お家騒動は、海を越えてやってきた
王族の双子の姉弟は、一度は城へ送り届けたのだ。きちんと皇帝と公式で謁見して、お行儀よくご挨拶した。そのまま、帝国では皇族と同じように城で過ごすはずだった。
「サンセはロイド様と一緒に暮らしているなんて、ずるい!!」
「僕も、ロイド様と一緒に住みたい!!」
王族なんだけど、まだまだお子様である。皇帝アイオーンの前でも、ついつい、本音を吐き出してしまう。
王国から一緒に来たお供の皆さんは頭を抱えた。よりによって、公式の場で、王族の姉弟が子ども丸出しにしたのだ。大人たちは大変だ。
「ロイドのことをそこまで気に入っていただけるとは、帝国としても喜ばしいですね、アイオーン様」
「ロイドは、私とハガルの友人の弟なんだ。立場は貧民と誉められた男ではないが、帝国には忠誠を誓っている。が、さすがに君たちのような幼い子どもをロイドの元で過ごさせるわけにはいかない。ここは、帝国の持て成しで我慢してほしい」
「も、もちろんです!!」
「良かったですね、ネメス様、ネイス様」
王族の姉弟が何か口に出す前に、お供の皆さんがその場を誤魔化した。
「お前らは城で大人しく、勉強していなさい。まずは、貴族の学校の入学試験に合格することだ」
リスキス公爵の血族サンセもきちんと口添えする。
「べ、勉強」
「そっか、勉強かー」
当初の目的を思い出した王族の姉弟は表情を暗くする。
王族なんだから、勉強は当然のことだ。誰が次の国王になるかわからないので、そういうところはしっかり教育されているはずなのだ。
なのに、王族の姉弟はそこから急に元気がなくなったという。
これを見て、何か勘が働いたのか、筆頭魔法使いハガルが、王族の姉弟に簡単に試験を行ったのだ。
妖精の目を力づくで戻された俺は、また、意識を飛ばした。あの激痛を一か月の間に二回もするなんて、とんでもないよ!!
ちなみに、リスキス公爵の血族サンセは対称試験として、妖精の目を装着するのは、しばらく様子見してから、となった。サンセは、俺が悶絶して苦しむ様を見て、さすがに笑っていられなかった。ほら、未来のサンセだから。
前回同様、俺はそのまま、公爵家の離れに運び込まれると思っていた。ところが、俺は、無理矢理、ハガルに叩き起こされたのである。
「永眠させてくれ!!」
まだ、鈍痛が残っている。起こされた俺は叫んだ。この痛みは馴れるとか、そういうのじゃない。拷問だよ!!
そこは、いつもの筆頭魔法使いの屋敷にある客間である。一応、地下から地上へと運んでくれたわけだ。適当なソファに寝かせてはくれたんだな。俺は叫びながら飛び起きた。
そして、俺の向かいに、王族の姉弟が驚いたように立っているのを視認することとなる。うん、両目とも、見えるな。
「ハガル様、どういうつもりだよ!!」
絶対に厄介事だよ。俺はもう、礼儀とか、そういうのはかなぐり捨てて叫んだ。
「ロイド、落ち着いてください。ほら、怖がっているではないですか」
「っ!?」
俺が横になっていたソファに、義体に憑いた母サツキが座っていた。うわ、俺、サツキの膝枕で寝てたのかよ。恥ずかしい!!
恥ずかしいところを見られていた、という事実に、俺は顔を真っ赤になるのを自覚する。仕方なく、ソファに座り直した。
「えーと、どういうことなの?」
「ロイドは怒っていませんよ。寝起きでちょっと混乱しただけですから。ほら、座ってください」
「説明して!!」
「ロイドも黙ってください。事情はわたくしが聞きましたから」
「俺は聞いてないよ!!」
俺が意識飛ばしている間に、勝手に話が進められていた。
俺の意識とかがはっきりしてくると、リスキス公爵の血族サンセがいることも認識出来た。サンセは、怯える王族の姉弟をソファに座らせた。
「ロイド、調子はどうですか?」
いつもの笑顔で筆頭魔法使いハガルが部屋に入ってきた。給仕は珍しく、使用人にやらせている。リスキス公爵の血族サンセがいるから、ハガル、やりたくないんだな。ハガルにとって、サンセはお気に入りではないのだ。力の強い妖精憑きはお気に入りを囲うために色々と尽くすのだが、そうでない相手には冷たい。
なのに、俺に対しては、筆頭魔法使いハガルが給仕である。部外者がいる前で差別やめてぇ。
「わたくしはいらないのですが」
義体に憑いているだけで、実は死霊であるサツキは、使用人の給仕である。サツキが死霊であると、王族の姉弟は知らないんだから、黙っておけよ。
使用人が退出して、ハガルがまるで定位置のように俺の後ろに立った。俺の両肩に、ハガルの柔らかくて華奢な両手が置かれる。
「これから、ロイドとサツキ、サンセの三人が勉強を見ることとなりました。しっかり、上位クラスになれるほどの学力をつけるように」
「どういうことだよ!!」
俺はいうよ!! ここで教師役なんて、聞いてないよ!!!
そんな反抗的な俺を冷たく見下ろすハガル。あ、これは、まずいやつだ。俺はすぐ、口を閉ざして膝を見下ろした。逆らったら、何かされる。
「ご、ごめんなさいぃー」
「ご迷惑、おかけしてぇー」
そして、王族の姉弟が泣き出した。それを見て、批難の視線が俺に集中する。
「もう、ロイド、可哀想ですよ」
「貴族の学校に通う年頃といったって、ガキなんだから」
「すんません」
「落ち着いたようですので、事情を説明しましょう」
貧民の俺が教師役にされるほどの事情は、仕方のないことだった。
国王には、それなりの弟妹がいた。何かあった時のために、と側室にも子がいたのだ。王族の姉弟は、側室腹の国王の弟妹の子であった。
側室も色々だ。それなりの貴族の娘だけでなく、それなりの商家の娘もいたという。王族の姉弟とは商家の血筋でもあった。だから、親は王族から商家の分家となったのだ。王位継承権なんて関係ない立場となった。その子どもとして育ったので、王族の姉弟はまあまあ裕福な育ちであったが、政略結婚の道具となることは決まっていた。ほら、王族の血筋だから、箔付けには使える。
王族の姉弟は、だから、余計な教育をなされなかった。下手に知恵をつけてはいけない、と立場をわからせ、最低限のことを教え込まれたのだ。読み書き程度で、血筋だけの存在として、屋敷の隅っこで過ごしていたという。
ところが、戦争で国王の第一王子と王太子が戦死したことで、この王族の姉弟の立場は放置できなくなった。急遽、王族の姉弟は王族として、城に保護されたのだ。
国王としては、より優秀な男児を跡継ぎにしたかったわけである。幼いほど、やり直しが出来る。その中で、一番、若かったのが、王族の姉弟であった。
「俺に一目惚れしたって話は嘘かー」
俺はそれを聞いて、安心した。良かったー、王国の奴らに追いかけまわされたら、身が持たないよ。
「い、いえ、一目惚れです!!」
だが、それを王族ネメスが即否定してくれる。俺の印象、悪くなっているはずなのに、顔を真っ赤にして、うるんだ目で俺を見てくる。うわ、若いから、威力が強いよ!!
「わ、わたくし、港で、あなたに一目惚れしました」
「ネメスとネイスは、元は、、海の商家に世話になってたんだ。お前たちが帝国に帰る時は、派手に見送っただろう。その時に、たまたま見たんだと」
「わたくしだけではありません!! あの場に居た女性の皆さんは、ロイドに一目惚れしました!!!」
とても熱い告白に、俺はあらぬ方へと視線を反らした。もう、俺、外と中も穢れちゃってるから、こんな純真な目を向けられると、耐えられない。
「アルロも、貴族の学校では、告白とかされていましたよ!!」
「そういう情報、いらないよ!!!」
死んだ父親の若かりし頃の話なんて興味ないってのに、母サツキは笑顔で言ってくれる。
「わたくし、頑張りますので、ロイドが勉強を教えてください!!」
ここぞとばかり迫ってくる王族ネメス。
「愛の力で、乗り越えてもらいましょう。採用です」
「勝手に決めるなよ!!」
筆頭魔法使いハガルが真面目な顔で頷くけど、俺は絶対に乗らないからな。
「ずるい!! 僕だって、ロイドに教えてもらいたい!!」
何故か、王族ネイスも参戦する。
「なんで、弟のほうまで。まさか………」
それ以上、口にしてはいけない。王族ネイスが男好きだなんて、ここで言ってしまったら、俺は不敬罪で殴られる。
「あらあら、ネイス様ったら、ロイドの持ち物の複製品なんか持っているのですね。その短剣は、ちょっと作りが甘いですね」
「複製品だけど、威嚇くらいにはなるから、とやっと手に入れたんだ。本当は、剣が良かったけど、僕には大きすぎるから、と却下されたんだ。ねえ、ロイド、僕も勉強頑張るから、体術と剣術の先生になってよ!!」
これまた、純真な目を向けてくれる王族ネイス。やばり、こんなふうに見られたら、穢れた俺は溶けちゃう!!
「いいなー、ロイド、男にも女にももててー」
羨ましがるハガル。お前なんか、その平凡な見た目の偽装を外したら、男女問わず狂わせるだろう!!
「普通、姉に悪い虫がつく、と毛嫌いするものだろう」
見るからに、この姉弟は仲良しだ。弟としては、姉に不埒な男なんて近づけさせたくないものだ。
俺もそうだった。次兄ルキエルには、男も女も近づけたくなかったな。けど、あの人、綺麗だから、勝手に寄ってくるんだよな。兄ルキエルに内緒で、闇討ちしたー。
そういう偏った経験から、王族ネイスの反応には戸惑う。
「ネイスも、最初は、ロイドのことを嫌ってたんだが、武勇伝を聞いて、考えを変えたんだ」
「お前が余計なこというから!!」
「あははははは」
リスキス公爵の血族サンセが大笑いする。こいつが言ったのは絶対だ!! 何やってくれてんだよ!!!
「お陰で、ネイスが帝国に留学する気になってくれて、楽だった。ロイドには悪いが、王国側としては助かった」
「王国からぽんぽんと出すなよ!!」
「この子たちは、出すしかないんだ。王国では、真っ先に暗殺されてしまうからな」
サンセは優しい顔で、王族二人を見て、軽く肩を叩いてやる。ネメスとネイスは、暗い表情となって、サンセに身を寄せた。
「第一王子と王太子が死んだことで、王位継承権の問題が浮上した。最初は、国王の娘に婿をという話だったんだが、他にもそれなりの王族はいる、と貴族どもが擁立したんだ。その中で、この子たちは、王族でありながら、どの貴族にも見向きされなかった」
「だったら、黙って、隠れていればいいだろう」
「王族の暗殺が起きたんだ」
「っ!!」
話は、血なまぐさくなった。
王国では、最有力であった王族二人を無くしたことで、次の有力な王位継承者を誰にするか、と貴族間で揉めに揉めた。
国王が表だって決めてしまえばいいのだが、病床の身であるため、それも出来ないという。
今は、貴族の中の王族と呼ばれるリスキス公爵が表だって、国王の代理を務めているが、王位継承については、見守る宣言をしたのだ。
この中で、一番、有力で、正当なのは、リスキス公爵の子や血族たちである。下手の王族よりも、王族としての血筋の正当性は、リスキス公爵家が高いのだ。実際、過去に、リスキス公爵家は、問題のある国王に対して、王位簒奪をした歴史がある。
そのリスキス公爵家は、真っ先に、王位継承の争いには傍観を宣言したのである。それは、リスキス公爵の血縁も全てだ。
そうなると、残るは、王位継承権を持つ、リスキス公爵家以外の王族たちである。
次の国王となれば、擁立した貴族の将来は安泰である。野望だってある。
そうして、王族を旗頭に、貴族どもが表に裏に争ったわけである。これに、期待もされていない王族ネメスとネイスは巻き込まれたのだ。
たまたま、リスキス公爵の血縁サンセが、ネメスとネイスを引き取った商家で一時帰国の世話になっていた時、暗殺者がやってきたのである。
まさか、リスキス公爵家の血縁がいるなんて、貴族たちも、暗殺者たちも思ってもいなかった。暗殺者は、盗賊殺しという悪名まで持っているサンセによって生け捕りにされたという。
リスキス公爵家は、この次期国王を決めるレースで熱くなりすぎた貴族どもに激怒した。
「我が家は、この二人の王族の後見となる」
そう、宣言して、ネメスとネイスをリスキス公爵の屋敷で保護したのだ。
相手は、貴族の中の王族であるリスキス公爵家。こんな家に手を出せば、王国民を敵に回すこととなる。
だが、それでも黙っていない貴族はいる。
「リスキス公爵家は、王位継承に関して、口を出さないと宣言したじゃないか!!」
「そうだそうだ!!」
「だったら、リスキス公爵が、次の国王を決めればいいだろう!!!」
こんなことまで言われた。
リスキス公爵家の発言力は強い。だからこそ、傍観を宣言したのだ。リスキス侯爵家は、王位継承権を持ってはいるが、一貴族の立場を貫いたのである。
だが、リスキス公爵の血縁サンセが巻き込まれてしまった。もう、傍観していられなくなったのだ。
仕方なく、双子の王族を留学という名目で、帝国に出すこととなった。そのため、サンセは、王族二人が留学する間、帝国への親善大使を病床の国王に命じられたのである。
「戦争で第一王子と王太子が戦死したばかりに、酷い目にあいましたね」
双子の王族に、憐憫をこめていう母サツキ。それを聞いていた俺とリスキス公爵の血縁サンセは背筋が冷たくなった。
その、第一王子と王太子を嵌めて戦死させたのは、母サツキである。戦争に打ち勝ったのも、母サツキが卑怯な方法で、敵国を後ろから攻撃して、白旗をあげさせたのだ。
「本当に、戦争とは、不幸ばかりまき散らしますね」
筆頭魔法使いハガルは、サツキに同調する。お前は裏から母サツキに手を貸したよね。お前の魔法で、敵国の無防備となった後ろに帝国の戦力を転移させたのは、ハガルだよ!!
戦争のことは、一切、口外してはいけないこととなっている。これ、妖精の契約で口止めまでされているのだ。戦場に行って、その契約を施されたのは、俺とサンセである。
ハガルは契約を施す側である。帝国最強の妖精憑きの口を黙らせる人間なんていないよ。
サツキは、見た目は普通の人であるが、実際は義体に憑いた幽体である。まず、契約が届かない。
嘘ばっかり言いやがって。母親と魔法使いのどす黒い裏をこの時、確かに見た。
「でも、ロイドにこんなに近くに会えるなんて、嬉しいです!!」
「わたくしも、まさか、勉強を教えてもらえるなんて!!」
うわっ、眩しい!! 純真な目を向けて笑う双子の皇族姉弟。こんな穢れ一つない二人に、本当のこと言えない。お前たちに同情している二人は、とんでもない悪人なんだよ!!
「では、勉強の件、よろしくお願いしますね」
「あの、わたくしは、その、向いてなくて」
「俺も、その、無理ー、かなー」
「お袋はともかく、サンセは逃げるなよ!!」
俺は相手が上だといえども、サンセに向かって噛みついた。
「お前、帝国では貴族の学校の臨時教師だろう!!」
「あれは、王国史で、ただ、話しているだけだ。人に教えるというのは、向いてなんだ。ほら、俺、天才だから」
「自慢か!!」
「頭がいい人は、わからない、というのが、理解出来ないんです」
「お前もか!!」
「えへへへへ」
サンセを擁護するようなことをいう母サツキだが、こいつも、天才なんだよ!!
「セキラから聞きましたよ。ロイドは、貴族の学校の勉強会で教師役をしてると」
「サリーお嬢さんも、天才だから、教えるのが下手なんだよ。だからって、天才全てが下手なわけじゃないからな。ルキエル兄も天才だけど、バカな俺には懇切丁寧に教えてくれたんだからな」
天才全てが、教えるのが下手なわけではない。
「では、ロイドに教師役、お任せしますね」
「わかったよ!!」
どうせ、俺は筆頭魔法使いハガルの奴隷だ。命じられたら、犬のようにワンと吠えないといけない。




