友情の証明
※ただの短編です。
「僕は友情が永遠に続くことを証明したいんだ。だから君にお願いしたい。協力してくれないか」
若き日の茅末堅志郎は僕に言った。七十年前のことである。
僕たちはよく気が合った。
中学で知り合い、今までの短い人生の中で、これほどまでに気が合う人間にはお互いに出会ったことはなかった。
だから僕はこの話を受けた時、すんなりと首を縦に振った。
15歳だった僕たちはあの日、互いに誓いあった。これから先何があろうとも、たとえ互いが遠く離れた土地で過ごすことになろうとも、友情の糸は繋ぎ続けようと。
その糸が切れていない証として、僕らは互いに“お守り”を渡し合った。神社で売っている至って普通のものだ。
そしてその中にはお互いに、相手へのメッセージを書いた手紙を入れることにした。これは茅末からの提案である。
このお守りをどんな時も肌身離さず持ち続けること。そしてどんなことがあろうとも中の手紙を一度も読まないこと。
――死が二人を分かつまでは。
「なあ、ひとつ聞いていいか」
「なんだ」
「この手紙の意味はなんだ?」
手紙を入れて欲しいと提案された時、僕は彼に理由をたずねた。
彼は少しはにかんでから答えた。
「それこそが友情が続いていると証明するために必要なものなんだ。君には僕からのメッセージが書かれた手紙入りのお守りを渡す。それを読まないでと僕はお願いをするが、君は一人になったときに見ることだって出来る。何が書かれているか気になる好奇心はあるだろう。特別な細工なんてしてないからこっそり中を覗いたって僕にバレやしないよ。ただし、そんな些細な約束さえ守れないような――いや、守る気がないのなら、そこまでの関係だったということだけだろう。そしてだが、それを一生持ち続けることもお願いしたい。中が気になる誘惑を持ちながら、そんなことを恐怖で持って支配するわけでもなく、崇拝でも利害関係があるわけでもないのに、自発的にしてくれるのなんて、いったい友情以外のなんだって言うんだい?」
「まあ、確かに……」
「だろう」
そして力強い顔つきで、僕に言った。
「だからこの友情が続く限り、中の手紙は読まないで欲しいんだ」
◇◆◇
彼は今、病床に伏していた。
死の淵に立つ彼の手を握りながら問いかける。
「あのお守り。まだ持ってるか」
「……」
彼は瞼の動きで肯定した。
「僕もまだ持っているよ。ほらこれ。なぁ一つ聞きたい。この中にある手紙にはなんて書いてあるんだ」
いままで誓いは守ってきた。一度たりとて中を覗いたことはなかった。だが知りたい欲求がなかったわけでもない。
しかし彼は首をわずかに左右に振った。
僕は質問を変えた。
「君は僕からの手紙を読んだのかい?」
「……」
これも首を縦には振らなかった。
彼は今、身体を動かす事はおろか、声を発することさえままならない。実家の寝室で、畳の上に布団を敷いて横になっている。彼の両親はとうの昔に他界。兄弟はおらず、身寄りはいない。
住み慣れたこの家が落ち着くと、入院はせず、僕がいまは身の回りの世話をしていた。
茅葺き屋根のこの家は古き良き日本家屋で、縁側に座れば山間の自然が目に入ってくる。
その縁側に腰掛け、となりで眠る彼を背に僕は一人改めて考えはじめた。
僕は理解している。
その手紙に特別な意味なんてない事を。
何かひとつ約束をし、それを守り続ける事。それこそに意味があるのだ。
手紙を読まずにいることは物理的に難しいことではない。ただし肌身離さず持ち続けていて中を気にしないわけがない。精神的に耐えられるのかどうか。
その約束を反故にすることは簡単だ。簡単だからこそ、軽くできてしまうからこそ、どこまでその意味を重く受け止めているかがわかってしまう。それを確認する装置。
しかし……
そうだとわかっていても気になってしまう。彼が僕に向けて書いた手紙。
友情が続くと信じて書いた手紙には、いったいどんな言葉が綴られているのだろうか。
◇◆◇
「なあ、覚えているか。十七の夏に二人で九十九里の海に行ったときのこと。あの時僕が浜辺にいた女子に声かけないかと話したら君は下を向いて恥ずかしそうにしてたよな。君のあの時の顔、今でもはっきりと覚えているよ。お互いウブだったな」
彼は目を閉じ、わずかに肺を上下させている。
僕は聴こえているのかどうかもわからない彼に向かって、一方的に僕らの昔話を聴かせていた。
「僕が二十六で結婚してから君と会うことは少なくなったが、それでも年に数回は会っていたよな。覚えているかな。一度僕と君と僕の妻とで箱根の温泉に行ったことがあっただろう。君はすぐにのぼせてしまって僕が担いで部屋に運んだっけな。それから卓球もしたっけな。君はいつになく張り切っていて、負けた方がアイスを奢る賭けをしたよな。ははっ。懐かしいなあ。あれからもう半世紀ほど経ったのか……」
懐かしい日々の思い出がぽつぽつと思い浮かんでいく。
相変わらず彼は静かに目を閉じている。
構わず僕は話しを続けた。
「実は……本当は一度だけこの友情の糸を切ろうと思ったことがあったんだ。君も知っているだろう。僕が四十七の時に投資に失敗して大きな借金を作ってしまったことを。この件で妻には逃げられたよ。自業自得さ。あの時僕は君に迷惑をかけまいと、君との交流を断とうと思ったんだ。だけど君は自分の財産を投げ打って僕の借金の補填をしてくれた。僕が辞めてくれと言っているのも聴かずに。何故そこまでしてくれるんだと聞いたら君は『友達だから』と言ってくれたね。妻でさえ僕を見放したと言うのに君ときたら……。だから僕はあの時再度誓ったんだ。この先何があろうとこの糸を自らの意志で切り離したりはしないと」
何故彼がここまでしてくれたのか。友情を繋ぎ止めるためだけにそんなことまでしてくれたのだろうか。
彼に問うたが返事はない。
静かに時間だけが過ぎていった。
◇◆◇
「なあ……覚えているかな。中学生の頃にさ……」
「…………」
「僕らが初めて出会った頃の話さ……」
「…………」
「堅志郎……?」
「…………」
秋の夕暮れ。
時雨が降り、涼しげな風が流れ込んでいる。雨音は重なり、心をどこかへ流していった。
その日、僕が隣で見守る中でいつのまにか彼は静かに息を引き取っていた。
「そうか……いったか……」
友情はこれにて終了。
長いようで短いような、気づけばあっという間だった気もしなくはない。
僕は長年持ち続けたお守りの中を開いた。
もう彼はこの世にいない。
小さく折り畳まれた手紙を開く。
中に書かれていた文は実に短く、全十一文字。その内容は――
「はは……。なんだ……僕は……なんも理解してなかったのか……」
手紙を読んで僕は、間違っていたことを知った。手紙の意味を理解していたなんて勘違いしていた。
君は初めからそうだったのか。僕は何も気づいてやれなかった。
そう、特別な意味はあったのだ。
再度僕は手紙に目を落とす。
その十一文字は彼らしく力強くて温かみがあり、そして想いのこもった字だった。
『お前のことが好きだった』




