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銀と魔法使い  作者: あっちいけ
第2章 その腐った果実の見た目は赤
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2-7.害す者と守る者(3)

 



「異端狩り―――って、あの……?」


 ツォンギンの呟きは、サラの耳にも届いた。彼の視線は紛れもなくミチの背に向かっている―――であれば、ミチこそ噂されている『異端狩り』の正体であるのか? サラは困惑と動揺に揺れたまま、歩み寄ってくるミチへと視線を戻す。


「そう。あたしがその異端狩りってやつ。証書が欲しいなら宿まで来なさい。見せてあげるから」


 そうしてミチは、相も変わらず飄々として言葉を返してくる。彼女は自身の歩みを止める者がいないことを知っているかのように、堂々と通りを歩く。


 事実、誰も彼女に制止を呼びかけない。市民は当然である、むしろ殺しの起こった現場よりおののき離れる者もいた。


 異端審問官たちも、彼女の歩みを止めようとしない。彼女に許されている権利は自分達と同様、教義にならった『正義の執行』である。

 彼ら異端審問官が異端へ贖罪の生を強制するのも、異端狩りが断罪の死を与えるのも、共に別の大司教から下されている命令であるからして、ラサ教会内での力関係で言えば同等。教義の解釈違いにより起こっている些細な矛盾に過ぎない。


 その矛盾を争点にして戦っているのは上層部であり、手足である自分たちがそれに口を出すことは許されていない。故に、彼らは彼女へ制止の声をかけられない。


 それは異端狩りである彼女にしても同じである。異端狩りの命を受けた時に交わされた契約の中に、『異端審問官に捕らえられている異端は諦める』というものがある。互いの領分には不可侵であることが義務付けられていた。


 しかし、それも捕らえられている間のみ有効な契約である。捕縛より抜け出た異端を彼女が殺してしまっても、それは契約違反とはならない。この場の誰も、ミチを責めることは出来ない。


「―――どうしてっ、殺したんですか…?」


 ただ、サラだけは問う。異端狩りという言葉は知っており、それがどういった存在であるかも知っている。

 それでも、何故ミチが異端の子を殺したのか、それを問いたださずにはいられなかった。


「………」


 その問いに、ミチはつまらなそうに目を細める。真意を掴もうと視線を尖らしてくるサラの顔を見上げて、やがて彼女は答えた。


「あんたがあたしの何を知りたいのか知ったこっちゃないけど、一つだけ言ってあげる……あたしは、あんたのお姉さんじゃないの」

「―――っ!!」


 瞬間、サラの瞳が見開かれた。


 沸いたのは、怒りの感情であった。それが何故であるのか、直情である彼女は気づけなかった。ただ彼女は感情の沸くままに、抜身の剣をミチめがけて構え直した。


「っ、そんなこと、関係ないっ!! あなたは、どうして異端を殺すんですか!?」

「本当に関係ないのかしらね」


 問いへの答えは、もはや独り言のような呟きであった。


「よせ、サラ。冷静になれ」

「っ―――隊長…」


 代わりに、彼女へ声をかけたのはツォンギンであった。ミチとの間に割って入り、手でサラの制止を促す。


「残念。そのまま襲ってきてくれた方が都合よかったのに」

「……いつから異端狩りは異端審問官まで狩ってよいことになったのだ?」


 けらけらと笑うミチに対してツォンギンが問う。襲ってくれた方が都合が良かったなどとは―――異端審問官と争うことを求めるなど、いかに大司教から地位を認められた者だとしても看過できない。


 しかし、変わらずミチは笑って答える。


「違うわよ。あたしは別に異端以外殺すつもりも傷つけるつもりもない。ただ、異端を殺したいだけなんだから」

「……であれば、先ほどの発言はなんだ?」

「それはあたしが答えてあげてもいいけど、そうね―――」


 そう言って、ミチは三角帽子のつばを押さえて、視線を隠す。一陣の風が、赤髪を揺らした。


「答えはきっと、風が教えてくれるわ」

「……? それは―――」


 どういう意味なのか。ツォンギンが問おうとした時、それは起こる。


「ぐっ……!」

「きゃっ!」


 突如、横殴りの突風が吹き荒れる。それは砂を舞い上げ大通りを襲う。


 砂塵に呑まれた者は皆、手で目鼻口を覆う。ツォンギンは吹かれる風の向こうにミチの姿を探すが、舞い飛ぶ砂塵が目に入り、それどころではない。たまらず目を閉じ顔を手で覆う。

 サラも剣を握るのと逆の手で顔を覆った。強風が耳の中で暴れる中、近くで上がった誰かの悲鳴が遠ざかっていくのを感じる。


 やがて、始まりと同様その風は唐突に収まった。瞼をこすり、砂と涙に滲んだ視界を晴らしながらツォンギンは周囲を見渡す。

 しかし暗い。吹かれた風により多くの松明の火が消えてしまっていた。


「明かりを!」


 すかさず彼は指示を出す。控えていた異端審問官たちが風に飛ばされ落ちていた松明を拾い上げ、魔術でもって火をつける。


 照らされた大通りの中から、ミチの姿が消えていた。


「っ……、いったい、どこに―――」


 左右を探すツォンギン。彼同様、部下の異端審問官たちもミチを探すが見つからない。


「こっちよ。こっち」

「っ……!」


 ただ当の本人には隠れる意図はなかったようで、時を待たずして声がかかる。

 聞こえてきたその声は頭より高い位置から降ってきた。彼らは声の主の姿を探し、視線を上げる。


「っ、あんなところに―――」


 その姿はすぐに見つかった。彼女は僅かの間に屋根の上に居場所を変え、自分達を見下ろし立っていた。


「ひっ、えっ…な、なんで……!?」


 そして、その隣には何故かサラが先ほどまで抱き留めていた少女がいた。彼女は砂塵を逃れるために目を閉じていた僅かの合間に、自分の立っている場所が変わっていたことに驚き、小さく悲鳴を上げた。


 彼女の腕を、ミチはしっかりと掴んでいる。そして掴んだ腕を掲げ、叫んだ。


「こいつはあたしが捕まえた! これより、こいつの生殺与奪の全権利はあたしに委ねられる。いいわね?」


 その宣言に対し、ツォンギンは表情を歪めた。周りを見回して、民はおろか部下の中にも何人か相手が何を言っているのか分からず不明瞭な顔をしている者がいるのを認め、声を張り上げて言った。


「異端狩りよ! その少女は確かに異端の嫌疑をかけられていた。だが、まだ異端となったわけではない!」


 その声を聞き、サラを初め部下達は緊張を高める。かの少女は異端をかばった罪人―――異端である。


 そして、その腕を今掴んでいるミチは異端狩り。起きている事態をようやく民も察し、彼らもまた表情を強張らせ、ミチを見上げる。


 彼女はツォンギンの言葉に、鼻を鳴らして応える。


「ふん、屁理屈ね。こいつは異端に食べ物を与え、烙印を押すことを躊躇った。異端に同情し、救おうとしていた! 誰がどう見ても罪人、こいつは異端よ!」

「だとしても、その少女はサラの手の中にあった! 異端を我らの手から奪うのは契約違反だろう」

「あら、あたしが捕まえた時にはそこの異端審問官、こいつを手放していたわよ?」


 そうして話に上げられたサラへ視線が集まる。


 サラは顔をこわばらせてしまう。確かに、砂塵に巻き込まれた時に少女より手を離した。片手に剣を持ちながら顔を守る為には、もう片方の手を少女から離さざるを得なかった。彼女は暴風の中で聞こえた悲鳴が連れ去られた少女のものであったのを遅れて悟ったのであった。


 サラより明確な否定が出てこず、ツォンギンは喉を低く唸らせる。だが、再びミチを見上げ、反論を続けた。


「だが、あの風、あれはお前が起こしたものだろう! であればそれは妨害行為だ!」

「失礼ね。あの風をあたしが起こしたって証拠はあるの? 詠唱は? 魔法陣は? 誰か見聞きしていたのかしら? 偶然起こった風さえもあたしのせいにされちゃ困るわ」

「ぐっ……」


 問答は平行線。ただ少女の身柄がミチの手にある以上、間違いなくツォンギンの方が分が悪い。正当な理由なくして力づくで奪うことは許されない。


 それが異端狩りに与えられた権利。『異端審問官は異端狩りが捕まえた異端には手を出さない』という、大司教間で取り決められたルールであった。


 表情を歪ませたまま睨みあげてくるツォンギンに対して、ミチは肩をすくめてみせる。


「ま、あんた達が職務熱心なのは知ってるわ。今回も、あんた達の怠慢があったわけじゃない。全ては時の運、偶然が重なってあたしが勝っただけ」


 そうして殊勝な言葉をけらけらと笑いながら語るミチに、ツォンギンは目尻を尖らせて睨みあげるも、それしか出来ない。


「さあ、もういいでしょ。あたしはこの異端を殺さなくちゃいかないの。さっさと解散―――」

「いや……っ、いやぁっ!!」


 ミチが話を終わらせようとしていたその時、少女が動いた。ミチの腕を振り払い、逃げ出そうと暴れる。


「動くな」


 しかし刹那、無形の刃が彼女の足元へ巨大な裂傷をつける。吹き飛ぶ屋根の破片、轟く轟音。


 深く穿たれた足元の穴。それを見て少女は恐怖のあまり声も上げられず、ただ悲鳴を喉奥に飲み込むのだった。


「逃げるな、異端。逃げようとしたら、あんたの父親が見ている前で、あんたの口を耳に届くところまで裂いてやるから」

「ひっ……!」


 そうして冷たくかけられた言葉につられ、少女は眼下を見る。そこには、涙ながらに自分を見上げている父の姿があった。


「あたし、今とっても不機嫌なのよ。せっかく異端の身体を好きなように弄繰いじくり回せる機会だったのに―――加減を間違えて殺しちゃったじゃない? あたし、死体をいじる趣味はないのよ」

「……っ、……っ!」


 そうして囁かれる暴力的な言葉。少女の心はそれを受け止めきれず、とうとう腰を抜かしてしまった。既に立ち上がる為の力は残されていない。


「そうそう。そうして大人しくしてればいいのよ」


 それを見てミチは満足げに頷くと、眼下の者達を一度見渡し、杖を強く握りしめて声高に叫んだ。


「これからあんたを、殺しちゃった異端の代わりに嬲り殺してあげる。一晩……ううん、一昼夜かけて少しずつ嬲って、いたぶって、泣かせて、吐かせて、絶叫を上げさせてっ! そう、殺してくださいって何回も言わせてあげる!! ああ、考えるだけでぞくぞくしてくる!」

「っ……!」


 サラは身を震わす。高らかに叫ばれるそれらの言葉は、いったいなんであろうか。


 宣言?

 宣告?


 あえて広場の誰にも聞こえるように叫ばれるそれに、恐怖を覚える者もいれば、怒りを露わにする者もいる。


 しかし、それらの顔を見下ろしてなお浮かべられるのは、嘲るような笑み。幼い顔に宿る醜悪な邪気。


 サラは考える。喉の奥から込みあげてくる、目の奥から溢れ出てきそうになる、この自分を震わせてくる感情は何なのか。


 彼女には分からない。ただ、怒りが多くを占めていることに違いはなかった。


「狂人め…」


 呟かれる声がある。彼女は隣を見た。


 隊長であるツォンギンが表情を憎々しげに歪ませているが、それ以上に言葉を紡がない。既に彼に手はないのだ。異端狩りに捕らえられた異端には、異端審問官は手を出せないという掟がある以上、策はない。


 自身が異端審問官である限り。

 ミチが異端狩りである限り。

 少女が異端である限り。

 不可侵の契約は、破れない―――


 ―――いや。


「……!」


 その時、サラの脳裏に閃きが走った。1つだけ、策がある。誰も不幸にならずに済む道が、たった1つだけ残されている。


 隣を見る。彼女は隊長であるツォンギンへ相談をしようとして―――やめた。事へ彼まで巻き込むことは得策ではない。


 これは独断。どんな結末になろうとも、サラだけが責を被る形にするべき。


「っ……!」


 やるしかない。サラは意を決し、頭上を見上げて叫んだ。


「異端狩りよ! その娘は異端ではない! 私が証明する!」

「……はあ?」


 突如上げられた声に対して、今度はミチが気の抜けた返事をする番であった。


「あんた、今更何言ってるのよ。こいつはどう考えたって異端―――」


 心底莫迦にされているような声音。しかし、サラは挫けない。


「いや、違う! その子は異端ではない。何故なら、その娘が烙印を押さなかったのは異端に対する情けがあったからではないからだ!」

「なんですって……どういうことよ?」

「それは―――」


 問われたサラは閃きのままに言葉を続けようとした。しかしその時、違和感を抱いた自分にも気づいた。


 違和感の正体はミチの顔にあるわけではない。ただサラは、不機嫌そうな表情を浮かべるそれをじっと見つめた。


「……何よ?」

「―――いえ」


 仕切り直しに一呼吸をつき、サラは言葉を続ける。抱いた違和感は後回し、今はともかく走り続けると決めた。


「烙印を押す時、飛んできた砂埃が目に入って異端が見えなかったと、その娘より申告があった! 故に、再度の機会を与えようとしていた最中だったのだ!」

「そんなこと、話してるように見えなかったけど?」

「その会話は私とその娘だけにしか聞こえない声量で交わされていた。お前が気づかなかっただけだ」

「そんな屁理屈、通じると思う?」

「屁理屈だと思うなら、否定に足る証拠を」

「………」


 先ほどツォンギンがやられた意趣返しである。証拠を求められたミチは黙り込む。


 そのまましばし時が流れる。数秒経ち―――未だミチより否定の言葉は出てこない。

 勝機は得た。サラは機を逃さず、捕らえられたままの少女へと視線を移した。


「さあ、今こそお前の身の潔白を証明する時だ。お前の口から、証明に足る発言を」

「……!」


 少女は唇を震わせた。今どんな言葉を求められているか、瞬時に悟った。


 そうして一度、自身を捕らえているミチの顔を見ようとして、やめた後。


「そ、そのひとの言っていることは、本当です…!」


 怯えたままの表情で、しかししっかりと、皆に聞こえるような声でそれを宣言した。


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