武道大会の裏側は色々と起きる
選手の待機場には、選手と一部関係者しか入れないこととなっている。私も入れないのだが、そこは金を握らせれば、簡単だ。あと、私は貴族だから、見た目だけで、入れてくれる。
中に入れば、随分とガラの悪い男どもで溢れていた。勝った負けたと煩い中、ルキエルを見つけた。
あんなに華奢な男だ。すぐに見つけられる。ほら、すぐに、ガラの悪い男どもに囲まれるからな。
「お前、随分と金を積んだんだな」
「次はそうはいかないぞ」
「さっさと棄権しろ!!」
「それとも、ここで可愛がってやろうか」
華奢で顔立ちも綺麗ときている。男どもは妄想を抱くのだろう。
「まるで、俺がわざと負けたみたいな言い方だな」
ルキエルの一回戦の対戦相手がルキエルの前に立った。
「あんたも、もう引退だろう」
「さっさと諦めて、田舎に帰れよ」
「そうそう!!」
互いに、無意味に指を鳴らして凄みあう。見ている私としては、気分悪くなるな。過去に、ああいうのに囲まれたことがあるな、私も。
「えーと、この中で、俺に当たらないのは誰?」
そんな険悪な中、ルキエルは平然と、怒らせるようなことをいう。
「俺だ」
そして、ルキエルをここで痛めつけてやろう、と前に出てくる生贄。
ルキエルは瞬間、相手の懐に入るなり、足の関節を蹴って、後ろに倒れさせた。無様に倒れるわけがない男は、咄嗟に受け身をとりつつ、転がった。
それが良くなかった。ルキエルは相手の無防備になった腕をタイミングよく、体重をかけて踏みつけたのだ。
物凄い音をたてて、男の腕が折れた。
醜い悲鳴があがった。男は変な方向に折れ曲がった腕を抱えてゴロゴロと転がった。
「これで、俺に当たってないから負けていない、という言い訳は出来なくなった」
「てめぇ、ここで騒ぎを起こして、ただで済むと思っているのか!?」
「お前もやるのか? そのご自慢かもしれない足をへし折ってやろうか。お前たちは無駄に鍛えていて、柔軟性がないからな。簡単に折れる」
嫣然と微笑むルキエルに、怒りはあるも、騒ぎを起こすと失格となるかもしれないので、ぐっと耐えた。
舞台裏といえども、騒ぎを起こしたのだ。大会のために配備された警備たちがルキエルの元にやってくる。
「これはまた、やってくれたな」
「お前は、失格とする」
「多勢に無勢だったのに、俺が悪いのは、納得いかない。こいつら集団で、俺を脅してきたのに」
「だからって、骨を折るのは」
「俺が不正したって、こいつらが言ったんだ。だから、不正じゃないって、証明した。お前らだって、俺が勝ったなんて、おかしいと思ってるだろう」
「………」
そうなんだ。まず、立派な体躯の男の腕の骨をルキエルが折ったなんて、見ていないのだから、警備たちは疑っているのだ。本当は、仲間内で争って、その罪をルキエルになすりつけているのではないか、と。
これは、たくさんの失格者が出そうな感じだな。私は仕方なく、間に入った。
「そこまでにしなさい」
「ここは危険ですよ!!」
「下がってください」
「私も、昔は武道大会に一般参加して、予選通過したことがある。今も、現役で戦える」
見るからに貴族である私の身を心配する警備たちをその場から離した。
「あの子は、私の知り合いの子だ」
「そうなんですか。なら、棄権するように説得してください」
「このままでは、大怪我だけではすみませんよ」
ルキエルが貴族の関係者だと勘違いした警備たち。貴族の子の気まぐれで参加している、と思ったのだろう。あとで、問題にあがると警備たちは恐れた。
「心配ない。あの子は強い。それよりも、ここで失格はまずい。あの子は、皇族の友達だ。観覧席には、皇族がお忍びで来ている。問題を起こして失格と聞いたら、どうなることやら」
「そ、それは」
「し、しかし」
「万が一の時は、私が止める。そのために、私はここに来たんだ。安心しなさい」
「わかりました」
やっと、納得した警備たちは、持ち場に戻っていった。
まだ、騒いでいる中心に私が行けば、ルキエルが笑顔で私の元にやってきた。
「あんた、また、悪いことしたんだな!!」
「普通に話しただけだ。話せばわかる。ほら、お前たちも、無駄に騒ぐんじゃない。失格で退場になりたくはないだろう」
私が言ってやれば、渋々、引き下がっていった。
だが、骨折させられた男は、苦痛に顔を歪めながら向かってくる。仕方なく、私はルキエルの前に立った。
「よくも俺の腕を折ってくれたな」
「この子に喧嘩を売ったのは、お前が先だ。帝国で、黙っているのは、負け犬だ。この子は悪くない。負けたお前が悪いんだ」
「………わかった、妖精憑きを使ったな!!」
どうしても、ルキエルの実力が信じられない男は、別の方面を疑った。
納得いかないようだから、私はわざと、男の折れた腕をつかんだ。
「何しやがる!!」
「バカか。ここでは不正が出来ないように、魔法使いも配備されてるんだ。妖精憑きが手助けした場合、瞬時に魔法使いが動く。動いていない、ということは、そういうことだ」
「そ、そうだが、けど、こいつが妖精憑きだったら、それも可能だろう」
「まず、魔法使いなら、妖精憑きだと見破る。あんな場所で堂々と立っていて、魔法使いが動かないということは、この子はただの人だ」
負け犬の遠吠えが続く。確かに、ルキエルは野良の妖精憑きだが、上手に隠しているようで、魔法使いは動いていない。
「いい加減にしろ。お前は負けたんだ。さっさと出ていけ」
「テメェだって、負けただろう!!」
「そうだ。だから、俺はここで退場だ。悪かったな、坊主」
ルキエルの対戦相手の男は潔い。ルキエルの頭を乱暴に撫でると、まだ騒いでいるルキエルに腕の骨を折られた男を待機場から引きずり出して、そのままいなくなった。
「かっこいいな、あいつ」
ルキエルは、負けても潔い男に、尊敬の目を向けた。
一般枠はともかく多い。五回戦が終わる頃には、ルキエルは疲れて、私にもたれかかるように休んでいた。
「ルキエル、棄権したほうがいいんじゃないか?」
「いや、予選突破はしたい。そう、約束したんだ」
顔色を悪くしながらも、ルキエルは友達との約束だから、と耐えていた。
ルキエルの体力が底をついたわけではない。戦い方が特殊だから、疲れるのだ。
ルキエルは力がない。だから、相手の力を利用して叩き伏せるのだ。そのために、相手の動きをよく見て、計算して、最適な攻撃をするのだ。
ただ、ルキエルは一撃必殺である。
敵であれば、最小限の力で息の根を止めるのだ。そうでなくても、相手の骨を折ったりするほうが楽なのだ。
だけど、武道大会では、それをやってはいけない。一応、寸止めである。骨を折ったりしたら、まず失格になる。
だから、ルキエルは手加減をしなければならない。武道大会の対戦は、皆、知らない人である。実力がわからないから、ルキエルは物凄く集中して、気を付けないといけないのだ。
体力よりも、精神力が削られるのだ。ルキエルは、私にもたれかかって、目を閉じて、少しでも、頭を休めていた。こういう時を狙われたりするんだな。
私と同じく、関係者じゃない者たちが、私とルキエルの周囲を囲んだ。
「もう、すっかり疲れてるじゃないか。ここで棄権したらどうだ」
気持ち悪い笑顔で、私の隣りで休んでいるルキエルに話しかける。だが、ルキエルは休憩中なので、聞いちゃいない。
「邪魔をするんじゃない」
「あんたも、このガキを説得しろ。ここを無事に出られなくなるぞ」
「次は、賭博のイカサマか」
次の相手は、勝ち進んでもらわないといけないのだ。あの男に賭けたのだろう。そのために、万が一のことがあってはいけない、とルキエルを棄権させようというのだ。
私はルキエルを長椅子に横にして立った。
「どこの貴族の息がかかってるんだ?」
耳を傾けてやれば、親切にも教えてくれた。
聞いた途端、私は目の前の男を殴りつけ、倒れたついでに、腹をおもいっきり踏んでやった。
「私の前で、あの男の名を出すとはな。私は伯爵マクルス。飼い主に伝えろ。小狡いことをするんじゃない」
「てめぇ!!」
「やめろ!!!」
一人が私がどこの誰か知っているようで、仲間たちを必死になって止めた。
私はいつでも剣を抜き放ってもいいんだ。この場の人死にくらい、もみ消すのは簡単だからな。相手だってそうなんだろう。だが、一人の男が仲間たちに小声で囁いて、止めた。内容に、皆、真っ青になって、私から離れて、そのまま逃げていってしまった。
ルキエルの次の対戦相手は、何が起こったのか、わからない。ただ、私を相手にするのはまずいということだけは気づいて、その場を離れて行った。
一段落したと、振り返ってみれば、目を覚ましたルキエルが、怯えたように私を見ていた。
「る、ルキエル、その」
「あんた、やっぱり怖いヤツなんだな」
「普段は、きちんと話し合ってる」
私は膝をついて、ルキエルの手を握って、必死になって言い訳した。嘘だけど。ルキエルが見ていない所では、力づくである。話し合いなんか通じない世界で生きているのだ。
目の前でやられた事だ。ルキエルは信じない。
「お、俺は、逆らったりしないから」
「今回は、相手が悪い。相手の貴族と私は、仲が悪いんだ。たまにいるんだ。互いに嫌いあっているんだ」
これは本当だ。相手の貴族の名前を聞いて、私は腹が立ったのだ。あの男には、絶対に屈しない。それは、相手の貴族もそうだ。後日、相手の貴族から嫌がらせを受けることを覚悟した。
「そ、そうなの?」
「そうだ」
笑顔で言葉を重ねれば、どうにか、ルキエルの警戒が溶けてきた。この世間知らずなところが可愛らしいな。
やっと落ち着いたルキエルの隣りに私が座れば、また、ルキエルは私にもたれかかった。
「こんなにいっぱい戦わないといけないなんて、大変だな」
「数をこなしたから、馴れてきただろう」
「あんたがいてよかった。面倒事にならなくて、楽だ」
「こういうことは、私に相談しなさい。黙ってやるんじゃない」
「わかった」
やっと、ルキエルはいつものように私に信頼をこめて、笑顔を向けてくれた。
そして、次の対戦相手は、瞬間でルキエルに負けた。
予選突破が決定となった。そのまま連れて帰ろうとしたが、ルキエルは友人たちに会いに行くという。
「わかった。なら、私はお前の幼馴染みの店の奥で待ってる」
「わかった」
顔色が良くないから、心配だが、ルキエルは笑顔で離れて行ったので、私は見送るしかなかった。下手についていくと、ルキエルが不機嫌になるからな。
待機場を出ていけば、帰る人でごった返しになっていた。ここをルキエルは上手に抜けていったのだ。そこは、妖精憑きの力を使ったのだろう。
あれほど目立つ男だ。皆、ルキエルを探している。声をあげて、名前を呼んでいるが、誰も、ルキエルを見つけられない。私だって、どこに紛れ込んだのか、なんて探してみたが、結局、見つけられず、ルキエルの幼馴染みの父親が商っている店に到着した。
「伯爵様、お久しぶりです」
ルキエルの幼馴染みであり、店主の息子ダクトが私を見て、深く頭を下げる。
「ルキエルがここに来る。奥の部屋を使わせてやってくれ」
「待ち合わせですか?」
「そんなものだ」
ルキエルが武道大会に出場したことを知らない様子だ。ダクトはルキエルのことを幼馴染み以上に見ている。知っていれば、まず、ここで店番なんかしていない。
だから、あえて、私は話さなかった。
店の奥へ行けば、店主が帳面を見ていた。私を見て、慌てて立ち上がった。
「座っていていい」
「何か御用ですか?」
「ルキエルがここに来る。出迎えてやってくれ」
「それは大変だ!!」
店主は慌てて、店の外へと走っていく。あの店主は、ルキエルのことを敬っている。ダクトは”ルキエル”と呼ぶのに、店主は”ルキエル様”だ。私よりもルキエルを上に置いているのだ。私の知らない何かを店主はルキエルに感じているようだ。ルキエルを私より上に扱っていても、私は気にしない。表向きは、ルキエルは貴族の娼夫だ。だが、実際は、私がルキエルの情夫だ。私はルキエルに全てを捧げている。
それは、あの店主もだ。店主は、ルキエルのことを主人のように見ていた。
私が奥の部屋で休んでいれば、店内が騒がしくなった。ルキエルが店に来たのだ。
店員二人に支えられ、真っ青なルキエルが部屋にやってきた。私は慌ててルキエルの体を支えた。こんなに華奢で軽いのに、大の男の腕の骨を折るのだ。
私の腕の中に入ると、ルキエルはすっと意識を失った。それをたまたま見てしまった店主は慌てた。
「い、医者を」
「妖精憑きには医者はいらない。疲れたんだ。休めば治る。今日は、ここで一泊させてやってくれ」
「もちろん、いつまでも休んでいってください。ご一緒しますか?」
「………そうだな」
どうせ、店主はルキエルの父アルロの元に使いを出しただろう。こんなルキエルを見たら、大変なことになる。私は騒ぎを小さくするために、その場に残った。
しばらくすれば、やはり、ルキエルのことを心配したダクトが部屋にやってきた。ルキエルがベッドで横になって眠っている傍らに私がいるので、ダクトは軽く頭を下げた。
「気を使わなくていい。私がいないほうがいいだろうが、この通りだ」
ルキエルは私の手を握ったまま眠っていた。振り払えばいいのだが、それで起きてしまうことがあるので、私は動けないのだ。私は出来るだけ、ルキエルを優先するようにしている。だから、私はベッドの側で座っていた。
ダクトは無表情ではあるが、私に向ける目には、嫉妬が混ざった。ルキエルとダクトは幼馴染みの関係だ。しかし、妖精憑きであるルキエルの周囲は常に乱されている。それは、ダクトもだ。
ルキエルの目の前では、ダクトは幼馴染みをしている。しかし、ルキエルが眠っている時は、ルキエルのことを特別に見ている。こんなダクトだが、婚約者がいたりする。きちんと、律する力を持っているのだ。
「見た限り、怪我はないようですね。伯爵様は、ルキエルが武道大会に出場すること、知っていましたか?」
「今日、知った。たまたま、ルキエルの父親の元に行って、知ったんだ。これから、父親が来て、大変なことになるぞ」
「お手伝いします」
邪魔したいんだな。手伝うと言って、私とルキエルを二人っきりにしたくないだけだ。後手に回って、悔しいのだろう。
普段は、平民街の、しかも、城の近くにある場所になんて、ルキエルの父アルロは近づかない。しかし、今回は、ルキエルのためだけにやってきた。
殺気まで立ち昇らせてやってくるアルロに、ルキエルの幼馴染みダクトは動けなくなる。ダクトは鍛えているといえども、しょせんは平民仕込み程度である。化け物には敵わない。
アルロは勢いでルキエルを連れ去ろうとする。それを私は蹴って止めた。
「疲れてるんだ。寝かせてやれ」
「こんなベッドでか!? ルキエルのベッドはもっと、寝心地のいいものだ!!」
そうだな。私も使ったことがあるから知ってる。ルキエル、貧民貧民と言ってるけど、実は、むちゃくちゃいい生活してる。食事も、使っている道具も、全て、いい物だ。それは、ルキエルの母サツキが生きていた頃からずっと続いている。
アルロは、サツキのことを心底愛していた。だから、貴族の令嬢であったサツキのために、出来る限りのいい暮らしを作ったのだ。その行為は、サツキの子にまで続いている。
私はまた、アルロの足を蹴ってやる。
「蹴るな!!」
「お前は口で言っても止まらないから、こうやって、蹴るしかない。ほら、お前が煩くするから、起きそうだ」
「起きたら、連れて帰ればいい」
「お前の都合で決めるな。ルキエルは望んでいない。だいたい、お前が負けるから、ルキエルがこうなったんだ」
「っ!?」
実際、そうなので、アルロは悔しそうに口を噤んだ。
「私だったら、上手にルキエルを説得したというのにな。もっと前に、私に相談してくれれば、どうにかしてやった」
「家族の問題だ。お前には関係ない!!」
「金だけ渡して、あとは子どもたち同士でやりくりさせておいて、何が家族だ。子育ては金では解決出来ないことばかりだというのに、お前は仕事に逃げて、偉そうなことをいうな」
「お前なんか、養子じゃないか!!」
「我が家はいいんだ。優秀な跡継ぎが必要なんだ。お前たち家族とは違う。一緒にするな」
「くそっ」
口では勝てないアルロは、舌打ちした。だから、私はまたアルロの足を蹴った。
「蹴るな!?」
「お前には他にも子が四人もいるだろう。ルキエルはこの通り、無傷が確認出来たんだ。さっさと帰って、そっちの世話をしてこい!!」
「わかったから、もう蹴るんじゃない!!」
そして、アルロは大人しく、帰っていった。
私とアルロのやり取りをただただ見ているだけだったダクトは、口をあんぐりとあけて呆然となっていた。
「え? どうして?」
「普段は恐ろしい男だが、実際は、不器用な男なんだ。作っているんだよ」
皆、アルロのことを恐ろしい人だと見ている。仕事の上ではそうなんだ。だが、こうやって親しくなると、その本性が出てくる。
あれが、本当のアルロだ。不器用で、仕事に逃げてしまう、残念な男なんだ。




