喧嘩する時は、ルールを守ろう
もうそろそろ試験だなー、となると、皆、静かになってくる。上級クラスは、ほら、本気で貴族の学校に通っているのだ。中級クラスもそうだ。だが、下級クラスは遊びだな。下級クラスはいつも騒がしい。
真面目に勉強しているから、そういうのには無縁な俺、お嬢さんサリー、皇族セキラは休み時間とかは、なるべく、教室にいないようにしている。
「そういえば、セキラ様は成績、大丈夫なのか? サイ様、成績とかも煩そう」
皇族セキラの父親である皇族サイは厳しそうだ。笑顔でセキラの全てを採点していそうだな。
「皇族の成績は表には出ないし、どうせ、皇族には役に立たないから」
「学校の意味が!?」
「ぼ、ボクも、もう、貴族の学校の勉強、終わってるし」
「そっかー」
成績はきっと、すでに採点済みかー。皇族として城に引きこもっている間に、セキラの実力をサイは確認している。貴族の学校で、酷い成績をとったって、皇族は問題ないのだ。
「皇族と貴族って、こう、考え方とか違うという話だろう。貴族の勉強って、無駄じゃない?」
「無駄ではない。貴族は味方じゃない。敵として知ることは大事だ」
俺の後ろで逃げて隠れているセキラだが、考え方はやっぱり皇族だな。普段と態度とか行動でセキラ、甘く見られているが、気を付けないといけない。皇族は基本、何やって許されるんだ。
お嬢さんサリーは俺とセキラの会話には加わらないが、俺の腕にしがみついて、甘えている。もうそろそろ、色々と育っているから、距離をとってほしいなー。
世の中の疑問をセキラに質問して解消しているところに、一人の女子生徒が近づいてきた。何気なくなのだが、俺は反射で警戒しています。
女子生徒は、意味ありげにお嬢さんサリーを見て、足を止める。
「やっと会えましたね、男爵令嬢サリー」
「………」
女子生徒はわざわざサリーに声をかけた。だけど、サリーは無表情に見返すだけで、何も言わない。
「聞きましたよ、あなただけ、まだ男爵なんですってね。他の兄弟姉妹は侯爵として学校にも通っていたというのに、あなただけ男爵。捨てられて、可哀想に」
随分とサリーのことを知っている女子生徒は、声高に言い放つ。
サリーは目立つ。何より、皇族セキラが一緒だ。俺も目立つから、どうしても、注目を集めてしまう。
サリーの内部事情はそこまで知られていないのだろう。女子生徒が声高に言い放った事に、注目が集まる。
「皇族の前で許可なく話すのは無礼だぞ」
「貧民が、わたくしの許可なく口をきくなんて」
「ボクが許可している!!」
女子生徒が俺を蔑むも、俺の後ろで隠れる皇族セキラが声高に言い放った。それには、女子生徒もこれ以上、口答え出来ない。
「お前の発言は許可していない」
さらに、皇族セキラが女子生徒を追い詰める。
女子生徒は慌てて膝をついた。
「ご無礼をお許しください」
皇族に対する礼儀はしっかりと教育されている女子生徒。そんな彼女を冷たく見下ろすサリー。
「爵位も返上せず、意地汚く生き残った侯爵家のくせに」
「っ!?」
かっと怒りで表情を歪める女子生徒。しかし、皇族の前だから、頑張って、言葉を飲み込んだ。
サリーも女子生徒の背景を知っているようだ。さらに、女子生徒のことを気に入らないのだろう。女子生徒、調子に乗り過ぎた。
「不幸な伯爵令嬢サツキを虐待していた父親の生家が何用ですか」
声高に、女子生徒の背景を言い放つ。それに、女子生徒は表情を強張らせる。
帝国中が知っている不幸な伯爵令嬢サツキの父親の生家と聞けば、さらに注目が集まる。
「そんなこと、わざわざ言わなくても」
そして泣く女子生徒。この事実は、恥でしかないのだ。人前で晒されて、女子生徒は泣いて蹲った。
「わたくしの生家も、不幸な伯爵令嬢サツキの婚約者の生家ですよ。あなたと同じです。昔、あなたは言いましたよね。同じ過去を持つ者同士、仲良く、力を合わせましょう、と。ですが、わたくしは断りました。それから、あなたは社交の場で、わたくしのことを男爵家に捨てられた女と言いふらしました」
「か、可哀想だと思って………」
「お陰で、社交に出なくてすみました」
さらに言い訳しようとする女子生徒の隙を許さないサリー。
「身内がやったことに対して、我が家は反省し、爵位返上までしました。それに比べ、そちらは、元凶となる者たちを追い出して、被害者だと泣き落とししました。どちらがより、潔い貴族なのかは、一目瞭然です」
「それで、大事な家臣を見捨て、領民だって不幸となったというのに!?」
「爵位返上しても、きちんと帝国が考えてくれました。帝国は帝国民のために、きちんと尽くします。それに、我が家はその後、困らないように財産も何もかも、帝国に差し出しました。そうすることで、爵位返上で不幸にならないように、家臣たち、領民たちを救いました。不幸となったのは、我が家だけですよ」
「ずるいわ!! どうしてあなただけ、護衛をつけられて、皇族の側にいるのよ!!!」
ここまでサリーが下げ落としても、女子生徒は食い下がる。もう、皇族の前とか、そんなこと、頭の片隅にもないのだろう。女子生徒は立ち上がった。
これは、貴族同士の戦いだ。俺は万が一のことを考え、サリーと女子生徒の間に入る。そして、手袋が俺にぶつけられた。
「これは、なかったことにする」
「邪魔しないで」
「皇族の近くでの暴力沙汰は、皇族への暴力行為とみなされるんだ!! 最近、それで廃絶された貴族がいただろう!!!」
「貴族の誇りにかけて、この女と決闘します」
腕に自信があるのだろう。それとも、代理を立てて、サリーを叩きのめすつもりか?
「卑怯ですよ、サリー!! 男の後ろに隠れて笑っているだけなんて」
「落ちるなら、一人で落ちればいい。わたくしを巻き込まないで」
「男爵家に捨てられたくせに!!」
「それを不幸だと思ったことは一度もない。あなたの価値観をわたくしに押し付けないでください。本当にその価値観も恥ずかしい。貴族というものをわかっていませんね。だから、しがみ付いた爵位でしか、わたくしより上に立てないのですよ。さらに、恥ずかしいことをしていると聞いています。帝国に、無理な要求をしているそうですね」
「あなたがた家門が侯爵家に返り咲いたのです。我が家にも、何かあっていいでしょう。当然の権利の主張です」
うわ、恥ずかしいことを堂々と胸を張って認める女子生徒。これを恥ずかしくない、と思うから、爵位返上しなかったんだな。
眠くなる話なんだろう。皇族セキラ様は大きな欠伸をする。
「サリー嬢、ロイド、教室に戻ろう」
「そんなっ」
皇族様のいうことは絶対である。俺とサリーは女子生徒を無視して、その場を立ち去ることとなった。
教室に戻れば、静かだ。まだ、次の授業が始まるには時間があるので、俺はサリーに話しかけた。
「お嬢さん、あの女、どこの誰?」
「………」
嫉妬からか、それとも教えたくないのか、不機嫌に黙り込むサリー。
俺が調べればすぐなんだよな。もう、どこの貴族のお嬢さんかわかっているし。サリーと同じ学年だから、すぐだ。
そういうこと、わかっているので、サリーは不承不承、教えてくれた。
「彼女は、侯爵家令嬢クララです」
「随分と昔からの付き合い?」
「子どもだけの集まりでの知り合いです。わたくしがお付き合いをお断りしてからずっと、わたくしのことを男爵家に捨てられた可哀想な娘、と言いふらしてくれました」
「女はガキでも怖いな」
俺はついつい、身震いしてしまった。
侯爵令嬢クララの顔は、俺の姉リンネットに似通っていた。あれを美人にしたら、そっくりだろうな。
姉リンネットは、家族の誰にも似ていなかった。かといって、母サツキが浮気をするはずがない。そういう話を何気なくしたことがある。
「リンネットは、母親の祖父母の血筋が強く出たんだ」
そんな話を誰かが言っていた。それが誰だったか、もう思い出せない。
今、改めて、思う。確かに、姉リンネットは母サツキの子だ。同じ血を色濃く受け継いでいる侯爵令嬢は、姉リンネットに似通った見た目もそうだが、性格もまた、歪んでいるようだ。
その日を境に、侯爵令嬢クララは何かと視界に入るようになった。食堂に行けば、わざわざ近い席にご学友の皆さんと座るのだ。
「わたくし、サリーと仲良くしたいのに、サリーに嫌われてしまって」
「聞きましたよ、爵位そのままに残ったことを嫉妬されたとか」
「返上したのも、他に理由があったでしょうに」
「酷いですわね」
クララがどういう説明をしたのやら、すっかりサリーが悪者にされていた。
サリーはというと、いつもの席で二年の生徒会役員リコットとナバンと同じ机で笑顔で食事をとっている。外野の声、届いてもいないな。
だけど、リコットは気になる。少し前まで、サリーの立ち位置だったからだろう。
「あんなこと言われているけど、いいの? サリーは悪い事、一つしていないのに」
「どうでもいいです。わたくしは、ロイド様と結婚出来れば、他はどうだっていいです。貴族でなくなってもかまいませんよ」
とんでもないことをいうよ、サリー。そうやって、着々と俺の逃げ道を塞いでいくのだ。
「だいたい、真実の愛を貫けず、親同士が決めた婚約を選んだという話です。その程度の愛を理由に、無力な子どもを虐待するような男を教育した生家ですよ。きっと、後ろ暗いことやっています」
「酷い!! あなたの家だって、婚約者でありながら、一緒になって暴力をふるっていたという話ではないですか!?」
「だから、爵位返上しました。だいたい、あなたの家は立派な大人、我が家の婚約者といえども、貴族の学校に通い始めたばかりの子ども。子どもはやり直しが出来ますが、大人はもう、無理です。責任だってとれる能力もあるというのに、か弱い娘を虐待してたなんて、どんな教育をしていたのやら。責任もとらず、のうのうと生き残っていて、恥ずかしい。きっと、反省もせず、同じ教育を続けているでしょう。あなたの家門とは縁を続かせないように、兄上に教えておかないと、我が家の誰かが、虐待されてしまいます」
「そんなことしません!! きちんと反省しました!!!」
「なら、爵位返上していたでしょう。それが貴族です。帝国は、潔さを美徳としていますよ」
「残って、贖罪をしています。今も、いるかどうかわからない伯爵家の跡継ぎのために、賠償を帝国に支払っています!!」
「我が家は、爵位返上しましたし、賠償もしましたよ。全額、支払い済みです。まだ、払っているのですか? 大した金額ではないのに? ケチ臭い」
「っ!?」
どうやったって、サリーにクララは勝てない。まず、頭が違う。
しかし、サリー、随分と知っているな。俺が話題の大本である不幸な伯爵令嬢サツキの子どもだということも知っているだろうが、その情報だけは、表に出さないでほしい。筆頭魔法使いハガルが大喜びすることとなる。
食堂という、多くの貴族子息令嬢がいる中での口喧嘩。しかも、帝国中で知らぬ者はいないという不幸は伯爵令嬢サツキの不幸の元凶である二つの貴族の口論である。イヤでも注目される。
こんなことして、得はない。恥の上塗りだ。この真実を表沙汰にされたことで、間違いなく、サリーとクララは、今後、貴族の学校には通い辛くなるだろう。それでも、サリーはともかく、クララは止まれないのだ。
「そうだ、決闘、まだでしたね」
突然、クララ、俺に手袋投げつけたことを思い出した。なしで、と言っただろう、それ。
「そこの貧民、決闘です。手袋を受けた以上、決闘の拒否は出来ません。決闘しましょう」
「いやいや、いくら俺でも、あんたみたいな非力なお嬢さんと決闘は」
「問題ありません。代理を立てます。明日、この時間帯に決闘しましょう!! 逃げた時は、負け犬です」
「えー、面倒くさいんだけどー」
心底、どうだっていい。挑発されたって、俺は受けないよ。逃げるから。負け犬でいい。どうせ、そこら辺の護衛騎士でも連れてくるのだろう。まず、実践不足で、俺の持つ剣を鞘から抜かせることすら出来ないだろうな。鞘で滅多打ちだな。
だけど、ここまで注目されて、侯爵令嬢クララちゃんは、決闘でよく使われる闘技場で代理を連れて待っているわけだ。
「あれは可哀想よ!!」
見てきた二年の生徒会役員リコットが、クララの味方をして、俺を呼びに来た。
「えー、俺、負けでいいんだけどー」
「あのまま、あそこで待ちぼうけさせたら、それはそれで恥になるのよ!! だいたい、あなたの実力は有名なのよ!!!」
大したことしてないのにぃー。ちょっと小生意気なリコットの元婚約者の足をへし折っただけじゃん。あの程度なら、ちょっと腕に覚えのある奴は出来るのに。
まだまだ世間知らずの貴族の子息令嬢だから、ここで俺が逃げて負けたって、クララの勝ちにはならないんだろう。そういうの、俺はどうだっていいんだよなー。
リコットがいうので、仕方なく、俺は闘技場に行くこととなった。もちろん、お嬢さんサリーと皇族セキラも同伴である。
「お嬢さん、セキラ様、大人しく、ここで見てろよ!!」
「ご一緒します!!」
「一人にしないでぇ!!」
サリーは俺の側にいたくて、セキラは一人は怖いので、決闘する闘技場のど真ん中までついてきた。護衛しながら決闘って、無茶苦茶だなー。さっさと負けよう。
貴族の学校の闘技場は、騎士を目指す若者のための場所である。一応、貴族の子息は剣術体術は必須である。皆、へっぴり腰なりに、腕を磨くんだよ。実際に騎士が来て、指導してくれるわけだ。騎士側にとっても、見込みのある若者の見極めである。お互いにためになる授業だ。
だが、一年の入学したての若者たちは、この剣術体術の授業はない。二年の終わりからだと聞いたなー。そんなんで、騎士になれるはずがない。将来、真剣に騎士を目指してる奴らは、貴族の学校に入学するよりも前に、それなりに修練しているものだ。
そんなお遊戯会の会場のような闘技場のど真ん中で、侯爵令嬢クララが代理と一緒に待ち構えていた。
「なんでお前がいるんだよ!?」
よりによって、騎士団副団長メッサだよ!! 何やってんだよ、本当に!!!
「暴漢に襲われそうになってるとこを助けただけだよ!!」
そっかー、親切でやったら、紆余曲折で、こんなことになっちゃったんだなー。本当に、不幸体質だな、メッサ。
大昔、貧民街で密偵していた時は、次兄ルキエルにいいようにこき使われ、騎士に戻れは、筆頭魔法使いハガルにいいようにこき使われ、なのに、人情に弱いから、すーぐ利用されちゃうんだよな。
「騎士様、どうか、わたくしに代わって、あの男を倒してください!!」
「無理無理無理無理!! あいつ、むっちゃくちゃ強いよ。俺が百人いたって、倒せないよ!!」
「騎士団副団長と言ってたではないですか!! まさか、嘘だったのですか!?」
「クララお嬢さん、それは事実だ」
俺からもメッサの肩書きについては口添えしよう。
だけど、公衆の面前で、騎士団副団長が俺相手に逃げ腰なのは、後で筆頭魔法使いハガルが怒るな。ハガル、帝国に泥塗るようなことすると、後が怖いんだ。あいつは、帝国第一だから。
仕方なく、俺は皇族セキラに助けてもらうことにした。
「セキラ様、出番です」
「そ、そんな、こんな人が多い場所で」
「この場を納めないと、間違いなく、サイ様が怒るよ。俺は告げ口しないけど、絶対にどこからか、サイ様に伝わります。ほら、いっぱいいるし」
闘技場には、野次馬さんがいっぱいだ。皇族サイは、影の皇帝として、こういう噂話を集めて分析するのが大好きだ。そうやって、人の弱味を握って、しかるべき時と場所で陥れる。
ここまでの貴族子息令嬢の口を封じるのは不可能である。だったら、皇族として、セキラはそれなりの責任を発揮するしかないのだ。
「ち、父上に、折檻されるぅ」
全身から物凄い汗をだらだらと流すセキラ。我が子であるからこそ、サイは容赦ないんだな。俺もセキラの不利にならないように、発言には気を付けよう。
色々と頭をぐるぐると混乱させて、焦るセキラ。そのセキラの耳元に、サリーがごにょごにょと囁く。サリーの素晴らしい頭脳で、解決策をセキラに与えたんだな。
セキラ、サリーの囁きで、正気に戻った。真面目な顔しても、可愛いな!!
「この決闘は、皇族セキラの名の元に中止とする!!」
「いくら皇族といえども、決闘に口出しは許されません。そう決まっています!!」
クララも色々と調べたんだな。実際、そうなんだ。弱肉強食である帝国では、決闘は尊いのだ。だから、皇族といえども、止められない。
「帝国の所有物である騎士を決闘の代理として使用することを皇族として認めるわけにはいかない!!」
メッサが騎士であることが問題だった。
騎士は基本、帝国のために力をふるうものである。だから、騎士の弱者救済も、帝国の美談となるため、推奨されている。騎士と名乗って、何かをやることは、それなりの責任を持つこととなる。
「騎士を代理として使うなら、私設騎士を使いなさい。帝国の騎士は、代理で決闘することも、帝国の許可が必要だ」
「メッサ様個人で、この場に立ってくださいました!!」
「それでも、騎士団副団長の肩書を名乗っている。個人といえども、帝国の威信を背負っている。それを皇族である、ぼ、ボクが、見逃すわけにはいかないぃ!!」
もうそろそろ、皇族セキラの限界だ。こんなに長く、人前で大きな声を出すのは、頑張ったほうだ。もう、真っ青である。
「もう、そっちの勝ちでいいから、やめやめ!! 俺はな、帝国には逆らわない、と決めてんだよ。メッサの勝ちだ。良かったな」
「助かったー」
もう半泣きのメッサ。お前なー、もっと相手見極めてから受けろよ。
いつもの茶番劇になって、野次馬たちは、さっさと帰っていく。勝ったことにされたクララは、顔を真っ赤にして悔しがって震えている。
「クララお嬢さん、ほら、昼休み終わるから」
「どうして、サリーばっかり、ずるい!!」
何か爆発したのだろう。クララはその場で子どものように泣き出した。




