人選は、慎重にしよう
「絶対にイヤ!!」
俺が王国の戦争に参加することを話すと、お嬢さんサリーは強く拒否した。
「サリーお嬢さんを連れて行けない。王国に行くだけならいいが、戦争は危険だ」
「ロイド様の側を離れるなんて、イヤです!! セキラ様は皇族だからと一緒に行けるなんて、卑怯です!!!」
「いや、俺がセキラ様に同行させられるんだよ」
言い方が違う。俺は強制的にセキラの同伴者である。サリーの言い方だと、逆になっちゃうよ。
侯爵マキラオは筆頭魔法使いハガルから命じられて、泣く泣く、サリーを説得するのだが、サリーは聞き分けない。泣きながら、俺にしがみついてくる。
「サリーお嬢さん、遊びで行くんじゃないんだ。仕事なの、仕事」
「わたくし、役に立ちますよ。これから王国の勉強をします」
本気だ。サリーはその化け物じみた頭を使って、戦争に参加しようとしている。
しかし、戦争って、内戦とは違うのだ。内戦は、互いの武力が同じようなものだから、実力が推し量れる。しかし、戦争って、情報が足りないから、何が起こるかわからないのだ。
実際、帝国王国は不利なんだ。戦争のやり方が、昔から変わっていない。だから、敵国は、帝国王国の戦い方が読める。しかし、敵国は、戦闘のやり方が進化していっているという。昔の情報を鵜呑みにして戦争をすると、大変な被害を出すこととなるのだ。
今回、サリーは役に立たない。情報をどれほど集めても、大昔のものである。進化した敵国の情報をサリーは読み切れないだろう。
「サリー、どうせ、戦争はすぐ終わる。今回は大人しく待っていよう。護衛だって、ライホーン殿がやってくれるという話だ」
そう、サリーの護衛を長兄ライホーンがすることとなったのだ。その話も、筆頭魔法使いハガル、侯爵マキラオの間でついていた。ライホーンも了承済みである。
他の誰かだったら、サリーは拒否しただろう。しかし、俺の兄だから、サリーも強くは言えない。
「で、でも、ライホーン様は、エリッサの婚約者です。わたくしの護衛をすると、エリッサから要らぬ疑いをかけられてしまいます」
「まだ、婚約者にもなってない」
サリーの中では、ライホーンと伯爵ブンガロの養女エリッサは婚約関係にある、と決め込んでいるが、実際は、そうではない。ほら、ライホーンは結婚する気がないから。現在進行形で、ライホーンは逃げている。エリッサは、そんなライホーンを隙なく囲い込みに入っているのだ。
不貞腐れるサリー。サリーとしては、エリッサとライホーンがくっついてもらわないと困るのだ。エリッサの義父ブンガロは、何故か俺を気に入っている。ブンガロは、俺とエリッサをくっつけたいのだ。もし、エリッサがライホーンとくっつかなかったら、ブンガロは絶対に俺を狙ってくる。あの伯爵、解毒出来ないくらいの毒気いっぱいだから、手段を選ばないんだよ。
「ここは、大人しく待ってろ。どうせ、戦争では、王国が勝つんだ。そこは絶対だ」
戦争なんて、帝国王国にとっては、皇族王族の箔付け程度だ。最後は魔法使いによって、敵国は一方的にやられる。長い歴史、ずっとそれの繰り返しだ。
「そうですが、政治が関わったら、それで終わらないでしょう」
サリーに読まれた。
単純な話で済まそうとした。しかし、サリーはよく勉強している。
王国のことではない。帝国のことだ。帝国の過去の歴史を全て、頭に叩き込んでいるのだろう。侯爵家は歴史が古く、それなりの地位と立場を長く維持してきた。蔵書を漁れば、大昔の歴史書も出てくるはずだ。帝国では大昔、貴重な書物を焚書されたというが、歴史書は、その対象外である。裏の歴史まで記されているかもしれない、日記のようなものまであるはずだ。
普通ならば読まない。かび臭い、文章だって古いのだ。まず、開いた瞬間、自尊心が前に出て、不要とするだろう。しかし、サリーの頭脳は化け物だ。ただ、物覚えのいい子ではないのだ。あらゆるものを分析し、災いを読み取り、災いの元を排除しようと、足を向けるのだ。
サリーは俺の足元をじっと見る。見えているんだ。戦争は、何かしらの災いを俺に降り掛かると、サリーは読んでいる。
俺はサリーを片腕で抱き上げる。
「これで、誤魔化されません」
「俺の兄貴は、いつも、これで誤魔化されてた、可愛い人だよ」
「っ!?」
俺は今も、次兄のことを特別に見ている。俺は次兄を抱き上げるなんてしない。あの人にとって、俺はいつまでも可愛い弟だ。
次兄が今も執着している相手は、もう、この世にいない。だけど、次兄は過去を夢見ているという。
俺はずっと、次兄の側で見ていた。どんなふうにすると次兄が喜ぶか、見て、知っていた。
サリーは次兄とは違う。だけど、俺はこうやって、サリーを次兄の身代わりのように扱う。片腕で抱き上げて、喜ぶサリーを見て、俺も嬉しくなる。
「セキラ様の側にいるから、俺だけは無事だ。それに、俺には、兄貴の妖精が付いている。兄の妖精は、妖精憑きでさえ殺せる、最凶の妖精だ。心配ない」
「政治の部分では、役立たずです。わたくしなら、力になれます。敵国の間者を見つけられます」
とうとう、売り込み出した。サリー、どうしてもついて来る気だ。
「サリー、どうか、ここに留まってくれ!!」
とうとう、侯爵マキラオが泣き崩れた。
「私は、本当に頼りない兄だ。だが、この身をかけてでも、サリーを守りたい!! 側にいてくれ。頼む!!!」
サリーは家族に弱い。泣き崩れるマキラオをどうしても斬り捨てられない。
俺はサリーをマキラオの側に下ろした。
「サリーお嬢さん、家族と過ごすのって、本当は一生の内、ほんのわずかだ。サリーお嬢さんと最も長く過ごすのは、伴侶となる夫だ。それなのに、サリーお嬢さんは男爵家にいるから、兄姉とは、そんなに一緒に過ごしていないだろう。サリーお嬢さんのことを心の底から愛して、守ろうとしてくれてるんだ。折れてやれ」
「………わかりました」
「本音言えば、政治の部分で、力を借りたいけどな」
サリーを同伴させる話もあったのだ。しかし、身の危険が高い場所だ。戦地では、女子どもはいない。そんな所に女であるサリーを連れて行くのは危険だと判断された。
戦地でも、俺はサリーを守る自信はあった。ただ、外交上で、問題となる。俺は貧民だからな。王国では、王国の法が動くし、周囲は王国民だ。同じ敵国と戦う仲間だと言われそうだが、そうではない。王国民は王国民、帝国民は帝国民である。仲間ではない。
余計なことをいう俺から、マキラオはサリーを引き離した。
「お前は、サリーの力を悪用するんじゃない!!」
「悪用じゃなくって、運用だって。使えるものは使うだけだ。でないと、名剣だって錆びる」
「錆びていいんだ!! サリーの魅力は、それだけじゃない。この可愛らしい姿を見てみろ!!!」
「知ってる。あと数年で、物凄い美人になる。マキラオも気をつけろよ。数年後、ここに、求婚の手紙がいっぱい送られてくるんだ。頭はいい、見た目もいい、侯爵の妹、ここまでの良縁はない。引手あまただ」
「私の審査は厳しいからな。まずは、貴様の頭と腕前に勝てることを最低条件にしてやる」
俺も日々、精進しよう。簡単に負けちゃうと、侯爵マキラオと男爵マイツナイトに叱られちゃうよ。
王国に行く数日前、俺は最終確認、と筆頭魔法使いハガルに呼び出された。
場所が、謁見室だ。えー、ここ、貧民には一生涯、無縁な場所だよ。まず、入城だって、本当はやっちゃいけないんだよ。
俺はいつもの通り、ハガルに手を引かれるままについて行っただけである。いつもの通り、地下に連れていかれれば、「なーんだ、今日も抜き打ち検査かー」なんて笑って納得したんだよね。ほら、王国から無事、俺が戻ってくる保障はないから、きっと、色々と調べられるんだろう。きっと、死ぬ前、死んだ後、の比較材料にするんだろうな、なんて軽く考えていた。
なのに、地下からどっかの隠し通路に入っていく。それには、経験があった。城へと繋がる隠し通路だ。俺はイヤーな予感をしながらも、そのまま口を噤んでついて行けば、人払いをされた城内に出て、謁見室に連れ込まれた。
すでに、先客はいた。見るからに身分が高そうな身なりの男が二人いた。ただ、この二人、仲良くなさそうだ。お互い、顔を背けて、距離までとっていた。そんな、同じソファーに座って、端っこに寄らなくてもいいだろうに。
向かいには、皇族セキラと。
「なんで、お袋がいるんだよ!?」
許可なく、俺は叫んでしまう。もう、許可とか、そういう問題じゃない。
一見すると、綺麗な女だ。身なりも貴族の女性のものを身に着けている。だが、実際は、子どもが五人もいる既婚者である。
見た目は若い女性だが、その体は魔法具である義体だ。俺の母サツキは、俺が物心つく前に死んだ。だが、その魂は未練でもあったのか、居残ったのだ。そして、今、筆頭魔法使いハガルの実験体となった俺のために、義体に憑いて、色々とお手伝いをしている。
黙っていれば、義体に憑いた母サツキは、そこら辺の女と見られるだろう。触った感触もそうだ。しかし、義体は義体である。その秘められた力は、人を越えている。
そんな危ない存在である母サツキが、明らかに賓客とわかる男二人と、皇族セキラの側にいるのだ。俺が叫ぶと、母サツキは悪戯っ子みたいに笑って、手を振ってくる。
「ロイド、お行儀が悪いですよ」
「本当に、親子なんですか!?」
「これはまた、若作りというか、なんというか」
「妖精憑きではありませんよ。これ以上は、女の秘密です。深堀するなんて、いい男がすることではありませんよ」
母サツキは、驚く賓客二人に、馴れたように誤魔化した。そりゃ、義体です、なんて言えないよね!!
義体の難点は、憑いたその人の一番、状態のいい時の姿にすることだ。母サツキは若い姿をしているのは、そのためである。
「ロイドの母親なのは、本当なんだ。驚いた」
俺の母親だからだろう。皇族セキラは、警戒を解いている。ハガル、サツキのことをどう説明したのやら。
俺はセキラとサツキの間にどっかりと座った。この二人を近づけるのは良くないな。
そして、この中で一番、身分が高いだろう筆頭魔法使いハガルは上座に座る。
「お待たせしました。今回は、こちらの都合で、王国の方々にはお待たせしてしまいました」
「それで、神からの許可はとれたのか?」
「魔法使いの派遣はどうなってる?」
賓客二人は、途端、睨みあった。上司が違う上、その上司同士が敵対関係にあるんだな。だから、賓客二人も敵対している。同じ王国民だってのに、政治は面倒臭いな。
「きちんと承諾はいただきました。こちらが証明となります」
綺麗な石を机の上に置くハガル。
「これを敵国側に投げれば、戦争可能となるわけか」
「そうですよ。大事な石ですから、我が国の者にやってもらいます。今回は、魔法使いだけでなく、皇族を同伴させます。こちら、皇族セキラが、開戦の儀式を執り行います」
「待て、それは王族の役目だぞ!!」
「我々が望むのは、魔法使い派遣までだ!!」
こんな時ばかりは、意気投合するな。賓客二人はハガルに向かって、嚙みついた。帝国で二番目の権力者に、怖い者知らずだな。
だが、ハガルは怒ったりしない。基本、ハガルは気にしないのだ。酷いこと言われたって、聞き流す。とても心が広いのだ。
ただ、我儘なんだよな。突然、気が変わったりするから、近くにいる奴らは振り回されるんだよ。そこが、力の強い妖精憑きなんだよな。時々、違法店を潰し歩くんだ。俺も清廉潔白に生きるようにしよう。吹っ飛ばされちゃうから。
皇族セキラは、王国側が怒り狂っているから、怯えて、俺の腕にしがみついた。それも、王国側をつけあがらせたのだ。
「こんな、弱い男を皇族だからと寄越すとは、随分と、王国を下に見られたものだ」
「まさか、その女も同伴させるのか。帝国は戦争をなくしたせいか、随分と甘くなりましたね」
この場にいるのだ。母サツキも同伴と読んだのだろう。
えー、そんなまさかー。俺はサツキを見る。サツキ、にっこりと笑って頷く。そっか、同伴するんだ。
「えー、お袋も行くの!?」
簡単に納得しちゃいけないよ!! 母サツキの義体は、戦争利用も出来るんだ。それを妖精が嫌ったから、帝国は義体を回収し、封印したのだ。
「サツキは参謀ですよ。とても頭がいいですから、王国でも役に立ちます」
「この女が?」
「その体で、男を惑わすのが上手いと見えるが」
「あら、お望みならば、本当の意味で、落としあげますよ。わたくし、技術はあるのですよ」
「やめろ」
俺は慌てて、母サツキを止めた。この女、とんでもないお転婆だ。
サツキは次兄と同じなんだ。力はないが、技術を持っているんだ。生身だと、ひ弱だったから、サツキはその実力を発揮できなかったのだ。しかし、義体はその弱点を克服出来る。今のサツキは、力と頑丈さがある。間違いなく、相手の意識を武力で落としてくれるだろう。
「ですが、子どもの喧嘩に親が出るのは恥ずかしいことです。喧嘩は、子どもにお任せしますわ。ロイド、頑張ってくださいね」
「はいはい」
結局、俺に丸投げか。俺は項垂れた。
ここまできて、やっと、賓客は俺に注目した。
「筆頭魔法使い殿、この男は、何者ですか?」
「この場にいるということは、この男も王国に来るのですか?」
「そうです。彼はロイド。セキラの護衛をしています」
ハガルが俺を紹介してくれた。俺は余計なことを言ってはいけないので、黙っている。
「若いのに、皇族の護衛とは」
「爵位は持っていますか?」
「いえ、彼は貧民です」
途端、俺に対する態度を悪くする賓客二人。それは、母サツキに対してもだ。
「貧民を寄越すなど、我々をバカにしているとしか思えない」
「どういうつもりだ!?」
そりゃ怒るな。どこの国でも、貧民は最底辺である。王国にもいるんだ、貧民。
ただ、王国と帝国では貧民の立場は違う。
王国では、貧乏なだけの人を貧民という。身分証あるなしではない。王国では、貧民といえども、それなりの保障は受けられるのだ。
しかし、帝国では身分証がない者を貧民と呼ぶのだ。貧民は、帝国の保障はないし、最底辺である。契約を破られても、貧民は泣き寝入りだ。それほど、立場は低いのだ。
王国でも、貧民と聞くだけで、蔑む。俺も久しぶりに、こんな風に見られて、思い出す。そっか、俺、本来は、こういうふうに見られる立場だ。やっぱ、ぬるま湯につかりすぎたな。
この場で一番の権力者であるハガルは首を傾げる。
「いけませんか? 戦争に行かせるのですよ。そういう者を選ぶのは、当然です。あなたがた、五体満足で戻せなかった時、どう、責任をとるのですか?」
「そ、それは」
「しかし、いくらなんでも」
「彼らであれば、五体満足で帰ってこれますから、心配ありません。保障します。それどころか、とても役に立ちますよ」
聞き方によっては、俺たち捨て石だな。別にいいけど。
皇族セキラ、俺、母サツキを見て、王国側も納得した。一応、皇族を連れて行くだけで、この使者二人も面目が保てる。しかも、見るからに捨て石だ。国家間の問題にならなそうだと見たのだろう。
ここから、俺と母サツキへの態度は悪くなるな。だけど、皇族セキラが常に側にいるから、迂闊なことはしないだろう。
「ハガル、だいたいのことはわかりました」
「貴様、筆頭魔法使い殿を呼び捨てで」
「貧民のくせに!!」
「サツキはいいんです。彼女は、私の友人の母親です。それに、彼女にも、友人にも、帝国は返しきれない恩があります。貧民だからと、いい加減に扱わないでください。本来であれば、彼らは、貴族になれるほどの手柄を持っています。ただ、彼らは貧民であることを望むため、爵位を受け取らないだけです。肩書だけで、その人を決めつけないように」
「一体、どんな手柄だ?」
「どうせ、口先だけで言っていることだろう」
「サツキは、先帝ラインハルト様を救ってくださった恩があります。帝国での困りごとがあると、ラインハルト様はサツキに相談していました。それほど、頭が切れるのです。あまりに切れ過ぎるので、彼女は表舞台に立たせられませんでした」
俺の知らない話だ。母サツキはただ笑っている。
先帝ラインハルトの代から、と聞いて、使者二人は姿勢を正した。
「私の友人は、妖精憑きです。今では壊れる一方の魔道具魔法具を製造、修理、整備が出来る唯一の才能持ちです。王国でも、今、恩恵を受けているでしょう」
「まさか」
「それほどの人の」
そして、俺とサツキの見る目が変わる。その身内である。
「気を付けてください。友人は、家族を大事にしています。逆に言えば、彼らは、友人に対する人質です。大事に扱ってくださいよ。友人を怒らせると、王国は滅びますから」
「そんな、大袈裟だなー、ハガル様」
「………」
「えー」
俺は次兄にとって、もう捨てられたようなものだ。次兄の妖精が守りに付いているが、それだけである。次兄の執着に、俺は入っていない。そう思っていた。
ただ、王国への脅しだろう。そう思いたい。だけど、ハガルの沈黙は違うように受けられた。
重い空気となったからか、ハガルは笑顔を見せる。
「王国側も納得いただけたようですね。では、今回、王国に派遣する魔法使いを紹介します。入ってください」
まだ、話は残っていた。
ハガルに呼ばれて入ってきた魔法使いに、俺は声をあげそうになる。母サツキは、呆れたようにハガルを見る。
「魔法使いハサンです。私の兄弟子なんですよ」
魔法使いハサンは俺と母サツキを見て、苦虫を噛みつぶしたような苦々しい表情をした。




