初めて体験する魔法は怖くないよ
クララの生家は円満解決した。和解もしたし、問題はないように見える。
しかし、肝心の当事者はどうなんだろうか? 死んだ伯爵令嬢サツキである。
死んだんだし、もう、その後なんてどうだっていいはずだ。しかし、俺は死んだ母サツキが見えるし、会話だって出来る。筆頭魔法使いが所有する義体を使えば、サツキと触れあうことも出来るのだ。
普段は、俺が装着している魔道具 妖精の目は休止している。妖精の目が休止すると、妖精も、幽体である母サツキも見えない。夜になると、妖精の目は発動するのだが、侯爵の屋敷に入らない母サツキを見ることはない。
しばらく、俺も色々とあったので、母サツキと会話一つしていなかった。学校の試験も終わって、長期休暇前日は、結果発表が貼りだされる。普通の貴族の子息令嬢は戦々恐々だが、俺は普通に出来るから、気にしない。上位クラスに居続けられればいいんだ。
それよりも、母サツキの気持ちが気になった。
今も、死んだ母サツキの意思通りに動いている何か。復讐により、どこかの貴族が没落させられているという。帝国は人が多い。貴族の席が空いたって、すぐに埋まる。座りたいヤツはたくさんいるのだ。だから、没落しても、誰も気にしない。ようこそ新人貴族、である。
見えなかったり、知らなかったら、俺は気にしない。他人事なんだ。だいたい、母サツキに、俺は愛情すら持っていない。物心つく前にはいなくなっていた。それ以前に、俺は誰が見ても、次兄に懐いていた。母親がいなくなっても、俺は寂しがらなかった。次兄さえいれば良かったのだ。
人としての単純な興味である。俺は侯爵の屋敷を抜け出した。いつもの通り、誰かのトコに行けばいいのだが、俺はあえて、王都の端っこの、人とか少なそうな場所に行った。別に、母サツキと会話するのは、どこだっていいんだ。聞かれたくなかったら、野良の妖精に頼んで、隠してもらえばいい。
ただ、王都はねー、筆頭魔法使いハガルのお膝元である。密談には向かないんだ。内緒話も、きっと、ハガルに聞こえちゃうんだろうな。なので、俺はそこから、転移の魔道具を使って、中央都市の貧民街に移動する。そこから、支配者だけが所有出来るという、あの頑強な建物に入っていく。
支配者が座る玉座がある部屋に行けば、俺を見た貧民たちからの報告を受けたのか、リリーベルが待ち構えていた。
「今日はお一人なんですね」
サリーがいないことを残念がるリリーベル。気持ち悪い品を作るリリーベルは、見た目はいかつい男なんだが、心は乙女なんだよな。リリーベル、今日も、ピンクのひらひらした、お手製の服を着ている。
「明日は長期休暇前の最後の登校日だからな。休ませている。例のものは、見つかったか?」
俺はリリーベルたちに、ある物を探させていた。中央都市には、帝国にすら探索が出来ない、地下が存在する。そのため、色々と発掘されたり、隠されていたりするのだ。
過去の中央都市の貧民街の支配者は、色々と隠しているはずなのだ。ただ、それを引き継ぐような優しい土壌はない。暴力で支配するのが貧民街である。皆、引き継ぐ前に、あの世に退場したのだ。
だから、探せば、たくさんの宝物が出てくるのだ。
リリーベルは机に、無作為に広がる地下の地図を広げる。むちゃくちゃでかいな。しかも、探索しきれていない所が多い。
「どうやら、魔法がかかっていまして、肝心な場所は、支配者でないと、突破が不可能となっています。まれに突破しても、地図がこの通り、塗り替えられてしまいます。
何度も試したが、たくさんの地図が出来るだけだった。その結果をリリーベルは俺に見せてくれた。
「さすが知識の中央都市だな。俺なんか、さっさと支配者やめるべきだな。頭悪いし」
仕方なく、支配者となったが、俺は頭、よくないんだよなー。
なんてぼやいていると、リリーベルは俺を呆れたように見ている。
「ロイド様はわかっていませんね。ロイド様はとても優秀なんですよ。ただ、ルキエル様が優秀すぎるだけです」
「そりゃ、ルキエル兄は頭いいからな!! 体術と剣術でも、勝てたことないしな」
次兄ルキエルのことを誉められると、俺はすーぐ、上機嫌だ。支配者の玉座に座って、鼻歌を囀る。
「ルキエル様を基準に世の中を見てはいけませんよ。ロイド様だって、世に出れば、優秀なんですから。貴族の学校の成績、とてもいいではないですか」
「それは、まあ、兄貴に鍛えられたからな。俺だけの実力じゃない」
「わかっているはずです。出来て当然、ということではありませんよ」
「わかったわかった。ほら、地下の探索を今からやってこい。何かあるかもしれないぞ」
「今日はお泊りですか?」
「明け方には帰る。今日は徹夜だな」
寝なくても大丈夫だけど。
まだ言いたいことがあるリリーベルだが、地下の探索を命じられたので、仕方なく、部屋を出て行った。
野良の妖精を使って、隠れた人がいないことも確認してから、俺は改めて、幽体の母サツキに視線を向ける。
『もしかして、あなたが玉座に座っての、地下の探索は試していなかったのですか?』
俺がリリーベルに地下の探索を命じたのは、母サツキが俺に囁いたからだ。
「俺がここに座っていれば、地下で何か起こるのか?」
『もともと、邸宅型魔法具は、使用者を守るためのものです。隠された通路や地下が組み替えられるのは、外部からの侵入を防ぐためです。ですが、使用者は惑わされることなく、地下も隠し通路も突破出来ます。その惑わす魔法の制御をするのが、この玉座です。あなたがここに座って、そう願えば、邸宅は惑わす魔法を緩めてくれます。ですが、これは危険なことです。万が一の時は、敵の侵入を許してしまいます』
「そこは、野良の妖精さんにお願いしよう」
俺がそういうと、野良の妖精が視認化する。
『まかせてー』
『お宝いっぱい、見つけてあげるよー』
『道案内、得意だよ!!』
『あ、ここ、間違ってる』
野良の妖精たちは、好き勝手に動き出す。ついでに、リリーベルたちが頑張って作った地下の地図の修正まで始めた。
『本来、道順は決まっています。その通りに行けば、惑わす魔法にはかかりません』
「そうなんだ」
『地図は一つです。魔法によって、地図が変わっている、と錯覚しているだけです』
本当に、道具のことは、何でも知ってるな。死んで幽体となっても、母サツキは培った知識はそのままだ。俺が聞けば、隠さず、素直に教えてくれるし、口添えもしてくれる。
そりゃ、筆頭魔法使いハガルは母サツキを欲しがるよ。幽体であっても、義体に憑かせれば、道具作りの才能が扱えるという。口伝でしか伝えられない事もサツキはいっぱい知っているのだろう。そういうものを含めて、ハガルはサツキを手に入れたいのだ。
しかし、母サツキは俺の側にぴったりくっついて離れない。幽体というのは、妖精の力で無理矢理どうにか出来るほど、頑丈ではない。簡単に消滅してしまうから、力づくが出来ないという。
だから、猶更、ハガルは俺を地下に閉じ込めたいのだ。母サツキは俺からは生涯、離れないだろう。腹を痛めて産んだ子の中で、魔道具である妖精の目を装着する俺が一番、危ないのだ。
考えるだけで、身震いしてしまう。自由万歳。今は、ちょっと不自由だけど、支配者の玉座に、明け方まで座っていればいいだけなので、大したことはない。
話し相手である野良の妖精たちは、皆、地下の迷宮探索に出払ってしまった。残ったのは、俺の側にくっついている母サツキである。
だから、思い切って、俺はサツキに質問した。
「なあ、あんたはさ、侯爵令嬢クララの一族は許せるのか?」
あの血族から婿養子にきた父親のせいで、母サツキは不幸になったようなものである。
サツキは少し考え込んだ。貴族の学校での出来事、見ているはずだ。
『特に、何も。わたくしが復讐したいのは当時、わたくしを裏切った者たちです。クララ嬢は、関係ないでしょう』
「けど、あんたの父親を作った生家だぞ」
『わたくしは復讐の後のことは考えていませんでした。本当に、最低最悪な女なんです。子が五人もいるというのに、復讐ばかり考えていました。ですが、言われたのです。幸せになった者が勝ちだ、と。そう言われて、わたくしは、生家にいた頃よりもうんと幸せなものを手に入れていると気づかされました。その時になって、やっと、あなたたち子どもの事を見たのです。わたくし、子育てをしているようで、ただ、作業していただけなのに気づかされました。よりによって、ルキエルに、酷い事をしてしまいました。わたくしは、道具作りの一族の役割を捨てられなかったのです』
「………は?」
『ルキエルが道具作りの才能だけでなく、妖精憑きだと知って、復讐の道具にしようとしていました。我に返った時は、随分とルキエルに教え込んでいました。そうして、わたくしは気づきました。わたくしで復讐を止めないといけない、と。なのに、復讐がまだ続いているとハガルが言いました。わたくしの復讐は、わたくしがアルロの元を離れる前に止めました。もう、これ以上の復讐をわたくしは望んでいません』
「まさか、ルキエル兄、が?」
『わたくしは、ルキエルがやったこと、話で聞いただけです。ですが、続いている復讐は、まさに、わたくしに関係したものです。ルキエルは、わたくしから知恵と技術を授けられただけです。復讐相手の情報をわたくしは与えていません。他にも、恨みを持つ者がいるのではないですか? わたくしの偽装した死がきっかけで不幸となった者は大勢います。きな臭いのは、ハガルの話に出た伯爵ですね』
母サツキも、サツキの父の生家である侯爵家から婚約破棄された伯爵家のことを気にしていた。
『おかしいではないですか。ハガルは侯爵家の血族が企んでいるような言い方をしていました。ですが、甘言をしいたのは伯爵です。もし、ハガルがいうことに嘘がないのでしたら、伯爵は侯爵家と何らかの血の繋がりがあるということです』
「そんなこと、言ってたか?」
『言ってましたよ!! わたくしだって、最初、あの肖像画の男が侯爵家の当主だと思いこんでいました。ですが、実際は違いました。つまり、肖像画の男は、侯爵家に血縁関係にあるということです』
「あれか、一族か」
本家と分家というやつだ。侯爵を継ぐのはただ一人だが、他の兄弟姉妹は家臣の家門に嫁ぐとかするものである。そうして、万が一、侯爵家で跡取が恵まれなかった時、家臣の中で、それなりに優秀な者を養子にとるのだ。そうすることで、爵位を一族で守るのだ。血筋を失うと、爵位は帝国に返上しなければならないので、保険として、血筋を家臣に入れるのだ。そうして、一族の誕生である。
古い家門は、こういうことを普通に行っている。伯爵オクトも、遠縁からの養子であるが、伯爵家の一族である。血筋は確かなのだ。帝国は血筋で爵位継承と決まっている。逆に、血筋でない者には、爵位継承は出来ない。だから、母サツキが生家を追い出された時、サツキの父、義母、義妹はお家乗っ取りの犯罪者となったのだ。サツキの父、義母、義妹には、サツキの一族の血の連なりの証明出来るものはなかったという。
「つまり、伯爵は、侯爵家の遠縁なのか。だから、侯爵を揺さぶれたわけだ」
『そこは、調べたほうがいいでしょう。言葉裏を読み取って、答えを急ぐのは危険です。ロイド、調べる手段を持っているのですから、調べたほうがいいでしょう。ハガルの企みを子どもの悪戯程度に見てはいけません。あの子は、千年に一人必ず誕生する化け物です』
「で、あんたは、復讐、本当にもういいのか?」
話が逸れたから、改めて、俺は母サツキに質問する。答えを聞いたような気がするが、確認のためだ。
『生前には、復讐をやめました。わたくしの死によって、別の復讐は動き出してしまいましたが、死んだ後のことです。わたくしの考えや気持ちは反映されていません。死んで、こんなに時間が経って、あなたに会って、わたくしはやっと気づきました。愚かなことをしました。もう、復讐なんて望みません』
「わかった」
復讐に狂った女は、命を落として、幽体となってさ迷って、やっと、復讐をやめた。
長期休暇に入ってすぐ、皇族の保養地に向けて出発となった。皇族セキラは、一日でもはやく、父親である皇族サイから離れたいのだ。
実際、城から離れて、侯爵家でお世話になっているのだから、物理的には離れているんだよな。だけど、時々、伯爵オクトを伴って、皇族サイがお宅訪問するんだよ。もちろん、抜き打ちだよ。
お陰で、セキラは俺の後ろに逃げ込み、皇族の突撃お宅訪問に侯爵マキラオは夜、血反吐吐いて倒れる、と大変なんだ。
こりゃ大変だ、ということで、セキラはさっさと最果ての保養地に移動することにしたのだ。
そして集められたのは、王都の聖域である。
「まあ、綺麗」
「初めて見ました」
侯爵令嬢クララと伯爵令嬢リコットは、初めてみる聖域に声をあげる。ほら、ここ、一般の人立ち入り禁止になってるんだよ。
王都の聖域は、まあ、聖域だから、という理由づけで立ち入り禁止とされているが、実際は違うのだ。王都の聖域付近には、城から出入りできる隠し通路があるのだ。
帝国中を渡り歩くことなんて、平民でも貴族でも稀である。だから、気づかないのだ。他の聖域は立ち入り禁止になっていない。ただ、ちょっと不便で危ない所にあるので、自己責任ね、と注意書きはされているのだ。観光に使われている所だってある。
立ち入り禁止なのは、王都の聖域だけなのだが、誰もその理由を知らないし、まず、疑問に持つことはない。ほら、皆、生きるのに一生懸命だ。そんな疑問を持つ余裕はないのだ。
俺は旅をしていて暇なので、この事実に気づいただけである。旅してる時は、好き勝手して楽しかったなー。
滅多に見れない王都の聖域に感動する女子たち。男子たちはというと、感動する女子を微笑ましいものとして見ている。ほら、男は欲望の生き物だから。景色の綺麗さ、どうだっていいんだ。
お嬢さんサリーはというと、特に反応なし。これは仕方ない。サリーはもともと、王都の外で暮らしていたから、聖域のこういうの、見たことがあるのだ。普通なんだ。
「ここから、馬車で移動ですか?」
リコットは皇族セキラに訊ねる。それなりの荷物持っているし、そうだと誰もが思うよね。
「いえ、聖域同士、繋がっているから、筆頭魔法使いに転移してもらいます。あ、ハガルが来ました」
「え?」
「て、転移?」
侯爵家といえども、転移なんて経験したことがないだろうな。真っ青になる。
「だ、大丈夫なの? 確か、失敗すると、体の一部がなくなる、という噂が」
「聞いたことがあります!!」
「筆頭魔法使いが失敗するわけがないだろう」
俺はこれっぽっちも心配していない。ハガルは失敗しないから。
だが、経験もないし、何より、筆頭魔法使いハガルは雲の上の人である。俺の後見人といえども、普段から貴族の学校に顔を出すわけではない。
平民の前では、普通に出てるけどな、ハガル。平民の恰好して、口調も平民だから、知ってる奴は知ってるんだ。だから、ハガルが遊び歩いている、という噂はなくならない。本当にやっているのだ。
やってきたハガルは、いつもの派手な筆頭魔法使いの服で、傍らに、知らない魔法使いを引き連れていた。俺は気づいているが、他は誰も気づいていない様子だ。
「お待たせしました。早速、移動しましょう。荷物はこれだけですか?」
「ハガル、向こうの聖域付近には、使用人を呼ぶように、連絡してるよね?」
「抜かりなく。神殿の者が待機しています。先ほど、連絡をいれましたから、待っていますよ。こちらに戻る時は、神殿に伝達してください。すぐに、そちらの聖域に私が向かいます」
「え、ハガル様、来ない?」
俺はてっきり、ハガル同伴と思っていた。ほら、何か企んでいる感じだから。
ハガルは人を安心させるような穏やかな笑みを浮かべて、首を横に振った。
「せっかく、セキラが貴族と懇親を深める所に、私が同伴するのは無粋というものです。セキラ、良い女性がいましたら、紹介してください。審査します」
「まさか、向こうにそういう女を待機させてるのか!?」
「そんなことしません。旅先では、そういうものが落ちていることがあります。あなたは皇族となって、初めて、家族から離れての旅です。羽目を外しすぎないように、気を付けてください。では、出発です」
穏やかな声でそういうと、瞬きする間に、風景がガラリと変わった。
「え? え?」
「ここ、どこ?」
「お待ちしておりました」
あまりに一瞬のことに、貴族の子息令嬢は混乱していた。そこに、最果ての聖域にある神殿の神官たちが出迎えてくれた。皆、丁寧に頭を下げ、早速、荷物の運び出しをしてくれた。
「え、浮いてる」
「そりゃそうだろう。神官といったって、こいつら、皆、妖精憑きだぞ」
意外と知られていないのだ。
神殿で働いている神官たちのほとんどは妖精憑きである。生まれた時、儀式を受けて妖精憑きと認められたとしても、皆、魔法使いになれるわけではない。能力が足りない妖精憑きは裏方である。その裏方の中で、神殿所属は、色々と言われる。
妖精に見放された妖精憑きは、役立たずではあるが、その身は信仰の上で尊い。だから、神殿落ちとなる。
能力が足りなくても、道具の強化を受けることで、人の手に負えない凶事に対応できる妖精憑きは、神殿所属となる。
中には、あえて、神殿を希望する妖精憑きもいるという。才能ある妖精憑きにとっては、神殿に行くことは、神殿落ちなので、屈辱的なことなのだが、稀にいるという。
というわけで、妖精憑きを野放しに出来ないこともあり、魔法使いになれない妖精憑きは神殿所属となるのだ。妖精憑きなんだから、荷物なんて魔法で運搬だ。
あんなにたくさんの荷物はどんどんと皇族所有の保養所に、魔法によって運ばれていく。だけど、人は足を使って歩いて行くしかないので、皆、恐る恐ると歩いていく。
聖域を出れば、広がる光景は別世界である。確かに王都にいたはずなのに、聖域の外は、どこか、荒野の中にある街のような、どこか荒れた感じだ。
帝国民のほとんどは、生まれ育った地を出ることはない。伯爵家以下は、間違いなく、王都を出たのは初めてだろう。皆、初めて見る光景に驚いて、声もなかった。




