敗者に賭ける男
二日目は貴族の学校の予選である。一日目は帝国中から集まる一般枠であるが、二日目は王都の貴族の学校という狭い空間である。投票で決められた奴ら数人と、将来は騎士を目指す真面目な奴ら数十人の参加である。普通にトーナメントだから、そんなに時間がかからないときている。
組み合わせは当日発表である。次兄の友人である商人ダクトに、色々とせっつかれたが、俺は洩らさなかった。
「こういうのって、真ん中と端は実力者という話だな」
「俺とサンセは実力者枠かー。サンセはいいけど、俺は実力、実際には表に出したことがないんだよなー」
「貴族の学校の生徒なんて、大したことがないだろう」
「バカっ」
余計なことをいうサンセ。こんなトーナメントを見に来る奴らは、参加者に決まってるだろうに。一気に、周囲は殺気立つ。俺は余計なこと言ってないのに、サンセの仲間扱いなんて、納得いかん!!
というわけで、高位貴族って、空気読めないから、無駄に敵を作ってくれた。やっぱ、サンセも育ちいいよなー。
トーナメントを見ると、明らかに、俺とサンセを最後まで当てないようにしているな。この組み合わせ、くじ引きで決める、という話だけど、絶対に操作したよね。俺とサンセが端っこって、おかしいって。
「あなたがたは注目馬なのですから、初日で当てるわけがないでしょう」
様子を見に来た筆頭魔法使いハガルが、野次馬とか、見物客を解散させて、側にやってきた。
「ハガル様、どうか」
「お願いですから」
「どうか、口添えを」
ハガルの後ろを商人たちがくっついている。ハガル、そういうのは、どっかに置いてこいよ。邪魔だよ。
関係者以外ー、ではないから、トーナメントは一般公開なんだよな。誰だって、見たい試合はあるから、それを選んでは、去っていく。商人たちも、トーナメントを見て、慌てて去っていった。俺は一番手だな。
「二、三回で予選通過ですか。盛り上がりに欠けますね」
もっと戦え、みたいに言ってくるハガル。動くの俺たちなのにー。
「俺は忙しいけどな。試合試合の合間に準備時間があるけど、そこで、俺は乗馬だ。休ませてもらえないって、不利すぎだ。負けたらどうするんだよ」
選手は、休ませてもらえるのだ。だけど、俺は騎士役と一緒に乗馬である。休みがないって、どうなんだろう。
「聞きましたよ。王都の外では、普通に肉体労働もしていた、と。その程度の労働、大したことがないでしょう」
「ソウデスネ」
過去の所業がバレているので、俺は反論をやめた。ハガルの奴隷だから、ワンと吠えるしかないのだ。
組み合わせを確認したので、俺はさっさと会場に行く。開会の挨拶は一日目で終わった。二日目は面倒臭いのは抜きにして、すぐに本番である。
会場は、一日目が練習になったので、二日目は進行が滑らかである。
武道大会は、武器とかは自由である。一応、何を使うか、申請している。だいたい、騎士団を目指しているから、剣だな。過去には、短剣一本で、一般参加で予選通過したやつがいたんだよな。予選通過したけど、本選は来なかったという。そういう使い手、俺の知り合いにいるなー。まさかなー。
昨日はなかなか賑やかだったから、今日も賑やかだろうなー、なんて他人事みたいに見ていた。
「ロイド、頑張ってくださいね」
「まあ、努力はする」
珍しく、筆頭魔法使いハガルに応援された。選手の待合場所までついて来るのは、権力者だからだな。誰もハガルに注意しない。注意した途端、色々な意味で首が飛ぶからな。
一回戦の相手は、上級生である。真面目に訓練してる奴だな。物凄く緊張した顔して、俺を見ている。俺の力量を読み取ろうと、頑張ってるな。だけど、貴族の子息なんて経験値が足りないから、見ただけでわかるもんじゃない。
初々しいなー、なんて俺は腐った目で見てしまう。あの若者の年齢だった時は、どうだったかなー? こんな初々しさはなかったなー。
名前を呼ばれたので、俺は会場に向かった。
「ロイド、負けないでくださいね!!」
「努力はする」
手抜きをしてはいけないが、怪我をさせないように、が難しい。
とんでもない歓声である。普段は、ここ、体術剣術の授業で使われているだけで、だだっ広い場所なんだよなー。観覧席があるけど、こんな無駄なものをと思っていた。
無駄じゃないんだな。この時、活用されるのだ。
満席を越える観覧者に、さすがに俺も緊張した。それは、俺の相手もだ。あまりの人の多さに、真っ青になってる。
「来年は、ハガルの権力で、枠から外してもらおう」
今回もそうすべきだったが、遅すぎた。サリーのことだったら、サンセと一騎打ちでいいのにな。
だけど、これほどの目があるのだ。王国も文句は言わないだろう。
相手は抜き身の剣をかまえる。俺は、鞘に入ったままの剣だ。
「抜きなさい。ここで怪我をしても、すぐに魔法使いの治療がある」
「俺の愛剣、切れ味がすごすぎるから、あの鈍ら、斬っちゃうよ」
「なんだとっ!?」
審判から注意されたから、正直に言っただけなのに、相手を怒らせた。やば、俺も失言した。サンセのこと悪く言えないな。
審判から「始め!」という合図が下りるとともに、俺は駆けだした。
勝負は一瞬である。武器を持つ相手の手を鞘付きの剣で叩き、抜き身の剣を落とさせた。すぐに剣の刀身を踏みつけ、鞘つきの剣の先を相手の喉に突きつけた。
「そこまで!!」
勝負はすぐについた。俺はさっさと裏に入る。
「ロイド、勝ちましたね!!」
「当然だ」
「ですが、私は負けました。相手にかけたのになー」
「………は?」
筆頭魔法使いハガルは、小さい紙を俺に見せていう。その紙は、今回の試合の勝敗を賭けたクジである。それには、俺の対戦相手の名前が書いてあった。
「倍率がすごかったから、買ってみました。一攫千金って、難しいですね」
「何やってんだよ!?」
本当にそうだよ。ハガル、賭け事に参加してやがった。
いや、悪くはないんだ。ほら、帝国主導でやってるからな。娯楽だよ娯楽。だけど、帝国で二番目の権力者がやるってどうなんだろう。
「なんで俺に賭けないんだよ!!」
そこだよ。お前、どうして敵に賭けるわけ。こういう時は、俺に賭けるのが筋だろう。頑張れ、と言っておいて、実は負けろと祈ってたんじゃないのか!?
周囲で俺とハガルのやり取りを盗み見ていた選手たちが、ドン引きである。
「えー、倍率がすごかったから、いいではないですか。見てください。勝率はロイドのほうに寄っています。よほどのことがない限り、ロイドは勝利するでしょう。その、よほどに賭けました」
「あんた、今回の大会、何がかかってるか、知ってるだろう!?」
お嬢さんサリーの人生だよ。俺がここで万が一、負けたら、サリーはリスキス公爵家に嫁ぐことになるのだ。
「こういう勝敗は、最後は神の思し召しですよ。それに、ほら、サンセも同じようになるとは限りませんよ。サンセの対戦相手に賭けました。あ、次が始まりますね。次こそは当たるといいなー」
すっかり賭博に夢中のハガル。この人、最低最悪な魔法使い、と市井では呼ばれているが、本当だよな。
そして、次の対戦では、ハガルが賭けた選手が負けた。
一回戦が終わると、ちょっと休憩である。休憩なのに、俺だけは肉体労働である。また、騎士役と一緒に乗馬である。もう、これ、来年からなくそうよ。
「貴様、随分と余裕だな。これでサンセに負けても、言い訳が出来るな」
リスキス公爵がわざわざ、様子見に来てくれた。嫌味をいうが、それどころじゃないんだよな。このままだと、整理券が増える一方で、果てが見えないから、学校側と騎士団側が困って、話し合いしているのだ。
生徒会役員と教師まで来て、この人数をどうにかしよう、と話し合いが行われているのだ。
「やはり、人数制限をかけるべきかと」
「乗ったことがない、という帝国民が出てしまう」
「二回目お断りとするか」
「どうやって、二回目と判断するんだ?」
提案されるけど、それを対処する方法がないんだな。
「わたくしが受付に立ちましょう。二度目は排除します」
サリーが手をあげた。無茶苦茶な提案である。
「だから、その二回目をどう判断するのか」
「これまで来た人たちの顔、全て覚えています」
「その証明は」
「何故、証明をしなければなりませんか? セキラ様が二度目だと言えば、誰も反論は出来ません。こういう時こそ、権力を使うのです。皆さんは、平等を、と言っていますが、相手側は平等ではありません。少額でも出来ることに、味をしめているだけです。ここで、毅然とした態度をとらなければ、悪習となります。皇族の権威を今こそ、見せつける時です。セキラ様、一緒に排除しましょう」
「う、うん、わかった」
サリーは怒っていた。我慢の限界なんだ。もう、これ以上は大人しくしていたくないのだ。
リスキス公爵は、初めて見るサリーから目を離せなくなっていた。皇族エリカの肖像画をちょっと幼くしたら、こんな感じなのだ。俺だって、似ている、と思った。王国では聖女エリカ様として、教会に行けば、肖像画見放題である。見間違えることはないだろう。
俺はリスキス公爵とその周囲を警戒した。万が一の時は、馬を使って、サリーを連れて逃げる算段である。現在、武道大会の勝敗で決める、という話となっているが、これは両者が守るから成り立つのである。片方が無視すれば、成り立たない。
しかし、サリーは人前に出てしまっている。迂闊に、何も出来ないのだ。
サリーは受付に立つなり、本当に排除を始めた。
「あなたはすでに三回目です」
「いや、初めてだ」
商人のおっさんは言い切った。いやいや、お前は何回も見たぞ。
サリーは募金箱の蓋を堅く閉ざして、支払いを拒否する。
「これは、一人でも多くの方が体験するための催しです。今回のために、わざわざ遠隔地から来た方もいるでしょう。まずは、そういう人に席を譲るべきです」
「初めてだ。さあさあ、後ろも詰まっている」
「不幸な伯爵令嬢の話を理解していませんね。強欲が産んだ不幸ですよ」
「っ!?」
商人のおっさんは反論できなくなった。
この催しは、気楽なものから始まったわけではない。不幸な伯爵令嬢が受けた、数少ない優しさを体験するためである。だから、募金であり、少額でも体験できるのだ。
サリーは待っている体験希望者に向かって、声を張り上げた。
「これは、不幸な伯爵令嬢が、学校で受けた幸福の体験です。多くの方に体験してもらいたいのです。どうか、二回目以降の体験はご遠慮ください」
サリーがそう言えば、並んでいた希望者は半分以下に減っていった。しぶとく並んでいる人もいるだろうが、そこは良心に訴えてである。
しかし、納得いかない者がいる。
「だったら、どうして、その男の肖像画等の販売の独占を許すんだ!?」
商人たちだ。一人勝ちのような状況となっているから、我慢ならないのだ。
「複製品の制作には、働くことすら出来ない貧民の子どもたちを使って、救済をしています。利益だけを求めているわけではありません。きちんと、福祉となっているのです」
商人ダクトは、ただ、金儲けをしているわけではない。貧民を使い、適正の賃金を支払っているのだ。中には、商品にならない物だって入っている。そういうものもまとめて買い取ったりしていた。
だから、俺は文句はいうが、それだけだ。契約内容に、ハガルも何も言えなかったのだ。ダクトは今も、街中でしなびた花を売り歩く貧民から全ての花を買い取ったり、ちょっとした手伝いをさせて、小遣いと食糧を与えたりしている。
商人ダクトに恩を持つ貧民は多い。王都の商人だってダクトに苦情を訴えたりしただろうが、貧民たちがそれを許さない。だから、今もダクトは大腕を振って王都で商売が出来るのだ。
商人たちは黙り込んだ。反論が出来ないのだ。まず、儲けの手順が違う。ダクトは完全に福祉としている。しかし、商人たちは普通に商売とするつもりなのだ。
「商人の皆さんは、まず、話を持っていく相手を間違えています。ロイド様ではありません。販売権を持っている商人にきちんと商談として持っていくべきです。今回のことで、また、別の道が開けるでしょう」
サリーは笑顔でいう。えー、もう道が開くことなんてないと思うんだけど。だけど、サリーは違うものが見えるようである。ほら、サリーは物の見方が違うから。
小娘だが、サリーがいうことは正論である。商人たちは仕方なく、その場を去っていった。
「では、次の方、どうぞ」
まるで問題なんて何もなかったみたいに、笑顔で対応するサリーに、順番待ちをしていた体験者たちは驚いた。
「あの、いいんですか?」
「はい。不幸な伯爵令嬢が受けた幸福を体験してみてください」
「はい!」
こうして、文化祭の時よりも和やかな催しとなった。
無難に予選通過したのだが、問題が一つ残った。
「ハガル様、どうか、サンセに賭けないでください!!」
「いや、ロイドに賭けないでくれ!!」
本戦は翌日だってのに、筆頭魔法使いハガルの周囲は騒がしかった。リスキス公爵と侯爵マキラオが必死の形相で訴えていた。
「あそこまで外すのも、ある意味、才能だな」
「賭博はわざと外していると思ってたんだが、本当に外してたんだな」
サンセと俺は、ハガルの外しっぷりに、呆れた。
ハガル、一般参加の予選も賭けたんだ。ほら、一般参加は、よほど、名前が売れていない限り、倍率って、不透明なんだ。見た目とか、そういうので、倍率は決まる。だから、どっちもどっちだなー、という時もあるんだよ。
最初は、ハガル、一攫千金でも狙ってるのかなー、なんて思って見ていた。違うんだ。勘なんだよ。そして、全部、外したんだ。
つまり、ハガルが賭けた選手は、全部、負けたのだ。
外れて紙きれになったそれをハガルは大事にとっていた。記念なんだって。こんな外したのを記念に残すって、どうなんだろう。
「白熱しましたよ。この対戦なんか、甲乙つけられませんでした。接戦だったのに、負けてしまいました。残念です」
嬉しそうに笑って話すハガル。こいつ、賭博で勝ったことがないんじゃないか? そんな気がした。
「なあ、ハガル様って、賭け事で勝てたことある?」
そういう噂すら聞いたことがないが、試しに聞いてみた。
「ありますよ。随分と昔、見習い魔法使いだった頃に、武道大会の一般参加の予選では、全て当てて、一攫千金でしたよ」
むちゃくちゃ、嬉しそうに自慢するハガル。なんと、その時の対戦の紙を大事そうに持っていて、それを見せてくれた。
「友人が出てたんです。当時、お忍びで遊んでくれたアイオーン様と一緒に、賭けたんです。友人は、予選突破したんですよ」
見せられた紙は、本来、残らないのだ。ほら、賭博で勝ったんだから、これを金と交換するのだ。ハガルは、一攫千金、と言いながら、交換しないで、手元にとっておいたのだ。
俺は、声も出なかった。そこには、次兄ルキエルの名があった。
「それで、その友人は、優勝したのか?」
自慢で見せられても、誰も大したものと見ていない。だから、普通にその先を質問する。
「都合がつかなくて、本選出場は出来なかったんです。もし、優勝していたら、別の道もあったでしょうね」
「そう言って、優勝する自信がなかったから、逃げたんじゃないか?」
「そんなことありません。物凄く強かったんですよ。友人の倍はある大男を投げ飛ばしたんですからね。予選は、物凄く盛り上がりました。私と同じように、細身で、力もなさそうな男が、鍛えられた男たちを投げ飛ばしたり、持っていた大剣を飛ばしたり、すごかったんです。だから、本戦では、友人が来なかったので、盛り下がりました」
「そんなに、すごかったのか?」
俺は声が震えないように、ハガルに訊き返した。
「はい、すごかったですよ。友人は私に言いました。私を勝たせてやる、と。私は全て、友人に賭けました。そして、友人は約束通り、勝ちました」
ハガルは笑顔で頷いた。
「だから、サンセとロイドの対戦では、私はロイドに賭けます」
「っ!?」
俺は顔をあげた。ハガルはあの穏やかな笑顔を俺に向ける。
「信じていますよ」
「だったら、最初から、俺に賭けろよ」
ずっと、俺の対戦相手に賭けているハガル。説得力がない。
「だって、一攫千金を狙ってましたから。欲がからむと、負けてしまいます。友人の時は、純粋に応援していました。今だって、純粋にロイドを応援していますよ」
「………そうだな」
俺には賭けないが、俺が試合に出ると、ハガルは俺を応援していた。
「じゃあ、明日は全部、俺に賭けろよ」
「一攫千金を狙うので、そこは気分です」
その日の気分らしい。俺が言っても、ハガルは俺に賭けないようだ。それを聞いて、俺は苦笑するしかなかった。




