先触れ
シスツィーアがエツィールド家にいるころ
レオリードはリネアラとともに、王城にある謁見の間の様子をこっそりと窺っていた。
「母上、なぜこんな」
「しっ。静かに。陛下たちの声が聞こえないでしょう」
レオリードの若干の呆れを含んだ声を、リネアラが扇をレオリードの口に当てることで制する。
ここは謁見の間の玉座の左側にある、カーテンに隠れた小さな部屋
大人が二人も入れば身じろぎすることも難しいほどの狭さで、レオリードは「はぁ」と諦めのため息を吐くと、リネアラの隣で小さな窓から謁見の間を覗く
見えるのは玉座に座ったシグルドと、階下で頭を垂れている招かれざる客
「顔をあげられよ」
シグルドの言葉に、頭を垂れていた使者が恭しく顔を上げる
「ようこそ、フォーレスト王国へ」
シグルドがにこりと微笑むと、緊張した面持ちの使者はほっとした様子を見せ
「急な訪問にも関わらず、国王陛下のご尊顔を拝することができ光栄に存じます。パルキス王国外交官、アイル・パーザーと申します」
右手を胸に当て、パキルス王国での最上位の者への礼をとるアイルは30歳ほどの男性
「貴殿に会うのは二度目だったか?」
「覚えていてくださってたのですね」
「ああ。ミリアリザの兄上とともにアランディールの祝いに来た者のことは忘れないよ」
シグルドが穏やかに話しかけると、嬉しそうにアイルは破願する。
パルキス王国は『魔物の森』を挟んで反対側にある、ミリアリザの祖国
ここ数年はお互いの国の建国を祝う手紙のやり取りしかしていなかったのだが、数日前にパラデルト辺境伯家より「使者が入国を求めている」と連絡があり、昨日の夕刻王城へ着いたのだ。
(なぜ、急に?)
レオリードがこのことを知ったのはつい昨日のことだが、パラデルト辺境伯家から連絡が来たのはスツィーアが目覚めなかった日
関係あるとは思えなかったが、同じ日だったことでレオリードは妙に気になり、それにリネアラからも「付き合いなさい」と強く言われて、ここで様子をうかがっているのだ。
「入国の際にも申し上げましたが、アランディール殿下の快癒祝いとミリアリザ王妃殿下のお見舞いのため、我が国からの訪問をお許しいただきたいと先触れとして参りました。本日、ミリアリザ王妃殿下は?」
「あいにくと医師の許可が下りず同席は叶わぬ。が、パルキス王国より使者が来たことは伝えてあるよ」
「左様ですか。お気遣い痛み入ります。できれば直接お目にかかりお渡ししたかったのですが、我が主君からのお見舞いの品をお渡し願えますでしょうか?」
「ああ。もちろんだ」
従者が見舞いの品を受け取りシグルドへ見せると、箱の中に入っているのはパルキス王国の特産物でありミリアリザも好きな果物
「ミリアリザへ渡しておこう。パルキス王へ礼を伝えてほしい」
「かしこまりました」
また恭しくアイルが頭をさげると、シグルドが宰相へ視線を向け
「使者殿へお尋ねがございます」
それまでは控えていた宰相が「こほん」と軽く咳払いをして言うと、謁見の間の空気にわずかな緊張が走り
「貴殿は先触れということですが、どなたが我が国へお越しになるのでしょう?」
それまでとは違い、空気がピリッとしたものに変わる
アイルもそれは感じてはいるだろうに、動揺することもなくにこりと笑い
「我が国の第一王子並びに第二王女でございます。おふたりともアランディール殿下とは従兄弟の間柄。とくに第一王子はアランディール殿下とは年も同じですし、これから先の我が国とフォーレスト王国の友好のためにも「ぜひ一度お会いしたい」と」
たしかに従兄弟同士なのだから、国が違っているとはいえ交流を持っていてもおかしくはない。
実際、アランが寝たきりでなければ一度くらいお互いの国を訪問しあっていただろう。
けれど、アランが寝たきりのときには一度も「見舞いたい」と言ってこなかったことが引っかかる。
(俺が知らないだけか?)
単純にレオリードには知らされていなかった可能性もあるが、シグルドたちが隠す理由もない。
じっと、レオリードはアイルを見下ろす
レオリードたちのいる場所は、アルツからは見えない
けれど、少しでも身じろぎすればアルツに隠れていることを悟られるような気がして、レオリードは気配を、息を殺し
「たしかに従兄弟同士、交流を持ってもおかしくはないな」
「ご理解いただけて幸いです」
シグルドが知る限り、パルキス王国の王太子の座は空いていて決まっていない。
第一王子が成人する際に相応しいか判断され、その後正式に立太するのだ。
だから、訪問は「王太子」ではなく「従兄弟」として
王女が一緒なのも「従兄弟同士の交流」のため
けれど「従兄弟同士の交流」が目的ではないことくらい、ここにいる誰しもが理解している
そっとレオリードがシグルドへ視線を向けると、シグルドはかすかに眉間にしわを寄せ
「アランディールが王太子となることはないが?」
釘を差すようにシグルドが言うと、アイルは心外だと言わんばかりに驚いた素振りをみせ
「それはフォーレスト王国がお決めになることで、我が国が口を出すことではありません。我が国としては、ミリアリザ王妃殿下がつないでくださったご縁をより強固なものにしたいと願うだけでございます」
にこりと微笑むアイルから「将来の国王同士の交流を」との思惑が透けて見えるのは、フォーレスト王国側の考えすぎだろうか?
隠し部屋のなかで、レオリードは「こくり」と喉を鳴らす
空調は整っているはずなのに、握りしめた手にはじっとりと汗が滲み
気づかないうちに、息を詰めていて
視線を少しさげれば、リネアラも険しい顔つきでアイルを睨むように見つめていて
「ふむ」と、シグルドは思案するように視線を動かし
「あいにくとアランディールは国内を視察中。戻ってくるのは夏季休暇が終わるころだが」
「素晴らしい!快癒されてすぐに国内を視察され自国のことを理解なさるなど、アランディール殿下はフォーレスト王族の鏡でございますね。よろしければ、母君の祖国であるパルキス王国へもぜひお越しください」
言外に「そちらも夏季休暇が終わるだろう」と断ろうとするも、アイルはわざとらしいと思えるほど大げさにアランを褒めるばかりで
「我が国といたしましてはアランディール殿下のご予定に合わせる所存。どうぞお聞き入れくださいますようお願い申し上げます」
また恭しく頭を垂れるアイル
どうあっても訪問を受け入れさせようとしているとしか、思えなかった。
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