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銀と魔法使い  作者: あっちいけ
第3章 純粋で純朴で純情な彼は黒に染まる
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3-1.白髪の青年の物語 起(1)

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 Side:ジャック


 ヒトは存外しぶとい生き物らしい―――僕は最近よくそう思う。


 生きるに必要な水と食べ物、昇る太陽と踏みしめられる大地、そして役割。それだけあればわりと真っ当に生きることが出来るんだと感心してしまう。


 あの時、あの場所―――いや世界中で、たくさん死んだ。見捨てた命だって少なくない。誰もが生き延びるので精いっぱいだった、あの冬。あの辛さ。


 それも乗り越えてしまえば少しずつ忘却の中に埋もれていって、時々ちくりと刺さるだけになる。ヒトって、本当にしぶといと思う。


 汗をぬぐう。木漏れ陽(こもれび)が眩しい。空の向こうは晴れ渡っていて、夏の青さが気持ち良い。


 鼻の下を風がくすぐる。掻こうとして、手にべったりとついているものを見て思いとどまる。少しぼーっとしてしまっていたようだ。


「おい、ジャック。そろそろ行こうぜ?」


 隣の相棒から声をかけられる。木の根にもたれて座っている、ひょろりと細身の茶髪頭。彼は鼻を鳴らした。


「風の向きが変わった。血の臭いで集まってきかねねぇ」

「ん。分かった、行こうか、ワンクス」


 そうして僕は仕留めた獲物を担ぎなおす。拍子に目の前に前髪が落ちてくる。白いそれは、手で掻きあげると少しだけ赤に染まった。


 生きる為に必要な食糧。どれだけそれが悪食だろうと、背に腹は代えられない。


 毛だらけ、犬頭の魔物コボルト。その死体を背負って、僕はまた帰路についた。














 大陸南東の国キルヒ王国。その西部に位置する、森と平原の狭間に建つ村オグスト。


 あまり良いところじゃない。半壊した家が半分。跡形もなく倒壊した家がもうその半分。人がまともに住めるのは数少なく残った建屋と、急造の掘っ立て小屋しかない田舎の村。平和に鳴く鳥の声が、場違いに思えてしまう悲惨な村。


 作りかけの村の門でワンクスと分かれて、僕は担いできた荷を目当ての家の前で降ろした。


 コボルト。討伐1匹あたり銀貨2枚程度にしかならない、駆けだし向けの魔物。


 今、彼は胸を裂かれて死んでいる。勿論殺したのは僕で、避けきれなかった返り血が服を濡らしてきて気持ち悪い。


「イオ~! 一回戻ってきたよ!」


 扉の前で声を上げて、中にいる仲間を呼び出す。


 は~いと、扉の向こうから声が聞こえる。そうしてバタバタと駆け寄ってくる物音、それからバタンと扉は開いた。


「おかえり、ジャック!」


 赤橙色のおさげ髪が向こうから現れる。


「ただいま、イオ。と言っても、またすぐに出ちゃうけど」

「それはそれ、挨拶は大事よ? それにしても、わお、コボルト! 今朝も初っ端から活きのよさそうなのを持ってきたわね」


 べしべしと、イオはしゃがんでコボルトを叩きながら見上げてくる。確かに、平均よりはガタイがいい個体だったかもしれない。2人がかりだったからそれほど苦労なく倒してしまったけど。


「ワンクスも真面目にやってくれてるから楽勝だよ。あいつがこの調子のままなら、昼過ぎくらいまでにはノルマ分集められそうかな」

「ん、了解。でも、あんまり無茶はしないこと。怪我だけはしないように」

「ん、分かってるよ」


 まるで母か姉のような物言いだ。こんな状況でも変わらず飛んでくる小言に、ついつい苦笑を浮かべてしまう。


「まあ、ともかく。一応血抜きは済ませているけど、扱いには気を付けてね」

「了解! お姉さんにお任せなさい!」


 そばかすが目立つ顔で、イオは上機嫌そうに笑う。そうしてコボルトの死体に腕を回した。


 血抜きしているとはいえ、それなりの重さがある。ただ、後衛職といえど彼女も冒険者。こともなげに持ち上げて、屋内を血で汚さないように庭の方へと向かっていった。


 それを見送って、首を鳴らす。


「―――さてと」


 そろそろ行くかと振り返ったところで。


「ジャックさん」


 突然袖を後ろから引かれる。名を呼ばれる。


 わっと驚く間もなく、引かれて振り向いた頬に濡れた手巾があてがわれた。


「すみません。そのまま少し動かないでください」

「―――っ」


 イオじゃない。イオが開けっ放しにしていた扉の向こうから現れた白銀の髪。そのひとは僕の頬を拭っていく。


 親指に嵌められた翡翠の指輪が陽光を照らし返す。やがて真紅の双眸が、僕の顔を丁寧に見回した。


「―――ん、お待たせしましたジャックさん。綺麗に血が取れましたよ」

「………」


 少し、放心。息が吐けなかった。溜め込んでいたものを吐き出してやっと言葉が出てくる。


「……ルイナ、あんまり驚かせないでよ」

「あ、驚かせてしまってごめんなさい。声をかけようとしていたんですが、行ってしまいそうだったのでつい先に手が出てしまいました」


 くすりと鈴が鳴ったように笑う。奥ゆかしく笑むその表情に、誰かの面影が重なる。


「……まあ、いいや。それじゃあね」

「はい、行ってらっしゃいジャックさん」


 動揺がおもてに出る前に別れを告げる。背中でルイナの声を聞きながら足早に去る。


 途中、振り返る。彼女はもうそこにいない。


「………」


 ため息一つ。頭をこつんと叩いて背筋を正す。


 見上げた空は平和そのもの。だけど地上は地獄の様相。


 ―――“暮れの災厄”。僕たちヒトはそこから立ち直れていない、危機的状況の真っただ中だ。







【Tips】魔物

 魔素と血の巡りによって生を成り立たせている種族を総じて魔物という。

 血と肉と骨を持ち、心肺並びに消化器官など生体組織は極めて人間種に近いものを持っている。だが、彼らは血の巡りだけによって生きているわけではない。

 彼らが生きる為に必要なものは食事や水以外に魔素がある。彼らはヒトと同じように血を流しすぎると死ぬし、魔族と同じように魔素を失っても死ぬ。

 そんな彼らの死体を、一般的にヒトが食すことはない。獣や家畜と違い肉に含まれる魔素濃度が高く、食べれば中毒を起こしてしまう。また、見た目に反してどの部位をとっても味が非常に薄い。更には調理の過程で出る血肉の臭いが魔物を呼び寄せる原因になりかねない。

 百害あって一利なし。“彼らの肉を食す者は、魔物同士しかあるまい”―――人間種社会において、それは長らく一般論であった。

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