3-12.白髪の青年の物語 転(1)
スメルとイリアが来て、ひと月が経った頃。
「おぉ~…!」
夜。食堂に集まった家族一同、みんなで歓声を上げてしまう。
待ちに待った実りの季節、麦や芋が穫れ、育った牛からは乳が搾れた。僕たちの前に並べられているお皿の上には、いつもの魔物肉ではなくパンとスープ!
「さあ、みんな! お姉さんが腕によりをかけて作った料理! たーんと召し上がれ!」
イオの鶴の一声で、みんな一斉に皿へと手を伸ばす。
小麦色のパン! 見るのも懐かしい。ふんわりと焼きあがった生地からはたまらない香りが漂ってくる。
そしてシチュー! 芋が入ったそれは甘くて優しい香りをたてる。ぐぅ~と、たまらず腹が鳴る。
「っ…」
もはや我慢ならない。焼きたての熱さも意に介さず、パンを掴み取ってちぎる。そしてシチューに浸して、食べる!
「~~~!!」
っっっ~、美味いっ!! あ~、普通の食事! 最高においしい!! 魔物の肉とは全然違う!!
「いやぁ~!! 最高だな! やっぱり王国民の主食はパンよ、パン!!」
「ワンクス先輩の意見に同意っす!! うますぎるっす!!」
僕以外の男2人はパンにそのままかぶりつく。ワンクスは目に涙を浮かべてまで喜んでいる。
「いや~、まだまだ材料が少ないから適当だけどそれでも本当に美味しいわよね」
みんなから遅れてイオも料理に手を出し始める。その隣で無言のイリアもこくこくと頷き返していた。
いやぁ~、素晴らしい! 食べ物って本当に生きる活力なんだなって思う。未来を生きる希望! 味をみんなで語り合う幸せ!!
久しく忘れていたその感覚に、僕たちは浮かれていた。
「………」
だけど1人、浮かない顔をしてみんなの顔を見回す家族がいた。
「どうしたの、ルイナ?」
「え、あ……」
シチューを一口食べたまま、次の一口に進まない。問われたルイナは何も答えず、パンを小さくちぎって頬張った。
「………」
戸惑い、だろうか。食べてすぐに小さく息を呑む。そのまま咀嚼して、飲み込んだ。しばらく俯く。イオもルイナの異常に気が付いたらしく視線を送る。
「ん? ルイナ先輩、どうしたっすか?」
「なんだ。虫でも入ってたか?」
他の家族もルイナを見る。その視線に耐えかねたのか、ルイナがとうとう口を開いた。
「あの―――味が、しません……」
「えっ?」
家族の視線がイオに集中する。イオは慌てて首を振った。
「え、なに? 私のせい? え~、ルイナのもみんなと一緒のはずなんだけど―――ちょっとごめんね」
そうしてルイナが口にしたシチューをスプーンですくう。
「ん~」
そして一口。すぐに口を開く。
「ん、一緒ね。味に異常は―――ん~……」
そこで言葉が途切れる。イオが何を言い躊躇ったのか、それを悟って僕たちは言葉を失ってしまった。
ルイナには味覚がない。そんな事実が発覚してしまった後の食事は、いつもよりも味気ないものに変わってしまった。
「ルイナ先輩、元気だしてくださいっす」
「…うん。ありがとうね、スメル君。イリアちゃんもありがとう」
食事の終わり。ルイナのもとへスメルとイリアが寄りそっていた。スメルは言葉で、イリアは手を握ることで慰めようとしていたが、応対するルイナの笑顔は晴れやかなものではなかった。
「……今まで気づいてあげれなかったね」
「……そうだね」
ルイナ達の様子を扉越しに眺めつつ、イオと庭先で皿洗いをしながら後ろめたさを口にする。
今まで気づかなかった。だって、魔物の肉はそもそも味が非常に薄い。煮ても焼いても僕はいったい何を食べさせられているんだろうな?と思わされるものだった。香りのする野草をまぶしたりして何となく誤魔化していたけど噛めば噛むほど味がしない代物だった。
だから僕たちは“味がしない”といつも言っていた。ルイナも違和感なく食べていたんだろう。だから僕たちもルイナ自身も気づかなかった。
それが今晩、初めて露呈してしまったんだ。
「―――ルイナ、ショックよね、きっと」
「……当たり前だよ」
問われて答える。
今晩の食事はみんな期待していた。ルイナも楽しみにしていた。イオが料理しているところを後ろから眺めていた時、ルイナが浮かべていた表情を思い出すとつらい。
それに、みんなルイナへ後ろめたさを感じるだろう。それを想像してルイナは一層つらさを感じる。そういう子だ。
「……何とかならないのかな」
「本当に、ね…」
僕がぼやいた愚痴には、当たり障りのない愚痴しか返ってこない。
―――どうしようもないことなのか。楽しみにしていた料理を前に愕然としていた彼女の顔を思い出して、やっぱり、つらい。ままならなさに天を見上げる。
紺青の空に、白銀の月が1つ。月を見ているとより強くルイナを思い出してしまう。坩堝だった。
「あの料理なら、記憶を取り戻す役に立てるかなと思ったんだけどね…」
「うん―――え?」
そんな中、イオがぼそりと呟いた言葉に動揺の声を上げてしまった。
「記憶って―――え、ルイナの記憶のこと?」
「そう。あの料理、お母さんによく作ってもらってたんだって」
「え……」
色んな意味で絶句してしまう。ルイナ、え、記憶戻ってるの? いつの間に?
っていうか記憶取り戻しちゃまずいんだよ……いや、でも、イオやワンクスに伝えてあるのは、必要以上にルイナや狼へ警戒心を持たれないために“狼が介入してくるのはルイナの平穏が崩された時”という内容だけだ。記憶を取り戻したらまずいっていうのは僕しか知らない。
だから僕の焦りをそのままイオには話せない―――だけど、記憶を取り戻すのはまずいんだよ…! そうして僕が葛藤していると、イオが横目で見てくる。
「そんな驚かなくても―――ルイナ、最近夢を見るんだって」
「夢?」
どうやら僕の動揺の原因を悟られることはなかったらしい。イオは甕から水をすくって皿を洗い流しながら答える。
「子供の頃の夢だって。お母さんがいて、お父さんがいて、一緒に洗濯物を干したりパンを焼いたり、友達と川まで遊びに行ったり。たまーに見るらしくて、今晩出した料理もルイナからのリクエストだったの」
「そうだったんだ…」
答えながら、内心バクバクが止められない。今のこの会話も狼に聞かれているだろう。となると、ルイナの記憶が戻りつつあることを知られている。というかもっと前、イオとルイナが話している時から狼はそれを知っているはず。
介入、してくるのか? この場に現れて注意されるのか? いや、注意だけで済まされるのか? 彼は障害を排除って言ってたぞ、どうなんだ…?
「っ!」
―――その時、ふいに大きな影が僕たちに覆いかぶさるのを感じた。弾かれるように振り返る。
「…ジャック?」
「……あ、あぁ」
そこにいたのは―――いや、あったのは月に被さる雲だった。
「ジャック、どうしたの? あなた変よ」
「―――ああ、ごめんイオ。ちょっと神経質になりすぎていたみたい」
「神経質って。ん、もしかしてそういうこと?」
言葉少なく語ってみせたはずだけど、その言葉端から真意を掴んでしまったらしい。イオは目を細めて空や森の方を遠目に眺める。
「―――ジャック、私にはどうにも分からないけど、あの狼」
「イオ、その先は言わないで欲しいな」
「……はぁ~」
イオのその先の言葉は介入条件に触れていたもしれない。僕が言葉を遮ると、イオは額を掻きながら息を吐く。
「ジャック。あなた、また1人で抱えていますね?」
「うっ…はい…」
丁寧口調で天を指される。あぁ、説教モードになってしまった。
でも、すぐに『やれやれ』と肩をすくめられた。
「まあいいでしょう。ジャック、細かいこと言えないようだから聞くけど、あなたに任せてもいいのね?」
「……そうだね。もう少しだけ1人で頑張らせてほしいな」
「よろしい。でも、つらいときはお姉さんに言うこと」
「うん。ありがとう、イオ」
『どういたしまして』と、微笑まれる。相変わらず、にかりと笑う顔が様になる姉だ。
「で、ジャック。どうするの?」
「ん。とりあえずもうちょっと夜が更けた頃になったら聞きに行こうかなと思ってる」
「そう」
イオが手を伸ばしてくる。僕は意図を察して洗いかけだった皿を手渡した。
「じゃあ、それまではゆっくり休んでなさい。あと、きちんと剣は持っていくこと。いい?」
「勿論。それと、ごめんね」
「いいってこと。それがあの子の―――ううん。私たちの為なんでしょ?」
その問いには曖昧に笑ってしか答えられなかった。ほんと、イオには敵わないなぁ。




