先輩とか友達とか、知り合いは、大事にしよう
つい、机を蹴ってしまって、コップが倒れ、お茶が机から、床へと流れ落ちてしまった。それをハガルは真っ青な顔色のまま、魔法で、零れたお茶だけを綺麗に消してしまう。
「知らないのは当然です。あなたが赤ん坊の頃ですよ。だいたい、その頃、ルキエルは復讐なんて考えてもいません。ルキエルはただ、初めて出来た友達アクサを喜ばせたくて、貴族の子になるように、手助けしただけです」
「とも、だち?」
「そうです。アクサは、ルキエルの初めての友達です。ルキエルが一方的に、そう決めていました。いつかはまた会える、と思って、でも、再会を諦めた友達です。そういう友達、いっぱいいたでしょう」
「………ああ、いた」
母親が生きている間、たくさんの別れがあった。皆、ルキエルに助けられ、また会いに来る、と言って、二度と、来なかった。
唯一、会いに来たのは、平民ダクトだ。ダクトもまた、次兄ルキエルにとっては、かけがえのない友達だろう。
それは、アクサもだ。偶然の再会だったのだろう。それでも、アクサが覚えていたから、ルキエルは喜んだはずだ。ダクトの時も、そうだった。
ダクトとアクサの違いは、家族ぐるみの付き合いがあるかどうかだ。ダクトは、家族ぐるみで付き合いがあったため、ルキエルの後ろ暗い秘密を知っていた。だが、アクサは、そうではないから、ルキエルの見せかけの姿しか知らなかっただろう。
「それじゃあ、ルキエル兄は、泣くな」
実際には泣いてはいないだろう。傷つくだけで、泣いたりしない。
俺が、父親に騙され、次兄と父親の情事の事後の後始末を手伝った時、ルキエルは泣いた。末の妹レーリエットだけでなく、俺も、ルキエルは必死に守ろうとしたのに、そういうことがわからなかった俺は、ルキエルが喜ぶ、父親に言われるままにした。
だから、父親のことが大嫌いだ。俺は、父親のせいで、ルキエルの庇護から外れた。
「アクサは、ルキエルが妖精憑きだということも、貧民街の支配者の子だということも、ルキエルと再会した頃、知りませんでした。爵位を受け継いで、気狂いとなった母親から聞いたという話です。皇帝襲撃の首謀者だということは、私が話してしまいました。アクサは、その事実を知っても、ルキエルに会いたいと訴え続けましたが、許可出来ませんでした。ルキエルが傷ついて泣くとわかっていましたから、私は隠しました」
「じゃあ、ルキエル兄は知らないままだよな。ルキエル兄、妖精憑きの力を濫用しないから、アクサのことを調べたりしないだろう」
「ダクトが台無しにしてくれました」
「どうして?」
「ダクトが、海の貧民街にいる、王都の貧民街出身の娼婦を調べてほしい、とアクサに頼んだんです。そこで、アクサは男娼をしているルキエルと再会しました。そこで、ルキエルは父親の娼夫であったことアクサに告白したんです」
こ、これは、また、意外な所で伏兵がいたな。よりによって、平民商人ダクトがやらかしたか。
次兄ルキエルは、皇帝襲撃の後、秘密裡に釈放され、海の貧民街で暮らしていた。そこでは、王都の貧民街の支配者の娼夫、という肩書を使って、身売りをして、日銭を稼いでいたのだ。その噂を聞き付け、ルキエルかもしれない、と思った奴らは、海の貧民街に向かった。
平民商人ダクトは、自分で行けばいいのに、何も知らないアクサに頼んだという。
「あいつ、何やってんだよ!!」
「後で、ダクトはアクサから制裁を受けています。それから、アクサはダクトに怒りを持っています。それは、私にもです。だから、私はアクサとは距離をとられています。アクサは、一度怒ると、なかなか、許してくれない人なんです」
「いや、距離とるって、仕方ないだろう。あんたは筆頭魔法使いで、アクサは、子爵だぞ。身分が違い過ぎる」
「アクサが王都に別邸を持っているのはご存知ですか?」
「知ってる。俺が生まれてから、皇帝襲撃まで暮らしてた屋敷だよな」
「やはり、アクサに案内されましたか。アクサなら、そうするでしょうね。ルキエルにも、そういうことをして、泣かせましたから」
「距離とられてるって、アクサのこと、詳しいな」
「あの別邸、今では、私は入れません」
「………は?」
「アクサが海の貧民街にいるルキエルと再会するまで、私はあの別邸に入れました。しかし、ルキエルと再会すると、私だけでなく、ダクトも、あの別邸に入れなくなりました。あの別邸は、見た目は普通の屋敷ですが、邸宅型魔法具なんです。あの別邸の主人はアクサです。アクサの意志一つで、人の出入りまで制御されます」
同じようなこと、貴族の学校でもあった。双子の王族姉弟の襲撃者が逃亡をしようと四方八方に散っても、邸宅型魔法具の防衛によって、同じ場所に出されていた。
あの屋敷が邸宅型魔法具だとは、俺は知らなかったが、腑に落ちた。あの屋敷にいながら、俺たち家族は貧民街の支配者である父親に恨みを持つ者たちに襲撃されることはなかった。まず、あの屋敷に近づくことすら出来なかったのだろう。だから、父親は、母親や次兄ルキエルを屋敷に閉じ込めて、守ったのだ。
「アクサは、寄宿学校では、心が広い男として有名です。ですが、一度怒らせると容赦のない男としても有名でした。大概のことは、アクサは気にしません。ですが、アクサを怒らせると、手が付けられなくなり、たくさんの怪我人を出したこともあったそうです」
「そんな感じだな」
襲撃者の手足を容赦なく笑顔で斬り落としていくアクサのことを思い出して、頷く。あいつは怒らせちゃいけない。
「そうやって、外にぶつけてしまえば、アクサは怒りを納めます。ですが、私やダクトに対する怒りは、そういう外にぶつけて解決出来るものではありません」
「ダクトに制裁したって」
「アクサが怒ると、ただ一発殴る程度では済みません。同じ寄宿学校に通っていたオクトから聞きましたが、とんでもない事となったそうです。同じようなこと、私とダクトにアクサはしませんでした」
「ま、まあ、ダクトはともかく、ハガルには出来ないだろう」
帝国最強の妖精憑きである。ハガルを殴ったら、アクサは生きていない。
「ルキエルが、私とダクトを許したからです。だから、アクサは手を出さなかっただけです。ですが、怒り続けています。私としては、これ以上、アクサを怒らせたくないというのに、今回、護衛任務を命じました。そのせいで、アクサとロイドが会うこととなって、また、アクサは怒ったでしょう。これ以上、私はアクサに嫌われたくないのにぃ」
つまり、ハガルも子爵アクサとお友達になりたいわけである。
だけど、ハガルとアクサが友達になることは不可能だろう。だって、ハガルはアクサの上司だ。どうあがいても、上下関係が出てしまう。
そういうものを抜きにして友達関係になりたいなら、まず、アクサを騎士から外さないといけない。そうすれば、アクサは一貴族となる。だけど、アクサはどうしても、野放しに出来ないから、騎士を辞めさせられないのだ。
「無理だな」
「ロイドはいいですね!! ルキエルの弟だから、無条件で好意を持ってもらえて!!!」
「あんただって、ルキエルの友達として、強く出ればいいだろう!!!」
「やってますよ!!! なのに、アクサに躱されます。茶飲み友達になりたいのにぃ」
「そんなの、俺とかが付き合ってやるから、我慢しろ」
「い、いいのですか?」
「だいたい、あんたと俺は同い年、アクサは年上だろう。まず、歳からいって、友達になりえない」
「で、でも、私はルキエルの友達です」
「じゃあ、友達の友達でいいだろう。それは、アクサも認めてるし」
そう、アクサはハガルから距離をとったんだけど。友達の友達、とはアクサの中では決まっているのだろう。アクサはアクサで、ひねくれてるな。
「ロイド、おかわりありますよ!!」
「食べる!!」
そして、いつも通り、俺は筆頭魔法使いハガルに餌付けされた。
忘れた頃に、辺境の伯爵ブンガロから、茶会の招待状を貰った。ブンガロの養女エリッサが、目出度く、王都の貴族の学校を次席合格したというお祝いだとか。
「ロイド様、一緒に行きましょう!!」
同じ招待状を男爵令嬢サリーに貰っている。
俺はブンガロから、サリーはエリッサからの招待状である。ここに、ブンガロとエリッサの確執が見え隠れする。
「お前が行くなら、俺も行こう」
そして、当然のように、俺の長兄ライホーンにも、エリッサ嬢から招待状である。ブンガロ、どうにかして、エリッサとライホーンをくっつけたくないんだな。そんなことしなくても、ライホーンには、そんな気は欠片ほどもないから。
「まさか、私まで招待されるなんて」
嬉しそうに笑っていう筆頭魔法使いハガル。あっれー、ハガルって、簡単に一貴族の茶会に参加していいの? ダメだろう!!
「僕は関係ないと思うんだけど」
伯爵オクトもブンガロから招待状を貰っている。お前がライホーンとエリッサ嬢の縁を結ぶ茶会を開いたんだから、関係者だよ。
というわけで、一部は馬車、一部は騎馬で、招待状で示された場所まで移動なんだけど。
「なあ、幻を見てるのか?」
「あの時は暗かったから、道まで覚えてなかったなー」
長兄ライホーンは目をこすったりして、地図で示された場所にある邸宅を何度も見て、首を傾げた。
俺も、夢かなー、なんて頬を軽く叩いたりして、見直したけど、現実だ。
そこは、いつぞや、子爵アクサに案内された、アクサが所有している別邸である。
今でこそ、アクサの別邸だが、その前は、俺たち家族が暮らしていた屋敷だ。皇帝襲撃を行った王都の貧民街の支配者の持ち物ということで、解体することとなっていたが、ハガルが秘密裡にアクサが所有する土地に移築したのだ。
その事実を俺は、アクサに案内されるまで知らなかったが、それをライホーンに教えなかった。もう二度と、ここに来ることはない、と思っていたからだ。アクサも、二度と、ここに俺と連れて来ることはないような空気になってたし。
なのに、茶会の招待状にある地図は、ここだと示している。えー、まさか、この屋敷、ブンガロが買ったの?
色々と、まずい歴史がある屋敷だ。俺の反応を見て、アクサ、手放したのかもしれないなー。
ところが、屋敷の前で、茶会の準備をしているアクサと、平民商人ダクトがいた。
「お前たち、何してるの?」
「え、もう、時間!!」
「まだ準備中だよ!!」
「もう、お客様が来てしまったじゃないか。アクサ、どうしてくれるのかな?」
「すみません、先輩!!」
子爵アクサは、伯爵ブンガロに深く頭を下げた。
何が、どうなってるの? 俺は、アクサを顎で使うブンガロを見て、目を白黒させた。
「いえ、我々が早く来過ぎてしまっただけです。気にしないでください」
早速、長兄ライホーンがいい顔する。こいつ、外では、いい奴なんだよな。
「ライホーン様、お待ちしていました!! こちらに座ってください!!!」
まだ、準備中の席に、茶会の主役であるエリッサが、ライホーンを引っ張っていく。俺たちは、目にも入っていないな。
「ロイドくん、ぜひ、僕の隣りに座って座って」
「う、うーん、俺は、末席がいいなー」
伯爵ブンガロに両手で俺は引っ張られるのだけど、軽く抵抗する。エリッサちゃんの婿、ライホーンでいいじゃん。エリッサちゃん、年頃の顔して、ライホーンと話しているよ。こういうのは結婚する本人に決めさせたほうがいいよ。
「ろ、ロイドくんは、先輩とは、どういう関係なのかな?」
そこに、色々と疲れた顔をしている子爵アクサがすり寄ってきた。
「まあ、色々とあったんだよ。そういうアクサは、ブンガロとどういう関係なんだ? 先輩後輩って、学校の?」
「先輩には、昔、むちゃくちゃ世話になったんだよ!! 世話になりすぎて、恩返しに、この別邸を無償で貸し出すこととなったんだ」
「おや、アクサはロイドと知り合いだなんて、知らなかったな」
「ロイドは、友達の弟なだけですから!! そう、知り合い、知り合いだよね!!!」
笑顔で話しかけるブンガロに、アクサはもう、戦々恐々としている。迂闊なことは言わないように、言葉を選んでいる。
「お久しぶりです、ブンガロ様」
「久しぶりだけ、オクトくん。貴族会議以来だね」
「先日の報告は、素晴らしかったですね。辺境の繁栄は、ブンガロ様のお陰ですね」
「そういえば、君とアクサは、寄宿学校の同級生なんだね」
「同級生なだけですよ。こいつ、僕の約束破った上、転校先も教えてくれなくって」
「オクト!!」
伯爵オクトが、アクサを悪く言うから、アクサが焦って、間に入った。
「あ、あの時は、そんなに仲良くなかっただろう!!」
「僕は、君のこと友達と思っていたよ。なのに、一人、寄宿学校から逃げやがって。君が転校してから、大変だったんだから」
「仕方ないだろう!! 俺は、爵位受け継いだせいで、借金まみれになって、王都にもいられなくなったんだから」
「僕に相談してくれればいいのに、よりによって、ブンガロ様に相談するなんて」
「寄宿学校通したら、そうなっちゃったの!! 先輩、そういう困った時には、力になってくれる人だから!!!」
「どうせ、君と僕は、知り合い程度なんだよ。ブンガロ様、こいつ、知り合いなのに、領地戦の時、僕に泣きついてきたんですよ!!!」
どんどんと立場を悪くする子爵アクサ。相手は爵位が上なのもあるが、オクトは、アクサのこと色々と知り過ぎている。
伯爵ブンガロも知らないことだったのだろう。驚いていた。
「あの領地戦の時、僕には声がかからなかったよ。終わってから知ったな」
「辺境は遠いからーーーーー!!!!」
「水臭いな、君と僕の仲じゃないか。次はどこに領地戦を仕掛けるんだい? 次こそは、僕も力になろう」
「しないからーーーーーーー!!!」
「お礼にこの別邸を譲ってくれればいいよ」
「絶対に売らないからーーーーーーー!!!」
「借金、全て返済出来ていないというのに、ここだけは手放さなかったね」
「いつも先輩には感謝してますうーーーーーー!!!」
いいようにブンガロに揶揄われる子爵アクサ。
「え、ブンガロ、領地戦には声かけてもらえなかったのですか!! 私は、アクサに色々と頼まれましたよ!!!」
何故か、そこに、筆頭魔法使いハガルが参戦する。それには、ブンガロ、笑顔だけど、微妙に顔を引きつらせている。
「アクサが色々と違法ギリギリなことをしていましたが、借金もありましたし、見逃しましたよ」
「ハガル様、そういうこと、言わないーーーーーー!!!」
「アクサの立場を高くするために、侯爵位だってあげたんです。ブンガロ、実際は、アクサのほうが爵位は上ですよ。アクサをいじめないでください」
「それもこれも、僕がアクサにそれなりに融通したからだよ。僕のお陰で、アクサは円満な領地運営が出来たんだよ。横領する代官も、逆らう領地民も、私が引き受けて、従順で能力の高い領地民をアクサに提供したのは僕だ」
「領地戦で騎士団を出動させる条件をでっちあげたのは私です」
「でっちあげてないよーーーーーーー!!!」
色々と、後ろ暗い所業が茶会が始まる前に暴露される子爵アクサ。そっかー、色々と、後ろ暗いこと、アクサもしたんだなー。
そんな泥沼を離れた場所で見ている平民商人ダクトは呆れていた。
「なんで、ダクトがここにいるの?」
大騒ぎで、俺の存在は蚊帳の外になったので、騒ぎの輪から抜け出して、ダクトに話しかけた。
「茶会をするから手伝えって、仕事投げつけられた。あいつの実家に頼めばいいのに、その先輩貴族に関わらせたくないんだと」
「それで、ダクトに? アクサとダクト、仲良しなんだな」
「仲良くない。親とか親戚同士、あとは、商人として繋がっていて、その関係で、昔から顔見知りなだけだよ。俺もアクサも、嫌いだから」
「どうして?」
「そんなの、理由なんてない。嫌いなんだよ。アクサに聞いても、同じ答えを返すぞ。昔から、ずっと、そう」
「けど、こういう時は、手伝うんだ」
「お互い、困った時には、それなりに力になってるからな。ここの土地、俺が勧めて、アクサに買わせたんだけど、金がないというから、俺が金を貸したんだ。踏み倒すと言ってたけど、きっちり返してくれた。そういう、貸し借りがいっぱいあるんだ」
「そうか」
腐れ縁というやつだ。嫌いあっていても、何かと縁が続いてしまっているのは、身内とか、そういう柵があるからだろう。
「なあ、どうして、海の貧民街に、アクサを行かせたんだ?」
「お前、それ、誰に聞いた」
「ハガルに聞いた」
この話、ダクトにとっても、言いたくない事なんだろう。気まずそうな顔をする。
「後で、アクサに殴られたんだってな」
「俺は、アクサはルキエルのこと、それなりに知ってると思ってたんだ。まさか、何も知らないなんて」
「そうか」
ダクトは、アクサも色々と知っているものと思い込んでいた。親しかったから、そう思ってしまったのだろう。
「ほら、さっさと準備終わらせないと、アクサの立場が悪くなってくるぞ」
「お、おう、そうだな」
俺はダクトの背中を押した。
アクサは、暴露合戦の中心で、どんどんと追い込まれていた。もう、茶会前から台無しだな。
だけど、主役であるエリッサは、周囲に騒ぎなんか気にせず、長兄ライホーンに一所懸命話しかけ、ライホーンも、笑顔で答えていた。あそこだけ、別世界だな。
俺は、騒ぎから一番離れた席に座った。その側に、男爵令嬢サリーが座った。
「わたくし、ロイド様が育てた貴族の子が今どうしているか、知っていますよ」
「え? え? サリーお嬢さん、何のこと?」
「ハガル様でも、全ての貴族の子を見つけられませんでした。その子たちが今、どうしているか、わたくし、知っています」
「そ、そっかー、でも、それ、内緒ね、内緒」
「どうしようかなー」
俺も、気をつけよう。アクサのこと、笑って見ていられなくなった。




