もが恵まれた自分を恥じ、媚びた笑いを浮かべながら生きていかなくてはならなくなります。愛に恵まれたエゴおねえさまがわたくしに対して、何を気に病むことがありましょうか?」
「……そう、だね。……そうだ。ありがとう……ありがとうね、アイちゃん。」




