3-9.白髪の青年の物語 承(4)
まとめよう。とにかく一回整理しよう―――狼に教えられた情報を参考にしてコボルトを狩り、遺体を運びながら考える。
まず、彼が介入する条件だ。
“私の使命は、あの御方にヒト族として、このまま平穏に過ごして頂くこと“
彼の言葉を借りると、多分介入するタイミングはその使命が脅かされた時だろう。
……つまり、彼が動く条件は2つ。
1つ目は、“あの御方にヒト族として”から推測するに『ルイナがヒト族として扱われなくなった時』、あるいは『ルイナが自分をヒト族だと認識できなくなった時』。
……この情報だけだとどちらであるかは断定できない。ただ、2つ目の条件と合わせて考えると答えが出る。
その2つ目の条件は、“このまま平穏に過ごしていただく”というところから何となく推測できていく。
僕は初め、“このまま平穏に”という言葉は身体的平穏、もしくは言葉の意味そのままで平穏な生活が送れればという意味かと思った。でもそうじゃない。狼は暴力行為を見過ごすという言葉でもってその条件を否定した。
つまり、“このまま平穏に”というのは精神面にかかっているんじゃないかと推測できる。そうすると、“このまま”という言葉を当てはめることが出来る、ルイナの異常に1つだけ心当たりがある。
記憶喪失だ。だから2つ目の条件は『ルイナが記憶を取り戻した時』ということになる。そうすると、恐らく1つ目の条件はより内向的な意味の『ルイナが自分をヒト族だと認識できなくなった時』というのがより正解なんだろう。
―――つまり、条件の裏側を考えてみるとルイナはヒト族ではない。それが事実かどうかは別として、少なくともあの狼はそう思っているということだ。
ヒト族ではない―――それでもヒト族に見える姿ををしている以上、範囲は他の人間種族か魔族か、くらいだ。ただエルフ族、ドワーフ族、エンター族、他の人間種族はどれをとっても彼女の特徴と一致しない。魔族も僕が知っている限り合致する種族を知らない。髪の毛の色だけで言えば吸血鬼だけど―――陽光の下で生活しているし、そもそも絶滅している種族だ。それもあり得ない。普通に銀色の髪を持って生まれただけだろう。
そうなると全ての種族が排除されてしまう。だけどそうなった時に浮かび上がる存在が1つだけある―――異端だ。
彼女が何かの種族とヒト族との混血児である可能性。なるほど、一番あり得る、と思った。
異端は必ずどこかに特異的外見を持っている。普段見える範囲では見当たらないが―――もしかしたら、見えないところにあるのかもしれない。
「う~ん……」
ルイナは異端。ひとまずその仮説を正しいと仮定しよう。
次にあの狼の正体について。まあ、正体と言っても狼は狼でしかない。ただ、彼は彼の意思でもってルイナを見守っているわけではないんだと思う。
“私の使命は先ほども申し上げた通り。ただ、それを果たせなかった時のことまでは考えられていないのです”
彼は使命という言葉を多く使った。でも、それは何となく自分で自分に科したものではなく、与えられた命令だというニュアンスが強い気がした。
それが証拠に、使命を果たせなかった時のことを“考えられていない”と言った。“考えていない”ではなく。
つまりは、誰かがあの狼にルイナを見守るよう命令している。多分、これは間違いないと思う。
そして、狼が最も答えを濁した質問。介入した時にルイナはどうなるかについて。
“考えられる可能性は2つあります。“今のまま”か、“そうでないか”です”
一見、何も答えていないようだけど、1つだけ確かなことがある。それは、ルイナに対して狼は何もしないということだ。
僕があの質問をした意図は、介入した後、狼はルイナを救うのか、もしくは殺したりするのかどうか、ルイナの身の安全如何を聞きたかっただけだった。それに対しての答えは意外にも“特に何もしない”だった。
そうして介入する条件から察するに“今のまま”というのはルイナが記憶を失ったまま、自分をヒト族と思い込んでいる状態を指しているんだろう。その場合狼は何もせず、今と同じように遠くからルイナとその周囲を見守り続ける。
そして最も重要なのが“そうでない”時だ。ルイナが記憶を取り戻してしまった時に何が起こるのか―――そこが多分、あの狼が最も隠したがっているところに違いない。そこに通じるヒントは何も出されなかった。
ただ少なくとも間違いないのは、ルイナに記憶を取り戻されることが狼に命令している者にとって不都合であるということ。それと、それでいてその者がルイナを積極的に殺すつもりはないということ。
そこから察するに、善意か悪意かは知らないけれど、ルイナに平穏に生きて貰いたいという思惑が見える―――何となく、その思惑をあの狼は曲解しているような気がしてならないけれど……
「……ふぅ」
森を抜け、村の門が見えてきた。
門をくぐりながら、考える。あの狼と話をして予想外に色んなことが見えてきた気がする。
だけど結局、僕に出来ることってすごく限られている。対外的にも、心づもり的にも。
「ただいまー、イオ! 一回戻ってきたよー!」
「はーい!」」
イオの家に着く。扉の前で大声を上げると、どたばたと駆ける音が外まで聞こえてくる。
「おかえりなさい、ジャック! って、コボルト?! あなた、これ1人で狩って帰ってきたの?!」
「うん、まあ、手伝ってもらってね」
「手伝って、って―――ああ、そういうこと」
言葉少なに言ったけど、イオは納得したように鼻から息を漏らす。
「……それでも、1人では危ないことに変わりありません。事情が事情なだけに今回は見逃しますが、次からは見逃しませんからね!」
「うん、ごめん。分かったよ、イオ」
いつもの小言に苦笑を返す。そうして庭先まで魔物の遺体を運んでいると、急に後ろから肩を組まれた。
「おいっ、ジャック! お前一回村に帰ってきてんだったら俺に言えよ! 何も言わずにまた1人で出てくとはどういう了見だぁ!?」
「わ、ワンクス、ごめん……」
ワンクスは肩を組んだまま、僕の頭に拳骨を押し付けて―――痛い!
「痛いっ、痛いって…!」
「これは制裁だ、罰だ、お仕置きだっ! お前、1人で何もかも抱え込む癖はいつまでも直らねぇなぁっ!?」
「だからごめんって―――あだだだっ!」
あれ、いつの間にか腕も取られてる! 逃げれない?!
「お前のごめんは口先だけだって、こちとら知ってんだよ、この白髪野郎が!」
「そんなことな―――いだっ、いだだっ!?」
「どうだっ!? 反省したかこの野郎!?」
「っ、反省した! しました! ごめんなさい、もう1人で勝手に村を出ていきません!」
「よろしい」
ぜはー……やっと解放された。地面に膝をつけながら息をつく。腕っぷしなら負けないはずなんだけどなぁ……
「ってなわけで、ジャック。行こうぜ? もう陽がこんなに高く昇っちまった。早くノルマこなさねぇと、見回りまでの休憩時間がなくなっちまうぞ」
「いつつ……うん、分かったよ、ワンクス。すぐ行こう」
立ち上がり、イオに再出発の声をかける。イオは魔物の遺体と格闘中で、『ん!』とだけ返事を返してきた。
「………」
庭を出る。『さあ、行くぞ~』と気だるげに言うワンクスについていきながら、ふと背で足音を感じる。
振り返って、まだ俯き加減な顔に声をかける。
「ただいま、ルイナ」
「―――おかえりなさい……ジャックさん」
さっき別れた時と同じ、僕とまだ顔を合わせようとしない。ちらちらと、顔色を窺うように目だけを動かしている。
「大丈夫だよ、ルイナ」
だから僕は一歩近寄り、片膝をついた。彼女の俯いた顔をまっすぐ見上げる。
「僕は君を守り続ける。身の安全も、心の平穏も、僕が守る。だから安心して、いつもみたいに笑ってくれると嬉しいな」
「………ふふっ」
そのまま手を差し出すと、静かに笑って彼女は応えてくれた。
「なんだかジャックさん、王子様みたいですね」
「王子様は、さすがにちょっと恥ずかしいなぁ。僕なんて番犬くらいに思ってくれたらいいよ」
「ふふっ、それは出来ません」
手が握られる。多少仰々しくても、きっと今の僕たちにはそれくらい分かりやすい方がちょうどいい。
「―――ジャックさん、これからもよろしくお願いします」
「任されました、姫」
「姫って……ふふっ、なるほど。ごめんなさい、確かに恥ずかしいですね」
「でしょ?」
可笑しくて笑ってしまう―――と、後ろから殴られる。
「てめぇら公衆の面前でいちゃついてんじゃねぇよっ! ってかジャック、とっとと行くぞ!!」
「いてて……ごめんワンクス。じゃあね、ルイナ。行ってきます!」
「ふふっ、はい、ジャックさん。行ってらっしゃい」
見送られ、村を出る。
―――なるほど。思い返せばこれまで、悲嘆に暮れてばかりだった。何かにつけて悩み、苦しみ、同時に誰かを傷つけていた。
それが無駄だったとは思わない。必要な時間だったんだろう。
それがあったおかげで、今こうしてルイナと向き合える。新しく家族を受け入れてもいいと思えるようになった。
―――でも、やっぱり。君を失った傷はまだ癒えないよ。癒えるわけが、ないんだと思う。
だけど、それで他人まで傷つけちゃいけないんだと思う。だから許して欲しい。僕は、君を失った傷跡を隠そうと思う。
強くあるために。だから、どこかで僕のことを見守っていて欲しい。
「ジャック! お前またボーっとしやがって!」
「してないしてない。ボーっとなんてしてない」
―――大丈夫。僕はもう、君を見失わないよ。
……コレット。
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次話は1話分だけSide挟みます。




