不幸な伯爵令嬢の裏側
いざ、魔法使いハサンと一緒に乗馬をしていると、面白いもので、誰も見ない。これが、ハサンが普段から行っている認識阻害の魔法だろう。馬ごといけるなんて、すごいな。
これのすごいところは、人のほうが率先して避けていくのだ。これっぽっちも馬に乗っている俺たちのことを見ていない。ただ、当然のように避けていく。だから、俺は堂々と馬を歩かせる。
俺はいつもの馬を休ませる厩舎に到着すると、そのまま降りた。馬は勝手に厩舎に入っていく。もう、人の手はいらないな、こいつ。
魔法使いハサンは、馬から降りると、しばらく呆然としていたが、俺と目があうと、足を折った。
「初めまして、私は血族から発現した妖精憑きハサンです」
「という話をマイツナイトから聞いた。昔、影から色々とお袋の便宜をはかってくれたんだってな。お袋のこと、探してた?」
「もし、呼ばれたのなら、はせ参じました」
「どうして?」
「サツキ様だけが、唯一の当主でしたから」
忠誠心を口にも、態度にも出すハサン。何も知らなかったら、俺も信じたな。
「俺にそういうのはやめろ。所詮、俺は貧民だ」
「サツキ様の子ですから」
「道具作りの才がなくても?」
「………どこまで知っていますか?」
態度が変わった。俺が道具作りの才能がないかもしれない、と危ぶんだからだ。
随分と、一族についての忠誠心を見せてくれるな。だけど、筆頭魔法使いハガルに繋がりを持つ俺をハサンは警戒しているのだろう。
俺は歩きながら話すことにした。なるべく、人が少ない場所へとハサンを連れて行く。
「俺も、マイツナイトから聞いたくらいだ。お袋が、マイツナイトに話してたんだって」
「サツキ様からは?」
「俺が物心つく前にはいなくなってたんだ。話以前だろう。俺の記憶の最初は、兄貴だ」
笑ってしまう。俺の記憶の中には母サツキはいない。親の記憶よりも次兄ルキエルの記憶で埋めつくされているのだ。
「なるほど、あなたは、本当に何も知らないのですね」
急に、態度が横柄となった。
「俺に対しては、それでいい。俺は貧民だ。魔法使いは膝を折るな」
「汚らわしい、血筋だけの貴様に、偉そうに説教されるいわれはない」
こっちが本性かー。すっかり、俺のことを格下と見ていた。母サツキの子といえども、才能なしは、魔法使いハサンにとっては、ゴミなんだろうな。しかも、俺は貧民だし。
「しっかし、いつから、俺が不幸な伯爵令嬢サツキの子だとわかった? 俺は、ほら、親父似だから」
「あなたの兄を見てですよ。サツキ様にとても似ていました。皇帝襲撃犯として捕縛され、筆頭魔法使いの屋敷に連れて行かれる所を見て、驚きました。サツキ様が復讐のために生き返ったと、勘違いしました」
「そこまで似てないだろう」
「似ていますよ、驚くほど」
過去を思い出したのか、表情を強張らせるハサン。
そうかな? 俺は義体に憑いた母サツキを見ているが、次兄ルキエルが見間違えるほど似ている、とは思わない。むしろ、妹レーリエットのほうが、同じ女だから、母サツキに似ていると思う。
妖精憑きの見る世界は違う。一目見て、母サツキと次兄ルキエルが似ている何かを見たのだろう。
「それで、これからどうするんだ? 俺は、何も知らない。道具作りの才がないとしたら、どうするんだ?」
「いえ、才能がないとは限らない。試験をしよう」
「才能があったら、どうするんだ?」
「才能持ちが当主だ」
「俺は、貧民だ」
「関係ない。才能持ちが当主となる。他が何といっても、私があなたを当主にする」
それが、魔法使いハサンの役割なんだろう。俺が道具作りの才能持ちとなれば、また、こいつは膝を折るわけだ。
「じゃあ、試験は受けない。俺は貧民でいい」
「自信がないのか?」
「そんなわけのわからない一族に、自信もくそもあるか。全ての子が受け継げない、そんな才能に、何の価値がある?」
「なんて罰当たりなことを。神が授けた役目だ!!」
「そういうなら、どうして、お袋を探さなかった? あんたは、お袋の死が偽装されているのを知っていただろう。大事なら、探して、保護するべきだ」
「賢者テラスの大事な女性となったサツキと私が繋がっていると、知られるわけにはいかなかった。私は、筆頭魔法使いの予備だ。迂闊に動くわけにもいかない」
「なんだ、一族の存続よりも、命が大事か」
語るに落ちたな。嘘を重ね続けたから、矛盾が出てきた。俺は魔法使いハサンを嘲笑った。
失言だと気づいた時は、遅い。そこから、どんどんと泥沼だ。
「俺は道具作りの才能持ちだ」
「っ!?」
「どうして気づかなかった? 試験なんかしなくても、俺が才能持ちだとわかるはずだ。俺は、お前の偽装を見破っていた。俺の目は特別なんだよ!!」
「貴様、嘘を。だったら、試験を」
「どうやって? 俺はもう、道具を組み立てることもやってる。証明する必要なんてないだろう」
「いや、ある。貴様には、邸宅型魔法具の稼働が出来るかどうか、試してもらう。伯爵領にとって、邸宅型魔法具の稼働は生命線だ。サツキ様がいなくなって、邸宅型魔法具は稼働できなくなったため、大地が穢れていった。それでは、伯爵領は滅んでしまう」
「別にいいだろう。マイツナイトも言ってた。特定の誰かが犠牲になる仕組みなんて、滅んでしまえばいい、と。お袋の犠牲で成り立ってたんだ。そんな領地、滅んでしまえ」
それ以前に、俺はそんな崇高な気持ちないけど。
話を聞けば、洗脳のようなものだ。母サツキも、大人の庇護を失くしたというのに、領地のために、あんなどうしようもない家に居続けたというのだから、復讐心だけではないだろう。
目の前の男が、そう、サツキに教え込んだのだ。優しい声で、だけど、反論を許さず、言い続けたのだろう。それが、足枷となっていた。
それを何も知らない母サツキの父親、義母、義妹がやらかしたのだ。絶対に、あの家からサツキを追い出してはいけなかったのだ。サツキは、あの家を追い出されて、やっと解放された。そして、何も知らない、サツキを蔑んだ奴らは破滅したのだ。自業自得だ。
だが、魔法使いハサンは狂っている。俺の腕をつかんだ。
「力づくで、あの邸宅に連れていく。どうせ、貴様は貧民だ。ハガルも貴様が逃げたと思って、諦めてくれるだろう」
ハサン、何も知らないんだな。俺がどうして、ハガルに囲われているのをただの気まぐれだとハサンは思っている。
「バカか、ここでいなくなれば、探すのはハガルだけじゃない。皇族だって、俺を探すぞ!!」
「見つけられない。あの邸宅に閉じ込めてしまえば、誰も、見つけられない。あそこは、あらゆるものから隠されている。少し、不自由なだけですよ。さあ、行きましょう」
そう言って、魔法使いハサンは、隠し持っていた道具を作動させた。
気づいたら、こう、穢れたような感じの場所に立っていた。貴族の学校の賑やかさはない。目の前には、古い感じのする邸宅が建っていた。
「ここまで、穢れてしまうとは。さあ、来なさい」
「俺は、まだ、仕事中だ!! 皇族の護衛に、サリーお嬢さんの護衛がある。こんなわけのわからない役割、どうだっていい」
「貧民なんだ。いう通りにしろ!!」
とうとう、本音が出た。魔法使いハサンは、俺を奴隷のように扱うつもりだ。
道具作りの才能なんて、ただの道具の一部でしかない。当主なんて、ただの歯車だ。当主と呼んでおだてて、縛り付けているのだ。
俺は妖精の目を発動させる。
「な、こんなこと」
野良の妖精がいない!!
どこにいっても、野良の妖精はいた。なのに、ここには、野良の妖精の姿が見られない。それどころか、気持ち悪い何かを感じる。
「さあ、入るんだ。貴様だけは、助けてやる」
「どういう意味だ!?」
「貴様には他に兄弟姉妹がいるという話だな。だが、そいつらは、皆、死んでもらう。あの男の血筋は、全て根絶やしにしてやる。貴様には、奴隷のように働いてもらう。そう、次代の当主が見つかるまでだ」
力づくで、妖精まで使って、ハサンは俺の手を邸宅のドアに触れさせた。途端、邸宅は反転する。あれほど穢れていたというのに、輝きだしたのだ。それを見て、ハサンは狂気のように笑う。
「これで、この邸宅は復活する」
「そこまでです!!」
そこに、義体に憑いた母サツキがわずかに開いたドアを内側から押し開けて、ハサンに体当たりした。
俺もついでに吹っ飛ばされたが、感謝しかない。このままいけば、俺はハサンによって、邸宅に閉じ込められるところだった。
「さ、サツキ、死んだんじゃ」
「死にましたが、未練が多すぎて、魂だけで居残ったのですよ。見てください。ロイドが初めて作った義体ですよ」
こんな時だというのに、息子が初めて作ったものだ、と自慢する母サツキ。これだけで、随分と気が抜ける。
「あなたも、いつまで、一族の役割に縛られているのですか。そんなもの、さっさと捨ててしまいなさい」
「貴様、役割を捨てて逃げたくせに!!」
「誰も感謝しませんでした。それで気づいたのです。私は無駄なことをしている、と。酷い目にあって、苦しめばいいのです」
「そのせいで、多くの領民が死んだんだぞ!!」
「わが身を捧げて領地を支えたわたくしに石を投げるような領民なんて、死ねばいいのです。一方通行ではいけないのです。両想いであることが重要なのですよ。夫婦と同じです。互いに想いあうことが大切なのです。私は独りよがりなことをしていただけです。感謝もされず、石を投げられ、社交では悪く言われ、悪い噂を鵜呑みにして、そんな人たち、救う価値がありません。今も、領民たちは自らの過ちに気づいていないでしょう。反省もせず、ただ、こんなはずじゃなかった、と思っているだけです。そんな者たちに、救いはありません」
「何も知らないんだ。仕方がなかったんだ」
「許せと? わたくし、神でも聖人でもありません。ただの人ですよ。そんな崇高なもの、持ち合わせていませんよ。だいたい、お前がいいますか。未だに、お母様が別の男と子を為したこと、許せないくせに!!」
「貴様ぁ!!」
母サツキは、とうとう、魔法使いハサンの逆鱗を攻撃した。
力の強い妖精憑きは自尊心が高い。魔法使いハサンは、力の強い妖精憑きの部類に入る。だから、恋人であった女伯爵カサンドラが、別の男と子を為したことが、どうしても許せないのだ。
サツキは義体に憑いたといっても、大した力はない。怒りでふるったハサンの魔法に、サツキは簡単に吹き飛ばされてしまう。
「くそ、あの男、せっかく妖精の女王と契約させたというのに、妖精の呪いの刑をしないなんて。お陰で、あの男の血筋が残ってしまった!!!」
怒りで血が上ったハサン、どんどんと自白していく。こんな簡単に白状しちゃうなんて、そのバカ高い自尊心も、欠点だな。
「もういい。貴様に妖精の呪いの刑をかけてやる」
「そんなことをしては、ハサンが死んでしまいますよ!! あなたが死んだら、あなたの大事な養女はどうなるのですか!?」
「私は死なない。別の妖精憑きが死ぬだけだ。さあ、出てきなさい」
偽装に偽装を重ねていたのだろう。魔法使いハサンの傍らに、小さい子どもが姿を見せた。見えなかったのは、ハサンの影に寄り添うようについていたからだ。
穏やかな笑みを浮かべる子どもは、魔法使いハサンを見上げる。
「あれが、一族を滅ぼす、悪い血筋なんですね」
「そうです、あの男こそ、道具作りの一族を滅ぼす血筋です」
「なんてことを。騙されてはいけません!!」
「わかりました」
聞こえていないのだ。ハサンは、魔法で、この子どもにハサンの声だけを届けるようにしたのだ。俺の妖精の目には、子ども周囲だけ、歪んでいる。
「ハサン、その子は、まさか、一族に発現した妖精憑きですか!?」
「そうです。私が弟子として育てています」
「まさか、他にも」
母サツキが言葉にしなくても、ハサンはニヤリと笑って肯定する。
ハサンは、弟子として育てている妖精憑きを使って、妖精の呪いの刑を発動させたのだ。ハサンには、何か特例があるのだろう。それを悪用して、何も知らない妖精憑きを弟子として引き入れ、間違った教育をしたのだ。
「どうして、サリーお嬢さんの血筋を滅ぼそうとしたんだ!?」
伯爵ブンガロにハサンは手を貸した。だが、ブンガロの目的は、クララの血筋とサリーの血筋、両方の破滅である。
魔法使いハサンは、クララの血筋のみを破滅させたかったはずだ。だったら、別に、伯爵ブンガロに協力する必要はない。
「あの二つの血筋がいなくなれば、サツキの復讐と言われるでしょう。それに、大事な一族に発現した妖精憑きです。出来るなら、このまま残しておきたい」
「何を戯言を!! 一人は殺したくせに」
「試したんですよ。出来るかどうか。そうしたら、命を捨てて、妖精の呪いの刑を行ってくれた!!!」
「他人にやらせるなんて、卑怯です。やるなら、あなたがやりなさい!!」
「私には、まだ、姪を見守る役目がある。死ぬわけにはいかないんだ。さあ、やりなさい」
「はい」
笑顔で子どもの妖精憑きは、俺を見た。
妖精の目を通して見える。子どもの妖精憑きが生まれ持った妖精が俺に向かってくる。俺も、こうやって、妖精の呪い刑を野良の妖精にやらせたな。
あんな悪行をやってたんだ。いつかは返ってくるものだ。だけど、これは、俺一人で済めばいいのに。
いざという時、兄弟姉妹の顔が浮かぶ。この呪い、どこまでの一族となるか知らない。だけど、俺の知っている一族は、兄弟姉妹だけだ。
いや、まだいる。次兄ルキエルの息子だ。あの子は、こんなことで死なせてはいけない!!
俺は妖精の目を発動して、妖精たちを盗ろうとした。しかし、遅すぎた。命をかけたのだ。俺では勝てない。
妖精たちが俺を囲もうとする。ところが、その一体が、パンと破裂した。
「な、何?」
驚いたように見ているハサン。その隣りでは、俺に呪いをかけようとした子どもの妖精憑きが倒れ、苦しんでいた。
また、一体、妖精がパンと破裂した。
子どもの妖精憑きは口からとんでもない血を吐き出した。
最後の一体の妖精が、パンと破裂した。
子どもの妖精憑きは、動かなくなった。
一体、何が起こっているのか、俺はわからない。母サツキを見れば、真っ青になって震えているだけである。義体に憑いているサツキには、妖精は見えていないようだ。ただ、子どもの妖精憑きが倒れ、苦しんで死んでいく様を見て、恐怖に震えていた。
「な、何が、一体」
魔法使いハサンでさえ、何が起こっているのか、わからない。ハサンはそれなりの格を持った妖精憑きである。そんなハサンが見えていないのだ。
俺の格はよくわからない。だけど、俺の周囲に何かいるのだ。
思い出すのは、筆頭魔法使いハガルが言った事だ。俺には、次兄ルキエルの妖精の守護があるという。その妖精は、ハガルでさえ視認が困難だと言っていた。
何かがいるのだ。それが、妖精を殺し、妖精憑きを殺したのだ。
突然、邸宅型魔法具が動き出した。それは、禍々しい音を鳴らし、仕掛けを動かしたのだ。
「まさか、ルキエルが」
母サツキは、これを行っているのが、次兄ルキエルだと察した。
「ルキエル兄は、ここにはいない!! それに、もう、俺の元には来ないと言っていた!!!」
「ルキエルです!! ルキエルでなければ、出来ないことです。はやく、止めないと。ハサン、鍵はどこですか!?」
「そんなもの、今、必要ないだろう!!」
「この、役立たずめ!!」
サツキはハサンを罵って、邸宅に駆け寄る。ドアに手をかけるが、邸宅の動きは止まらない。
「ロイド、手伝ってください。このままでは、大変なことになってしまいます」
「どうやって」
「あなたは、道具作りの才があります。鍵がなくても、この邸宅の使用者になれます。さあ、来てください!!」
わけがわからない。ただ、頭の片隅では、支配者の建物のようなものか、なんて考えが横切った。
ただ呆然とするハサンを押しのけ、俺は母サツキが握るドアノブに手をかける。途端、何か抵抗みたいなものを感じた。支配者が複数になって、邸宅のほうが誤作動を起こしているのだ。とんでもない音が鳴り響いて、俺を排除しようとする。そうならないように、義体の母サツキが俺を支えつつ、強くドアノブをつかむ。
「ルキエル、なんて悪い子ですか。悪戯はやめなさい!!」
母親として、どこかに叱りつける。すると、どこからか、子どもの笑い声が近づいてきた。
「な、にいちゃん」
つい、昔の呼び方をしてしまう。
子どもだ。それは、幼い頃の次兄ルキエルだ。だから、つい、俺はドアノブから手を離してしまった。
子どもは無邪気に笑って、手に持った、禍々しい色と形をした鍵をどこかに差し込んだ。
「こら、やめなさい!!」
サツキが叱っても、子どもは邪悪に笑う。
そして、世界は反転した。




