兄たちの意地の張り合い
サリーの欠席は、どうにかもぎ取った。ほら、サリーは若いお嬢さんである。まだ、貴族の学校に通い始めたばかりな上、社交にはほとんど出たことがない娘だ。そういうのを並びたてると、王国の賓客の前に出すのは、帝国としては失礼にあたってしまう。そこら辺を強く筆頭魔法使いハガルが出してくれた。
ちょっとした挨拶、とリスキス公爵が言い張ったって、サリーは男爵令嬢なので、恐れ多い相手である。
サリーが男爵令嬢と聞いたからか、リスキス公爵はそれ以上、強くは出なかった。
そして、ご挨拶という名目の面談である。場所は筆頭魔法使いの屋敷だ。あそこ、城内にありながらも、別空間である。筆頭魔法使いの私生活の場であるため、ちょっとしたお客様を迎え入れる程度の調度品が整っているだけである。
相手は王国の賓客である。給仕は使用人ではなく、筆頭魔法使い自らが行う。
まさか、ハガルが給仕するとは、リスキス公爵も思ってもいなかったのか、固まっていた。
「本来であれば、使用人や、それなりの者がやらせるのですが、今回は、私的の場です。私が手をふるいましょう」
そして、筆頭魔法使いハガルの実力の見せ場となる。
材料が目の前に並べられる。それぞれ、集まった客人の好みの茶だろう。そういうのも調べ上げて、ハガルは、それぞれの好みの茶を提供する。そして、菓子一つも目の前である。毒見までさせて、材料に問題がないことを示して、目の前で魔法を使って、一瞬で制作である。
ここまでされると、口をつけないわけにはいかないのだ。ハガルが調べ上げた、最高の持て成しを客は受けることとなる。
「今回は、場所の提供、ありがとうございます」
まずは、侯爵マキラオがハガルに礼を述べる。
「気にしないでください。リスキス公爵も、話せばわかる方です。無理難題は言い出しませんよ」
「私は王国のためであれば、無理難題を言いますよ」
しかし、リスキス公爵は黙っていない。きちんと持て成しを受けたが、そこまでだ。
「侯爵の末の妹を我が家にいただきたい」
回りくどいことはしない。弟であるサンセが世話になったお礼、なんて建前だ。誰もが、それを知っていた。
「何故、サリーですか? サリーは男爵です。身分的には、外交に使えません」
サリーの身分を盾にして、侯爵マキラオは拒否した。確かに、外交の手段としては、身分が足りない。
「昔から、身分の低い娘は、高位貴族の養女として、身分を釣り合わせるのは、よくあることでしょう。そこは、王国帝国、関係ありません。過去に国王が溺愛した奴隷を高位貴族の養女にして、身分を釣り上げたことだってあります。帝国とも王国とも友好的な、王国の高位貴族の一覧です」
「父上は絶対に許可しない。父上は、サリーのことを溺愛している。手元から離さないでしょう」
「だったら、父親のほうと話し合おう」
「その前に、段階を踏んでもらう」
相手が国賓といえども、マキラオはサリーのために強く出た。頑張ってるなー。俺の兄という理由だけでライホーンが隣りで見守っている。
「金も、地位も、ある。結婚相手は、次期リスキス公爵だ」
「兄上?」
何故か、サンセが口を挟んだ。
「大事な話をしている。黙っていなさい」
「黙らない。兄上は、実子がいないだろう。養子をとるから、結婚しなかった。なのに、まだ、養子すらとっていない」
「サリー嬢の婚約者が、次期リスキス公爵だ」
まだ、相手も決まっていないという事実に、怒りでマキラオを立ち上がった。
「ふざけるな!! サリーはゲームの景品ではない!!! 絶対に、サリーを渡さない。どうしてもというのなら、武力に訴えるがいい」
相手が王国の賓客といえども、マキラオは我慢しなかった。
大変なこととなった。このままでは、サリーのために、王国と帝国が戦争することとなる。そこまでサリーに価値があるのか? そこは、当事者が考えることだ。
外交問題に発展しそうなのもある。だけど、ここで、大事な話が抜けているので、俺が間に入った。
「発言の許可を」
「許可します」
まずは、この場の最高権力者であるハガルが、俺の発言の許可をくれた。
「サリーお嬢さんに結婚を申し込む場合、絶対条件がある。その条件を乗り越えた者でなければ、まず、父親は許可しない。結婚相手は、父親の手で殺されるぞ」
「随分と血気盛んな父親だな」
「外交問題なんか、どうだっていいんだ。娘の幸せが第一だ。そのために、罪を被ることも厭わない。命を捨てる覚悟のある奴は、何も通じないぞ。そんなの、国のためにならない。だったら、父親の条件を乗り越えろ」
「その条件は何だ。金か? 地位か? まさか、貴族のくせに、愛情なんていうんじゃないだろうな」
相手は男爵という低い地位だからだろう。リスキス公爵はせせら笑った。
「簡単だ。頭がよく、どこでも生き抜ける力もあり、父親よりも強い男だ」
「ならば、その父親を殺せばいいわけだな」
「やめたほうがいい。今も、可愛い娘が呼べば、領地から馬でやってくるほどの実力だ。襲ってくる盗賊の首を誰が多くとったかと競うほど、元気だぞ」
想像が出来ないんだろうな。首を傾げるリスキス公爵。暗殺なんか不可能だ。男爵マイツナイトは、ともかく強運である。過去にも、その強運で、襲ってくる勢力を潰したのだ。
サリーの父親のことまでは、調べられなかったのだろう。出来るはずがない。男爵マイツナイトは、情報を握る側だ。帝国中に散らばる情報で、マイツナイトのことを隠すことなど、簡単なんだ。
「もっと簡単な方法がある。マイツナイトは、いつも俺に言っていた。俺よりも頭がよく、俺よりも図太く、俺よりも強ければ、及第点だ、と」
「確かに、ロイドより上であれば、婚約申し込みを許可しよう」
侯爵マキラオも言ってたな、そんなこと。
リスキス公爵は、俺のことをじっと見た。俺の実力は、それなりだと読んでいるだろう。ほら、皇族の護衛なんて、簡単になれるわけではない。
俺はリスキス公爵の血族サンセを見る。サンセはわけがわからない顔をしている。
「ちょうど、貴族の学校では武道大会が開催される。俺とサンセは、投票で、強制参加だ。今、誰が優勝するかどうか、と賭博にまでなっている。色々と裏で動く。あんたの弟は、王国の盗賊殺しの貴族、と学校でも有名だ。間違いなく、狙われる。だが、それを切り抜け、大会で優勝すれば、マイツナイトも認めないわけにはいかないだろう」
そう言ってやれば、俺は長兄ライホーンと侯爵マキラオにギリギリと肩を掴まれた。
「何を勝手に」
「サリーを王国に行かせるなんて」
「痛い痛い痛い痛い!!」
「貴様、負けたらどうするんだ!?」
「今から、もう一度、その腕前を鍛え直してやる」
「なんでぇーーーーー!!」
自爆した。今更、長兄ライホーンに訓練されるって、拷問だよ!!!
「いいだろう、それで。サンセに勝てる男がいるとは思えん。サンセは、公爵家の化け物だ。貴族の学校では、常に首席だったぞ。父親の条件に、一番、近いと言えるな」
リスキス公爵は、弟自慢を始めた。あれ、こんな感じだったけ?
「俺の弟は、親父の才能を全て受け継いだ化け物だ。腕っぷしでは帝国一と言っていい。見た目もそうだ。親父に瓜二つの美形と、母親似の童顔だ!! サリー嬢と並んでも、違和感がない」
「どっちも、俺にとっては欠点だよ!!」
親父に似てることと、この童顔は、俺にとっては欠点だよ!! ライホーン、なんだかんだ言って、親父のこと大好きだよな。俺は大嫌いだけど。
俺を見て、リスキス公爵は鼻で笑い飛ばす。
「サンセは強いぞ」
「親父は過去に武道大会で優勝した。その親父の才能全てを受け継いだロイドが負けるはずがない。今から棄権しても、負けたことにはならないぞ」
「棄権なんかするものか!? それよりも、卑怯な手段をとって闇討ちなんかするんじゃないぞ!!」
「ロイドに闇討ちは無駄だからな。そういうの、馴れてる」
弟使って喧嘩するのはやめてー。
俺だけでなく、サンセまで呆れてきた。弟自慢から喧嘩って、どうなんだろう。
もう、サリーのことはどうでもよくなったな。お互い、ギリギリと拳を作って睨みあった。
「サンセ、今日から、私の元で休みなさい。敵陣に世話になって、万が一、毒なんか盛られたら、大変なことになる!!」
「あ、兄上、世話になっているお礼がまだ」
そういえば、そういう口実で集まったんだよね。建前が吹っ飛んだよ。サンセが突っ込んでいるが、誰も聞いていない。
「武道大会が終わるまでは、敵同士だ。ロイド、絶対に負けるなよ。負けた時は、どうなるか、わかっているだろうな!?」
侯爵マキラオがまた、俺の肩を力いっぱいつかんできた。痛いよ!!
こうして、武道大会が弟対決に変えられたのだった。
武道大会当日まで、憂鬱だった。何が憂鬱って、大会まで、離れに長兄ライホーンが泊まったんだよ。俺は夜遊びも出来ず、朝に夜にと訓練である。今更、鍛えたって、変わらないよ。
同じようなこと、リスキス公爵の血族サンセも受けてるんだろうな。あっちは、騎士いっぱい連れて来てたから、練習相手がいっぱいだー。
武道大会って、三日に分けるんだ。まず、一日目は、一般参加である。ほら、騎士になりたい奴らが帝国中から集まるのだ。
ちなみに、武道大会って、王都だけで開催されているわけではない。各地でされているのだ。そして、騎士になりたい奴は、あっちこっちの武道大会に参加する。どこで優勝しても、本物の騎士との手合わせは出来るのだ。だからか、武道大会って、開催日程が各地でずれているという。知らんけど。
というわけで、一日目は一般参加の足きりである。上位十名くらいまで、減らすという。そして二日目は、貴族の学校に通っている生徒と教師である。こちらも、上位十名まで減らすのだ。そして、三日目が一般参加と貴族の学校に通っている生徒と教師による対戦である。ここで優勝すると、騎士になれるかもしれない。絶対になれるわけじゃないんだ。腕前がないといけないから。だから、現役騎士と腕試しをするのだ。
武道大会三日間が、貴族の学校の授業はお休みである。また、文化祭みたいに、お祭り騒ぎとなるのだ。この出店とか、そういうのは、文化祭時と同じものが並ぶ。
そして、俺は武道大会に出場するっていうのに、また、馬に乗っている。
「おいおい、大丈夫か?」
リスキス公爵の血族サンセが、心配そうに声をかけてくる。俺は作った笑顔で客を見送っているところだった。
「順番に並んでくれ。整理券も配ってる」
「お前、明日、大会だろう!!」
「んなもん、関係ないんだよ。これも投票で決まったんだから!!!」
ちくしょー!! こんな恥ずかしい催しは二度とやるもんか、と心に決めたというのに、やらされるとは。
王都中において、武道大会での催しものの希望を集めたのである。ほら、屋台とか、記念品とか、そういう希望を先に集めておいたほうが、商人たちも助かるだろう。そういう軽い気持ちなんだ。
ところが、その希望の中に、文化祭で行われた騎士役との乗馬、というのが紛れ込んだ。
最初は笑い話だった。笑い話で、まあ、こういうのもあったよー、と中間発表したんだ。それを見た、帝国民たちは、この笑い話を実現させよう、と投票しやがった。
さて、ここで、文化祭で行われた騎士役の乗馬、と書かれている。実は、貴族の学校で好評であったため、市井の学校でもやったんだよ。馬はね、あまりいいのは使わなかったんだ。騎士役は、まあまあ見た目のいい子使ったんだ。得票数もすごいから、これでいっか、と市井の学校にお願いしたわけである。
市井の学校での騎士役の子が大泣きして拒否した。
貴族の学校の乗馬と比べられて、散々なことを言われたんだ。貴族の学校の騎士役は、補佐なしで馬を走らせた、かっこよかった、優しかった、馬が立派だった、いい匂いがした、等、言われたという。市井の学校の騎士役の男の子は、見た目がよくて、モテモテだったという。よくある、「他とは違うんだ」と天狗になっていたんだが、騎士役の一件で、自尊心をズタズタにされたのだ。
冗談票なんだから、やめればいいんだ。商人たちは、お願いしたのである。
筆頭魔法使いハガルに。
お忍びで市井で遊び歩いていたハガルに、顔見知りの商人とかが頼み込んだのだ。最初は、無理だからー、なんてハガルも断ったのである。
そこで登場したのが、ハガル好みの女の子である。商人の娘で、見た目が絶対にハガルの好みだ、という女の子を差し出してきた。
ハガルは女好きで女遊び大好きなんだよなー。有名なんだ。
見た目がハガルの好みで、性格もこう、お淑やかで可愛い女の子だとか。ハガル相手に怯えちゃって、泣きそうな顔で頼まれたので、ハガル、頷いちゃったんだなー。
そこからは、ハガルの権力の濫用である。貴族の学校側が「イヤだよ」と拒否したって、ハガルは「貴族の学校の義務だから」と妙な理由をつけたのだ。
貴族の学校は、帝国運営である。貴族であれば、無料で通えるのだ。つまり、税金で運営されているのだ。そこのところハガルに突っ込まれ、流石に貴族の学校も拒否しきれなくなったのだ。
そして、俺には拒否権がない。俺はハガルの奴隷だから。
こうして、騎士役と楽しく乗馬の催しが実現したわけである。
こんなバカみたいな催しを手伝う俺を見て、最初はリスキス公爵の血族サンセだって笑っていた。しかし、帝国民の熱量に、怖いものを感じたんだな。そして、心配になった。
学校の授業が休みだってのに、生徒会役員は雑用である。帝国の騎士まで動員して、順番待ちの整理をしていた。これは、明日もやることになるなー。
「ロイド様、どうか、我々にも機会をください!!」
「お客様、勧誘はやめてくださーい」
「もっといい条件で契約します!!」
「おひねりはいけません。募金してくださーい」
「可愛い子を紹介しますよ」
「はい終了!! 整理券貰って、明日か明後日に来てください!!」
「諦めるもんかーーーー!!!」
どうにか俺の肖像画の販売権を手に入れようと、商人どもが無駄に足掻いている。
さっきの奴、今日で二回目だぞ。そーうーかー、従業員に並ばせて、何度も接触してきてるんだなー。あったまいいなー。
他にも、衣装とか、武器とか、馬具とかの売り込みがきたんだなー。ごめん、全部、次兄ルキエルの手作りだから、いらない。
営業が三割で、きちんとしたお客様が七割って、どうなんだろう。募金箱がもういっぱいだよ。無駄な営業努力してるよな。俺は絶対に許可出さないからな!!
俺は反省した。俺の肖像画とか、持ち物の複製を販売する契約に、色々と制約をつけたのだ。ハガル監修だから、穴はないよ。俺だったら、絶対に穴が出てくるけど、ハガルなら間違いはない。ほら、毎日、有象無象の宮廷人ども相手に渡り歩いているんだ。商人なんて、ハガルの敵じゃないよ!!
俺は他所行の笑顔で対応する。もう、馴れた。
「やったー!! アタシの番だわー!!!」
「なんでお前らがいるんだよ」
中央都市の貧民街で支配者代理をしているはずのリリーベルとその一行が並んでいた。あんまりにも人が多すぎて、気づかなかったよ。ほら、視線を探るのは無駄だから。殺気だけ警戒してた。
いかつい男なんだけど心は乙女のリリーベルは、仲間と一緒にきゃっきゃうふふとはしゃいでいた。
「ロイド様と乗馬なんて、滅多に出来ませんから!!」
「遠くで見て満足したかったのですが、やはり、賑やかしは必要と参加しました!!」
「募金、奮発しましたからね!!」
目きらっきらさせていう部下たち。いい奴らなんだよな、こいつら。親に捨てられたり、親と死に別れしたり、酷い親だったり、とガキの頃は苦労したんだ。苦労していた所を俺は親父の金で勝手に保護して、育てて、教育して、鍛えて、で、こうなった。
先頭がリリーベルである。あ、馬がさすがにリリーベルを乗せるのを拒否しやがった。抵抗がすごいなー。
「しっかたないなー」
俺が下りて、リリーベルを乗せた。俺とリリーベルの二人乗りがダメなんだな。どっちかだと、馬のほうが妥協した。
「俺が馬を引いてやるよ。落ちるなよ」
「こわーいー、ゆれるー」
体幹はいいんだよな。体を気持ち悪くくねくねさせているが、リリーベル、しっかりと座っている。手綱も握ってないよ。ちょっと駆け足でも、問題ないな。
距離が決まっているのだ。俺の馬引きで、それなりの距離を歩いて終了である。
「もう終わりだなんて、降りたくないー」
「いやいや、降りろよ。後が詰まってる」
「リリーベル、降りろ。俺だってロイド様と乗馬したい」
「そうだぞ」
「降りろよ」
最後は、力づくである。リリーベルが抵抗したって、数の暴力にはかなわない。無理矢理、馬から引きずり降ろされるのだ。ついでに、日頃、何かうっぷんでもあるのか、リリーベル、蹴られたり殴られたりしていた。
「ロイド様、いたいー」
「よしよし、後で撫でてやるからなー」
「やったー」
気持ち悪い品を作って、リリーベルはやっと順番待ちから離れて行ってくれた。リリーベルの行先を見てみれば、整理券をぶんどってたよ。明日も来るのかー。




