幽 体 離 脱
私は、一年前に死んだ妻とどうしても会いたくなり、とある霊媒師のもとを訪ねた。
「どうか、どうか妻をここに呼び出してはもらえないでしょうか!」
私は頭を地面に擦りつけ土下座の体勢で懇願した。するとその霊媒師の老人は優しく微笑みながら、「いいですよ」と、快く承諾してくださった。
「それよりもお顔をお上げください」
「ありがとうございます! なんとお礼を申したら良いのか」
「いえいえ、気になさらずに。あんなことされたら黙ってるわけにはいきませんからね」
「本当にありがとうございます!」
私の感謝に、霊媒師は仏のような顔で応えた。
「早速ですが、準備にとりかかりましょう」
「ちょっと待ってください」
私は一つ、気になることを質問した。
「あの……費用はいくらくらいかかるのでしょうか?」
「と、言いますと?」
「あ、この降霊術というか口寄せっていうやつですか? それをしていただくのにかかる費用はいかほどかと……」
訊くと霊媒師は、これまた慈愛の表情で言ってくださった。
「お代は一切いただきません」
「え、本当ですか!」
「ええ。悲しんでいる人の心の隙を突こうなどとは思っていませんよ」
正直私は、全てを投げ売ってでも提示された額をかき集めるつもりでいた。
だがなんということだろう。無料で引き受けてくれるというのだ。
「本当に本当にありがとうございます」
「いいんですよ。――して、あなたは今おいくつですかな」
「はい。今年で二十八になります」
「見た感じ若いと思っていましたが、そうでしたか」
「はい。妻ももし生きてるなら今年で二十八になる予定でした」
「そうですか。若くして亡くされたのは非常に残念です」
霊媒師の老人は、静かに眼を伏せた。
そんな会話をしたのち、会って早々ではあるが、降霊の儀式が執り行われることとなった。
私が予想していたのは、死んだ妻の霊を霊媒師が呼び出して、霊媒師を通じて会話をするものだった。だが実際の方法はかなり違っていた。
その方法は驚くべきやり方だった――。
ということでまず私と霊媒師は、彼の知り合いがやっているという火葬場へと移動することになった。
「場所というのは非常に重要です。霊が集まりやすい場所、居てもいい場所で行うことで成功率は高くなります」
「ということで、火葬場なのですね」
「そういうことです。伝手で場所の一部を借りられました」
そういって案内されたのは、とある一室だった。広さは八畳。畳が敷かれていて部屋は暗く、蝋燭が数本すでに灯されていた。私はその仄暗い部屋で、霊媒師と対面して正座した。
「では今からあなたの妻である狐神洋子さんをこの場に呼び出したいと思います」
「はい」
「そして、あなたを幽体離脱させます」
「え?」
「これにより、あなたと洋子さんは同じ霊体の姿となり、会話が可能となります」
「ちょっと待ってください! あなたの身体に妻を憑依させて会話する、とかではないんですか?」
「いいえ。何かご不満でも」
「あ、いや……」
「皆さん勘違いされているようですが、一つの肉体に魂は一つしか入りません」
「ですが、幽霊が身体に憑依したとかっていう話は色々聞きますよ」
「あれらは全てインチキです。似非霊媒師によるエンターテイメントの一種か、あるいは霊に取り憑かれたと思い込んである精神異常者の戯言です。考えても見てください。100ccしか水が入らないコップに200ccの水を注いだらどうなりますか? 溢れてしまいますよね。簡単な理屈です。小学生にだって理解できますよ」
「確かに言われてみればそうですけど」
「無論その気持ちはわかります。ですが、仮に私を通して会話するよりも、彼女と同じ土俵に立って会話した方がより彼女を感じられるのではありませんか?」
「そうですね……。わかりました」
そして私は仰向けになって寝かされた。
胸の前で手を組んで、眼を瞑る。すると横で霊媒師が何か呪文のようなものをぶつぶつと唱え始めた。その声に、私はだんだんと目蓋が重くなっていった……。
次の瞬間。ふと気づくと、体が宙に浮いていた。
「は!? なんだ」
私は周囲を見渡した。体が透けている。真下に視線を向けると、自分の身体が横たわっていた。
「そうか。これが幽体離脱か」
はじめての体験に戸惑っていると、
「あれ? ここ……」
どこからか声が聞こえてきた。この声は……
「洋子!」
「あ、慎二くん!」
そこには、待ち焦がれた彼女の姿があった。
我々は、互いに霊体の状態で抱き合った。
「ねぇ、どういうこと!? これはどういう状況なの?」
久しぶりの再会に喜びを見せた彼女。だがこの不可解な状況に不安気な顔をしてあたりを見だした。私はことの経緯を簡単に説明した。
「そうだったの。嬉しい」
「僕もまた会えて嬉しいよ」
また私たちはひしと抱き合った。
「ところでその霊媒師の人ってあの人?」
彼女が目配せした。私はそちらに顔を向けた。すると――!
「うそ……。嘘でしょ!」
霊媒師の老人が倒れていた。ぐったりとしていて、まるで生気を感じられない。口から泡を吹き出している。
「え、まさかそんな……死んでる?」
持病でもあって発作を起こしたのだろうか、彼は息をしていなかった。
「ねぇ、あの人大丈夫なの?」
彼女が心配して声をかけた。
「う、うん……」
大丈夫なわけがない。はっきり言えば駄目だ。霊媒師は死んでいる。ということはなんだ、私はもう……――
「いや待てよ」
あることに気づいた私はあたりを見回したの……だが。
「やられた」
「どうしたの?」
私は人生最大の後悔した。いや、彼女とまた会えたことはうれしかったのだが、そうさ、世の中そんな甘くはなかったんだ。
そんな私の後悔はよそに、部屋には一つの身体が静かに横たわっていた。
【解説】
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初め部屋には語り手と霊媒師の二人がいたが、最後の一文を見るとどうやら身体が一つしかない。その身体とは霊媒師の身体であるのだが、では語り手の身体はどこにあるのか? 誰かに運び出されたのか? ――否。
真相は、霊媒師が自らを幽体離脱させ(というか毒を飲んで死に)語り手の身体に入りこみ、部屋を出たのだった。




