胡蝶の舞
私は夢の中で夢を見るという夢を見た。本当は夢の中で夢を見るという夢を夢の中で見ていたのかもしれない。あるいはさらにその夢を見ていたのかもしれない。
――夢とは大概非現実的だ。
ただしその非現実性は目が覚めないとなかなか気づけない。夢の中で自分が空を飛んでいても不思議に思わない。死んだはずの人間が生きていたとしても特別に驚かない。物理法則を無視し、時空間をねじ曲げ、支離滅裂な発言をしても、夢の中では全てがまかり通る。
夢の中にいる限り何が異常で何が正常なのか曖昧模糊なのだ。
私は夢の中で友人にこう告げられた。
「君はいま、夢の中にいるんだ」
私は聞き返した。
「証拠はあるの?」
「ないさ。なぜなら夢は誰かの現実であり、現実は誰かの夢だからだ」
「どういうこと?」
私の疑問に、彼はふふ、と微笑む。
「つまり、夢と現実は表裏一体で区別なんてつけられないのさ。いや、つける必要なんてないんだ」
「でも私は私の現実に戻りたい。ねえ、戻るにはどうしたらいいの?」
友人はどこからともなくナイフを目の前に差し出した。
一体どこから出てきたのか分からないが、夢の中なので気にしなかった。
「現実に行く唯一の方法は“死”だ。それのみでしかゆくことはできない」
だから行きたいのなら自らの手で死ね、と友人は刃先を私に向けた。
私はナイフを受け取った。
そして自らの下腹部に突き刺した。躊躇わなかった。普通ならまずあり得ないことだった。だがその時は思わなかった。
夢の中だからだ。しかし後悔はした。
痛い――凄く痛かった。
温かい液体が身体の表面を覆っていく。反面、内側からじわじわと冷えていく。
ゆっくりと意識が抜けていき、深く昏い谷底へと落とされるような感覚が襲う。
死の淵で私は浅く嗤う彼を見た。
やがて意識は闇の中へと霧散していった……
(はっ――!)
次に気づいた時には現実だった。
現実だと思っていた。この言いようのない疲労感。まさしく現実だろうと。しかしそれは現実だと思っていた夢の中だった。
思えば知らない場所だった。
隣にはあの友人がいた。
「ねえ、実はね。いま、夢の中で……」
話掛けると、彼はいきなり私の腹部にナイフを突き刺してきた。
「え?」
驚く私に、友人は言った。
「まだ夢の中さ」
――痛い。
ふたたびあの感覚が襲ってきた。黒くどろどろとしたものが身体から溢れて……
そしてまた私の意識は闇の中へと溶けていった。
「ここは夢かしら」
私は友人に問うた。友人は無言で私に向き直り、微笑みかける。その顔の意味はわかっていた。
足元に転がるナイフ。
私は自らの喉を掻き切った。
また目を覚ます。今度こそ現実だと思って。
「夢から覚めたら現実だと言うけど、夢の中で見た夢から覚めてもまだ夢の中でしょ」
「そうだね。でも現実と夢をはっきり区別できる根拠はあるのかな?」
「それはあるでしょ」
「例えば?」
「そうね。例えば
「ねぇ聞いて。実はこんな夢を見たの」
隣にいた友人に話をした。
「へぇ、そうなんだ。面白いねえ」
友人は笑ってうなずく。
「今ここは、君にとっての現実なのかな?」
「さあ、どうなんだろう。わからないや」
「そうか……。そうしたら¥+Lr々樔%齬3 >4*±#ねhxA」
「え?」
「經◆⇒/〆 G箆°tB c※殺♡〜^ツ☀︎♭ Q¿ 6ぬ」
「どうしたの?」
「□‰死√¢∵g ℃•』
それはまるで初めて聞く他国の言語のような。それを言語として認識していいのかすらわからない音だった。
(ああ、まだ夢の中なのか……)
そうして私は自殺した。
薄れゆく意識の中、血溜まりに伏す私は友人を見かえした。
彼はニヤリと笑い、何かを言っていた。
「果たしてここも夢なのかな?」




