舞台裏⑧ ~キーサの主~
時は少し遡り
「魔道術師団長、少しお時間よろしいでしょうか?」
シスツィーアの今後について話した日の夕刻
キーサは魔道術士団長の部屋を訪ねていた。
「先ほどの話の続きでしょうか、キーサ殿」
「ええ。少しお話したいことが」
「ちょうど陛下へご報告に行くことになっておりますゆえ、そちらで伺いましょう」
「わたくしもご一緒して、よろしいのですか?」
「問題ありませぬ」
キーサとしてはいずれはシグルドとも話をしなくてはと考えてはいたものの、今日のところはもう少しシスツィーアのことで尋ねたいことがあっただけで、なにより、面会の申し入れもなくシグルドのもとへ行くことに気がひけるが、魔道術師団長は気にせずさっさと部屋を出ていく。
仕方なくキーサはあとを追い、なんとなくふたりとも黙ったままシグルドの執務室まで歩いて
魔道術士団長が入室の許可を求めたときも、シグルドは「一緒なら話が早い」と気にすることなくキーサを招き入れ、続き部屋に備えられたソファーに座るよう言う。
キーサもはじめて足を踏み入れるその部屋にはすでに先客がいて
「側妃さま?」
「ごきげんよう、バルディーラ夫人」
リネアラからにこりと微笑まれて、キーサも礼を取る。
「ご無沙汰しております。側妃さまにはご機嫌麗しく」
「ふふっ。お元気そうね。それと、その「側妃」はやめてくださる?わたくしのことはリネアラと呼んでちょうだい」
「・・・・・・かしこまりました。わたくしのこともキーサとお呼びください」
「ええ。そうさせてもらうわ」
ソファーはひとり掛けの物が四つテーブルを囲んでいて、四人がそれぞれ腰かけるとすぐにシグルドがキーサへ尋ねる
「まずはキーサの用向きから聞こうか。とは言え、レオリードとシスツィーア嬢のことだろうが」
「ありがとうございます。陛下のお言葉通りレオリード殿下のことです。単刀直入にお伺いしますわ。レオリード殿下ですが、シスツィーアさまに『魔力譲渡』を行って、いえ、行うおつもりですか?」
ある程度は予想していたのか、シグルドも魔道術師団長もリネアラでさえ動じる素振りもない。
「まぁ。どうしてそう思われたの?」
「先日、シスツィーアさまがお目覚めにならず魔力測定の機器が『黄色』を示した際、レオリード殿下はシスツィーアさまの手を取っていらっしゃいました。わたくしは部屋を出ていくように言われましたが、その後シスツィーアさまの『魔力』が安定したと伺えば、おのずと想像がつきますわ」
「ふふっ、そうね。それで?」
「今後もシスツィーアさまの『魔力』は安定しない恐れがある。それをレオリード殿下が補うおつもりではございませんか?」
楽しそうなリネアラとは反対にシグルドは少し疲れた様子を見せると、キーサをまっすぐに見つめる。
「キーサは知ってどうするつもりだ?」
「どう、とは?」
いつになく真剣さを帯びたシグルドの瞳に、キーサは背筋を伸ばす。
「キーサ、君がシスツィーア嬢に仕えてくれると聞いたとき嬉しく思った。君ならシスツィーア嬢のことをよく理解し、彼女がここで暮らしやすいよう仕えてくれると信じられたからだ」
「ありがとうございます」
「だが、君の主は変わらずミリアリザだと私は思っている」
「陛下?」
心外だと言わんばかりのキーサだが、リネアラもシグルドへ同意する。
「申し訳ないけど、わたくしもよ。あなたの主君はずっと王妃さまで、それはきっとこれからも変わらないわ」
「リネアラさままで」
「事実でしょう?」
リネアラにまでまっすぐに見つめられたキーサは、とっさに言葉に詰まり目を伏せる。
「むろん、それが悪いと言っているわけではない。ミリアリザにとって、そなたという絶対の味方がいることは救いだからな」
「ええ。わたくしも陛下と同じ意見よ。たった一人でのお輿入れ。あなたの存在が王妃さまにとってどれだけ大きいか、理解しているわ」
シグルドたちからの称賛
それはキーサのことを認めていると伝わってくるけれど
「過分なお言葉、ありがとう存じます」
シスツィーアがミリアリザやアランを救ったのでなければ、そしてミリアリザからの頼みでなければ、シスツィーアに仕えることはなかった
シグルドたちもそれは分かっているし、他のだれよりキーサ自身もそう思っている。
けれど、シスツィーアに仕えると決めて以来、キーサはシスツィーアを第一に考え仕えているのに、それでも『ミリアリザに仕えている』と言われるのは・・・・
「わたくしがいまお仕えしているのは、シスツィーアさまです」
ひと言ひと言噛み締めるように言うと、微かにキーサの雰囲気に変化があったのをリネアラが感じたのか、場を和らげようと柔らかに話はじめるけれど
「ええ、そうね。ごめんなさい、話がそれたわ。それでレオリードとシスツィーア嬢のことだけど」
「キーサの言う通りだとして、なにか問題があるかね?」
リネアラの言葉を遮り、シグルドが尋ねる。
「問題ありますわ。差し出がましいですが、シスツィーアさまの縁談に障りがございましょう?」
「ふむ。縁談か」
シグルドはリネアラと顔を見合わせる。
「左様です。いずれはシスツィーアさまもどなたかと縁付かれましょう?」
「そうだな」
キーサとしてはレオリードの立場上、特定の者に『魔力譲渡』することは問題だと、それに縁談のことも言うつもりだったが、シグルドたちから「主君はミリアリザだろう?」と言われた手前、いま口にするのは躊躇われる。
シスツィーアからすれば、レオリードからの『魔力譲渡』は生きるうえで必要なことで、断る理由がないからだ。
「わたくしの主であるシスツィーアさまの評判に関わることです。わたくしの言っていることはご理解いただけると」
「ええ。理解はできるわ。けれどね、キーサ。申し訳ないけど、わたくしはレオリードの好きにさせるわ」
今度はキーサの言葉をリネアラが遮る。
「リネアラさま!?」
「もちろん、それでくちさがない者たちから好き勝手言われることも承知の上よ」
キーサの驚きすら楽しいのか、リネアラはゆったりとした笑みを浮かべ
「ただ、それはレオリードが受けるべき批判で、シスツィーアさんの迷惑になることは避けたいわ」
笑みはそのままに思案する様子をみせると、リネアラはパチリと扇を閉じ
「レオリードがシスツィーアさんと会うときにはリオリースも同席させる。それならどうかしら?」
「リオリース殿下を?」
「ええ。三人なら問題ないのではなくて?」
キーサがシグルドも同じ意見かと視線を向けると、この場はリネアラに任せるつもりのようで、涼しげな顔をしている。
「それに、そうね。会うのは私室ではなく、王宮の茶会室にしましょう。シスツィーアさんの体調次第だけど、ね」
「わたくしの同席も」
「ふふっ。それは駄目よ」
にこり
緩やかに扇をひらいて口元を隠し
「あなたがいては、シスツィーアさんが気にするでしょう?」
柔らかな目元だけれど、譲らないと瞳が語り
「もちろん、レオリードにも言って聞かせるわ。「シスツィーアさんの不利になることは駄目よ」とね」
ふふっ
上機嫌とは少し違うようだけれど、リネアラは至極楽しそうで
「だからね、キーサ。あなたは少し目を瞑っていてちょうだい」
満面の笑みで言われて、キーサは「かしこまりました」と言う以外できなかった。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話もお楽しみいただければ幸いです。




